名古屋で美術館と植物園を楽しむ

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 11月18日、名古屋に行って、午前は愛知県美術館で開催された「2023年度第2回 視覚に障害にある方とのプログラム」に参加し、午後には東山動植物園の植物園を見学しました。
 
●美術館
 10時少し前に地下鉄東山線の栄駅に到着、美術館のスタッフの方が迎えに来られて、10時過ぎには愛知県美術館に着きました。プログラムは10時半からで、それまでこのプログラムに初めて参加するという方(わずかに見えているようでした)と話をしたりしました。参加者は今回は少なくて、私をふくめ視覚障害の方が5名、それに案内をしてくれるアートなびの方と美術館スタッフを合わせて10数人でした。
 今回のプログラムは彫刻が中心で、なんと14点にも触れて鑑賞できました。そのうち12点はブロンズ、その他1点は鉄、もう1点は乾漆でした。数点は以前に同館で触ったことのあるものでした。また、絵画2点について、触って鑑賞できるツールも用意されていました。以下、当日鑑賞した作品です(今回も点字版の作品解説をいただきましたので、それも参考にしました)。
 エルンスト・バルラッハ(1870〜1938年。ドイツ)の「母なる大地U」(1920年、ブロンズ):高さ70cmくらい、幅60cm弱、奥行50cm余。小さな椅子に分厚い衣(マント?)を着けた女性が座っています。椅子が小さくて窮屈そうにも思いますが、衣をまとった女性はどっしりと座っている感じです。真正面を向き、全体としてはほぼ左右対称の造形です。顔はやや前に出ていて、背中は少し反らしぎみのようです。面長で、鼻が長く、頬はややこけているようで、少し年取った女性かも知れません。髪は真中から左右に分け、両耳を覆って襟の中に続いています。両腕はマントの中にあるようですが、中から両手で衣を持ち上げるようにしていて、ふわっとした感じがします。床に達するほど長いスカートはふわっと広がり、足先だけがちょっとのぞいています。正面を向いたおだやかな顔、ふわっとした感じの衣を着けた女性からは、だれでも受け止め包み込むようなボリュームを感じます。
 同じくエルンスト・バルラッハの「忘我」(1911〜12年、ブロンズ)。高さ50cm弱。両肘を外に広げて頭の後ろで両手を組み、顔をぐっと真上に向け、口を大きく開けています。ひげもあります。なにかに絶望してなのか、天を仰いでいる年老いた男のようです。体には膝下くらいまで厚い衣を着けているようです。左足で突っ張るようにし、右足はかかとを突いて足先を上げています。
 山本豊一(1899〜1987年)の「立女B」(1969年、乾漆)。高さ90cmほどの女性の立像です。乾漆なので、触ると表面はすべすべ、ブロンズ像などとは違って、やわらかさとあたたかみが感じられます。顔をやや上に向け、左右に大きく2つに分けた髪の束を、両肘を高く外側に広げるようにして、頭の後ろで両手で持っています。なにか自分の体を見せびらかしているようにも感じます。右足に重心をかけ、左足をちょっと前に出して右足の甲に乗せ、両脚から腰にかけてちょっとくねらせるようにしていて、女性らしさを感じます。ふつう乾漆の仏像では粘土や木などの粗造に漆で塗り固めた麻布を張り付けてつくりますが、山本の乾漆像は粘土像から石膏で雌型(外型)をつくり、その雌型の内面に砥の粉を混ぜた漆で麻布を張ってつくるそうです。この作品のつやつやした滑らかな曲面は、このような作法によるのかも知れません。(脇の下やお尻のあたりには、しっかり境界線を示すかのように深い線が入っていて、全体に滑らかな曲面にたいしてアクセントになっていました。)
 本郷新(1905〜1980年)の「無辜の民『油田地帯』」(1970年、ブロンズ)。この作品は、中東戦争下のきびしい状況にある民衆を表現した15点の連作の1つで、全回の鑑賞会ででは同シリーズの別の作品「無辜の民『仏生』」に触りました。高さ30cm、幅20cm弱、奥行30cm余で、この作品も、布で包まれ閉じ込められたような、四つん這のような姿勢の女性の像です(私は触った瞬間なにか動物?と思ってしまいました)。左手の上に右手を重ねて地面に突き、それを両膝ではさむようにし、足は爪先立ち(左足の指は反り返り、右足の指は折り曲げている)で、お尻を上げて上半身を前に倒し、顔は上げています。そして、上半身は鼻の下くらいから首回りや胸や腕、背中まで布で強く締め付けるように覆われ(とくに鼻から口にかけては猿轡を思わせるほどぴんと張っていた)、また下半身も別の布で覆われています。がんじがらめに束縛され、逃げようとしても逃げられず自由を奪われていることをよくあらわしている作品です。
