点字校正技術

上に戻る


 *この文章は、2012年8月末に大阪で開催された「平成24年度点字指導員講習会」で私が担当した講義のレジメを加筆・修正したものです。
 
1 はじめに
●校正との出会い
  30年ほど前『新コンサイス英和辞典』(全100巻)の校正をする。(原本の様々な記号類などを点字でどのように処理するかなどの、編集的な作業も行う。)
 ・原本にもよく間違いがある。(『新コンサイス英和辞典』では全巻を通じて数百箇所。中には綴りの間違いも。)
 ・校正の難しさ:少なくとも5、6回校正をしないと完全なものにはならない。また、校正者の知識・調べる能力が問われる。
 
●良質の点訳本を作るには
 点訳、校正、データ修正のそれぞれが、優れていなければならない。 (とくに、最初の点訳の良し悪しが、最終の出来上がりにかなり影響する。点訳者は、 1校にできるだけ良いデータを渡すよう心がける。)
 
●理想的な校正のあり方
 ・校正は、少なくとも3回以上する(人も変える)
 ・最終校は、専門の校正者がする
 ・校正者は、点訳のルールを知っていることはもちろん、点字パターンですらすら読むことができる。
 ・本の種類によっては、その方面の知識を十分持った校正者が校正する。(歴史、医学、理数系、英語、哲学など)
 
*以下では、主に私の職場(日本ライトハウス情報文化センター、以下「情文」と略記)で実際に行われている校正の仕方を中心に話す。(上の理想的な校正のあり方からはだいぶかけ離れている)
 
 
2 校正の体制について
 情文では2校まで。
 *最初の点訳が良くない場合には、 2校だけでは不十分と思うことがしばしばある。
 
 1校は読み合わせ。固定したペアによる校正とグループ校正の2タイプ(それぞれに、メリット・デメリットがある)。仮名で読み合わせする組と墨点で読み合わせする組がある(墨点による校正を薦めてはいる)。
  * 1校のデータ修正は点訳者。データ修正後、もう一度全体を見直すよう薦めている。
 *一般には、 1校も独り読みが多いと思われる。その場合も、画面読みよりは印刷された墨点読みをお薦めする。
 
 2校は、1人読み(原本との照合)。仮名と墨点のセットでプリントしたもので校正。(確認のために点字データを渡すこともある。)
  *2校のデータ修正(最終のデータ修正)は職員の担当。
 
 2校は、点訳能力と経験豊富な方にお願いしている。(歴史・宗教・医学など、あるいは理数系・英語など、専門分野の校正者がいるのが望ましい。)
 
●仮名による校正と墨点による校正
 理数系や英語、図表などの校正は、墨点による校正でないと良い校正はできない。(最近は一般の本でも、表やグラフ、化学式や単位などがよく出てくる)
 *仮名による校正と墨点による校正とで、間違いだと気が付きやすい箇所に違いがあるようだ。
 
 
3 誤字・脱字、記号類の誤り
 
・誤字・脱字を無くすのが、校正の基本。
 誤字を見落しがちになる要因としては、
  @推測読みと推測聴き (1字1字点字を正確に読み取る、あるいは 1音1音ずつ聴き分けるだけでは意味がひじょうに捉えにくくなる。意味をとりながら効率よく読むには推測読み・推測聴きが必要。)
   例:魑魅魍魎 → チミ ミョーリョー
     ペキン駐在 → ペキン ザイチュー
    行わない → オコワナナイ
    はばかられる → ハバカレル
    ばらばら → パラパラ
    国旗を揚げる → コッキヲ カカゲル
 責任を免れる → セキニンヲ ノガレル
 
  A誤字も含め間違いがひじょうに多い時、マス空けなど他の間違いに注意が向いて、単純な誤字などを見落としてしまう。
 
・原本で行頭が同じ文字で始まっている時、脱文が起きやすい。
 
・記号類の正確な校正のためには、墨点字パターンで読めるようにすることが必要。
 
・記号類の誤りは、論理で考えると気が付きやすい。
 カギ括弧閉じや丸括弧閉じなどの脱など、原本自身の間違いにも気付くようになる。
 
*囲み記号、とくにカギ類と括弧類の使い分けに注意:説明的な意味で使われている《 》、〈 〉、< >などには、第二カギではなく括弧類を使う。
 
 
4 読み方
 
*一般の校正と点訳書の校正の違い:一般の校正では誤字や脱字・レイアウト等が中心だが、点訳書の校正ではこれらとともに読み方や分かち書き・切れ続きも重要になる。 (それだけ多方面に注意を向けなければならない。)
 
