2005年9月09日 荒武賢一朗さんと 建築あそび 講演記録   home  

 はじめに   江戸時代大阪の青物流通   都市と農村  幕末期   
 明治以降   おわりに              呑み語り1 呑み語り2 

呑み語り1


それでは後は飲みながら質問したり・・

・・ボイスレコーダーを消そうとする荒武・・


s:それはそのまま流しておいてください。後は説明が足らなかったところ 補足していただいたり、酒を呑みながらやっていきたいと思います。

k:面白くってモット聞いていたいんだけど 用事があるんで

s;用事あるんでしょう。じゃ−いいです

k;ゴメンね

あ:つたない話で

s:じゃ〜ビール持ってきて・・取りあえず。mチャンはまだ大丈夫だし・・

m:車がじゃまなんで移動してきます

s;車だけ出して 来てくれる。じゃ・・また戻ってきてください。mちゃんの生家、なにか柳町のこととか色々「聞きたい」って言ってるから。

k:そうそうそう柳町の話とか・・じぁ〜一旦出掛けます。ゴメンね。済みません 。  ・・用事に出掛けサポーターのkチャン・・方々でドウモどうも〜どうも〜挨拶しあっている 会場

s:じゃビールを持ってこよう、日本酒の方がいいかな。

 第二回目の宴会の準備をする 会場 わいわいがやがや・・

my:床でクールダウンしたから、大丈夫でしょう

s;そうだな〜この辺でこう、荒武さんの声を拾いながら・・
  ・・とビデオの位置を変える佐藤・・・

s;荒武さんあの正面で・・

あ:ハイ

s;ビールを飲みながら。あこれ kちゃん行っちゃったけど、これどうるんだ〜
  ボイスレコーダの操作を知らない 佐藤・・悩む

my:動いてる動いてる。止めるのは停止を押すだけだから。これで13時間とか取り放しでいけるから・・・・

s:どうも 一旦御苦労さまでした。質問していいですか

あ:ハイ

s;なにから行こうかな、最近のテーマとしては循環型社会を目指すとかよく言われるんですが

あ:ああぁ

s:その辺のことで 循環させるという状況が物々交換の時は目に見えるかたちで循環しているわけですよね。人間は野菜をべて排泄する。下肥と青物というような物が循環してるのが見える。ドンドン「日本全国に住み暮らす。人の都市化」をふくめ 都市化が地球規模に拡大している

、江戸時代になって大坂 周辺に200万人もの人が集まってくると要因と、地域が拡大していって・・・現代で言うとその地域は東南アジアへとひろがり 中国になったりと、世界中から食料品を持って来て 食って排泄しているわけですけれど、目に見えるような形でバランスよく循環していない。しているのかしていないのか確かめる手ダダもなく、環境バラスが崩れていると脅かされる(笑い)

地球力では循環してるのかもしれないけれど、目に見えるような形で循環しえてない・・ので脅すのには好都合である

河川が膣素過多になったり、琵琶湖の水質が汚染されたりと、水質の汚濁などでアンバランスな状況になってるわけですが、食料を集めてきて、排泄しまとめて下水処理し流すから、そういう風になると思うんですけども。その辺の話に対する意見があれば。

あ:まず最初に言われた循環型社会の言葉というか、その考えたか自体は評価出来ないというか

 佐藤 わらう 

あまり私は関心がしないくって。アンチのタイプで す。我々が今考えると、江戸時代の後期はそういうふうに結果が成っているかもしれないけども、必ずしも当時の人達はそれを意識してヤッテイルわけでもないし。出来てない状況も実は有るんですね。それを僕が考えるんじゃなくって。

今日はテーマじゃないのでお話ししませんでしたけど、下肥なんかですと、その下肥に対して、例えば野菜を渡す。お金を払うとか。大阪の場合はそれ競争して取り合うわけですけども、そこに競争原理が入ってくる 。「商品になる」ということですね。それが一番、「今 言われている事と違うな〜」と。

s:循環とかいう概念が無いんだからそれを持ちだして語ってもしょうがないと。お役人さんや物知り顔が言っている「地産・地消」とか言うわけですね。そういうこともナンセンスかな〜

あ:余りナンセンスとは言わないけれども、江戸時代の話をしているときに、それを美化するように言うじゃないですか、「あのころ良かったね」と。

s:現代では、目指せ循環だとか 地産地消だ〜(笑い)とか言うんだけど。聞いていても俺はさっぱり分からないの。限定された一部分だけでは成り立つのかもすれないけども。現在人のように、欲望が多方面に張り巡らされていてる人間像にたいして、自給自足などという言葉は今は成り立たないと思うんですが

