館長日誌 2005年1月
2005年1月31日(月) 積雪開始
予想されていた寒波が、遂に来た。日中は晴れていたが、夜になって雪が降り始めた。
戸外では、音も無く積もりつつある。明朝には、雪景色が見られるかもしれない。
これが金曜か土曜なら、雪景色の写真をゆっくり撮れるのだが・・・・あいにく明日は火曜日。
仕事に行くのに邪魔になるだけになりそうだ。せめて、水道管の破裂は無いように願いたい。
2005年1月29日(土) 御裳川公園
今日は、とにかくどこかに行こうと考えて、行き先に、下関市の御裳川公園を選んだ。
NHKの大河ドラマ「義経」放送開始に合わせて、壇之浦の合戦を題材にした紙芝居をやっていると、前に新聞か何かに出ていたので、それを見てみようと。
御裳川公園に駐車場は無い。道向いの関門人道トンネルの駐車場は満車で、赤間神宮前の駐車場に車を置いて、歩いて御裳川公園に向かった。
着けば、目的のものはすぐに分かった。10時から15時まで、人が集まり次第随時開演、となっていて、途中で着いてもすぐに次が始まるという調子。
見物人は、大体10人前後ずつだった。素朴なものだが、クラシックな型の自転車の荷台に載せた紙芝居は、なかなか洒落ていたと思う。
それにつけても、御裳川公園。
昨年末に工事が完了して、元々あった、長州砲(模造品)のある東屋を挟んで、東側に5門の長州砲、西側に源義経と平知盛の像が鎮座している。
映画「チルソクの夏」で、真理達が郁子と安君を隠れて見ていたように、東屋の長州砲の陰から向こうを見たら、やはり巨大な長州砲が見える。
地面も変わっているし、海岸の柵も新調されているように見えた。
映画の風景が一つ、失われた。
よりによって、「チルソクの夏」に協力した下関フィルムコミッションの会長その人が首長を務め、しかもそのままの役職(市長)の役で出演もしていた、下関市によって!
(2004年10月30日、同12月13日付け日誌参照)
2005年1月28日(金) 寒波の予告
このところ、天気が良い。今日などは、朝は寒くても、最高気温が10度を超えた。
梅の開花情報も聞こえて来る。だが、天気予報は、日曜日から1週間くらい、今冬最大の大寒波が到来すると言っている。
予報通りなら、来週は結構大変かもしれない。
さしあたり、明日はまだ大丈夫なよう。出かけるなら、明日だ。
2005年1月27日(木) 復旧
原因不明のADSL実効速度低下から1週間あまりの昨日、WEBページの表示が早かったので測定してみたら、元通りの速度(500〜600kbps程度)が出ていた。
今日も測定したら、やはり元通りの速度が出ている。要するに理論値の20分の1程度だが、復旧した。
速度低下も原因不明なら、復旧も原因不明。PCの設定はいじくっていないし、モデムも何もしていない。
何かは分からないが、問題は外部にあったとみて間違いないだろう。
2005年1月26日(水) 意外な封入物
書店で雑誌を買って帰って、紙袋から雑誌を取り出したら、何かがぽとりと落ちた。
よくチラシが一緒に入っていることがあるが、それはまるで形状が違う。
拾い上げて見たら、「注意んガム」という名前の付いたチューインガムで、安全運転を呼びかける標語が印刷されている、交通安全協会の啓発グッズだった。
ちょっと驚いた。
資料室の写真を掛け替えた。昨年11月に撮影した、石川県金沢市のひがし茶屋街でのスナップの3枚目。
使用カメラはミノルタα−7。
2005年1月25日(火) 25日間の封印
今日放送されたNHKの歌番組「歌謡コンサート」で、小林幸子の“豪華衣装”が披露された。
(本来は、小林幸子が“豪華衣装”を纏って歌唱した、と言うべきなんだけど。)
昨年末の「紅白歌合戦」用に製作されながら、小林幸子の故郷・新潟県が大地震で大変なことになったことに配慮して、封印されていた“豪華衣装”。
“故障”もなく、展開するべきところはきちんと展開し、無事に披露された。
まだ今年が始まって25日しか経っていないのに、少々年末の雰囲気を味わったようだ。
それにしても。大災害の被災者に配慮して「紅白」には地味な衣装で出演し、あえて封印された“豪華衣装”である。
それから25日後に、早くも封印が解かれた。この25日の間に、新潟中越大地震の被災者について、事態の好転があった筈も無い。
こんなに早く封印を解くのなら、大晦日に予定通り披露していても良かったのではないかと思えてならない。
あるいは、今日、という日を思うと、悪評高まった海老沢NHK会長が、実は退任を決心しておいた上で、全視聴者が見損ねた紅白の目玉をNHKのイメージ改善に利用することを狙い、
会長退任の発表と「歌謡コンサート」で“豪華衣装”を披露する日のタイミングを合わせたのかもしれない。
・・・・というのは、考え過ぎだろうか?
