2 本陣・脇本陣跡船津屋
 
 本陣は幕府の役人や大名、勅使(朝廷からの使者)、籏本(将軍直属の武士)などが宿泊する宿で、泊まりきれないときや、本陣がふさがっている時には脇本陣が利用されました。江戸時代後期の天保年間の桑名には本陣2、脇本陣4、一般宿が120軒もありました。これは熱田に次いで街道第2位の多さです。

 現在の料亭「船津屋」の位置には「大塚本陣」がありました。ここは桑名で最も格式の高い本陣で、裏の庭先には渡海のための御座船が着岸しました。大塚本陣の建物の一部は、四日市市川北町の法従寺に移築され現存しているそうです。

山月前石碑

 船津屋の隣の料理旅館「山月」は、脇本陣の中でも最も大きく且つ格式が高かった「駿河屋」のあった場所です。ここの入口にある石碑は、昭和20年の桑名空襲の際に近くの城壁から吹き飛ばされてきた石を利用したもので、「勢州桑名に過ぎたるものは銅の鳥居に二朱の女郎」と刻まれています。