館長日誌 2002年11月
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2002年11月29日(金)  館長室の写真掛け替え

 館長室の写真を掛け替え。 2枚目の紅葉。 アメリカフウとか言っただろうか、大ぶりな葉の、見頃が早く訪れる樹。 そこそこの寄りで、このくらいのクローズアップになる。
 撮影地は、前のと同じく、山口市のパークロード周辺。 使用カメラはα−7。


2002年11月28日(木)  「きららスナップ」後半へ

 「きららスナップ」専門と化している第2展示室と第3展示室。 今日から「リレー in 山口」。 第18弾にして、リレーイベント編の第6弾。 又、前回までが7月と8月のイベントの模様だったのに対し、今回から10月と11月のイベントの模様。 ようやく秋編であり、後半に突入ということでもある。
 展示写真は全て、10月5日・6日に山口市で開催された「8town収穫祭」の内、6日に撮影したもの。 会場でもらったプログラムを見ると、5日の方が充実していたようだが、6日しか行ってないので。


2002年11月27日(水)  本屋の雑誌、コンビニエンスストアの雑誌

 雑誌を買う時、たいてい本屋で買う。 コンビニエンスストアでも結構手に入るもので、その方が寄りやすいのだが、たいてい本屋に行く。 餅は餅屋というほどのものでもないが、水濡れしている商品が置かれるのと同じレジ台に紙の商品(雑誌)を置くのは気乗りがしないので。 (今時だと、おでんのにおいがしみついていそうな気もするし。)
 ただ、雑誌によっては、又、店によっては、本屋よりもコンビニエンスストアの方が大量に置いていることがある。 しかも、本屋に置いてある雑誌の方が痛んでいて、コンビニエンスストアの方が美本であることがある。
 ・・・・・・本職の本屋、しっかりしてくれ!


2002年11月26日(火)  紅葉・第3期

 第1展示室の「四季折々23 紅葉 2002」を第3期分に展示替え。 撮影地は山口市の龍福寺。
 写っている木は、イチョウは2本だが、モミジは、実は1本。 山門の側の木1本が見頃だったが、周りは門、塀、常緑樹等に囲まれていて、部分的に切り取る撮り方に。 すると、ああいう按配になった。


2002年11月25日(月)  ひらがなか、漢字か

 資料室の写真を掛け替え。 また「山口きらら博メモリアルイベント ファイナルイベント」で撮影した写真で、今度はぶちきらめき隊&奇兵隊の「『山口元気伝説』メモリアル」の一コマ。 2部構成(?)の内、前半の、「やまぐち元気伝説」クライマックスを再現する踊りである。 使用カメラはα−7。
 この「山口元気伝説メモリアルステージ」の写真は、しばらく資料室で、順番に入れ替えながら何枚かを飾る予定でいる。 (フィルムカメラで撮影した写真。)
 ところで、よく分からないのが、名称。 本来「やまぐち元気伝説」であったのが、何故か「山口元気伝説」と、“やまぐち”が漢字に変わっていた。 (8月14日の下松でのステージも、「山口元気伝説 AGAIN」だったが、あちらは別のイベントのゲスト出演的ステージ、こちらは正真正銘「山口きらら博」関連イベント。) 意図的にそうしたのか、実は単純な間違いなのか、説明は何もなかったし・・・・・・。


2002年11月24日(日)  とばっちり

 見ようかどうしようかと迷っている映画がある。 先週までは、他のことに忙しく、映画どころではなかった。 他のことというのは、紅葉の撮影である。 しかし、この週末は、紅葉は既に終わりに近い。 では、映画でも、という気になりたいところだったのだが・・・・上映スケジュールがいけない。 妙に早い時間帯と遅い時間帯があてられていて、両極端。 今回はとりあえず諦めて、次の週末に期待。
 何故あんな上映スケジュールになったのか、原因ははっきりしている。 「ハリー・ポッター」の新作が封切りになったばかりで、スクリーンの多くが割かれ、他の作品を上映する余裕が無くなっているのだ。 確実に集客が望める人気作だから、仕方ないのだろうけど・・・・とんだとばっちり。


2002年11月22日(金)  館長室の紅葉

 館長室の写真を掛け替え。 コスモスを外して、紅葉に。 撮影地は山口市のパークロード周辺。 使用カメラは、α−7。
 今年は紅葉が急に進んで、散るのも早い。 特に、ここ1週間くらいでどんどん葉が落ちたようだ。 しかし館長室はこれからだ。


