TopNovelヴィーナス・扉>ヴィーナスを目指せ!・6
 


 しーーーーーん。

 何と形容したらいいのか全く分からない沈黙がどんよりと流れ、今度こそ唖然とした主任の顔を見ることが出来た。ふふん、私だってやるときゃやるわよ? セクハラにはセクハラ返しで行くしかないわね。

「あっ……は。そうか、そう言うことなんだな……」

 あとはくぐもった笑い声がしばらく続く。

 そのときまではね、絶対に私の方が勝ったと思ってたのよ。けど……どうもそうじゃなかったみたい。ゆっくりと向き直った主任の眼鏡がきらりんと光った。あれ? もしかして今、真面目な顔してる……?

「そこまで言われちゃ、受けて立つしかないな。ま、せっかくだからお互い楽しもう。夜は長いんだからさ」

 ぎょっとして逃げようと思ったときにはもう遅かった。

 やばっ、ここはオフィスビルの一角じゃなかった、その気のある男女が心ゆくまで楽しむためにと貸し出された密室だったのよ。私ってば、何てことしちゃったの。いくら相手がそう言う対象から一番遠い主任だからって、悪ふざけが過ぎたわ。

「あっ、……あのですねえ。それは、その……」

 慌てて取り繕うとした私を、主任はいとも簡単に拘束する。

 うわっ、これってただのはったりじゃなかったりするっ? 俗に言う「熱い抱擁」って奴にちょっと似てる。と言うか、こんなにインスタントで良かったの? ここまでがっちり抱きつかれたら、身動きが取れないじゃないのっ!

「ちょっ、……ちょっとっ、主任……っ!」

 えーっ、これって一体どうなってるの? 手足を必死で動かそうとしてるのに、びくともしないの。主任って見かけによらずに力持ちだったっ!? ええん、そんなのフェイントだよーっ!
  嘘ぉ、嘘だあ、絶対にあり得ないから。主任と私、そう言うのとは全然無縁だったでしょ? 圧倒的に男性人口の多い職場で、しかも唯一の同性は既婚者。となると、日常的に猥談の飛び回り放題だった。でも私、上手にかわしてたつもりだったよ。全然知らない訳じゃないし、ネコかぶりも柄じゃないし、適当にね。

「あん? 焚きつけたんだから、責任取れよ。これ襲ってるんじゃないからな、合意の上でやってんだから忘れるなよ……」

 ……ぎゃああああああああああっ!

 なっ、何が起こったか、ちゃんと説明した方がいいよね? だって信じられないの、いきなり耳たぶに息が掛かったんだよっ。そう言えば、以前にもこういうことがあったような。あのときも、背筋がぞぞぞって来たんだった。でも今はその十倍くらいすごい衝撃だったよ。

「ふうん、いい感度してるじゃん」

 主任、嬉しそうに喉を鳴らす。その仕草がどこまでもいやらしくて意地悪だわ。動きの滑らかな方の手が、私の腰から始まって脇腹、二の腕へ肩へと上がってくる。手のひら全体で作り出される微妙なタッチが、本当に「撫でる」にも満たないような柔らかさで首筋を上に伝った。

「やっ……あ!」

 何これ、思わず声が出ちゃったよ。ふたつのベッドの間に窮屈そうに立っていた私たち、どちらからともなくシーツの上に倒れ込む。もうこれ以上は立っていられなかったの、膝ががくがくして。

「ほーら、逃げんじゃないの。こっち向けよ、そっちから誘ったくせに」

 強引に振り向かせられて、主任の唇が吸い付いてくる。初めは少し触れ合うだけ、何度もくっついたり離れたりしながら深くなっていく。指先が輪郭から頬、鼻筋を通って眉間から額にゆっくりゆっくり動いて、それを追うように唇がそのあとを辿った。それだけで、ものすごく気持ちよくなっっちゃって頭がぼーっとしてくる。
  しゅ、主任ってこんなにキスが上手だったんだ! それともそのまんま昼行灯みたいだったのは、実は実はで本職が夜の帝王だったからとかっ!? いや、無精髭でナンバーワンホストは無理でしょう。ううん、そう言う意外性がもてたりするのかなあ……???

「さっ、……誘ったって、別に……」

 そりゃ最後はちょっと言い過ぎた感じもあったと思うよ? だけど、私たちって最初はもっと抽象的な意味で男女関係を話し合っていたような気がする。決してその内容は即物的なものではなかったよ? 神にかけてそうだと誓える。

「えっ、えっちなことばかりが恋愛じゃないと思いますっ。こんなことしたって、……なんにもなりませんよ? や、やめま……」

 言葉が上手く繋がらないのは、服の上からのタッチが続いているからだ。夢のように心地よくて、だからやめて欲しくなくて。けど、実際問題これってかなりヤバイと思う。
  一方、主任のローブの方だって肩からずり落ちる寸前だよ、胸なんてがばーっと全開で、目のやり場に困るったら。分かってるのかなあ、とにかくすごいんだけどいいの?

