館長日誌2001年6月
2001年6月30日(土) 開館1ヶ月
開館最初の1ヶ月が過ぎた。
来館者は昨日、累計で400人を超えた。日により差が大きいが、まずまず。御来館に感謝。
この館長日誌も、ここまではさぼらずに書き続けられた。
(2日分まとめてUPしたことはあるが。)
明日あたり、「御田植祭」の会期終了としよう。次の用意は・・まだ半分・・・・。
2001年6月29日(金) 次回展計画
6月1日の開館から内容を変えていない第1・第2展示室。
「御田植祭」は、会期1ヶ月間と決めていたので、ここまでは予定通り。
さて、問題は、次回展。
どうしようかと考えてきたが、ようやく目星がついてきた。
過去の撮影分だが、選んだ写真を、展示用に加工して、順番を決めて、コメントをつけたら、格好になりそうだ。
UPするまでに、もう数日要するだろうけど。
2001年6月28日(木) 現代の竹光?
このところ、こんな事ばかり書いているが・・・・
25日に機関砲誤射事件を起こしたのと同型の戦闘機は、スクランブル任務に就いていて、ところが、今領空侵犯があれば、弾丸を搭載せずに出撃するらしい。
電気系統のトラブルだろうが何だろうが、思いがけず外国機に銃撃を浴びせでもしたら一大事、という理由である訳だが・・・・。
ミサイルは積んでいるのだろうが、それは使えば、「威嚇」以上の威力を持つ。
機関砲が使えない戦闘機は、実用的とは思えない。
万一相手の戦闘機が攻撃してきたら、一目散に逃げるということになっているのだろうか?
現代の竹光とでもいった感じだ。
2001年6月27日(水) 今度は旅客機が?
2日前は北海道で自衛隊機が福祉施設を銃撃、今日は愛知県で、旅客機が離陸後にエンジン部品を人家に落下させたという。
ひとつ事件が起きると、偶然か連鎖反応か、似たような事件が続く。
今回は、航空機の信じられないような事故の2日後、また航空機の事故。
同じように地上に物を降りそそがせる事故。
同じように人間に当たらなかった、というところが不幸中の幸いだが、よく幸いが続いたものだ。
2001年6月26日(火) 打ちつける雨に
夜になって、突然の豪雨。屋根に打ちつける音がすさまじく、TVの音も聞こえない。
・・・・空から降ってくる激しい雨に、激しい音に、昨日の自衛隊機の機銃誤射事件を、ふと思い出した。
ニュースで見聞きしただけで連想するのだから、現場に居合わせた人は、何かにつけて着弾の音を思い出し、戦慄するのだろう。
2001年6月25日(月) 福祉施設銃撃!?
北海道で訓練中の自衛隊の戦闘機から、機銃弾が発射されて、福祉施設の屋根や車両を損傷させたというニュース。
銃弾は訓練用でも、車のガラスは粉々、鉄板も貫通していた。
たまたま人間に当たらなかったので誰も傷ついていないというのが不幸中の幸いだが、ゾッとする。
パイロットは発射の操作をしておらず、何故発射されたのか原因は調査中というが、言語道断。
死傷者が出なかったのは奇跡ととらえるべきだ。
人間にまともに当たれば、確実に死んでしまう。
自国の戦闘機に銃撃なぞ喰らっては、たまったものではない。
2001年6月24日(日) 「細江英公の写真1950−2000」展
徳山市美術博物館で開催中の「細江英公の写真1950−2000」展を見に行った。
・・・・正直言って、よく分からない。抽象的だったり、グロテスク(?)だったり。
写真に力があるのは感じたが、見ていて気分がいいという種の写真ではない。
初期作品は、ストレートに撮られていて、鑑賞する方も素直に受け止められる。
あと、展示の最後に、過去の作品に関係のある人を、投影したその作品と共に撮影された写真がある。
若かりし頃に関わった写真と並ぶ、年輪を重ねた現在の姿のポートレート。見る方にも感慨深い気がする。
一部作品は、時を経て“銀”が浮き出ていて、不思議な雰囲気を醸し出していた。
2001年6月23日(土) 雨の日の買い物
買い物に行った。
雨が強く降るので、自動車で出かけて、立体駐車場のあるショッピングセンターに行った。
立体駐車場なら、雨に濡れずに乗り降り出来るから。
駐車場は、満車だった。やはり、人は皆、考えることは同じらしい。
それでも待って、空きが出来てから車を止めて店に入った。
平面駐車場の方には待たずに止められた筈だが・・・・考えることは同じだ。
2001年6月22日(金) 洗剤不要?
