【 なつのおはなし 】
《迷子のはなし》
「…ぺっ、ぺ、ふ…、く、口の中に、草が入った…」
茂みを通り抜けてすぐ、ヒフミは目をきらきらさせて辺りを見渡した。
通学路のすぐそば、茂みから続いていたそこは、多分小さな林かなにかだと思う。
どこにも入り口が見当たらないので、誰も入ったことがないのだ。勿論、チハヤは特に入りたいと思ったこともない。
「…あれぇ、ネコ、いなくなっちゃったよ」
「あたりまえだろ! あんな勢いで飛び込んだんだ、ネコだって驚いて逃げ出すよ…まったく」
ヒフミの考えなし、とうめいて、チハヤはまだ口の中に残っているイガイガ感に顔をしかめた。
その間も、ちぇー、とか言いながら、ヒフミはまだきょろきょろ辺りを見回している。
勘弁してくれよ、とチハヤは顔をしかめ、自分のランドセルを横目で眺めた。どうか中で墨汁がこぼれていませんように、と思うのだが、今開けてみて確認する勇気もない。
「ねえ、ヒフミ。もうネコはいないんだろ? なら、早く通学路に戻ろう」
チハヤは深くため息をついてから、ヒフミを促した。
ざわざわと風が吹くたび音を立てるこの林は、昼間だというのにやけに暗い。木々が空を遮っているため、嫌になるほど明るく、高い青空が、ここではひどく遠く感じられた。
「うーん。…確かにネコはいないけどさあ」
ヒフミはしかし、チハヤとは意見が違ったらしい。
彼はにこにことチハヤの傍まで駆け寄って、チハヤのものより数段軽いランドセルを軽く揺らし、こんな提案をしてきたのだ。
「ねえチィくん。ぼく、ここを探検したいなあ! きっと、ここは誰も入ったことがない秘密の場所だよ? 明日学校でみんなに自慢できるよー!」
にこにこしながら、さもいいアイディアだと言わんばかりのその口調。
チハヤはびっくりするやら呆れるやらで、がっくりと俯いてしまった。
「いきなり何言ってるんだよヒフミ…! おまえ、宿題だってやってないんじゃなかった? それなのに、探検なんて言ってる場合じゃないだろ…?」
「宿題は、チィくんが教えてくれるからいいんだよ!」
「ば、ばか! 教えないよ、何言ってるんだ!」
「ええー。いいじゃん。復習にもなるよ?」
「め、めちゃくちゃだよ、言ってること…」
チハヤは呆然と呟くが、ヒフミの中では既に「この場所を探検」という事項は決まってしまったことらしい。
うきうきと「ねえ行こうよ!」とチハヤの手を引き、歩き出そうとする。チハヤは「いかないよ!」とその手を振り払うが、またすぐにひょいと捕まえられる。
「…わかったよ、じゃあ宿題は教えてやるよ。だから、その代わりこのまま帰ろう?」
強情なヒフミに、チハヤはとうとう譲歩した。しかし、その譲歩案の都合のいいところだけをヒフミは耳に入れたらしい。
「わあーい! やったぁ、チィくんやっぱり優しいな! じゃあ、まずあっちから行ってみよう?」
「…だから帰るんだって言ってるだろうっ!?」
だめだ、全然話聞いてないよこいつ! とチハヤは頭を抱える。
ヒフミはいつもこうやって、チハヤの意見などお構いなしに行動するのだ。
しかも、一人で行動すればいいものを、彼はいつもチハヤを巻き込みたがる。
「………どうしても、だめ?」
チハヤが強い口調で叫んだのが効いたのか、ヒフミはいささか心配したような様子でチハヤを見上げた。
そう大きい方ではないチハヤだが、クラスで一番前に並ぶヒフミに比べれば、少しばかり背が高い。
チィくん怒った? と言いたげに自分を見上げるヒフミに、チハヤは何とも答えられず、ひどくまごついてしまった。
こういうところがヒフミは卑怯なのだ、とチハヤは思う。