2002年11月21日(木)  西陽と照明

 第2展示室と第3展示室を展示替え。 「続きららスナップ17 リレー in 宇部」の後編。 8月25日のときわナイトフェスタの、後半部分。
 あの日は、前半は西陽が真正面から差し、後半はステージ後方の照明が真正面から差した。 西陽も照明も、まぶしいだけでなく、撮影したデジカメ画像にもはっきり影響を残していた。 第3展示室の3枚目と4枚目の写真の、太陽のような赤い円の正体は、照明である。 どうしようもなかった。


2002年11月20日(水)  “巨人のペタジーニ”

 プロ野球ヤクルトスワローズを退団したペタジーニが、読売ジャイアンツ入りすることになったらしい。 松井がアメリカに行かずに巨人に残っていれば、あり得なかったこと。 松井の穴は大きい。 ペタジーニならその穴をカバー出来るだろう。 それでも、巨人には、よりによってペタジーニを獲得して欲しくなかった。
 つい先日まで巨人の前に、松井の前に立ちはだかっていた選手を、掌を返したように応援する気にはなれない。 そして、それ以上に、今年台頭してきた生え抜きの若手の芽を潰してしまう懸念が大きい。
 全試合全イニング出場してきた主砲が去った後、戦力ダウンが免れ得ない。 だが、それは同時に、他の選手にとってはチャンスだ。 看板選手を失う原監督が、如何に若い選手を育て、如何に戦うか〜来季の巨人には、悲壮な緊張感を感じていたのだが、糸がぷっつり切れた気分。
 来シーズンのプロ野球が、既に面白くなくなった。


2002年11月19日(火)  紅葉・第2期

 第1展示室を展示替え。 「四季折々23 紅葉 2002」の第2期展示。 今回も、全て熊毛郡大和町の伊藤公記念公園で撮影したもの。
 4枚目の背景に写っているのは、伊藤公資料館。 ただのコンクリートの壁なら入らないようにするところだが、レンガの壁も窓も良い雰囲気なので。


2002年11月18日(月)  12月中旬〜下旬並み

 気温が上がらない1日だった。 今、キーボードを叩いている手も、かじかんでいる。 何でも、12月中旬〜下旬並みの寒さなのだとか。 この秋は急に寒くなり、そのまま。 たいてい一度暖かくなるものだが、今年に限ってそれがない。 このまま冬に突入するのか?

 資料室の写真を掛け替えている。 「山口きらら博メモリアルイベント ファイナルイベント」で撮影した、スポーツ広場のステージイベント。 「舞踏劇」と称していたが、断片的に見たので、全体がどうだったのかは分からない。


2002年11月17日(日)  結局ただのドライブ

 今日も、紅葉の撮影のために車で出発。 しかし、目的地は皆、“まだ”か、終わってしまった状態。 道中、なかなかな樹もあったが、車を止めることなく、走り続けた。
 今日は結局、ただのドライブ。 展示室に飾るくらいの量は既に確保してあるが。


2002年11月16日(土)  有名観光地

 長門市湯本温泉の外れ、大寧寺。 中世以来の古刹であり、歴史的事件のあった地であり(大内義隆自刃の地)、この季節には紅葉の名所としても知られる、有名観光地。 しかも、紅葉が見頃と、数日前の新聞にも載っていた。 そういう場所に行けば・・・・・・人が多い訳である。 しかも、三脚を据えたカメラマン達が、一箇所に集中。 それは、モミジの下にお地蔵さんが並んでいる場所。 有名観光地の、そのまた有名撮影スポットだ。
 光線には、恵まれなかった。


2002年11月15日(金)  3枚目のコスモス

 館長室の写真を掛け替え。 3枚目のコスモス。 撮影地はリフレッシュパーク豊浦。 使用カメラはα−707si。
 外側が濃い紅色で、内側が白い配色のコスモスが、一番の好み。 紅と白のバランスがこの写真と違うのもあるが(紅の方が多い花もある)、いずれもいい。