テレビでニュースを見ていたら、人間の汗や垢の汚れなら、洗剤無しで洗い落とすことが出来る洗濯機が開発され、8月に発売開始予定だとか。
電気で発生させた泡で汚れを落とすらしい。そんなことが出来るものなのか。
環境に配慮した製品ということで、事実それで洗濯物がきれいになるのなら、画期的な発明だ。
洗剤を使わないということは、すすぎに使う水の使用量も抑えられて、水資源の節約にもなる?
ところでこの新製品、洗剤メーカーはどういう思いで迎えるのだろうか?ちょっと興味ある。
2001年6月21日(木) 館長室の写真掛け替え
館長室の写真を掛け替えた。
前のツツジはコンパクトカメラで、今回のアジサイは一眼レフカメラで撮影したもの。
いずれも、プリントをスキャナでスキャンして、サイズを調整して額縁をつけて、出来上がり。
元のプリントの色とディテールは出ないが、まあまあきれいに見える。(自画自賛。)
2001年6月20日(水) 二度目の展示替え
第3展示室の展示を入れ替えた。予定通り、花菖蒲。
写っているものが細かい写真が多く、いつものサイズに縮小しても30KBもあるものが2点。
ファイルサイズが小さいものと、10KB以上の差がある。
いつもより表示に時間がかかるかもしれない。
主要被写体が大きくて、背景も単純なものを選ぶと、ファイルサイズは小さくて済むが、
同じようなものばかりでは単調で面白くないし。
2001年6月19日(火) 大雨
大雨。梅雨らしいといえば梅雨らしいのだが、一度にまとめて降ると、大変だ。
道路は一面水たまりになるし、側溝は水を吹くし、川は濁流になる。ひどい時には、災害にも。
適度に分散して降ってくれると、夏に水不足になったりせずに済むだろうに・・・・ということは誰もが思うことだろう。
2001年6月18日(月) 学芸員室改変
学芸員室の改変、作業が一段落ついたところで、本日UP。
写真掛と音楽掛に記事を入れ、映画掛も記事を増やした。
まだ十分ではないが、追々と、少しずつ。
メインコンテンツはあくまでも写真なのだし。・・ということで、次は写真を。
2001年6月17日(日) 中国文明展
広島県立美術館に、「中国文明展」を見に行った。
今日が最終日、ということである程度予想はしていたが、人、人、人!!
入場券を買うまでに、まず行列。会場に入った途端、前が動かなくて大混雑。
ちょびっとずつしか前に進めない。だからといって、じっくり鑑賞したかというと、そうでもないのだが・・・・。
あまりにも動けないと、かえって前に進むことの方に気をとられてしまうらしい。
ゆっくり、ゆっくり、流されるように、中国数千年の文明を堪能して、外へ出た。
唐の時代の“小麦粉の菓子”(クッキー)には、驚いた。
乾燥していれば、腐らずに残るものなのか。
2001年6月16日(土) アジサイ撮影
快晴・・・・だが、アジサイの撮影に出かけた。
大体見頃だろう。このところの雨で、痛んだ花が目立つが、よく咲いている。
木陰になる場所が多いところなので、陰を選べば、“ドピーカン”の光線も避けられる。
早速仕上がったものを見るに、まあまあ、何とかなるか。
今後のラインナップ。「四季折々3 花菖蒲」、次いで「四季折々4 アジサイ」、ということで行こう。
2001年6月15日(金) 学芸員室改変中
1週間くらい前から、学芸員室の改変に取りかかっている。
開館早々に手を入れ始め、掛の名だけがあって先に進めない部分があるまま、時間が随分過ぎてしまったが、少しずつ、作業は進んで来た。
もうすぐ、写真掛も音楽掛も記事をUP出来そうなので、乞うご期待。
もうすぐ・・・・もう1週間くらい?
