第七章 第三話     車椅子の老婆 (投稿者:静岡県 K.K.さん)

 実は最近、患者さん達の間でこんな妙な話が噂されていました。
 その日、私は点滴を交換するため病室に入っていくと患者さんが
 4人集まって何やら話し込んでいました。
 「ああ、看護婦さん、ちょっと!」と私は呼ばれ、その男性患者さんの
 所に行くと「どうしました?」と声を掛けました。 すると男性患者さんは、
 「4階にね、幽霊が出るんだよ!」と言うのです。 その患者さんは、
 年輩の方で時々、変わった事を言う人でいつも私をからかっては、
 楽しんでいるようでした。 「何を言ってるんですか?」、私は呆れて
 そう言うと「夜中にどうしても、ジュースが飲みたくなって、
 4階の自販機に買いに行ったんだ。 それでさぁ、ジュースを飲みながら、
 歩いていたんだけど、前から車椅子に乗った半透明の老婆が一人で車椅子を
 動かして私の前をスゥーと横切ったんだ!」。 懸命に力説する姿を
 見ていると、なんとなく、嘘を言っているとは思えなかったのですが、
 「僕も見ましたよ、その人! 顔がやつれていて頭は真っ白で・・・」と
 もう一人の患者さんがそう言いました。
 実はその幽霊はナースステーションでも、見たという看護婦がいて、
 ちょっとした噂になっていたのです。 でも病院には、そういう話は、
 つきものですから、間に受けていなかったのですが、こうも見たと
 いう人が出てくると、なんとなく、気味の悪いものです。

 そんなある日、私は夜勤でナースセンターにいたのですが、
 深夜の巡回で調度、問題の4階の自販機の前を通ったのです。
 さすがにあんな話を聞くと怖くなり、小さな物音にも敏感に
 反応し、視線もキョロキョロと落ち着きがありませんでした。
 廊下の端から端まで見回したのですが、そんな老婆が出てくる事は
 なかったので、内心、ほっとして、胸をなでおろし、「やっぱり、
 ただの噂ね。」と思った時、キキッ、キキッと廊下を車椅子が動く音が
 聞こえてきました。 ドキッとして、見ていると、前から、半透明の
 老婆が車椅子に乗ってゆっくりとこちらに近付いてきます。
 髪は真っ白で顔はやつれていて・・・その言葉を思い出していました。
 その話の通りの老婆が目の前にいるのです。 私はガタガタと
 震え出していて車椅子に乗った老婆が私の横を通り過ぎ、私はその老婆を
 目で追っていると、スッーと消えていきました。
 患者さんの話は、嘘ではなかったのです・・・。