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SF小説  「 未来映像 」 by 崎山 幸
 僕は、その夜ディスプレイモニターに映る断層映像を見ながら仕事を進めていた。
仕事というのは、ネイチャーイラストのことだが、僕が昔アクアリストだったこともあり、描くのはほとんど魚ばかりだ。もっとも今でもアクアリストであることに変わりはないのだが、生きた魚が手に入らないんじゃ話にならない。今うちの水槽にはクローンのアフリカツメガエルが1匹だけ。あとは政府が浄化槽用においていった水草を植えた、浄化も兼用した大型槽がひとつ。
 さっきイラストといったが、最近じゃ資料を持ってる人も少なくなって、描けるやつも減ってきた。とくに生態となると、なにしろ自然なんてほとんど無いんだからコンピューターと掛け合いながらの作業だ。幸い僕の場合、昔から死んだやつは冷凍標本にしておいたし、ビデオや写真、それに書籍も多いから助かったって訳だ。
 このところ会っていなかったKがやってきたのは、ちょうどうろこのパターンを計算していた時だった。モニターに写っているのが分かっているくせに、リズムをつけたノックが3回、Kのいつもの癖だ。僕は手許のキーワードで鍵を開けた。
「こんばんは」
「やあ、こんな夜中にめずらしいじゃない」
「だって夜のほうが調子がいいって言ってたじゃない」
「そうだったっけ」Kの足音が近づいてきた。
「なにしてるの?」
「うろこのパターン計算さ」
「きれいな魚。よくこんなのもってたわね」
「ふつうレッドアロワナって言われてるうちでも、とびっきり赤いやつで脳死してすぐ冷凍したから生きてるみたいだろう」
「うん・・・・」気のない返事にふり返ると、Kは意外に真剣な表情で立っていた。
「だいじな話があるんだけど、今からわたしの家に来てくれないかなあ」
「こんな夜中に? いいけど、どうしたのさ」
「実はね、わたしタイムマシーンを作ったのよ」
「え?」僕はしばらく何て言ったらいいか分からなかった。いくらKがコンピューターエンジニアの娘でも、まさかタイムマシーンなんて信じろと言うほうが無理だろう。しかしKが嘘を言ってるとも思えない・・・
「タイムマシーンって、あの過去や未来に行けるってやつか?」
「まあそうだけど、わたしのは200年後しか行けないの。固定式だから」
「それで、行ったのかい200年後に!」
「ええ・・・それがね、変なのよ。たしかに行ったはずなのね、でも全然覚えてなくて。ただ記憶を消されたってことだけ・・・」
「残ってるのは記憶を消された記憶だけか・・・妙だな」

 まったく妙なことになったもんだ。何で僕が未来へ行かなきゃならんのか良くわからないが、とにかくKの家に行くことにした。
「だけど何でそんな物作ったんだ?」
「だって、わたしの未来が知りたかったのよ」
「で?僕が200年後に行って君の未来を調べるわけ?」
「できれば、そうしてほしいんだけど・・・」
「しかし、そりゃあ虫が良すぎるんじゃない?君の未来なんて僕には何の関係もないのに」
「そうなの?」
「そうなのって、何か関係があるっていうのかい!」

 Kの家が見えてきた。玄関の赤い常夜燈がなつかしい。(Kの家に最後にきたのはいつだったろうか)
 玄関を入ってトイレの前のドア、そこがKの部屋だ。相変わらず訳のわからない機械だらけの部屋に一層訳のわからない物があった。そう、物としか形容できない異様な形だった。形があるのかどうかも定かじゃない。
「これがそうかい?」
「ええ」
「どこに乗るのかな」
「そこのコイルのあたりに立って、このレバーを下げればいいの」
「それで、どれくらいかかるんだい」
「すぐよ。ちょっと時間軸をずらすだけだから」
「かんたんに言うね。それじゃ行くよ」
「一時間で燃料電池がなくなるから、それまでに帰ってよ!」