2001年6月14日(木) 咲いている
テレビのローカルニュースで、アジサイの映像を流していた。毎年撮りに行く所だ。咲いている!
今度の週末の天気は・・・・晴れ?
雨上がりの薄日くらいがちょうど良いのだが、また、梅雨時の花には不似合いな空模様か・・・・。
2001年6月13日(水) 梅雨時の天気予報
天気予報では、夜半から雨だと言っていた。遅くならないうちに帰れば、降られないだろうと思った。
さて、昼過ぎ、早くも、ポツリ、ポツリ・・・・。夕方、ザーザー・・・・。
傘は持っていたから、濡れて帰ることはなかったが、天気予報は外れた。
梅雨時の天気予報は、良い方に信じない方がいい。鉄則を忘れていた。
明日は、朝から夜まで雨の予報。この予報は信じるとして。
2001年6月12日(火) ドイツの原発廃止
ドイツで、発電量の約30%を占める原子力発電の廃止が決まったという。政府が音頭をとり、電力会社も受け入れたのだとか。
英断だと思う。原子力は、他のエネルギーとは訳が違う。
石油だろうが石炭だろうが天然ガスだろうが、万一爆発しても、その時のその爆発の範囲での被害に留まってくれるが、原子力はそうはいかない。
原子力のトラブルは、後に放射能を残す。影響は大きく、永い。
代替え電源の確保はこれからということだが、実際に原発が全廃になるまでには時間があるようなので、
方針がはっきりしている以上、あとは何としてでも方法を探し、達成することだろう。
翻ってみるに、この国は・・・・・・・・・・。
どうしても電気が足りなくなるというのなら、少しくらい不便な生活をしても仕方ないと思うのだが。
2001年6月11日(月) 夜襲
昨夜はまいった。手足がかゆくて目が覚めた。灯りをつけてみると、蚊に刺されたあとがある。
やれやれ、もうそんな季節かと、薬をつけた。その間にも、蚊の飛ぶ音が聞こえる。蚊取りマットを出して、セットした。
灯りを消し、寝ようとしたが、蚊の飛ぶ音が耳障りで、時には顔の側まで来るので追い払い、眠れない。
・・・・・・いつ眠りについたか・・・・。
今日はすっきりしない1日だった。今夜は寝る前に蚊取りマットをセットしよう。
2001年6月10日(日) 最初の展示替え
第3展示室の写真を、ツツジからラベンダーに入れ替えた。開館して、最初の展示替え。
今月は、次には花菖蒲、次にはアジサイ、と、短いサイクルで展示替えが出来そうだ。
第1・第2展示室は、しばらくこのままとして(まだ田植えシーズンだし)、次はどうしようかな・・・・。
2001年6月9日(土) 快晴と花菖蒲
本日快晴。梅雨時の花には、至って似合わない、強い日差し。しかし、花菖蒲の撮影に出かけた。
毎年決まって行く所に着くと、ちょうど見頃!まず一眼レフカメラで撮り、次いで、デジカメでも撮った。
デジカメ撮影分は、後日、選んでUPする予定。
2001年6月8日(金) 1人の自由と8人の命
今日、大阪府池田市で起きた、包丁男による小学生等殺傷事件には、唖然とした。
授業中の小学校の教室に、包丁を持った男が乱入して次から次へと刺す・・・・信じられないような事件だ。
亡くなった8人の冥福を祈りたい。
ところで、事件を起こした男、報道によれば、以前にもお茶に薬を混ぜて同僚に飲ませる傷害事件を起こし、しかし責任能力が無かったか何だかで処分保留になっていたとか。
今回も、前回同様、普通に裁かれることは無いのだろう。
前の事件の時に裁かれていたら、今回の事件は起きたかどうか?
信じられないような殺傷事件が起きた時、その犯人はしばしば、心神喪失状態だっただの責任能力が無かっただので、裁かれないことがある。
いつも疑問に思うのだが、責任能力が無かったら、何をしてもいいのか?どうして責任が持てない人が、自由に行動していたのか?
責任が持てないなら、行動を制約されるべきではないのか?
