第三章 第二話   山中を彷徨う亡霊 (投稿者:宮城県 M.S.さん)

 私は山が大好きで暇さえあれば、山仲間とハイキングがてら、山へと出掛けます。 
 美しい山々を見ていると都会の喧騒を忘れられ、空気も澄んでいて、鳥のさえずりを
 聞いていると、私は心から落ち着くのです。 その日も、いつものメンバーで山へ
 出掛けて行きました。 新緑が美しく、一歩、一歩、大地を踏み締めるようにして
 歩いていると、前から、スーツ姿の男性が降りてくるのが見えました。 ここはもう、
 かなり、山の奥に入ってきており、頂上にも近い所で、スーツ姿なんて、おかしいなと
 思いながらも、私は「こんにちわ」と挨拶をし、顔を見たのです。 
 男性は青白い顔をしており生気すらなく、無表情のまま、無言で私の横を通り過ぎて行きました。
 私は恐る恐る、後ろを振り返ると・・・そこには、誰もいません。 私は、一番後ろを
 歩いていたのですが、怖くなり、前を歩いていた友人に今の男性の事を尋ねました。 
 すると、友人は、「通り過ぎた人なんていないよ。 幻覚を見るようになったら、
 もう年かもよ?」と笑いながら、言うのです。 私は男性の顔をはっきりと覚えており、
 納得できないまま、暫く、歩いていたのですが、頂上に着き、景色を堪能していると、
 さっきの男性の事など、すっかり、忘れてしまいました。 暫く、雄大な景色を見ながら、
 おにぎり等、食べながら、雑談していたのですが、話題が先程、私が見た幻覚の男性の話になり、
 皆、私はもう、ボケが始まったと笑っていたのですが、中の一人が、「いたよ。」と
 言うのです・・・。 続けて、「あの人は、3年前、ここで、自殺した人なんだ。 
 会社が倒産になって、借金、抱えて、どうにもならなかったという話だよ。 それに、
 隊列を組んで歩くと、一番、前と後ろの人が見るっていう噂だよ。 嘘だと、思うなら、
 帰りに前か後ろを歩いて、自分の目で確かめてみるといい。」と言うのです。 
 皆、言葉を失って暫く、気まずいムードになったのですが、話題を変え、その場はなんとか、
 とりつくろいました。 山を降りる時間になり、誰が一番前と後ろを歩くのかで、
 少しもめましたが、私は怖いという気持ちよりも、どうしても、さっき見たという男性を、
 もう一度、自分の目で確かめたくて、私が先頭を歩き、一番、後ろには、私を年寄り扱いした
 友人が歩く事になりました。 歩き始めて、暫くすると、さっきの男性が、
 ぼぉーと身動き一つせず、立っているのです。 「いた!」と思った瞬間、
 その男性はゆっくりと、こちらに向かって、歩いてきます。 私は幽霊だと思うと、急に
 怖くなり、歩くスピードが落ちたのか、後ろの友人が、
 「どうした? まさか・・・いるのか?」、私は黙って、大きく頷き、一歩、一歩、
 踏み締めるように歩いて行きました。 やがて、男性と擦れ違うまでに、近付き、擦れ違う瞬間、
 ぼそっと、「生きてたって、しょうがないよ。」と、聞こえたのです。
 私は、もう、振り向きもせず、山を降りて行きました。
 男性が言った言葉の意味はよくわかりませんが・・・どこか、寂し気な表情は、今でも、
 はっきりと覚えています。
 あの山には、それ一度限り、登っただけです。