2002年11月14日(木)  リレーイベント編第5弾

 第2展示室と第3展示室を展示替え。 「続きららスナップ」の第17弾、「リレー in 宇部」で、リレーイベント編の第5弾。 8月25日の「ときわナイトフェスタ」の模様で、ステージイベントを中心に。 今回はその前編。
 展示写真は、リサイクルボックスを除いて、撮影順に並べている。 ステージの真正面、絶好の位置に陣取っていたが、「よさこい寝太郎伝説」からずっと西陽の真正面にも当たってしまい、かなり辛かった。 「龍王伝説」の途中でようやく太陽がステージ後ろの壁の陰に隠れ、写真にまともに光線が写るようなことは無くなったが、依然、西陽の影響は強い。 露出補正をかけてはおいたが、レタッチでかなり暗部を起こした。
 リサイクルボックスの写真は、ちょっとした告発写真。 あの下敷きを、プレゼントに回していれば、喜んで受け取る人がいただろうに。


2002年11月13日〈水〉  それはいけない

 食堂で食事をしていた時のこと。
 テレビでニュース番組が流れていて、ATM強奪事件のことを言っていた。 最近、無茶苦茶な泥棒が多い。 こっそり忍び込んで金銭を盗み出す代わりに、壁をぶち壊して金庫やATM等の重量が相当あるものを、中の現金ごと持ち去ってしまう。 そんな事件の一つだった。
 近くのテーブルで食事しながらそのニュースを見ていた、若い女性2人連れが口にしたこと。
「盗れるものなら盗りたいね。」
 ・・・・・・それはいけない。


2002年11月12日(火)  「四季折々23 紅葉 2002」

 第1展示室を展示替え。 「四季折々23 紅葉 2002」の第1期展示。 撮影地は熊毛郡大和町の伊藤公記念公園。 今回はイチョウを中心に。
 資料室の写真も掛け替えた。 こちらは、「山口きらら博メモリアルイベント ファイナルイベント」の時に撮影した、ステージイベントの、防府市の子供ミュージカル。 使用カメラはα−7。


2002年11月11日(月)  早めとは言うが

 今年の紅葉は早めとは言うが、実感としては、そうは感じない。 少しくらい早いかもしれないとは思うが、言われるほどには。 多分、半ば秋を通り越したような寒さに、一気に進んだせいだろう。 秋が確かに来たという実感がないまま、既に冬のような気候で、しかしカレンダー上は11月、紅葉の盛りの頃あいなのだ。
 次の週末は何処へ紅葉を撮りに行こうかと考えながら、一方で、どうも気合いが入りきらない。 寒さで、調子が狂ってしまう。


2002年11月10日(日)  山口きらら博メモリアルイベント完結

 萩市では「萩時代まつり」が催される日。 これに併せて開催された、「長州とことん総踊り in 萩」を見に行った。 「山口きらら博メモリアルリレーイベント」の一つであるにも関わらず、そうであるという情報に乏しかったのだが、会場に行ってみるとちゃんとそう書いてあった。
 内容は、名前通りで、とにかく踊り!踊り!踊り! 近頃はよさこいが流行で、3部構成の内第1部と第3部がよさこい踊りの部だったが、第2部は「一般の部」として、萩市と阿武郡の12のグループの民舞、剣舞、ストリートダンスと多彩。 (着いたのが遅かったので、見たのは第2部から。)
 よさこい踊りの部には、山口県内各地のグループが14(第3部は13)と、本場高知県のグループが1。 何度か見たグループもあれば、初めて見るグループも。 派手な衣装が多い中で、ユニホームで踊った中学生のソフトボール部チームは、シンプルにして奇抜。 別のグループで、ステージ上で足でもくじいたか、踊り子が1人しゃがんだまま動けなくなって、演技中にスタッフに抱えられて退場する、珍しいシーンもあった。 激しい踊りではある。
 高知県のグループ(連)は、今様の他に、正調のよさこい踊りも披露した。 正調踊りは、初めて見た気がする。 音楽は民謡らしい曲で、動きも割とゆったり。 本来は、そういう踊りだったのだ。
 イベントの最後は、その名の通り、総踊り。 よさこいのグループだけでなく、一般の部に出演したグループ、このイベントのスタッフ、さらには興ののった観客もまきこんで、よさこいの総踊り! アンコールまで踊りあげて、全てのプログラムを終了した。
 7月のオープニングイベントで始まった、「山口きらら博メモリアルイベント」も、2週間前の「ファイナルイベント」、そして今日の萩市でのリレーイベントを以て、全てが終わった。 全部は無理だろうと思っていたが、実際には全部の会場を回ることが出来た。 夏に始まり、(まるで冬のように寒いが)秋に終わった、「山口きらら博メモリアルイベント」。 ちょっと寂しいが、これで本当に本当のおしまい。
 メモリアルイベント巡りで土日を潰してきたが、やっと元の生活(?)に戻れる。 ・・・・いや、「続きららスナップ」の完結はまだまだ先だった。


