和歌と俳句

釈迢空

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今日は よくはたらきにけり。かにかくに からだ疲れて、満ふ我なり

大橋の夕やけ鴉 寝に帰る心をもちて、我は 越え来る

富家の女のよさや。戯れ寄る心うごきは、憎むにあらず

うち和む目に見ゆるもの 砂あげて 行く自動車も、賑はしきかも

今日三日。朝ひたぶりの 昼あがり。虱つぶして、臥ぬるが すべなさ

牀のうへに、輪なりにおろす うなりはも。身も飛べ と思ひて、ふりおろす鎚

熱鉄を 撃ちきる鎚。とすれば、うまびとの身のまぼろしを 撃つ

もろともに 喰まざるべからず。飢ゑ怒る妻子を なだめて居る 心はも

軒並みに、今日も 声せぬ朝晏し。漱ひの音も、憚りて吐く

我が心 知らざるにあらず。ひた背向き、鏡に、髪をうつしゐる妻

客間の氈 柔らに乗りゐる 我が足の この幅にすら 当る銭なき

よろしさは、朝のたばこの 葉まきの香。つくづくに、われを さもし と思ふ

朝咽喉をそそる旨し香 立つこうひ。友も 友も 今は 手を伸べて居る

仇の家に、あげつらひに来し ひた心。崩ゆるに似たる 居ごこちのよさ

白く肥えて 大き手を さし出したり。握手求むる みづみづしき手

この若きをとこに 預け居しを思ふ。悔しくも 我の 命生きつつ

千人の怨み負ふ顔か。この顔が。つくづくに 見れど、朗らなりけり

世を博く 説くあるじかも。しかすがに、技人われ 身もて知りたり

よき人に、口吃り言ふ 我や。世の階級を無視す と 揚言げて来し

くやしくも 涙ながれぬ。あはれよ と 妻子のうへ言ふ 若き人の前に

旗じるし いふことやめよ。我どちは、おのが面すら 血もて塗りたり