 自給自足という言葉すら 既に、江戸の昔だって 現実的ではないのね。非常に限定的で語り手の都合誘導に使われるような お話しになるのでよね。

その辺のところ、逆に恐怖させ誘導すべく「江戸時代は良かったね」を捏造し言われているっていうことなんだね。

あ:だからパリとかロンドンとかより江戸の方が綺麗だとか

佐藤:わらう・劣等感の裏返り化か・・

あ:そんなことはないんでね。やっぱり人間が生活するなら汚い所が有るし、というところが

s:そうかそうかなるほど。それは大切な事だよね。昔はよく循環してて、現代はとまっているから 環境が悪くなっているという、恐ろしがらせ方法ね問題は俺たちが解決してあげるよ〜という、極めって現在的な 政治手法の発言なんだね。

それでは別の質問ですが、野菜を作っている人に対する差別意識みたいな、僕が2年前から都市の中で野菜を作っている様を見て歩いているんですけど。老人とかオバンとか小学生が観察用とか、大阪の鶴橋周辺の在日といわれる人が多く住んでいる所の庭先とか、野菜が多く見ることが出来た。所を変えて金持ちなんだろうな〜の宅地、例えば宝塚の高級住宅街とかに行く。芦屋とか西宮とかに行く。家の庭先には野菜なんか作っていない。

野菜は非常に劣っているみたいな、視線というのは江戸時代の末期にはあったのか無いのかということですが。

あ:それは無いですね。ん、それは無いですね

s;品物 商品と考えているからなかな

あ:商品と考えてから。例えば米が売れればを作るんです。もう一つは土壌の問題もあるし。肥料の問題もあるし。気候の問題もあるので。そこはなかなか難しいけれど、要するに、何でも作れる所というのは、売れる物を作る。だからこの地域から、ちょっと東側に行くと綿を作っている。北の方に行くとナタネを作っている。

s:換金作物をつくるとね。大阪町奉行所に難波の村の人達がね願い出る。したたかな論で。自分たちの利益誘導もかねてる。鮮度がいいから消費者にも利益になり、対立的を避け落としどころえを提案している

関係者全員が利益になるような提案をし解決していくという技術は、今の人に比べても「交渉が上手いのでは」と思ったりします。特に政治界や行政などではあまり見受けることがないかも・・ 国会での話しあいや 答弁。「人生いろいろとか」幼児言葉になってしまって、異なる意見の調整が出来てないように思うんですけど・・

あ:できてないですね。

s;中国の大地で日本の市場に適した野菜を作っていただき、ウナギ養殖していただき 加工していただき。冷凍し持ってき来て食っているのですが、政治的な立場では生産地のことを考えてない発言が目立つ。生産地に配慮し政治家が動くようなことが見受けにくい・・メディアが報じないのかな。靖国に行って逆撫でしてみたり。一部だけに焦点をあてて、庶民の視線を誘導している。

そういう点でも生産する人達が消費者と政治家・行政に対して、メッセイジを発し、自分の利益も誘導するために 訴えるというのはとても面白いと思いました。

中国でウナギを野菜を 生産している人達が、日本の消費者に向かって「鮮度の良い商品を与え、安全であり、安く、互いの経費も少なくなるような点に裏打ちされたメーッセージ・とういうような訴えは国連話のなかにも(笑い)出てこないわけですよね。今消費している 私の目の前にはでてこない・・。

現代に参照するとすればそういうとかな〜。たしかに運搬する手段が無かったので、今のように冷凍、チルド保存したりして日持ち技術を開発し、遠〜く地球の裏まで運べる。上手い運搬手段を作って どこからでも持ってきて食うということですよね。どこへでも商売をするということですよね。地域だとか国家だとかの境界を意識せず 商売をする。生産者消費者にとって共に利益共有できていいんだと。 今日の話から学んでるかと思うんですけどね。

昔の人は外国との外交なんて考えてないだろうけど 地域間の問題が外交と言えるかもしれない。隣の畑は異なる藩にだったり、入り組み支配でしょうから。そうすると接近してる生産地の生産者同士で、年貢納める藩が違うわけだから 問題が起きるわけですよね〜

あ:今日は端折りまいたけど、この26ヶ村でも、領主みんな違うですよね。みな

s:訴えはみんな一諸でしたよね〜

あ:みんな一緒でやるんですよね。これは85ヶ村でやるんで、バラバラなんですけど、地域一体で「じゃ〜みんなやっていこう」というカタチで。「85ヶ村まとまって」というのがある。


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