館長日誌 2011年3月
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2011年3月26日(土)  寒い中の寒桜

 防府市立向島小学校の寒桜が満開になったという情報が数日前にあり、今日、行ってきた。 昨日から今日にかけて、雨が降ったり日が差したり、目まぐるしく変わる空模様で、気温も3月下旬にしては低い中、目的の寒桜は、まだ満開を維持していた。 雨に打たれたため、近付くと花が痛んでいるが、離れて見れば、見事。 ただ、冬のような寒々とした空の下、文字通りの寒桜という風だった。
 東北地方太平洋沖地震発生から半月。 ニュースのほとんどは被災地のこと。それと、福島第1原子力発電所のこと。 加えて、福島第1原子力発電所から漏れた放射能が原因で起きている、東北から関東にかけての野菜や飲料水の汚染のこと。 4機の原子炉は危機的状態を脱することなく、終わりの見えない事態が続いている・・・・。


2011年3月21日(月)  踊る結婚式

 結婚式に出席。 正式に頼まれた訳でもないが、勝手に(?)写真係を任じて、この日のために追加購入した外付けストロボを装着したE−5を手に動き回り、終わってみれば806カット! 整理が大変。
 新郎新婦は社交ダンスをするということで、披露宴の最後に新郎新婦がダンス用の衣装に着替えて登場して、ダンスを披露。 「アンコール!」の声がかかり、もう1回踊って見せ、拍手喝采だった。 オリジナルな、いい結婚式だった。 本人達も、良い思い出になるだろう。


2011年3月19日(土)  1週間経過

 昨日の14時46分、東北太平洋沖地震発生から丸1週間が経過した。 「余震」の言葉で片付けるには大きな地震がまだ続いているが(しかも、震源地が東北から静岡や長野までの間を移りながら)、新たな津波は報道されていない。 確認された死者数が阪神淡路大震災を超えて、戦後最悪となり、まだその数が増えているが、現地で被害状況の確認が出来るようになってきたことの、皮肉な証明かもしれない。
 しかし、事態をまだ悪化させているのが、福島第1原子力発電所。 自衛隊と消防庁が特殊な機材を持ち込んで放水を繰り返して、それが功を奏して放射能漏れを抑えていると発表されているのが、真実なら良いのだが。 真実でも、家に帰ることが出来なくなった人があまりにも多い。町ごと県外に集団避難したところもあるというし。
 そんな予断を許さない状態が続く中、今日、NHKもドラマの放送を再開した。 1週間ぶりに聞く連続テレビ小説のテーマ曲は、感慨深いものがあった。 報道中心の特別編成には違いないが、長期戦体制に移ったのだろう。
 東日本の緊迫が嘘のように平和な西日本。 今日は防府市立向島小学校の寒桜を見に行ったが、まだ三分咲きくらいだった。 少し前に寒さが戻ったからだろう。今年の開花は、かなりゆっくりだ。


2011年3月17日(木)  無情の雪

 今日は冬の寒さが戻って、一日中雪が舞った。この地方でさえこれだ。大災害に見舞われた東北地方には、無情の雪だろう・・・・。
 テレビの放送は、民放は通常番組に戻ってきたが、NHKはニュースだけの特別編成が続いている。 伝えられる、東北地方・太平洋岸地域の惨状・・・・。 マグニチュード9.0の大地震+推定10mを超える高さの大津波+原子力災害、そして寒さ。 地震だけならまだ大したことはなかったらしい。 大津波が、福島県から岩手県にかけての海岸沿いの町を壊滅させた。 それで全てが破壊されて、行方不明者の捜索が進まず、孤立した人々の救助も進まず、補給が及ばないから燃料が欠乏し、燃料が欠乏しているから救援物資が届かない。 だから助かった人々が、食料に事欠き、医療を受けられず、暗い中で寒さに震えている。 加えて、福島第1原子力発電所の事故だ。 1号機から4号機までの4機が制御出来なくなって、施設の破損が進み、放射能が(強烈ではないにしても)放出され、事態が収拾する見込みが立っていない。 原子力発電所の周辺住民は段階的に遠くへ、遠くへと避難を強いられ、放射能漏れがまた、東北地方への物資輸送の障害になる。
 電力不足に陥った首都圏では「計画停電」(計画はいい加減な様子だが)が実行され、首都圏の品不足が、西日本まで影響して・・・・ 悪いことが連鎖して、この国はもつのか?という気にさえなる、非常事態。
 これで西日本で何かが起きたら?
 目下、最大の関心は、原子力発電所の事態の行方だ。日本の運命そのものを左右しかねない。