「うーん、でも恋愛すれば遅かれ早かれセックスに到達するだろ。かなり大切な要素だと思うんだけど、そうじゃない?」

 そろそろ脱いじゃおうかって、服に手を掛けられる。主任、本当にやる気なんだ。えー、マジ? 

 まあ……男の人なんて誰だってそうなのかな。過去の経験でも、こっちが全然そんな気にならなくたって「早く早く」って急き立てられるみたいにベッドインしてた気がするわ。
そりゃ、私だって女だしね。求められてるって思えばそれなりに嬉しいし、だったらいいかなって流されちゃう部分があった。だけどスタート地点の大切な部分がずれてる関係はすぐに上手くいかなくなって、後半は崩れかけた部分を修正するのに手間取るばかりだったわ。
  途中からは何で自分がこんな苦労しなくちゃならないのよって訳分からなくなって。こっちが努力をしなくなったら、あとはぐだぐだね。あー、思い出すのも嫌になる。

 最後に前の職場でちょっとヤバくなりかけてね。退職にはそう言う理由もあったんだ。だから、……もういいかなって。しばらくは仕事一筋で行こうって決めたのよ。面倒だったんだもの、いちいち相手のご機嫌取るのって。何で私ばかりが苦労しなくちゃならないのか、そこがずっと疑問だった。

「もったいぶるなよー。知らないのか、脱ぎ方だって立派な芸術になるんだぞ?」

 私がまるっきり回想シーンに入っちゃってるのに、主任と来たらどこ吹く風。一応抵抗を試みたものの、私の身につけていた服たちは根性なしであっという間にただの布きれに変わっていく。べろんってブラを外された辺りで、いよいよ諦めの境地になって。そしたら挑発したつもりなのかな、こんなこと囁くの。

「ほーら、こんな綺麗な身体を隠しててさ。もったいないと思わないか、俺が寧々だったら素っ裸で街中走っちゃうぞ。見せびらかして自慢したいよ」

 ……いえ、そんなことしたらお巡りさんに捕まりますから……!

 冗談でやり過ごそうとするのに、なかなか上手くいかない。主任、いつもと人間が違うよ。髭を剃ったら違うところにスイッチが入っちゃったとか? とにかく触りながら脱がせながら「可愛い」だの「綺麗」だの、やたらと誉めまくるんだもの。すっごく恥ずかしいよ、いい加減にして!

「や……あっ、見ないで」

 主任の手って思ってたよりももっと大きい。そっと触れられるだけで何というか、身体全体がしっとりと包まれてしまったみたい。わざわざ感じやすい部分を避けるみたいに、ゆっくりゆっくり肌の上を移動していく。

「……ああ……」

 やだあ、何でこんな声が漏れちゃうの。これでも必死で堪えてるのに、どうしても我慢できなくなっちゃう。とんでもない状態になってるのは分かってるはずなのに、何でされるがままになってるの。主任の指先が触れたところがこそばゆくて、もっともっとたくさん欲しいなと思ってしまう。

「うーん、もうこんなに感じちゃってるのか。だけど駄目だよ、まだ許さないから」

 そうして、またそろりそろり。身体中がすごく敏感になってるから、どこを触られてもびくびくって来ちゃうの。えー、どうして? さっきのお酒に何か入ってた……!? そのうちに頭の中がぐるぐるしてきて、一体どれくらいの時間が経過してるのかも分からなくなる。

 だってだって、変だよ。そもそもえっちって、服を脱いで胸触って下の方も触って、でもってすぼっと入れておしまいじゃなかったの? 入れるまでも「もういい? もういい?」って何度も聞かれたし、じゃあ早くしてよって投げやりになってた。
  こんな風にじっくりべったりいじくられてると、身体の感覚が変になってくる。変というか……今までにない、おかしな感じ。ぼやんとしているのに際立っていて、いくつかの場所が熱っぽくて熱っぽくて仕方ない。

「おー、物欲しそうな顔だなあ。よしよし、いい子だいい子だ。じゃあ、ちょっとご褒美な……」

 ひっ! ひいいいいいいいいっ……!