●漢字の見間違い・読み間違い
 綱 → 網
 緑 → 縁
 氷 → 水
 病状 → 症状
 進捗 → 進歩
 誤謬 → ごびょう
 遵守 → そんしゅ
 *「綱→網」「病状→症状」などは、文脈だけからはまったく不自然さがないことが多く、とくに注意が必要。
 
●思い込みに注意
 思惑 → しわく
 間断なく → まだんなく
 幕間 → まくま
 無傷 → むしょう
 彩色 → さいしょく
 遂行 → ついこう
 元凶 → がんきょう
 版図 → はんず
 約定 → やくてい
 言質 → げんしち
 相好 → そうこう
 伝播 → でんぱん
 過不足 → かぶそく
 融通 → ゆうづう
 特発性 → とっぱつせい
 
実例:「破れ」
  やぶれ:破れ目
  やれ:破れ穴 破れ縁 破れ垣 破れ笠(「やぶれがさ」とも) 破れ紙
  われ:破れ鐘 破れ物
 (「破れ紙」が「ヤレガミ」と点訳されていた。これにたいしてある校正者が「ヤブレガミ」と校正を出した。この場合、校正者の念頭には「破れ」の読みとしては「ヤブレ」しかなく、文脈から多少の疑問をもったかもしれないが、「ヤブレガミ」と間違った校正を出してしまった。難しい言葉や漢字については辞書を調べるが、簡単な言葉・文字については思い込みで校正を出してしまいがち。)
 
*思い込みを無くすには、いろいろな人と校正をする、してもらう
 
●どちらの読みでも許容できるもの
 次のような語については、個人的な好みはできるだけ差し控えて、1冊の点訳本でそれなりに統一がとれていれば、校正ではどちらの読みになっていても許容している。
 
 早急 (さっきゅう、そうきゅう)
 東京行き (とうきょうゆき、とうきょういき)
 行き過ぎ (ゆきすぎ、いきすぎ)
 共存 (きょうそん、きょうぞん)
 肩関節 (かたかんせつ、けんかんせつ)
 他人事 (ひとごと、たにんごと)
 
●文脈により読み分けてほしいもの
読み方とともに意味も違うもの:
 造作 (ぞうさ、ぞうさく)
    「造作の大きい派手な顔」
 追従 (ついじゅう、ついしょう)
 赤子 (あかご、せきし)
    「赤子の心」
 入水 (じゅすい、にゅうすい)
    「入水前の準備運動」
 評定 (ひょうてい、ひょうじょう)
 細切り (こまぎり、ほそぎり)
 細々 (こまごま、ほそぼそ)
    「事情を細々話す」
    「年金で細々と生活する」
 木造 (もくぞう、きづくり)
 山手 (やまて、やまのて)
 止める (とめる、とどめる、やめる)
 汚れ (よごれ、けがれ)
 この頃 (このころ、このごろ)
     「この頃は物が安かった」「「この頃長いスカートが流行している」
*これらの語については、誤った読みで点訳すると、点字の読み手にとっては文の意味がほとんど理解できないか、あるいは間違った内容で理解してしまうことになる。
 
意味はだいたい同じもの:
 水面 (すいめん、みなも)
 水底 (すいてい、みずそこ、みなそこ)
 商人 (しょうにん、あきんど)
 宝物 (たからもの、ほうもつ)
 礼拝 (仏教「らいはい」、キリスト教「れいはい」)
 白髪 (はくはつ、しらが)
 最中 (さいちゅう、さなか)
 誘う (さそう、いざなう)
 抱く (だく、いだく)
*これらの語については、文脈上不適切な点訳をした場合、点字の読みてにとっては、不自然さは感じるものの、おおよその意味は理解できる。
 
●一般と専門で読み方の違うもの
意味はほぼ同じで読み方の違うもの
 遺言 (法律:「いごん」)
 競売 (法律:「けいばい」)
 腋臭 (医学:「えきしゅう」)
 頬骨 (医学:「きょうこつ」)
 回心 (仏教:「えしん」)
 懺悔 (仏教:「さんげ」)
*これらは、専門書かどうかにかかわらず、一般的な読み方でも意味は通じる。とくに法律分野などでは、最近一般的な読み方をすることが多くなっている(例:図画)
 
読み方とともに意味も違うもの:
 悪心 (医学:「おしん」)
 蝸牛 (医学:「かぎゅう」)
 声明 (仏教:「しょうみょう」)
 結集 (仏教:「けつじゅう」)
 形相 (哲学など:「けいそう」)
*これらの語についても、誤った読みで点訳すれば、点字の読み手にとっては文の意味がほとんど理解できないか、あるいは間違った内容で理解してしまうことになる。(例えば、医学関係の文脈で、「悪心」を「あくしん」と点訳すれば、「悪い心」、あるいはせいぜい「悪い疹」を想像できるくらいで、「あくしん」の点訳から(吐き気を意味する)「おしん」を思い浮かべるのはほとんど不可能。)
 