 舟越保武(1912〜2002年)の「シオン」(1979年、ブロンズ)。高さ120cmほどの裸婦像。触った時の第一印象は、たぶんとても美しい、無駄を全部なくした理想的な女性像なのでは、でした。全体に細身の身体で、引き締まり張りのあるような感じですが、下に下した両手指は腿にかるく触れているだけで体側と腕は離れており、あまり力を入れていないようです。鎖骨の上のくぼみなど、細やかにつくられていることも分かります。頭部は小さめで正面向き、髪を後ろで束ね、額が出て鼻筋が通り、口の回りには微笑みが感じられます。「シオン」と言えばエルサレムの丘を思い出しますが、この「しおん」は聖女のような女性の名前なのでしょうか、よくはわかりません。
 中原悌二郎(1888〜1921年)の「憩える女」(1919年、ブロンズ)。高さ30cm余の小さな前屈した裸婦像ですが、なかなか存在感のある作品です。低い椅子のようなのに腰かけ、左脚は前にぴんと伸ばし、右脚は膝を曲げて立てています。左手は、肘を左膝に乗せて、曲げた右脚のふくらはぎ辺をつかんでいます。右手は、肘を右膝に乗せてから曲げて左上腕を持ち、右前腕に顔を乗せています。背中は広く堂々とした感じです。腕と腿からお腹にかけての空間には大きな乳房が目立ちます。大柄な女性がうとうとしながら休んでいるのでしょうか。(中原悌二郎の作品は、以前中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館で、全12点のうち11点を鑑賞しました。)
 戸張孤雁(1882〜1927年)の「曇り」(1917年、ブロンズ)。高さ20数cmの小さな裸婦像です。地に跪き、背中をおもいきり後ろに反らして、両手で顔を覆っています(顔はやや下向き)。私などにはとても無理な姿勢です。さらに身体を右にひねっていて、左の乳房のほうが上がっています。この作品がなにをあらわしているのかは、よく分かりませんでした。
 荻原守衛(1879〜1910年)の「女の胴」(1907年、ブロンズ)。高さ40cm余のトルソ。膝から下がなく、木の切り株のような台に大腿部を前に伸ばして座っています。背中はほとんど平らで(背中は未完成だとのこと)なんだか後ろに倒れそうとも思うのですが、胴はごつごつ・もりもりした感じでだいじょうぶそう。両脇腹、とくに右脇が胸の一部に食い込むほどにすぱあっと切られていて、印象的でした。
 多和圭三(1952年〜)の「泉:想」(2002年、鉄)。高さ60cmくらい、40cm弱四方の、角や稜がくっきりとした四角柱の鉄の塊です(重さは300kgはあるとか)。最初さっと触った時は、このどこが作品なのだろうと思いましたが、上面をよく触ると、つるつるした表面に、ハンマーの跡なのでしょうか、直径4cm前後の反円のようなわずかなくぼみがいくつも一部重なって連なっていて、水面にできる波紋のようにも感じます。そして上面の四方の縁と角は、ハンマーで叩かれて押し出されたのでしょうか、少し外側にはみ出るように広がっています(泉から水が溢れ出しているのかも?)。とくに右奥の角付近は外側に飛び出していて、それだけ高さも低くなっているようです(左手前の角と比べると1cmくらい低いかも知れない)。鉄塊をこれだけ変形させるには、ハンマーで何百回、何千回と叩かなければならないはずですから、作家の制作にかけた想いが伝わってくるというものです。また四角柱の両側面には、切断による跡なのでしょうか、ほぼ水平に上から下まで横縞のようなのが並んでいて、木を切った時に時々あらわれる模様のようにも感じました。
