和歌と俳句

釈迢空

前のページ<< >>次のページ

寺庭のゆふべ。木の葉のおちつづき、つづきつつ 色は見えずなりたり

寺の子ども わが前をさらず 語るなり。山のかそけさは、なれがたきかも

寺の庭 秋の日もはら みちにけり。ものの音なく 明るくてあり

身のさかり われは、はかなくなりにけり。よき子の わかき 見れば、おもほゆ

かならずも さびしきことにあらねども、死にゆく人の、みな 若きをおもふ

鳥のこゑ 鐘のひびきの 身にしみて、かそけき山に めざめけるかも

はろばろに 若葉もえ立つ くぬぎ山。山原 ややに 傾きて 見ゆ

山峡の明るを見れば、あはれなり。瀬々のたぎちの うち白みつつ

山住みの 心安さよ。ぬすみ来し 里の鶏も、痩せて居にけり

山の木のともしきを 思ふ。たまさかの 轆轤の おとに、心澄みつつ

かへりみて、紙魚のすみかも 馴れにけり。六十の髯は、黄にかはりぬる

町の子の 大刀ふり遊び 見るさへに、世は 静けさに、倦みにけらしも

東京を せましとぞ思ふ。すくなくも 賭け碁の銭は、へらざりにけり

くちびるに、色ある酒も 冷えにけり。頬にまさぐれば、髪のみじかさ

ふる国も ここも 住みよし。妻も 子も、人のそしりに 安けき 見れば

山川の激つ急湍に 妻をやりて 家ごもりつつ 思ふそらなき

その若き身すら思ほゆ。かすみたつ 春日 すべなく あそぶ と言ふなり

朝けより ほこりのにほひ 鼻に沁み、しくしくに 腹の ひもじかりけり

切り通し道 滑らに 潤ふ埴の面。まなこ瞑れば、舌うごきけり

餌に満りて、ゆるぎありける 犬のよさ。大白犬に 生れざりけり

死ぬるより さびしきことあり。人多く 鼠に食ふ薬をら 嚥む

川波の光り ともしく 昏れにけり。ひたすらに 来て、つかれを おぼゆ

大橋の下に かぐろき波のおも。倦むめる心は、思はじとすも