押して駄目なら引いてみろ、を、最も効果的に使うところを、彼は全くうまくわきまえているのだ。
チハヤは、いつも元気で想像してヒフミに、こうして一歩引かれて「だめ?」といわれてしまうと、ひどく弱い。
一人っ子のチハヤには想像がつかないが、もしも自分に弟がいたらこんな感じなんだろうか、と時々ヒフミに対して思ったりする。
だからこんなに、ヒフミのわがままに弱いんだろうか、とも。
「………。……少しだけ、だからな」
やがて、チハヤは仕方なく、ため息をついてからそう言った。
そうして、ぱあっとヒフミの顔がいっぺんに明るくなるのを苦々しく眺め、またやられた、と思うのだ。
とりあえず、少しこの林の中を歩けばヒフミも満足するだろう。
林の中には、そう珍しいものがあるというわけでもない。不審なところといえば、きちんとした入り口が見当たらないくらいのものだ。だから、きっといくらか「探検」をすれば、きっと彼は満足するはずだ。そう考えて、チハヤは一生懸命妥協する。
「えっへへー。じゃあ早速あっちから行ってみよう! キノコとかあるかなあ、キノコキノコ!」
にこにこ顔で、チハヤは先に立ってずんずん歩き出した。
「…言っておくけど。まさか、食べるなよ」
「わーかってるよー」
分かってないから言ってるんだよとチハヤは思って、また小さくため息をつく。
ヒフミはそんなチハヤに構わず、笑顔でずんずんと歩いていくのだ。
何だかおかしいな、と思ったのは、それから何分か歩いてからだった。
林の中、と言っても、一面木しか生えていないわけではない。
獣道としか言いようがない類のものだったが、うっすらと道もあった。だから、その道をたどるようにして歩いていたのだが。
「……なあヒフミ。おかしくないか? …この林、こんなに広いのかなあ」
「え? うーん。…林って言うより、森なのかも」
「いや、そういう問題じゃなくて…」
チハヤは困惑して、ずんずん先に立って歩いていくヒフミの服のすそを、ぎゅっと握り締めた。
引っ張られる感触に、ヒフミが不思議そうに振り向く。その不思議そうな顔に、チハヤは慌てて握ったすそを放した。
「……もう戻ろうよ。ヒフミ。林の中だから分からないけど、このままだと本当に暗くなっちゃうだろ」
それに何だか様子がおかしい。
チハヤは小さくそう呟いて、けれどどこがどうおかしいとは具体的に説明できないまま黙り込んだ。
「何がおかしいんだい? チィくん」
案の定、ヒフミはそう尋ねて、首を傾げた。
「何もおかしいことないよー! まあ、確かに……外から見てると、こんなおっきい林だと思わなかったけど。結構歩いたけど、景色が全然かわんないし…」
ヒフミの何気ないその言葉に、チハヤはハッとした。
そして、さあっと血の気がひいていくのを感じながら、ばっと背後を振り返る。
「……あ…」
「? …あ?」
どうしたのチィくん、なんて暢気に尋ねるヒフミの声が、チハヤにはひどく恨めしく思えた。
「……あの。……あのさ。ここまで、ネコと同じ入り口から、こう、真っ直ぐに歩いてきたん、だよな…?」
「…? うん。そうだよ。ぼくら、あの入り口から真っ直ぐにやってきたんだ。だって迷子になっちゃったらしょうがない…」
彼はそう言いながら、どうしたのチィくんと笑って振り返った。……そして、ええ、と呟いて眼を見張る。
二人の目の前。……先ほどまで真後ろだったそこにあったのは、何本もの木々だった。
「あれえ? おっかしいなあ。…ぼくら、ここを通ってきたはずだよね。チィくん」
「……そ、そうだと思ったんだけど…」
もしかして、勘違い?
