2009年12月10〜13日じゅっくりの会in京都 記録     home  

10日 駅から  えいぞうさんの家体験記  えいぞうさん父を語る えいぞう・きみこさん新居を語る

11日  柳原照弘の この1年   工芸繊維大講義      デザインイースト 00 を語る  

12日  渡辺菊眞さんに聞く   鼎談 アガカーン賞の王路 (森田一弥・渡辺菊眞・江崎貴洋)
     松岡聡さんに聞く    
工繊大3年生・浅野翔さんに聞く

柳原照弘さんデザイン・イースト00を語る(DE00)  
            その01  その02  その03 

 2007年3月31日の柳原さん  2008年 5月17日の柳原さん 

  その03

佐藤:手売りとかしたんですか
柳原:手売りもしました。要はチケットの、僕らは予算があってこのイベントやったんじゃない。依頼じゃなくって、こういうのやりたいから この場所でこの人呼びたいからやったと。じゃーチケットいくらにして何人呼ばなきゃいけないかと、大体枚数とか出て来るじゃないですか。その枚数をまずは、やっぱり、来てもらいたいんですけどね。 その時点でもう1ヶ月無かったですよ
佐藤:はあはあ

柳原:開場まで
佐藤:アナウンスできないね!
柳原:アナウンス出来ないし、チラシグラフィックとかこのメンバーでやっているので、ギリギリまで中身が決まらなかったんで
佐藤:最初だからな、急いでもしょうがないし
柳原:プリントするのも印刷するのもギリギリです告知も2週間しかなかったのでこの2週間で最大限やるっていうのは、やっぱり自分たちが出向いてこういうイベントやるので参加してくださいっていうことをどれだけ告知出来るか?と。後は個々に参加してくれる人がネットワークで紹介してくださいということで

佐藤:集った人と人の人脈伝え 口伝えでね
柳原:人脈とインターネットですね
佐藤:インタネットで広報!?

柳原:配りましけど情報の、ほとんどはインターネットだけで何か面白いのはありそうやから行こうかとか。あとツイッターの話とかですね。そこで広がって何か分からないけど、来たっていう人が、面白いから行こうって3日間来てくれたり。
佐藤:なるほどツイッターでねそうか〜。こんどはアウトプットの方だけどツイッター使ったよね、あの時点ではあんまり盛り上がってなかったようだけど、どうした

柳原:僕らもツイッターその時に知って。ぐらいで。そんなに重要視してなかった
佐藤:柳原さん使ってないよね
柳原:僕やってないんですけど他のメンバーがやっていて。でもこんなので人集まるかな〜と思ってたら意外と浸透してて。東京の人はやっぱりツイッターでこのイベント有るっていうのを知ってくれた



 記録を作る

佐藤:
なるほど、あと記録は何か?ちょっと見たんだけどもちゃんとやってないよね。
柳原:そこがちょっと 課題です
佐藤:プレスも日経新聞の記事みたけど、ああいう言われ方は心外だろう と
柳原:このイベント、インデペンデントで起きたですけど、ここが大阪の他にも無かったんで、結構みんな乗っかってたんですけど。大阪のデザイン状況が、色々イベントが有って。ドンドンドンドン何かこう、一人歩きしてるんですけど

僕らは僕らでちゃんとしたメディアを作らないといけないって事で映像と音声作っているんで。ちゃんと来年までに、キチッと一つのドキュメントとしてなるプロジェクト、これが一つの作品として成る仕組みを

佐藤:今日の岡田ゼミでの話し合いもその一環だけどね
柳原:そうですね、今日はなんか岡田先生や学生さんの力を借りて記録が出来るって言う。

佐藤:
岡田先生それで良いって同意してくれ、頂いたので講義に乗ってしまったんだけど
柳原:でもこれも一つのドキュメントとしての形になると思うので

佐藤:新聞の記事読んで、酷いな〜と思ったので、自分たちで。と言っても俺は観察者なので煽った。自分たちで記録作って置かないとだめじゃないのってけしかけ

柳原:
広報も含めて、全部自分たちでまずはやって、でも全部自分たちで終わらせるのではなくってそこで、色々参加できるかたちにしたいな〜と思っているんです。
佐藤:既存メディアの使い方を知らなかったと、反省しておいて。それは分かった。けど 当事者じゃない他者に記録してもらうのはとても重要なので、それは呼びかけないとメディアは来てくれないよ、日本の場合は。 大学の授業のトークも他者が介在するからまずは良いと思うね。



  当日の印象

佐藤:
当日やってみてどうでしたか。当日の印象は
柳原:当日は3日間、
佐藤:最初の日はどうでしたか?

