第四章 第二話  波間を漂う女性の霊 (投稿者:山口県 A.H.さん)

 私は今でも夏が来ると、あの日の事を思い出します。
 就職したばかりの私でしたが、毎日、仕事に追われる日々が続き、疲れも
 たまっていたので、気晴らしに友達を誘って、二人で海へと出掛けて行きました。
 あいにくの曇り空でしたが、気温は高く、蒸し暑い日でした。
 太陽は時々、顔を出す程度だったので、体を焼くのには、余り都合良くなかったのですが、
 泳ぐには、別に問題もなく、久しぶりの海をおおいに楽しんでいました。
 昼近くまで、たっぷり、泳ぐとお腹も減ってきて、海の家で昼食をとり、一休みすると、
 友達がトイレへ行くと言うので、私もついていったのですが私達がトイレに入ろうとすると、
 髪の長い、女の人が擦れ違いに出てきました。 その女性は顔右半分が、髪で隠れており、
 よくわからなかったのですが、青白い顔でどこか、はかなげな感じのする女性でした。 
 トイレから出てくると、もう一泳ぎするため、海へと、繰り出したのです。 
 暫く泳いでいると、私は、なんとなく、さっきの女性の事を思い出しました。 
 辺りを見回すとさっきまで、一緒に泳いでいた友達の姿がありません。
 「どこへ行ったんだろう」と思っていると、足に何か絡まり、私は水の中へと、
 引きずり込まれました。 足に絡まっていたのは、海草やゴミではなく、
 人の髪の毛だったのです。 それも、かなり長い・・・。 私は必死で足に絡みついた
 髪の毛を引き離そうとしましたが、慌てれば慌てる程、うまくいかず、半分、
 溺れかけのようになり、必死でもがきました。
 どうにか、髪の毛をはずし、浜辺の方角を見ると、私のすぐ視線の先には水面から半分程、
 顔を出した女性がいて、顔の右半分は真っ赤に焼けただれ、恐ろしい程に冷たい視線に
 体を突き抜ける程の恐怖を感じました。
 「わぁー!!」、私は悲鳴をあげ、必死に逃げようとしたのですが、焦っているのか、
 前に進みません。 その女性は私をあざけ笑うかのように、じわり、じわりと、
 こちらに近付いてきます。 「捕まる!!」と思った瞬間、「落ち着いて下さい!! 
 大丈夫ですか!!」と男の怒鳴り声が聞こえました。
 私は、声のする方を向くと、「大丈夫ですか? 浮き輪に捕まって下さい。」
 と声を掛けられ、私は、浮き輪にしがみつき、浜まで、送ってもらいました。

 私は、どうにか、浜に辿り着き、お礼を言い、友人を探したのですがどこにもいません。
 私は、不安になり、とりあえず、車に戻ってみる事にしました。 
 すると、車のドアは開いており、友人は運転席に座って、ガタガタ、震えているのです。 
 「おい!」と声を掛けると、ビクッと驚いた友人の顔は青ざめており、
 「どうしたんだ?」と聞くと、「女が・・・、顔を火傷した女が・・・」。

 髪の長い女性は、トイレで擦れ違った、あの女性に、とてもよく似ており、どうして、
 私達の前に現れ、死へ導こうとしたのか・・・。
 今でも、あの日の事を思い出すと身が縮こまりそうです。