2005年1月24日(月) 神経逆撫で
NTTから郵便物が届いた。封筒の中に入っていたのは、「電話料金の値下げ等のご案内」と、「お伝えしたいメッセージ」なるパンフレット。
後者のパンフレットの中の、この見出しが気に障った。
「ブロードバンドを、もっと快適に。」
・・・・だったら、ADSL回線の通信を安定させてくれ!
続く文章を読めば、光回線を提供すると言っているのだが、全国津々浦々まで行き渡っている電話回線を利用出来るADSLすら、人工カバー率は100%に達していない。
まして、光回線がどこでも使えるようになる日なんて、来ないのではないか?
だから、せめてADSL回線を快適に使わせてくれ!せめて、理論値の1割くらいの実効速度は保証してくれ!
(1%なんて、冗談じゃない。)
2005年1月22日(土) 実効速度約1%
ADSL接続時の速度が遅いと気が付いたのは、4日前の18日。
速度測定サイトを利用して計測してみたら、この4日間、速い時で250kbps、遅い時で77kbps!
何度か測定して一番多かったのは120kbpsだから、大体このくらいが近頃の平均だろう。
契約は12Mタイプだから、実効速度は理論値の1%相当ということになる。
もはや、ブロードバンドと呼べる域ではない。
元々500kbps〜600kbps程度の実効速度でしかなかったが、これならぎりぎり動画コンテンツも利用出来た。
しかし速くても300kbpsを下回り、100kbps台が普通という状態では、ナローバンドも同然。
WEBページを表示するだけでも時間がかかる有様だ。
どうしてこうなったのか、原因が分からない。一時的なことならまだ良し。ずっとこのままでは、辛い。
2005年1月21日(金) 合併の思わぬ効果?
島根県の、合併して誕生した雲南市で、合併前の町に2年前に出生届が出されていながら、戸籍に記載されていなかった子がいたことが分かったというニュース!
合併に伴ってとられた事務の中で、当事者が気が付いて申し出てようやく分かったというから、合併がなければまだ発覚しなかった訳だ。
市町村合併の、思わぬ効果とでもいうところか?
このニュースでもう一つ驚いたのは、住民票は作られていたので実害は無かった、ということ。
戸籍が無くても住民登録は可能(?)とは、思いも寄らなかった。
2005年1月19日(水) 今年最初の展示替え
第1展示室、第2展示室、第3展示室、一斉に展示替え。
今年最初の展示は、「冬の花火(2004)」で、その名の通り撮影は昨年。
12月23日にファンタジークリスマス in きららに行って、その最後のミニ花火大会で撮影した写真を15点選んで展示した。
写真は前年のものであるが、新鋭デジタルカメラ・FUJI FinePix F810による撮影分の第1回展示である。
元画像はC−900ZOOMで撮影したものより大きいのだが、展示用には従来通りの大きさに縮小することにした。
2005年1月17日(月) 阪神淡路大震災から10年
阪神淡路大震災が発生した1995年1月17日から、丸10年。今日は新聞もテレビも関連情報でいっぱいだ。
あの日、朝、テレビで“横倒しになった高速道路”の映像を見て何かが起きたことを知ったのが最初だったと思う。
それから昼、夕方と情報が増え、公表される死者の数が数百人から数千人へと急激に増えて、戦慄を感じた。
被災地域に住んでいる友人が無事だと分かったのは、地震発生から何日も過ぎてからだった。
6年くらい前に、神戸に行ったことがある。既に復興は進んでいたが、地震の爪痕も目にした。
それからさらに年月は流れ、大震災から10年。
遠く離れた場所でテレビを見ている身には過去の出来事だが、テレビに映し出される現地の人々の顔には、今も終わってない出来事だと書いてあるかのようだ。
新潟中越大地震、スマトラ沖大地震・・・・大きな地震は、忘れる間もなくどこかで起き続けている。
今自分がいるこの場所も、被災しないという保証は無い。
心配してばかりいても生きていられないが、備えの疎かなことはとりあえず自覚した今日、この日。
2005年1月16日(日) 雪予報は外れても
昨日、今日と、天気予報は積雪の可能性すら告げていたが、結局降ったのは雨だけだった。
新鋭デジタルカメラを持ち出して撮影することもままならない。
洗車も出来ず、読書でもと思ったが、今日は寒さで調子を崩して、寝て過ごした。
週間天気予報では、これからさらに1週間も、ぐずついた天気だと言っている。
寒いのは仕方ないが、冬の雨が続くのは、風情も何も無い。