柳原:最初の日は設営でもう、みんな寝てなくって僕、6キロ痩せたですよDEやせって言う。でもみんながそうやって本当に仕事を両立しながら。両立はあんまりしてなかったんですけど ふるるふふ
佐藤:当日はハイテンションで寝なくっても大ジョブだろがその後どうしたんです
柳原:みんな設営頑張って朝までやって準備はしたんですけど、まだここに誰も居ないんですよね。この場所には。まだ人も通ってない、オープンしてなので。初めてオープンする場所で。隣で除幕式があるような場所やったんですよ。橋下知事が来て。で、そういう中でオープン1時間前を何とか準備したら、急に大丈夫かな〜って不安があってここに人が来るんか〜???でみんなも告知もそんなにしてなくって、告知を入念にしてたらまだあれですけど。
佐藤:準備したけど告知してない事実が頭をもたげたと

柳原:でも心配はやっぱり一気に吹き飛んで
佐藤:それはどこら当たりで
柳原:トークショーの前にはもう行列ができるぐらいですね、人来て
佐藤:夕方じゃん
柳原:そうですね、だからここの時点はプレスの準備とか来てくれた人に挨拶するとかで、なんか人は来てるけど全体が見れないかったんですけど

佐藤:なるほど:初日に5,600人来たと
柳原:初日は400人真ん中の日に本当に入れないぐらい行列ができて。もうずーっと回って
佐藤:何人入れたんですか、そこの場所には
柳原:実際入れるのが100人ぐらいだったんですけど、
佐藤:事前告知の会場の写真だと 建物できてないし
柳原:できてないです、だからもうぎゅーぎゅーとあとこれは本当に溢れると思ったので、外にモニター用意して。外にも座れて聞ける状態にしたんです。そこちょっとクレーム来るのかな〜と思ったんですけど誰もこないです

佐藤:寛容性をもったお客さんだったと
柳原:みんなずーっと座って聞いてくれてそこは凄い嬉しかったですし、また参加してくれた人が全員が、こんなイベント東京にも無いって言ってまた参加したいって言ってくれて。普通イベントって終わったら帰るんですけど、
佐藤:みんな居残り〜してくれて
柳原:みんなずーっと居てくれて、2次会も3次会も100人ぐらい居ましたね
佐藤:みんな別れを惜しみ残りつづけてね〜
柳原:凄かったです みんな参加しているっていうか一緒に共有している意識が持てたイベントです。


佐藤:最初の囲い込みと、壁をつくって行った成果だね、3日目はどうでしたか
柳原:3日目はみんな来年に繋げないとという意識でお客さんとして参加した人が来年、僕らもそれをずーっとトークショーの終わりに。最後これは僕ら切っ掛けを作ったんですけど、一緒に育てていくのは大阪に居るみんなでやりたいと思っているんで、参加したい、してくれる人名刺置いていってくださいって言っていたら本当に、みんな置いていってくれて


佐藤:
3日間終わって、直後何か打ち上げか何かやったんですか
柳原:全体の打ち上げをその場で、よかったねと。じゃー来年につなぐことをやろうと言ったんですけど。やっぱそれぞれが、忙しいから。来週(2009年12月18日)その前に僕らが4人集まって、次の方向性いま決めて動き出しているんですけど。

佐藤:直後は疲れたーって放心状態ですか
柳原:もう放心状態ですやりきったというのと。そのあと直ぐ東京のイベントがカリモクが控えていたので。直ぐやらないといけないっていうのと。体勢立て直さないといけない。

佐藤:今日 3ヶ月後なんで反省するのにはいい時期だったかな
柳原:ちょっと、遅いぐらいですね、けど東京終わったんで丁度いい。
佐藤:じゃあ今日設定していただいた岡田先生に感謝してね
柳原:そうですよ 

佐藤:ふふふふふ
岡田:こういう機会を設けられてうれしいです
佐藤:良かったね


  会場についての話

佐藤:ではDE00の会場の話をもうちょっと聞かせていただきますけども、堂島川左岸の建物の中だったの?
柳原:あれは、河川法が改定して、要は川沿いに商業施設を建ててもいいという法律になったんですね。それの第一段、大阪市の
佐藤:HPの写真で見ると工事現場のように見えたけど、あれはどうなっていたの

