和歌と俳句

伊勢物語

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五十九段

 むかし をとこ 京をいかが思ひけむ 東山に住まむと思ひ入りて 

  住みわびぬ今はかぎりと山里に身をかくすべき宿求めてむ 

 かくて ものいたく病みて 死に入りたりければ おもてに水そそぎなどして いき出でて 

  わがうへに露ぞおくなる天の河門わたる舟の櫂のしづくか 

となむいひて いき出でたり

六十段

 むかし をとこありけり 宮仕へいそがしく  心もまめならざりけるほどの家刀自まめに思はむといふ人につきて 人の國へいにけり  このをとこ 宇佐の使にていきけるに ある國の祇承の官人の妻にてなむあるとききて  女あるじにかはらけとらせよ さらずは飲まじ といひければ  かはらけとりて出したりけるに 肴なりける橘をとりて

  五月まつ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする 

といひけるにぞ思ひ出でて 尼になりて 山に入りてぞありける