 次の瞬間、私は全身でのたうち回っていた。一体何が起こったのか、それがさっぱり分からない。上手く呼吸が出来なくて、何度も吸って吐いて。そしてぼんやりと開いた瞼の向こう、眼鏡を掛けてない主任が満足そうに見下ろしていた。

「今のって、演技? そうなのか?」

 頷いて同意することも首を振って否定することも出来なかった。どうして主任とこんなことしているのか、もうそれすらも考えられなくなっている。覆い被さってくる身体、首にしっかりと腕を絡めてその場所に導く。お願い、もっとして。そうしないと私、気が狂っちゃう。

「あんっ、……ああ、あんっ、……っんくう……っ!」

 胸のてっぺんが充血して、痛くて苦しくてたまらない。だから、たくさん触れて、吸い上げて。

「しゅっ……主任っ……!」

 再び大きな波が来て、今度は意識の全てを押しやっていった。

 

 もう言葉では言い表せない気分だ、主任ってすごいかも。

 テクニシャンとかいうんだよね、まさかそんな裏の顔を持っていたなんて。皮膚の下からぶつぶつと粟立って来て、目眩の名残が頭の中を行ったり来たりする。

「特上の男ってのが、よく分かったか」

 主任は私の額に掛かった髪を払うと、その場所に静かなキスをした。それから頬、鼻の頭、顎。とんでもなく回り道をしてから、ようやっと唇に辿り着く。
  そして繰り返すキス。何度も何度も。ああ、これが欲しかったんだなーって脳細胞がまたぷちぷち跳ねる。身体と同じくらい心が満たされてる気がするよ。

 舌と舌を絡めて求め合うその下で、主任の手のひらは再びゆっくり動き出す。そろりそろりと背中を降りて、脇腹を伝って、また上に。胸のふくらみを下から持ち上げたあとでてっぺんに指の腹を滑らせた。

「あっはぁ……、くぅ……!」

 何度も何度も身体が波打つ。シーツの上を彷徨っているだけのはずの身体が、雲の上まで浮き上がったり、そのまま地底まで落っこちたり。そのたびに呼吸が出来ないくらい苦しくなって、その上を行くくらい気持ちよくなる。

「しゅ、主任っ……主任っ……!」

 気が狂ったみたいに抱きついて、自分の気持ちを直に伝える。だって、言葉にするのがもどかしい、全部欲しくて、全部奪いたくて、自分がものすごく欲張りで我が儘になっていることがよく分かる。

「何だ、今度はこっちがいいのか」

 さわさわ脇腹で動いていた手のひらが、やっと茂みを越えてその先に辿り着く。羽先ほどの淡さで触れられて、もういちど私は絶叫した。

「ふふ、いい声だ。たまんねえな、全く」

 力の抜けた下半身、足を左右に大きく開かれる。その部分を覗き込まれて、さらにフーッと息が掛かって……うわあ、うわあああっ、すごい生々しいんですけどっ! 生々しいとは思うけど、足を閉じようにも自分の身体が全然言うこと聞いてくれないよ〜っ!!!

「さて、そろそろ総仕上げと行きますか。とは言え、簡単には終わらせないからな。俺にだって並のプライドはあるんだから」

 うわ〜っ、もういいからっ、いいからっ……! やめてってば、助けてってば、いい加減にしてってば……っ!

「……んぎゃああああああっ……!」

 半分声になってない、たとえるならカエルの潰れたような叫びだった。部屋壁に響き渡ったそれが自分の耳元に入ってきて、もうもう情けなくて死にたいくらい。

「おいおい」

 一方、主任は脱力系の苦笑い。肩から二の腕にかけての筋肉をぴくぴくさせながら、興味深そうに私を観察してる。

「あのな、まだ指の先っぽしか入れてないんだけど。……やれやれ、全く開発しがいのあるお嬢さんだ」

 うっそだ〜っ、冗談でしょっ!? だって、すっごいきつかったよ? 無理矢理入ってきた感じだったよ? これ以上のが来たら、絶対に無理。入り口が裂けちゃったら、どう責任取ってくれるのよっ!

「……しゅっ、主任っ……! んぎっ……」

 全身で必死に抵抗したつもりだった。だけど、悲しいかな私の身体ときたら全く役立たず。とくに下半身っ、されるがままになってるのはやめなさいっ! ああんっ、駄目だってばーっ!

「おーお、こんなに溢れて来ちゃって。ここまですごいのはさすがにみたことないな、シーツにどんどん染みこんでくぞ……」

 ……うっ、うわわわわわわ……っ!!!

 

 夜はまだまだ続いていた。どこまで行ったら終わりが来るのか分からないほど、深く遠い。私は時間と記憶の境がなくなるまで翻弄された。

 

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2008年3月5日更新

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