柳原:あれは、そこの河川法の要は下を作って。人歩けるようになったんです。そこの歩けるようになった所を商業施設を作って。そこを一つの地域にしようと。ということで
佐藤:所有者は誰だったんですか
柳原:芦屋の不動産の方で、経営権を買って建物建てたんですけど。来年までテナントが空いたままなんです。そこをどうしようかっていうのを。建物の設計がイフィックスの間宮さんなんですけど。

  岡田研究室に学生が入ってくる 

佐藤:どうぞ
柳原:そこで、空くの聞いたんで、じゃー丁度僕らも、何か決まっているところじゃなくって、凄い仮設なスクウォッティングな感じが、DE00にぴったりだったんで。まみやさんに言って使わせてください。僕らはこういうのやろうとしているけど、この商業施設が新しくなるプロモーションにもなるから。ただで使わせてください
佐藤:あつかましい なるほどな

柳原:で不動産屋さんに言ってくれて。ただで使わしてくれたんです
佐藤:心意気が分かる、そういう協力者がいたわけだ!うまいこと行くもんだね、やってみるとね
柳原:そうなんですよね〜

佐藤:安全とか事故が起きたときとか色々考えて対策はしていたの
柳原:それを僕らがやることで、要は今テナントが入らない行政も、逆に功を奏して。別デザインバンクスというイベントを作ってですね。僕らは一つの建てものだったんですけど。その周りをまみやさん自体、デザインバンクスというイベントをやってくれたんですよ。
佐藤:同時にね 相乗効果ってもんで やってくれたわけだ、いいね

柳原:同時にやってくれた、だからそこに僕らがやれない音楽だったりとか、アートとか、同時多発的にやって何か外で屋台ができてたりとか。僕らがやったわけじゃなくって、そこに一緒にやてくれたんです

佐藤:なるほど。それはよかったね
柳原:はい、でそこでたまたま序幕式だから、大阪府の事業なんで、橋下知事が来て。除幕式に参加したんですけど。そこで一環としてDEの中を視察というのがあったんですよ。僕らも忙しい時、凄いトークショーのときやめて下さいとか。チケット買ってくださいとか言っていたんですけど。でも来てくれたら、橋下知事が 何かこんなデザインのイベントにこんな人来るの?!って言う。ビックリしたみたいで。しかも大阪に無かったこの場所と熱気が橋下知事がぐーっと来たみたいで。

次の日プラベートで奥さんと来てくれて。何かデザインの可能性っていうことを今までデザイン?イコール、よく分からないもので、これに何億とかお金が入ってるって言うかたちでデザインを排除しようっていう意識だったのが。変わって!デザインってこんなに人が集まるんってことで。

僕に何か話ししてくれるようになって。で、上で呑みながら、この場所が大阪にとってランドマークになると思うので しかも、僕はハードじゃなくってソフトで人が変わるっていう仕組みを、僕は提案したら、橋下知事もハードじゃなくって、やっぱりコンテンツっであるべきもっと大阪を作っていって欲しいっていう話を
佐藤:渡りに船って感じだね

柳原:そうなですよ、そこで、渡りに船でまあ、そこの運営している人も、他だ単に飲食ビルではテナント入らないっていうのはもう感じてて、やっぱり一つの人が集まる施設とし使わなければいけなということで、今僕らじゃなくってDEメンバーじゃなくって、そこの施設運営している人達が!集まって!デザインの場所を作ろう!ということで、今行政と掛け合ってやってくれている 僕らにできないじゃないですか、行政と掛け合うことは、今動いてくれていて、そこのメンバーに僕らも入って、

佐藤:ビル運営のメンバーにもなっちゃったわけだ
柳原:いつのまにか されてましたけど
佐藤:仕掛けたんだから 成らざるをえないよね

柳原:そこには今まで僕らができないネットワークも、いわゆる尊敬している人らと一緒にテーブルで大阪をどうしていったらいいか?をフラットに話できるのと。何かその人らが集まって、何かやらなあかんな〜と動きがなっているんで。

それ昨日、間宮さんとかグラフィックの服部さんとか。むらたちあきさんとか。

その人らが 浸透しているからそんなのしなくって良いのに、集まって。

そこで大阪をどう作っていこうか?を話合う場ができたのも、DE00の一つの力だっったんじゃないかなと

佐藤:DE00については よく分かりましたありがとうございました 

柳原:はい

  42:59




 2009年9月に行われた デザインイースト00 について
  柳原照弘さんの語りでした 読んでいただきありがとうございました

 2010年に行われる DESIGNEAST01に皆さんも参加してみてください
  他の実行委員の聞き取りもする予定です
 
 文字起こし・文責:佐藤敏宏