ヒフミはそう言って、チィくんでも勘違いするんだなと笑いながら、くるりと方向転換した。きっと、方角を勘違いしてるんだ、と。
けれど、向き直ったその先にも、道はなかった。
「……あれぇ?」
呟いて、首を傾げる。
チハヤの顔は、ますます青ざめていく。
「…ヒフミ。もしかしなくて、これって…」
小さく呟くその言葉の先を、ヒフミはウーンとうなって言ってみた。
「迷子だよね。…困ったね、チィくん」
うなった割には全く緊張感のないその声に、チハヤは「ばか!」と頭を抱えて呻く。
二人を囲む木々は、いつの間にか四方に渡っていた。さながら、木々でできた袋小路だ。
こんなところを歩いていたっけ、と不思議そうなヒフミに対して、チハヤは不安げに瞬きを繰り返している。
「…どうしよう」
ヒフミに言っているのだろうが、しかし、殆ど独り言のようにも聞こえるその「どうしよう」は、それを口にしたチハヤの耳にも頼りなく響いた。
そう言われても、ぼくもどうしていいかわかんない、とヒフミは呟いたが、彼はあくまでも前向きだった。
「しょうがないよ、チィくん。とりあえず、先に行ってみよ? 真っ直ぐ行けば、林の向こう側に出るよ」
至極単純な理論を口にして、彼はにこりと笑う。
その笑顔に、チハヤは少しだけ励まされて「そうかもな…」と頷いた。
「あっ、わかった。……チィくん、怖いんだ!」
「なっ! ち、ちがうよ、ばか! 怖くなんかない!」
「だってほらあ。…手。震えてない?」
「! ……違うよ、これは、その、む、武者震いだよ!」
「ふーん。そうなんだー」
チィくん難しい言葉知ってるねー、とヒフミはにたにた笑う。その顔に、チハヤはむうっと頬をふくらませた。
「ばか! ヒフミなんか嫌いだ!」
そうして、怖くない、ということをアピールするためか、チハヤは元気よく一歩を踏み出す。
しかし、その途端、足元で小枝がばきっと音を立てて砕けた。
「…ッ!」
自分の足が生んだその音に、チハヤはびくっと震えて立ち止まり……後ろで相変わらずニヤニヤしているヒフミを、きっと、照れ隠しに睨む。
ヒフミは、そんなチハヤにあははと屈託なく笑ってから、ごめんね、と手を差し伸べた。
「ぼくも、ほんとは怖いよ。チィくん。……だから、ほら」
左手をすうと差し出して、ヒフミはにっこり笑う。
「手、つなご?」
そうしたら、きっと怖くないから。
言葉と共に差し伸べられた掌を、チハヤは一瞬迷ったようにじっと見つめてから……やがて、小さく頷く。
「…どっちに行ったらいいと思う?」
「……たぶん、あっち」
「ホント? チィくん」
「……さっき、あの木の枝。あれが、あっち側向いてたんだ。で、そのとき、ヒフミはあっち側向いてたろ?」
「ふーん…。じゃあ、あっちだね」
「…うん」
木が動いていない限り、間違いない、とチハヤは呟いた。
ホントに動いてたら面白いよねえ、とヒフミは笑った。
その間、二人の掌は、ぎゅうっとつながれたままだった。
自分よりも少し体温が低いヒフミの手に、チハヤは少しだけ安堵を取り戻してから、もう一度、と足を踏み出す。
途端、また足元で、ばきっと小枝が割れたけど、今度は声を上げたりはしなかった。
だって、今度はヒフミと手をつないでいるのだ。
震えたりしたら、全部ヒフミにそれが伝わって、すべてばれてしまうのだから。
……そうやって、二人が手をつないだまま歩き出してから、何分が経過しただろうか?
ヒフミは「時計持ってればよかったね」と言ったし、チハヤは「せめて太陽が見えればなあ」と考えた。
薄暗い木々の間では、時間の感覚も、今日差しがどうなっているのかもさっぱりわからなかったのだ。
ただ、ずっと歩いているせいで、足首や膝がひどく痛い。
長いこと歩いているんだろうな、とはそのことで分かるのだが、その「長いこと」がどれくらいのものなのかが分からないのである。
ふと、ずっと前を見ていたヒフミが「あっ!」と声を上げた。
チハヤも「なに?」と同じ方向を見て、「あっ」と言う。
二人が真っ直ぐ見つめた先。
その先に、木々の見えない場所。……つまり、空き地みたいに開けた場所があったのだ。
「やったあ! きっと出口だよ、チィくん!」
「よかったな、ヒフミ!」
二人は口々にそう言い合って、手をつないだままぱたぱたと走る。
そのまま木々の間を縫うみたいにして、二人はすぐに目指した場所にたどり着いた。……しかし。
「……うわー…」
チハヤもヒフミも、その場所の一歩手前に立って、すぐ、ぽかんと口を開けてしまった。
そこは出口ではなかったのだ。
「…す、すごい……」