乱暴な論理といえば、そうだ。しかし、今日の惨劇を思うに、その男1人の自由は、8人の子供達の命よりも尊いものだったのか、疑問なのである。
その男1人の将来は、8人の子供達の未来を引き替えにしてでも、守られるべきものだったのか、疑問なのである。
2001年6月7日(木) 開館から1週間
開館から1週間経過。
アクセス数は、4、5日で100に達した。カウンターは、少しずつ、回っている。
多いのか少ないのか・・・・多いとは言えないだろうが、アクセスカウンターを設置したことを後悔するような惨状は免れている。
御来館の皆様に感謝。
あそこに手を入れよう、ここを変えよう、という考えも浮かんでくる。一度には出来ないので、少しずつ。マイペース。
そうそう、メインコンテンツ=写真の更新の計画も・・・・それには撮影、それには空模様。
2001年6月6日(水) ジャイアンツ7連敗
最近、テレビのナイター中継を安心して見ることが出来ない。ジャイアンツが弱すぎる。
今日、とうとう7連敗。・・・・ゴジラ・松井の一発があっただけでも良しとするか・・・・とでも思わないと、やってられない。
アンチ・ジャイアンツの人は、気分が良くて仕方ないのだろうけど。
2001年6月5日(火) 梅雨入り
朝から雨。梅雨入りした。
この季節の花、紫陽花や花菖蒲は、快晴の日よりもぐずついた空模様の方が似合うのだが、雨降りだとカメラが濡れるのを嫌って撮影に行きたくなくなってしまう。
雨上がりで、薄日で、水滴が残っているくらいがちょうど良いのだが。週末にそういう日に巡りあわせることはなかなか・・・・。
梅雨時の憂鬱。
2001年6月4日(月) 「ムルデカ」、続き
昨日買った「ムルデカ 17805」のパンフに、今日目を通した。
主人公・島崎中尉は、実在の人物(名前は違う)をモデルにしているが、その人物は終戦後日本に帰っていて、インドネシアに残って闘ったのはフィクションになるとか。
後半の、インドネシア独立戦争に身を投じた島崎中尉は、彼の部下達共々、数多の旧日本兵全体がモデルということらしい。
ところで、銃を持った敵兵に、日本刀で斬り込む主人公の闘いぶりは、ほとんど「ジェダイの騎士」だった・・・・。
2001年6月3日(日) 映画「ムルデカ 17805」
3ヶ月ぶりくらいに、映画館に行った。見た作品は「ムルデカ 17805」。
何年か前(第4回だったか?)の林忠彦賞受賞作に「帰らなかった日本兵」という作品があったが、この映画は、太平洋戦争終戦後のインドネシアで、正に帰らずにインドネシア独立戦争を戦った日本兵(とインドネシアの青年達)の物語だ。
後半は戦闘、戦闘、また戦闘で、インドネシア独立戦争の歴史を知らないと各シーンがどういう状況なのか分かりにくいものだったが、歴史の1ページにはこういうこともあった、というのは分かる。
かつての日本軍、日本兵を、今なお憎んでいる人もいれば、感謝し尊敬している人もいる、と。
(今なお憎まれているかつての日本兵もいれば、感謝され尊敬されているかつての日本兵もいる、と言うべきか?)
2001年6月2日(土) 画面サイズと表示
早速の御来館と、早速の御意見をいただいた。
空白が目立つページがある・・・・痛いところ。
エントランスホール(TOPページ)に画面800×600ドット以上推奨とは書いたけど、実は800×600ドットが最適。
作成したPCは1024×768ドットだけど、800×600ドットのPCでちょうど良く表示されることを確認してUPしたから・・・・。
両対応の構成、考えなきゃ。
2001年6月1日(金) 本日開館
本日開館!
初めてパソコンを買った3年前には、インターネットなんて関係無いと思っていた。まさか自分がホームページを持つことになるとは・・・・。世の中変わったものだ。
整備途中な部分もあるけれど、そこは少しずつ、ぼちぼちと。
撮った写真を公開する場を設けた・・というか、更新するためには撮らなければならない訳であって、自分にプレッシャーをかけたようなものかも。
まあ、マイペースでやって行こう。
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