 エミール=アントワーヌ・ブールデル(1861〜1929年)の「力」「勝利」「雄弁」「自由」(1914〜23年、ブロンズ)。この4作品は、アルゼンチン共和国のスペインからの独立と建国に貢献したアルヴェアル将軍(Carlos Maria de Alvear: 1789-1852)の記念碑のための習作だそうです。いずれも高さは120cmくらいで、実際の作品の3分の1くらいの大きさだということです。ブエノスアイレスにある「アルヴェアル将軍の記念碑」の中央に、14mもの高い台座の上にアルヴェアル将軍の大きな騎馬像があり、その台座の下方の四隅に、将軍の理念と行動を象徴するこれら4体の像(高さはいずれも4m弱)が配置されているそうです。私は10年近く前に箱根彫刻の森美術館でこれら4体の像に触れたことがありますが、像そのものが大きくまた1m弱の台の上に乗った状態だったので、それぞれの像の膝上くらいまでしか触れませんでした。
 「力」は、ギリシア神話のヘラクレスのイメージに基く像で、手には棍棒を持ち、頭から背中にかけてはライオンの毛皮が被さっていて、ヘラクレスの顔にはライオンの何本もの歯がはっきりと覆いかぶさり、腰のあたりにはまるで後ろから抱きつくようにライオンの四肢の爪先がはっきりと分かります(ライオンの毛皮はあらゆる武器を通さず、これを身に着けている者には不死が与えられると考えられていて、アルヴェアル将軍の揺るがない強さに対応しているようだ)。「勝利」もギリシア神話の戦いの女神アテナのイメージに基いていて、左手に盾(視る者をすぐに石に変えてしまう怪物メデューサをこの盾に映すことで退治できたという)を持ち、右手で剣を地に突きさしています。剣の横には2本の木(勝利の象徴月桂樹かも)が巻きついたようなものが立っています。髪はきれいな三つ編みになっていて、それが背中に垂れて植物のようになり、さらにその先端は数匹の蛇の頭になっています。「雄弁」は、ひげの男性が左手に巻き物(演説の原稿?)を持ち、演説台に寄りかかるように立っています(この男の頭は、「弓お引くヘラクレス」の頭部を流用したものだとか)。「自由」は腰に布を巻いただけの女性像で、「勝利」と同じく髪は三つ編みになっていて、3本のかたく編まれた三つ編みが腰あたりまで垂れています。両手には木の枝(自由を象徴する菩提樹かも)を持ち、足を少し開いて右足のかかとを上げていて、なにか動きを感じます。
 オーギュスト・ロダン(1840〜1917年)の「歩く人」(1900年、ブロンズ)。これはこれまでに数度鑑賞したことがある(例えば愛知県美術館の「ミロ展 ― 日本を夢みて」 ミロに少しだけお近づきになれたかも?)ので、省略します。
 
 最後に、触って分かるように翻案した絵画作品2点を少し触りました。熊谷守一の「たまご」(1959年)は、お盆の上に卵が4個近接して乗っている絵で、この絵の本案として、実際に絵筆を使って触って分かるように描いたもの、UV印刷による触図、半立体のもの、そして立体(実物のお盆に石膏の卵が乗っている)の4種が用意されていました。絵筆で描いたバージョンも、滑らかな横向きの筆使いで、円いお盆や卵が描かれていることが触って分かりました。私は以前この作品の触図を触ったことがあって、その時はお盆の縁は斜めになっていて、卵は転がり落ちそうにも見えるかなと思っていましたが、今回立体(実物)を触ってみると、お盆の縁は垂直に立っていて卵はまったく落ちそうにはないということが分かりました。お盆を斜め上から見ると、直接光が当たっている向こう側の縁と陰になっている手前側の縁が描き分けられそれがつながっているのだと理解しました。
 グスタフ・クリムトの「人生は戦いなり(黄金の騎士)」(1903年)の触って理解する本案作品は、実物の作品の隣りに展示されていました。この本案作品はこれまでに数度触ったことがあり、馬や鎧、手綱など作品の構成要素に合わせて素材を変えて表現するなど、触ってとても好ましい作品だと改めて思いました。
 
●植物園
 昼過ぎ、Hさんの案内で東山動植物園の植物園に行きました。
 栄駅から地下鉄東山線で星ヶ丘駅へ、そこから5分余歩いて植物園へ(道沿いにはすでにクリスマスに向けての飾りが見られるとか)。入口を入るとすぐトンネルになっていて、その石の壁面になんといろいろな化石のレプリカがはめ込まれていました。シダのような植物、なにかの動物(ゾウ?)、大きなアンモナイト、長ーいモササウルス(海生の爬虫類)、イクチオサウルスなどの恐竜類…、こんなむかしの生き物のレプリカに植物園で出会うとは!