 レバーを下ろすと、景色が一変した。あっけないほどすぐだった。
 そこは町はずれの人気のない小さな路地で、そこから四本目の通りには店屋もならび、けっこう人通りも多かった。落ちついた感じのいい町並みだったが、1時間という期限を切られた僕はかなりあせっていた。当たり前のことだが、200年後の未来で他人の過去を捜そうったって、どうすればいいか分かる訳ないだろう。しかしKのいつになく深刻な顔が気になっていた僕は、小走りに町の中心と思える方角へ急いだ。
 300mほど走っただろうか、僕は自分の目を疑った。現代でさえ姿を消している熱帯魚店が200年後の世界に存在しているとは! 僕はKとの約束も忘れ店内に入りさらに驚いた。
何と目の前の大水槽に大きなレッドアロワナが2匹泳いでいるじゃないか。それもぼくの標本のように赤いやつだ。良く見ると90cmほどの水槽にも小さなレッドアロワナが数匹。ほかの水槽にも条約にひっかかる魚が、たくさん泳いでいる。まさかと思い店のおやじに聞いてみた。
「あんた過去から来たのかい?どれくらい前だね」
僕はあっさり見破られたことに驚きながらも、200年と答えると
「200年?!よくそんな昔から来られたもんだ。それでその機械はどこにあるんだ?」
僕が警戒して答えないでいると
「まあ答えなくてもいいさ。もっとも今じゃ、あんたが思ってるほどは珍しくないんだ。だが過去や未来のことにかかわっちゃいけないことになってる。政府の方針だから、あんたにゃ悪いが何も教えられないよ。どうせ知ったところで帰る時に記憶は消されるんだ」
「そうなんですか・・・」僕はがっかりした。記憶を消されるんじゃ何を調べたって無駄ってもんだ。そんな僕を見て気の毒に思ったのか、おやじはこんなことを言った。
「ただし自分に関係している換わりようのない未来は消されないらしい。もっとも、あんたの知人に有名な人でもいれば別だが、そうでなけりゃ図書館のマザーコンピューターでもしらべられなんだろう」
僕は咳きこんでたずねた。
「その図書館はどこにあるんですか?」
「500mほど先に白い建物が見えるだろう?あれだよ」
「ありがとう」
僕は全力で走った。ストップウォッチが残り30分を示している。図書館へ行っても自分に関することを調べられるかどうかわからないが・・・しかし、あのレッドアロワナは!
 図書館のロビーから続く自動歩道を走り、エレベーターで13階へ上がると前方の巨大モニターは運良く利用者はいなかった。キーテーブルの椅子に座り、次々とファイルを開いていった。おそらくこの時代では誰にでも使える程度のコンピューターなのだろうが、僕には難しすぎた。
 やっと情報が出だしたころには残り時間も少なくなっていた。これではタイムマシンの所まで行けないかもしれない。もしたどり着けなかったらどなるのか、不安と戦いながら僕は急いでモニターを読みながらプリントのキーを押すと、出てきたプリントをむしり取るようにエレベーターに走った。ドアの隙間からは、まだ情報を出し続けているモニターが見えた。

 僕はKの家の奇妙な機械の上に立っていた。焼け焦げたケーブルが煙りを出している。
Kがいきなり抱きついてきた。彼女は泣いていた。
「よかった・・・よかった、帰れて!」
Kの手からは血が出ていた。この機械が爆発でもしたのだろうか。
「いいの、未来のことなんて、わからなくたって」
「・・・未来? あっ!そういえばタイムマシーンで・・・」
僕は急いでジャンバーのポケットをさぐった。消えてなかった!コピープリントは僕の頭の中にある映像と同じだ。
「どうしたの。あなたの部屋で見た魚じゃない」
僕は思い出していた。前後のことははっきりしないが、大きなモニターのような映像。それに何か隙間から見えた一瞬の記憶。
「いや、何でもない」
「やっぱり消された記憶だけなのね・・・」
「ああ、そうみたいだ」
 硬質アクリルドームの天井を見上げると、星々が白く輝いていた。大気は確実にきれいになっている。
僕は未来社会で見た緑の木々のこと、僕の標本と同じ臀鰭のつけねに一枚の奇形のうろこをもつアロワナのことを考えていた。クローンだらけの自然でも、自然が無いよりずっといい。僕の生きているうちに、どれだけ近づけるのだろうか。
「K、実は思い出したこともあるんだ」
「なに?」
「僕が君を好きだったってこと。君は?」
「あたりまえじゃない・・・そんな・・・」
月の光でもKの顔が赤くなるのがわかった。

 Kには言わないことにしようと思う。コピー生物で自然が甦ることも、それに成功したのが N.S、K.S 夫妻だということも。知らなくても換わりようのないことだから。

END     N.S