2002年11月 9日(土)  ドンピシャ

 今日は、紅葉の撮影に。 何処に行くか、思案して決めたのは、熊毛郡大和町の伊藤公記念公園。 11月上旬とは思えない気温と寒そうな空模様だったが、着く頃には晴れた! 気温が低いのと風が強いのと、時々日が陰るのは仕方なかったが、待てば十分な光線は得られるように。
 紅葉の状況は、土日だけの行動に割り切れば、ほとんど完璧な見頃。 先週来てもまだ青かっただろうし、来週ならもうかなり散っているだろう。 正に今日。 それに、見物に来る人はまばら。 こんなにきれいなのに、本格的にカメラを携えて来る人はいないという、まるで貸し切りのような状態だった。
 こんなことは、なかなか無いことだ。


2002年11月 8日(金)  館長室の写真掛け替え

 館長室の写真を掛け替え。 コスモスの2枚目。 思いっきりクローズアップで撮っている。 このくらいになると、何処で撮ったかはあまり関係無さそうなものだが、撮影地は美祢市の道の駅おふく(の裏の休耕田)である。 使用カメラはα−707si。
 一番撮りたいのは、何処までも続く一面の花畑を感じさせる構図。 それが出来るのは極限られた条件の時だけで、実際にはきれいな花を選んで寄って撮ることが多い。 さらに条件が悪いと、主役にする花の背景が様にならなかったり、主役にする花自体無かったりする。
 この時は、花粉が花びらに付着した花が多くて、アラを隠して何とかしようとすると、マクロレンズの最短撮影距離ギリギリのクローズアップになった。


2002年11月 7日(木)  リレーイベント編第4弾

 第2展示室と第3展示室を展示替え。 「続きららスナップ」の第16弾で、リレーイベント編の第4弾、下関編。 8月24日、馬関まつりと併催されたイベントの模様。
 ステージ上の人がぶれているカットが多い。 ストロボを使わず(デジカメ内蔵ストロボでは役に立たない)、照明の光だけで撮ったので、微妙にスローシャッター気味になり、良い雰囲気になったと思う。 ホワイトバランスをオートにせず、手動で設定したら、予想以上に色かぶりした状態になってしまったのは実は失敗なのであるが、補正はあえてしていない。


2002年11月 6日(水)  夜の駐輪場にて

 駅前の駐輪場での出来事。
「すみません。」
 見知らぬ初老の女性に声をかけられた。
「これ、○○○○(店の名前)で買ったんですけど、よく分からなくて。」
 その女性、何やら物を差し出した。 それをどこで買ったかは知ったことではないし、「よく分からない」と言われても何のことだか、こっちが分からないのだが。
 ともかくその物を受け取った。 乾電池式のライトだった。 どうやら、自転車の前照灯として買ったが、取り付け方が分からなくて困っているらしい。 “それ”が何かは分かっても、使ったことはない物だ。 夜だから、蛍光灯の明かりだけの薄暗い中、しばし“それ”を手に考え、可動部を動かしてみて、ひらめいた。
「ちょっといいですかね。」
 前籠に収められていた鞄をよけて、角度を調整したライトの台座部を籠の前部にはめ込んだ。
「ああ、そうするんですか。」
 女性は喜び、繰り返し繰り返し御礼を言いながら、前照灯が灯るようになった自転車に乗って去って行った。 ちょっとしたことをしたに過ぎないのだが、ちょっといい気分。

 自動車で出かけると、金属とガラスで囲まれた車内は閉じられた空間。 道行く誰かと言葉を交わすこともなく、出発地から目的地まで。 困っている人がいようが、ただ通り過ぎるだけ。 自転車で出かけると(徒歩でもよいのだが)、閉ざす物は何も無い。 そして、こんなこともある。


