けふもまた こころの鉦を うち鳴し うち鳴しつつ あくがれて行く
海見ても 雲あふぎても あはれわが おもひはかへる 同じ樹蔭に
幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく
わが胸の 奥にか香の かをるらむ こころ静けし 古城を見る
峡縫ひて わが汽車走る 梅雨晴の 雲さはなれや 吉備の山々
青海は にほひぬ宮の 古ばしら 丹なるが淡う 影うつすとき
山静けし 山のなかなる 古寺の 古りし塔見て 胸仄になる
桃柑子 芭蕉の実売る 磯町の 露店の油煙 青海にゆく
寂寥や 月無き夜を 満ちきたり またひきてゆく 大海の潮
旅ゆけば 瞳痩するか ゆきずりの 女みながら 美からぬはなし
安芸の国 越えて長門に またこえて 豊の国ゆき 杜鵑聴く
ただ恋し うらみ怒りは 影もなし 暮れて旅籠の 欄に倚るとき
白つゆか 玉かとも見よ わだの原 青きうへゆき 人恋ふる身を
潮光る 南の夏の 海走り 日を仰げども 愁ひ消やらず
わが涙 いま自由なれや 雲は照り 潮ひかれる 帆柱のかげ
檳榔樹の 古樹を想へ その葉蔭 海見て石に 似る男をも
山上や 目路のかぎりの をちこちの 河光るなり 落日の国
椰子の実を 拾ひつ秋の 海黒き なぎさに立ちて 日にかざし見る
あはれあれ かすかに声す 拾ひつる 椰子のうつろの 流れ実吹けば
日向の国 都井の岬の 青潮に 入りゆく端に 独り海聴く