 以下に、植物園で手の届く範囲で触れたものについて書きます。
 ハヤトミツバツツジ(隼人三葉躑躅):鹿児島県原産のミツバツツジの変種だとか。枝先に中心の芽?を囲むように、やわらかなつるつるした感じの葉が3枚あり、なるほど三葉だと思った(1枚あるいは2枚は幅4cmくらいと大きく、残りの葉は小さかった)。ミツバツツジにはいくつかの種類があり、春に、葉が伸びる前に花が咲くとか。ハヤトミツバツツジは、ミツバツツジのの中では一番早く咲く種類だとか。
 ハナイカダ(花筏):長さ10cmくらいの先のとがった楕円形の葉に触る。すでに花も実も落ちていたが、葉の根元から3分の1くらいの所に実のあった痕跡のようなふくらみがあった。(以前、7月ころだったかハナイカダに触ったことがあって、その時は葉の真ん中に小さな1cmもないような花が咲いていた。花筏という名は、葉を筏に、その真ん中の花を筏師に例えたものだとのこと。)
 セリバオウレン(芹葉黄連):葉に触る。細かくいくつにも裂けていて、やわらかい手触り。葉が芹に似ていることからの命名ということだが、なるほどと思った(芹には小さいころよく触っていた)。セリバオウレンは本州から四国の山地に生える日本固有種で、今年のNHKの朝ドラ「らんまん」の最初で注目されたバイカオウレン(梅花黄連)などとともにオウレン(黄連)の仲間。漢方薬の黄連は、オウレンの根茎だとのこと。
 ヤツデ(八手):葉に触って数えてみたが、どれも9枚に別れていた。(調べてみると、ヤツデの葉はほとんどが7つか9つの奇数に裂けているとか)。
 ジュウニヒトエ(十二単):5cmくらいの円っぽい葉で、縁はいくつにも波型に切れ込んできれいなかたちになっている。このような葉が多数一部重なりながら一面に広がっている様が十二単にも見えることからの命名だという。
 珪化木:植物園で珪化木に触るとは!(珪化木は、樹木が長年地中に埋まっている間にその組織が珪酸塩の鉱物に置き換えられてできた木の化石。)直径25cm、高さ20cmくらいの木の切り株そっくりだが、とても硬い石で、上面はほぼたいらで超ツルツル!所々に木の割れ目のようなのもある(たぶん年輪も見えるのだろう)。側面にはスギなどの木の皮のように縦の筋がいくつもある。触ってはいないが、近くにはオーストラリアで最近(1990年代)に発見されたウォレミマツ(ジュラシックツリーとも呼ばれる)というナンヨウスギの仲間があった。このスギはシドニーから送られたものとかで、おそらくその関連でスギのような珪化木も置かれていたのではと思う。
 ウツギ(空木)とノリウツギ(糊空木):ともに細い幹に触る。どちらも落葉低木で、幹の中が中空なので空木と呼ばれる。ウツギの幹は直径2cmくらいで、細かくざらざらした感じ。ノリウツギの幹は直径3cm余でやや太く、表面はごく薄い膜を何枚もあちこち張り付けたような感じ。ノリウツギの樹皮からは粘液が出て、和紙を漉くときに糊として使われるとか。おそらくこの薄い膜は樹皮から出た糊のような粘価が乾燥したものだと思う。
  
 以下は温室内で触ったもの。
 アガベ:アガベはリュウゼツラン科の仲間で、いろいろな種類があり、私が触ったのはメキシコ原産のものらしい。触ったのは、長さ60cmくらい、幅6〜7cmくらい、厚さ2cmほどの乾燥した茎(もしかすると葉?)の部分で、以前京都府立植物園で触ったリュウゼツランの感触を思い出す。茎の中ほどがほぐれて細い糸のようになっていた。そしてこの茎の右側の籠には、このアガベの繊維で編んだ縄のようなものが入っていた。(アガベからもテキーラをつくるようだ。)
マドカズラ:葉に触る。長さ20cm余の楕円形のやわらかい葉だが、そこに長さ10cmくらい、幅3cmほどの細長い菱形のような穴が数個空いている。葉の表面に大きな穴が空いているとはびっくり!この穴を窓にたとえての命名だろう。サトイモ科で、熱帯の中央アメリカ原産。葉に穴が空くのは、熱帯地方の激しい風雨から身を守るためではないかとも。
インコアナナス:葉なのか、あるいは花の一部なのかよく分からないものに触る。長さ10cmくらいで、下のほうは3〜4cm、上のほうは6cmくらいと広がり、中心部の先端がややとがり、そこから両側に3列くらい縦に切れ目のようなのが走っている。色は、中心部と基部が鮮やかな赤、その回りが黄色だとのこと。この色とかたちから「インコ」の名が付いたのかも。ブラジル原産で、パイナップル科だとのこと。
ベニヒモノキ:背の高さくらいの茎から、長さ20cm前後、太さ1cmほどの、ふさふさした毛状の紐のようなのが何本も垂れ下がっている。これは穂状花序で、赤い色だとのこと。「紅紐の木」という名命はぴったりだと思った。トウダイグサ科で、インド原産だとのこと。
ルリゴクラクチョウカ(瑠璃極楽鳥花):太さ10cm弱の茎に触る。茎を包むように葉が取り巻いていて、葉が成長することで茎も成長するような感じ。バショウ科で、葉もバショウに似ているようだ。この株は鉢上げで、根も露出していて触ることができ、新しい茎が数本伸びていた。名前は、この花が鮮やかなオレンジ色と青色で、極楽鳥を思わせることかららしい。
 
(2023年12月12日)