和歌と俳句

伊勢物語

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七十九

 むかし 氏のなかに親王うまれ給へり  御産屋に 人々歌よみけり 御祖父がたなりける翁のよめる 

  わが門に千尋ある影をうゑつれば夏冬たれか隠れざるべき 

 これは貞数の親王 時の人 中将の子となむいひける  兄の中納言行平のむすめの腹なり

八十

 昔 おとろへたる家に 藤の花植ゑたる人ありけり  三月のつごもりに その日雨そほふるに  人のもとへ折りて奉らすとて よめる 

  濡れつゝぞしひて折りつる年の内に春はいくかもあらじと思へば

八十一

 むかし 左の大臣いもそがりけり  賀茂河のほとりに 六條わたりに 家をいとおもしろくつくりて住み給ひけり  十月のつごもりがた 菊の花うつろひさかりなるに  紅葉のちぐさに見ゆるをり 親王たちおはしまさせて  夜ひと夜酒飲みし遊びて 夜あけもてゆくほどに  この殿のおもしろきをほむるうたよむ  そこにありけるかたゐおきな いたじきのしたにはひありきて  人にみなよまえはててよめる 

  塩竃にいつか来にけむ朝なぎに釣する舟はこゝに寄らなむ 

となむよみけるは 陸奥の国にいきたりけるに あやしくおもしろき所々多かりけり  わがみかど六十余国の中に 塩竃といふ所に似たるところなかりけり  さればなむ かの翁さらにこゝをめでて 塩竃にいつか来にけむとよめりける