





| 野寄の地車(だんじり)について 校区内には野寄・岡本・田中に「だんじり」が各1台づつあります。神戸市内には41台の地車があり、その内、東灘区には31台の「だんじり」があります。そして皆さんも良く知っている岸和田の「だんじり」を含めると大阪湾沿岸には約800台ほどの地車があります。 「だんじり」とは、神社のお祭りに神様を乗せて曳き回す車のことで「地車(じぐるま)」と書いて「だんじり」と読みます。 又、「らくしゃ(楽車)」「だし(山車)」などとも呼ばれています。 「だんじり」についての言い伝えは沢山ありますが、本住吉神社の宮司さんのお話によれば、西暦869年の平安時代に京都の祇園社が数10本の長矛(ながほこ)を立てて天下に蔓延していた疫病の退散を祈願していたそうです。以降この行事が毎年恒例となり、その後この長矛が担ぐ屋台に取り付けられ、さらに御所車のような車が付いて現在の祇園祭りの鉾となりました。徳川時代になってから各地に適した特色のある形のものが作られるようになりました。それらの全てを称して「だんじり」と言っておりますが、最初の意義からみるとその本質は動く祭壇であると言われています。 野寄地区は現在の西岡本地域を指しています。江戸期から明治22年頃迄は、莵原郡野寄村と呼ばれ、農業を主とした地域で、住吉川より用水を引いておりました。その水を利用して明治30年頃には、農閑期に酒造米の水車精白や菜種油、素麺製造が盛んに行われておりました。昭和25年には本山町野寄となり、その後、昭和54年に現在の西岡本となりました。鎮守は大日女尊(おおひるめのみこと)神社で本住吉神社の氏子です。 野寄の地車は、昭和8年に立派な地車を造りましたが、太平洋戦争で空襲に合い焼けてしまいました。昭和61年に41年ぶりに地域の協力を得て、大阪方面から購入しました。その地車は昔のだんじりより小さかったので大きな地車に地元の人達で造り変えました。 この「だんじり」は、高さ4メートル、長さ6.85メートル、幅2.85メートル、重さ約4トンあります。 特徴は、大きさと、色のきれいな昼提灯や彫刻です。又、前方が、飾り幕で、後方が3枚の彫刻板になっています。神戸では、珍しい「だんじり」です。平成16年から18年にかけて屋根の大改修や彫刻の取替を行って平成18年9月23日に完成のお披露目を行いました。 「だんじり」については、ホームページを検索すると沢山ありますので各地域の地車についても調べて下さい。
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