2005年1月14日(金) 「間違えて届いた郵便物はありませんか?」
夜になって、郵便局の人がやって来た。配達員ではなく、郵政公社と書かれたブルゾンを着た人が。
珍しいなと思ったら、探し物をしているのだった。
「間違えて届いた郵便物はありませんか?」
・・・・どういうことなのか、説明は無かった。だが、何が起きたのかは十分察しが付く。
この地区のどこかの家から、郵便物が届いていないと郵便局に苦情あったのだろう。
この時期だから、年賀状だろうか?アルバイトが多く従事した時期だから、何か間違いがあったのかもしれない。
うちには誤配は無かったので、無いと答えたら、その人はすぐに立ち去って、また近所の家を訪ねていた。
時々新聞に、郵便物を捨ててしまったり隠したりして配らなかった事件が載っていることがある。
そういうことかどうかは分からないが、近いところで誤配か不配(?)があったらしい。探す職員は大変だ。
館長室の写真を掛け替えた。撮影は昨年11月だが、サザンカの写真。
写真が小さいので分かりにくいが、花に向かって飛ぶ蜂も写っている。
2005年1月13日(木) 地表の震え
今日はテレビのニュースで、スマトラ大地震の後、今もまだ地表の震えが続いているという話しをしていた。
全然体感出来るものではないが、とにかく大きな大きな災害だということをまた改めて知る。
体感出来るところでは、年末からずっと低温傾向が続いている。
今日は粉雪も降らなかったが、12月に全然降らなかった分(?)、週間天気予報から雪だるまが消えることがない。
2005年1月11日(火) 1日が短く
今日テレビを見ていて、びっくりしたニュース。
年末に発生したスマトラ沖大地震の後、地球の自転速度がほんの僅かに早まった、つまり1日がほんの僅か(100万分の2.68秒)短くなったと!
ユーラシアプレートの下にインド・オーストラリアプレートが沈み込んで、赤道のふくらみが少し細くなったのが理由だとか。
地球が誕生してから、地球の形状に打撃を与えるような出来事は、大変な回数起きているだろう。
その度に自転速度も変わっていたのだと思う。考えたこともなかった。
1日を長く感じるとか短く感じるとか言うが、真実の1日の長さも絶対的なものではない。ということか。
2005年1月10日(月) ともかく祝日
今日は成人の日。だからニュースを見ても各地の成人式の話題がたくさん・・・・ではあるが、どうも、今ひとつ・・・・・・。
近頃、成人式は、故郷を出た人が帰省する時期に合わせて、盆や正月3が日にやってしまうところが多い。
その上、成人の日が月曜日になることで出来た3連休の中日である日曜日に式をやってしまうところも出てきて、結局1市町村も成人式を成人の日にやらない県まであるのだとか。
もう、何のための祝日なのだか分からない。ともかく祝日。寒くて外出は控え、ただ休んでいた。
2005年1月 7日(金) 4日働いて、3日休み
今年の第1週の仕事が終わった。明日から3連休。
仕事始めから最初の休日までが短いとありがたいし、それが連休だとなおありがたい。
ただ、3連休になるのは、元々1月15日であった成人の日が、法改正後1月第2月曜日になったからで、この、趣旨を棚上げに、単に休日を作るだけの法改正には反対だったのだが・・・・
今年は1月15日が土曜日で、1日祝日を損するところだったから・・・・文句を言わずに(?)休日を楽しむとしよう。
2005年1月 6日(木) 学芸員室の写真掛け替え
今年最初の写真の掛け替えは、学芸員室。クリスマス時期の写真を外して、福井県・東尋坊で撮影した写真に替えた。
昨年11月に職場の親睦旅行で行った時に撮影したもので、使用カメラはミノルタα−7。
もしPCのディスプレーが明るいと分かりにくいと思うが、写真の奥寄りに、遊覧船が横切っている。
2005年1月 4日(火) 仕事始め
今日から実社会でも仕事始め。
年末年始の休みが1年前(9連休!)より少なかった分、休みぼけもなく仕事に取りかかれた。
そして今日のところはきっちり定時で帰宅。
すぐに忙しくなるだろう。
2005年1月 3日(月) 雪で始まった2005年
暮れの30日にこの冬の初雪になり、2005年の正月は元旦早々積雪するくらいの雪で始まった。
初日の出どころでもなく、雪はじきに溶けて初詣はかろうじて行ったが、あとは屋内で過ごすことが多かった。
今日から本館の更新を再開。館長室に年賀状を置いた。期間限定だが、いつまでにするかは未定。
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