ぬくぬくと 双手さし入れ 別れゆく マフの毛いろの 黒き雪の日
薄青き 路上の雪よ あまつさへ 日てりかがやき 人妻のゆく
君かへす 朝の舗石 さくさくと 雪よ林檎の 香のごとくふれ
猫柳 薄紫に 光るなり 雪つもる朝の 河岸のけしきに
屋根の雪 屋根をすべると 三味線の 棹拭きかけて 泣く女かな
雪ふる ひとりゆく夜の 松の葉に 忍びがへしに 雪ふりしきる
チヨコレート 嗅ぎて君待つ 雪の夜は 湯沸の湯気も 静こころなし
ああ冬の夜 ひとり汝がたく ストーブの 静こころなき 吐息おぼゆる
雪の夜の 紅きゐろりに すり寄りつ 人妻とわれと 何とすべけむ
狂ほしき 夜は明けにけり 浅みどり キヤベツ畑に 雪はふりつつ
雪ふる キヤベツを切ると 小男が 段々畑を のぼりゆく見ゆ
わかき日は 赤き胡椒の 實のごとく かなしや雪に うづもれにけり
その翌朝 おしろいやけの 素顔吹く 水仙の芽の 青きそよかぜ
四十路びと 面さみしらに 歩みよる 二月の朝の 泊芙藍の花
つつましき ひとりあるきの さみしさに あぜ菜の香すら 知りそめしかな
あはれなる キツネノボタン 春くれば 水に馴れつつ 物をこそおもへ
みじめなる エレン夫人が 職業の ミシンの針に しみる雨かな
名なし草 紅く小さく 咲きそめぬ みすぎ世すぎの 窓の日向に
沈丁の 薄らあかりに たよりなく 歯の痛むこそ かなしかりけれ
猫柳 春の暗示の そことなく をどる河辺を 泣きてもとほる
猫柳 ものをおもへば 猫の毛を なづるここちに よき風も吹く
細葱の 春の光を 悲しむと 真昼しみらに 小犬つるめる
野に来れば 遠きキヤベツの 畑をゆく 空ぐるまの音も なつかしきかな
ふくれたる あかき手をあて はしためが 泣ける厨に 春は光れり