「ターン」

制作
2000年
監督
平山秀幸
原作
北村薫
脚本
村上修
音楽
ミッキー吉野
出演
牧瀬里穂、中村勘太郎、北村一輝、倍賞美津子、柄本明、川原亜矢子、松金よね子、小日向文世、他
備考
2001年10月13日より、ワーナー・マイカル・シネマズで上映
ビデオレンタル中
DVD発売中(税別 4700円)
物語
 森真希は、27歳の銅版画家。 小学校教師の母と2人暮らし。 自宅を作業場に、手間のかかるメゾチントに打ち込むが、あまり売れない。 版画教室で子供達に教えている。
 6月のある日、版画教室に車で向かっていた真希は、対向車線のダンプカーと衝突した・・・・・・
 気が付くとそこは、自宅の居間だった。 “昨日”図書館に返した筈の本。 “昨日”投函した筈の葉書。 “昨日”と同じように冷蔵庫を開けた途端、床に落ちるスライスチーズ。 変な気分のまま真希は、本を持って、図書館へ自転車を走らせるが、街も図書館も無人だった。 家に帰って電話をかけるが、通じない。 TVも映らない。 朝が来たが、母は、帰って来なかった。 小学校に行ってみても、誰もいない。 真希は、階段を踏み外して転げ落ち、激痛に苦しむ。 そして・・・・気が付いたら、自宅の居間にいた。 どこも痛くない。 手元には、図書館に返した筈のあの本が・・・・!真希は、世界に誰もいなくなっていること、交通事故に遭った午後2時15分になると丸1日時間が戻ることを悟った。 たった1人の世界で、同じ1日を繰り返す“日々”が始まっていたのだ。
 “1日1日”を懸命に生きる真希。 ホースを庭木にくくりつけて、「173日ぶりの雨」の中ではしゃぐ彼女は、いつしか泣いていた。 そこへ、電話が鳴り響く・・・・。
 電話の相手は、ひよっこデザイナーの泉洋平。 真希の作品「時」を見て、連絡先を調べてかけたのだったが、真希の異常な話に、ひいてしまう。 洋平がいるのは12月。真希がいるのは6月。 2つの世界が、1本の電話でつながった。 洋平は次第に事情を理解し、電話をつないだまま、毎日夜8時に話をすることになった。
 洋平は、真希の母に会った。 真希は、6月のあの日の交通事故以来、意識を取り戻さないまま入院していた。
 洋平が仲間と6月に開いていた3人展を見た真希は、洋平の当初の用件=制作中の本の装丁に「時」を使うことを、喜んで承諾した。 次第に心を通わせた2人は、それぞれの世界で時間と場所を合わせてデートをする。
 ある日、真希は、その世界にもう1人いた人・柿崎に会い、喜々として洋平に報告する。 洋平が調べた柿崎は、ひき逃げ事件を起こして逃走中に事故、やはり意識不明のまま入院中の男だった。 だが、洋平がそのことを伝える前に、たまたま洋平の家を訪ねた社長が電話を切ってしまう!
 電話が切れ、悲嘆にくれる真希。 さらに、柿崎が良からぬ人物であることに気付く。 その柿崎は、真希の目の前で消滅した。 自分と同じく意識不明で入院していた柿崎が死んだことを悟る真希。
 彼女は、銅版画の製作に取りかかった。 モチーフは、洋平との思い出の、旅人の木。
  完成した“1日限りの最高傑作”を携え、意識不明の“自分”が入院している病院に行った真希は、車椅子に“自分”を乗せて、母と洋平が表に出るのを目にした。 雪が降る中の3人。 真希は、その姿を見ている・・・・・・。
一言
 SFファンタジーとでも呼ぶのがよいのでしょうか。 劇中で真希自身が、ロビンソン・クルーソーと比較しているように、次元版大漂流記。
  1真希は何故、誰もいない、ターンする世界に行ってしまったのか?
  2ふたつの世界は何故、1本だけの電話でつながったのか?
  3柿崎は何故、真希と同じ世界に来たのか?
  4最後は何故、ああなったのか?
 この4点をあるがままに受け入れれば、静かに流れるこの映画の世界に入ることが出来ます。
 誰もいない街、たった1人の主人公・森真希。 異常な状況に置かれた彼女は、もちろん、最初は不安と恐怖に捕らわれますが、驚異的な前向き思考で、誰もいない世界で繰り返す1日を、懸命に生きます。 その、ひたむきな姿に、ひきつけられるのです。
 いろいろ努力する真希の行動で、特に好ましいのが、買い物。 誰もいないのだから、店にあるもの全て、真希の自由になります。 しかし彼女は、ブティックでも、スーパーでも、露店でも、きちんとお金を払うのです。 それは、「そうしないと気が済まない」真希の性格でもあり、いつか元に戻れることを願って普通にしていたいということでもあるのですが、 ともかく、誰も見ていないところで、真希は品性を保ち続けたのでした。
 森真希を演じたのは、牧瀬里穂。 彼女の、明瞭で聡明な印象の発声が、真希のキャラクターによく合っているように感じました。
 真希と対照的なのが、柿崎。 彼は、元の世界に未練を持たず(元の世界ではひき逃げ犯!)、その世界で刹那的に生きる男。 ジュース代も払わないし、真希の住所を勝手に調べ、“ターン”の時間を利用して真希の家に上がり込むし・・・・。 本性を現し、真希危うしのところで彼が消滅したことに、ほっとさせられるような人物でした。
 柿崎は、意識不明だった彼の肉体が死んでしまったために元の世界に戻れなかったものと思われますが、真希と柿崎の命運を分けたのは、それ以上に、 元の世界への執着であり、“人”への愛着であり、生きることに対する態度だったのではないでしょうか。
 「今、生きていること、そこにいることを、軽んじてはいけない。」 ・・本来のこの作品のメッセージとは違うかもしれませんが、見終わって、そんな言葉が思い浮かびました。
※上の空白部分は、結末のネタ晴れになるので、文字色を背景と同色にして、読めなくしてあります。
既に見ているから大丈夫、あるいは気にしないという方ば、マウスでドラッグすると、背景が白色に反転して、読めるようになります。




学芸員室/映画掛TOPへ戻る



おまけ