2011年3月13日(日)  「東北関東大震災」

 「東北関東大震災」と名前が付いた、大災害。今日もテレビはこれ一色。情報も増えた。
 とにかく、被災した範囲が広過ぎる。死者の数は増え続け、最終的には万単位の人数になるのが確実視されている。 避難所の様子、九死に一生を得た人の体験、瓦礫と化した町の景色、消滅した町の風景・・・・。
 原子力発電所の周辺では、大勢の被曝者。ひどい。
 発電量の低下で、東京電力は明日から計画的に輪番停電を実施すると発表したが、これにより断水が起きたり、電車の運行に影響が出たりするとか。 だから政府が通勤や通学の自粛要請・・・・というのは、もう、無茶苦茶だ。
 情報は増えたが、大変なことが広範囲で起きていて、知れば知るほど、呆然。
 じきに義援金を募る話も来るだろう。とりあえず、これくらいのことには協力しよう。


2011年3月12日(土)  炉心溶融

 終日、テレビもラジオも東北太平洋沖地震一色。 一夜明けて、東北地方の地震と津波の被害の凄まじさが、段々分かってきた。 テレビで流れる映像の種類も増えた。 大津波が陸地に押し寄せて、漁船と自動車と家屋(!)が一緒くたに流れて、町が消えて・・・・信じられないような現実。
 建物の3階まで水位が上がったという所では、普通の住宅は全て水没したということか?(又は流失。) 町の人口の半分以上が行方不明とか、役場が完全に水没して町長以下職員のほとんどが行方不明とか、壊滅状態の町もあるという。 絶句・・・・。
 さらに悪いことは続く。 福島県の原子力発電所で、冷却機構が全く機能しなくなり、炉心溶融に至ったという発表には、背筋が凍った。 放射能の放出は大したことはないという公式発表は、眉唾ものだと思う。 海水注入で炉心温度の抑制が出来るというのは本当だとしても、出てはいけないもの(放射能)が出てしまったことは、元に戻せない。
 テレビのチャンネルを変えても変えても、地震のことしかやってない。 見ながら、呆然としている。


2011年3月11日(金)  東北太平洋沖地震

 仕事中は、どんなに大変なことが起きたのか、よく分からなかった。
 午後2時46分、東北地方の沖の太平洋を震源に、最大震度7の大地震が発生。 帰宅してテレビをつけたら、どの局も地震のニュースしかやっていない。 東北地方から関東地方にかけての大地震になったらしい。 ただ地震が起きただけでなくて、大きな津波が襲って、岩手・宮城・福島の3県は甚大な被害が出ていた。 津波が内陸深く侵入する映像にも、夜の闇の中で広範囲に炎上している映像にも、見ているだけで恐怖を感じた。
 西日本には及んでいないが、余震は続いている。災害の全貌が分かるのには、相当時間がかかるだろう。


2011年3月 7日(月)  ホクト、死す

 徳山動物園の、雄のホッキョクグマ「ホクト」が、昨日死んでしまったことが報道されている。 享年(推定)27歳。人間で言えば80歳に相当すると言うし、死因は老衰だと言うので、寿命と思わなければならないだろう。
 徳山動物園に残されたホッキョクグマは、ユキ1頭になってしまった。 2006年12月から2009年5月まで、ホクトが砥部動物園に繁殖のために「出張」していた間、ユキは1頭だった。 今度またユキは1頭になり、だが今度は、ホクトは帰って来ない。ユキの思いは如何に・・・・?


2011年3月 5日(土)  老の山に来るのは遅かった

 下関市彦島の老の山公園は、梅の名所としても知られている。思い立って、行ってみた。 ・・・・結果は、失敗。 新聞には1月に既に見頃という記事が出ていて、いくら何でも早過ぎるだろうと思っていたが、ほぼ散りきってしまっている状態からすると、 他所に比べると随分早くに見頃になったのは間違いなさそうだ。
 教訓。老の山公園に行くなら、冠山総合公園が見頃になる前だ。



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