*その他、読み分けに注意を要するものを思いつくままに挙げてみます。
 何人 (なんにん、なんびと、なにじん)
 上手 (じょうず、うわて、かみて)
 人気 (にんき、ひとけ)
 大家 (たいか、たいけ、おおや)
 天文 (てんぶん、てんもん)
 好事 (こうじ、こうず)
 行った (いった、おこなった)
 断った (ことわった、たった)
 勝って (かって、まさって)
 脅かす (おどかす、おびやかす)
 酷い (ひどい、むごい)
 表す (あらわす、ひょうす)
 体 (からだ、たい、てい)
 音 (おと、おん、ね)
 注ぐ (そそぐ、つぐ)
 開く (あく、ひらく)
 避ける (さける、よける)
 退ける (しりぞける、どける、のける、ひける)
 潜る (もぐる、くぐる)
 
*普通の辞書には載っていない読み方がふさわしいこともある(文意を考える)
 爪先(辞書:つまさき) → つめさき (爪先を磨く、爪先が割れる)
 膝下(辞書:しっか、ひざもと) → ひざした (膝下 10センチ)
 家探し(辞書:やさがし) → いえさがし (引越ししようと家探しする)
 新米(辞書:しんまい) → 新米大使(しんべいたいし)
 
●地名・人名などの固有名詞、難しい読みは、インターネットや辞書で
 例:「若王子」(地名) わかおうじ:福井県・埼玉県、にゃくおうじ:静岡県・京都府 (祭神の名)
   「神戸」(地名) こうべ:兵庫県・宮崎県、ごうと:群馬県、ごうど:群馬県・埼玉県・神奈川県・山梨県・岐阜県・静岡県・愛知県、かのと:東京都、かんど:静岡県・愛知県、かんべ:愛知県・三重県・兵庫県、こうど:和歌山県、じんご:岡山県 (人名としては、多くの読方がある)
 
 *人名に入る「の」を忘れないように:藤原隆信(ふじわらのたかのぶ)、源博雅(ミナモトノヒロマサ)安倍宗任(あべのむねとう)、橘三千代(たちばなのみちよ)
 * 1人の人名にたいして2つの読み方が通用していることもある。例:空也(くうや・こうや)、栄西(えいさい・ようさい)、土井晩翠(どい・つちい)
 *五十音順の索引がある場合は、その配列順から、ある事項のその本での読み方が分かることがある。
 
 *点訳者が調べて確認済みのものには印を付けておく(できれば出典も明記するようにする)。
 *情文では、調べた事項や読み方などについて、点訳から最終校正まで通して使える「調査表」の試用を始めている。
 
●私が読み方のチェックのためによく使うページ
URL Yahoo!辞書
 *『大辞泉』と『大辞林』の二つの国語辞典のほか、小学館の『日本大百科全書』、 Wikipedia も使える。さらに『日本国語大辞典』なども一部使える。
URL Weblio|辞書<国語辞典・国語辞書・百科事典>
 *Wikipedia をはじめ、数百の辞書を一度に調べることができる。
URL kotobank 
 *『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』をはじめ 90種近くの辞書が使える。関連情報も充実
URL 音訳の部屋−読み方辞典
 *独自に作成した読み方辞書ばかりでなく、多分野の読み方調べのためのリンクが網羅されている。
 
〔参考〕 読み分け辞書
 2字以上から成る語で、2つ以上の読み方があり、その意味に多少とも違いがあったり、意味はほとんど同じでも文脈によって読み分ける必要のあるものを掲載(一部、例文もある)。約980項目。とくに、送り仮名が同じで読み方・意味が異なるものをできるだけ多く集録した。
*英単語の略し方については「英語点訳略し方一覧」を公開している。約6350語。英語点訳・校正をしている方には参考になると思う。
 
 
*点字のメリット:どんな難しい文章でも、正しく点訳されていれば、(意味は分からずとも)読み方だけは分かり、すらすら読める。
 
 
5 分かち書き・切れ続き
 基本的に『点訳のてびき』に従っていれば良い。微妙な点については、各点訳本でそれなりに統一が取れていれば良しとする。
 微妙なマス空けについては、各グループで細かなルールを決めておくと、点訳・校正がスムーズに行く。(例:なくなる)
 情文では、とくに問題となる複合語の切れ続きについて基準を作り、またそれに基づいて表記辞典も作っている。
 
●漢字 4字の語に注意
 つい〈漢字2字□漢字2字〉のようにマス空けしてしまいがち。
 「傍若無人」「風林火山」「農山漁村」「小中学校」「対角線上」「自動車内」などは一続きに書く。
 