2002年11月 5日(火)  コスモス・第4期

 第1展示室を展示替え。 「四季折々22 コスモス 2002」の第4期展示。 撮影地は、下松市スポーツ公園。 黄色いコスモスが多く植えられていて、展示写真にも黄色の花を。
 コスモスを、第4期で終了するか、もう1期続けるか、思案中。 今年の紅葉を、まだちゃんと撮っていないのである。


2002年11月 4日(月)  1泊「3日」、沖縄旅行

 2日と3日は、職場の親睦旅行で沖縄へ。
 2日は、那覇空港に飛行機で到着したのが16時前。 (予定より少し遅れていた。) それから貸し切りバスで首里城に向かうも、渋滞でなかなか進まず、駐車場に着いたのが16時45分頃。 首里城の有料区域の入り口(奉神門)に着いたのが17時。 もうゆっくり見ていられない。 灰色がかった雲の向こうの太陽も沈む寸前で、写真を撮ろうにも光線が乏しい。 再びバスに乗り込んでホテルに向かう頃には、薄暗くなっていた。
 3日は、那覇市から一旦北上して、北谷町のミハマ・アメリカンビレッジ、那覇市に戻って国際通り、さらに南下して糸満市のひめゆりの塔と琉球ガラス村、最後に那覇市に戻ってパイナップル村という行程。 ひめゆりの塔以外は、買い物をする場所ばかり。 珍しいものが多くて、見ているだけでも面白いし、あれやこれやと買い込みはしたのだが。
 ミハマ・アメリカンビレッジの外れ、駐車場の側に陸上競技場のような所があって、この日は町民運動会をやっていた。 で、集合時間にバスに乗り込む寸前、競技ではなく、舞踊を始めようとしているのが見えた。 (町民でも何でもないのに)ダッシュで競技場に入り、観客の町民に紛れてカメラを構える。 小学生達が、(部分的にだが)琉球の衣装を着て、小さな太鼓とばちを手に持ち、舞い始めた。 ・・・・この踊りは、最近見たような・・・・そう、10月27日に「山口きらら博メモリアルイベント ファイナルイベント」で、ぶちきらめき隊が御披露目した新しい踊りに似ている。 あのダンスパフォーマンスの原形らしき舞踊が、そこで繰り広げられ始めたところだった。 しかし、見ていられたのはほんの1分。 名残惜しいが、バスに戻ったのだった。
 さて、那覇で2度目の日没を迎えようとする頃、那覇空港に到着。 あとは飛行機で帰り、1泊2日の旅行が終わる・・・・筈だった。 だが、那覇空港で待っていたのは、搭乗予定の飛行機が、使用機体の到着遅れを理由に55分遅延するという告知。 機内に持ち込んで食べる予定だった弁当を、待合室の椅子に座って黙々と食べる一行・・・・。 (飛行場でこういうことをする団体は、あまりいないと思う・・。)
 見込みは、じわじわとさらに遅れて、60分遅れで搭乗開始、飛行機が動いたのがその10分後。 そのまた10分後に、離陸した。 気象が芳しくなく、飛行中は、舗装があまりきれいでない道路を飛ばすバスのようにガタガタと揺れた。 着陸時も、機体の水平が最後の最後までふらついているようだったが、問題なく地上に降りることが出来た。
 家路はさらに続く。 帰り着いた時には、日付が変わって、4日になっていた。 1泊「3日」、変に長い沖縄旅行だった。
 沖縄滞在中、雲が多かったり、晴れても空が白く、海も冴えない色だった。 空と海に“沖縄らしさ”を感じられなかったのが残念。


2002年11月 1日(金)  ゴジラ、アメリカへ

 巨人の松井が、FA権を行使して、アメリカの大リーグに行くことを決めたというニュース。 単なる一球団の4番打者ではなく、「日本の4番打者」、ゴジラ・松井。 噂されていたことで、突然のことではないのだが、残念。 来年から、テレビでナイター中継を見る時の楽しみが、半分以上無くなってしまった。

 今日は、年賀葉書の発売日。 昨年はインクジェット紙葉書の確保に往生したが、今回は早々に郵便局で予約しておいたので、難なく買えた。
 館長室に新たに掛けたコスモスの写真は、豊浦郡豊浦町のリフレッシュパーク豊浦で撮影したもの。 使用カメラは、α−707si。



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