和歌と俳句

釈迢空

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人おとの遠きに居む と 山深く 屋場覓ぎけむ ひとの さびしさ

坐ながらにこだまこたふる 屋敷標めて、山の深きに、おどろきにけむ

遠き世の山家の夜居や、をとめ子は、息づき若く まじり居にけむ

たどたどの 翁語りや。かつがつに 聴き判く我も 旅の客なる

川 阪を越えて はろばろ 来つる旅。翁の語る 聞けば、思ほゆ

山びとは、歓び 浅くなりにけり。おきなの語り 淫れ行けども

夜まつりに、たはれ歓ぶ 山びとの このとよみに、われ あづからず

さ夜ふかく 大き鬼出でて、斧ふりあそぶ。心荒らかに 我は生きざりき

榾の火は 一むら明り 消えむとす。をとこを寄せず居る をとめあり

優なりし舞ひ子も、かくて 山に経む。山他妻に なづさふ 見れば

山の木根 枕きて、迭に 思ふらし。顔見知りつつ 一夜かなしも

山びとの 徹宵たはれて 明けにけむ 木原 くさむら 踏みつつも 思ふ

屋庭 後苑 朝霧おもし。人づまは 家のかしぎに、帰りけらしも

をとめ子は、きそのをとめに還りゐむ。木の根の夜はの 人もおぼえで

いやはてに、鬼は たけびぬ。怒るとき かくこそ、いにしへびとは ありけれ

遠き世ゆ、山に伝へし 神怒り。この声を われ 聞くことなかりき

山懐の舞ひ屋 夜明くる 中倦み。まばらに、よべの人顔の 見ゆ

夜まつりは、朝に残れり。日のあたり強き 舞ひ処に、鬼は まだゐる