*文脈・意味によってマス空けが変わることもある:この世の中で→「コノ□ヨノナカデ」「コノヨノ□ナカデ」
 
 
6 レイアウト
 情文では、できるだけ点訳者のレイアウトを尊重している。 (1冊の本の中で矛盾がないかぎり、あまり校正は出さない。)
 *レイアウトが難しそうな場合は、あらかじめ校正者ないし経験豊富な点訳者と相談しておく。また、どのようなレイアウトにしたかを原本に書き込んでおいたほうが良い。
 
 原本のレイアウトと必ずしも完全に一致させる必要はない。(とくに、手紙や詩や系図など)
 
 
7 点訳者注
 点訳者注は最小限に。(前後の文脈でかなり見当がつくことが多い。)
 同音異義語が続けて出てきたり、辞書にはない新しい言葉には点訳者注を入れても良い。
 文字そのものが分かるよりも、できるだけ意味が分かるようにしたほうが良い。
 
例:(点訳者注を[ ]で示す)
 溝蓋:一般には@みぞぶた、建築・行政関係ではAこうがい、Bこうがい[溝のふた]
 石鏃:@せきぞく、Aせきぞく[石のやじり]
 前晩:@ぜんばん、Aぜんばん[前の晩]、B前の晩 *Bのような書き換えは今はあまり推奨していない。
  現代世界では、鉄鋼は機械工業や建築業などでの素材となり、欠くことのできない物である。鉄鋼[はがね]は鉄鉱[こうせき]を主原料とし、石炭を主要燃料としている。鉄鋼と鉄鉱・石炭の関連にはどのような地域性があるのだろうか。
陸上の景観は大きく三つある。森林、草原、荒原[「こう」はあれる]がそれである。
 
 
8 ルビの扱い
 ルビの付されている語は、普通はルビだけを点訳すれば良いが、次のような場合もあるので、注意が必要。 (以下、ルビを[ ]内に示す)
 @本来の読みではない特殊な読み方を指定したり、特定の職業や業界で使われる隠語、若者言葉、方言などにおける読み方を示している時は、ルビの後に括弧書きで本来の読み方を入れたほうが良い場合がある。
  山賊[やまだち] → ヤマダチ(サンゾク)
  部長刑事[でかちょう] → でかちょう(部長刑事)
  子供[わらす]の時[どぎ]がら損ばりすてる → ワラス(コドモ)ノ□ドギ(とき)ガラ□ソンバリ□すてる
 
 A漢字語に外来語のルビが付いている場合、その外来語がふだんあまり使われなかったり、意味が十分に伝わらないと思われる時などは、括弧内に漢字語の読みも書いたほうが良い。
  中古品[セコハン] → セコハン(チューコヒン)
  説明と同意[インフォームド・こんせんと] → インフォームド・□コンセント(セツメイト□ドーイ)
 
 B翻訳書や専門書では原語の発音をルビで示していることがあり、そのような場合はルビを括弧書きにしたほうが良い。
  自我[エゴ]中心の精神分析学と自己[セルフ]の相補性を重視する分析心理学 → ジガ(エゴ)□チューシンノ□セイシン□ブンセキガクト□ジコ(セルフ)ノ□ソーホセイヲ□ジューシ□スル□ブンセキ□シンリガク
  後背地[ヒンターランド] → コーハイチ(ヒンターランド)
 
 
9 図表類
 図や表・グラフなどもしっかり校正する。
 しばしば図表類はよく分からないということで、校正がおろそかになる(ときには飛ばしてしまう)こともあるようだ。
 とくに、図注の点字にはしばしば間違いがあるので、注意。また、図の注や説明文と図本体中の略称等とを照合するようにする。
 表のレイアウトを変えたほうがずっと読みやすく理解しやすくなる時は、実際の点訳例も添えて校正を出したほうが良い。
 グラフの点訳として、概数を読み取って表にしたり説明文に変えたりすることもよく行われるが、概数の読み取りが正しくされているかもチェック。
 
*表紙や目次の校正・データ修正も丁寧に
 
 
おわりに:触読校正の必要性
 点字は、目で見る文字とは異なって、左から右に順に読んでいく触覚用文字。とくにレイアウトや記号類の使用法については、点字独自の特徴がある。
 点訳には原本の情報の〈置き換え〉という面とともに、〈翻訳〉という面もある(とくに図表類の場合)。上手に翻訳された点字は、点字として読みやすく内容も理解しやすい。
 点訳者はまずできるだけ点字パターンで読むようにしてほしい。また最近は簡単に画面上で点図を描けるようになったが、それを目だけではなく手で触って確認するようにしてほしい。
 さらに、点字として読みやすいレイアウト、理解しやすい表や図の点訳のためには、優秀な触読校正者が必要である。優秀な触読校正者の育成が望まれる。
 
(2012年9月4日)