しかし、二人が口をぽかんと開けているのは、ここが出口ではなかったという失望感からだけではない。
目の前に現れた、開けた場所。
そこには、まるで、何本の木が両腕を広げて天井を作っているような具合だったのだ。
広さは、それほど大したことはない。
しかし、まるでその場所は木々に守られるようにしてあった。
木々は幾重にも枝を伸ばし、葉がきらきらとさんざめく木漏れ日を地面に落とす。ひかりは白く、地面に幾つものまだら模様を作っていた。
そのまだら模様に浮かぶようにして、点々と小さな花が咲いている。
枝葉の天井、という言い方がしっくりするような、空き地の頭上に広がる風景。
二人は高揚した気持ちを表すように、互いの掌を一際強く握り締めた。
――そこは、夢みたいにきれいな場所だったのだ。
「…きみたち、こんなところまで来たのかい?」
しかし、そんな子どもたちの陶然とした時間は、そんな声で呆気なく遮られる。
チハヤはきょとん、と瞬きをして、ヒフミは敏感に声の主を探して、さっと視線を巡らせた。
「ここだよ」
声は、しかし二人のすぐ間近から聞こえた。
わあ、と叫びかけたチハヤだが、力の限りヒフミの手を握り締めたおかげで、みっともなく叫び散らすことを免れる。
ぎゅうと握られる感触に、いたいよ、とヒフミは一瞬眉をしかめた。
けれど彼は(今はまだ)文句を言わず、きっと、突然真横に現れた少年を睨みつける。
二人よりも少しだけ背の高い彼は、中学生か、高校生くらいの年頃に見えた。
もう夏が近いというのに、黒い長袖のタートルネックに、同じく真っ黒のズボンを穿いている。髪の毛も真っ黒だ。けれど、奇妙なことに、靴だけは白かった。
彼はすんなりと痩せた体つきとひやりとした目で、二人を、とりわけヒフミを見下ろして、もう一度こう言った。
「きみたち、こんなところまで来たのかい? …失礼だろう。ここはきみたちのすみかじゃないのに、そうしてどかどかと上がりこむなんて」
いかにもまっとうなことなことを言っています、といった口調で、彼は淡々と告げる。
チハヤはその口調に、若干たじろいだ。
しかし、ヒフミは逆に反感をもったようだった。
「なんだよ! 何でそんなこと、アンタに言われなくちゃいけないってんだ! ぼくらは、別にどかどか上がりこんだわけじゃないし、それに、もうここを出るつもりだったかだから!」
彼はきっと少年を睨んで、きゃんきゃん反論する。少年はその声に閉口したような仕草で、軽く耳を押さえた。
「うるさいなあ。…わかったよ。じゃあ、もうここを出るつもりだったんだね? じゃあサヨナラ。早く行って」
そっけない口調で言われた言葉は、相変わらずとても冷たい。彼はひらひらと手を上下に振ってみせて、二人をちろりと見やった。
呆れたことに、その細い掌。……彼は、その両手に手袋まで着けていた。それもまた見事に真っ黒のものが、両手に。
「言われなくたって! いこ、チィくん!」
ヒフミは一気に腹を立ててしまったようで、ぐいぐいっとチハヤの手を引っ張るようにして歩き始めようとする。
しかし、その手をチハヤが引っ張って引き止めた。
「まてよ、ヒフミ」
そして、チハヤは少し躊躇いがちに少年を見上げ、あなたはこの森の出口を知っていますか、と尋ねる。
「……ええー、チィくん、なんでそんなやつにきくの! 教えてもらわなくなって、きっと見つけられるよ、いいよ、行こうよー」
ヒフミは、チハヤの問いかけに少年が応えるよりも早く、不機嫌顔でまくしたてた。
少年はそれを、つくづくうるさいものを見るように眺める。そうしてから、チハヤに目線を移した。
「知ってるよ。ここはぼくの庭みたいなものさ。……入ったばかりのきみたちじゃ、とても道なんて分からないような、手ごわい庭だけどね」
後半は、明らかにヒフミへのあてつけだろう。
その淡々とした口調に、ヒフミが更に「きいーっ」といきりたつ。
「なんだいなんだい! いいさ、絶対見つけてやるんだか」
「お願いです、道を教えていただけませんか!」
だが、いきりたつ彼の言葉を遮るように、チハヤはきっぱりとそう叫んだ。
ヒフミが、ええっと顔をしかめる。
「……なんでぼくが? 理由がないよ」
少年も少しだけ顔をしかめた。つり目がちの眼差しが、すっと細められる。
けれど、チハヤは怯まなかった。なんでさー、とわめくヒフミを、ちょっと黙ってろと叱りつけ、堂々と理由を口にする。
「ここで、あなたとこうして会ったからです。人生は助け合いだと、母が言っていました」
だから、助けてください。
チハヤの言葉に、少年は怪訝そうな顔をする。
「助け合い? じゃあ、ぼくがどこかで困っていたら、きみは助けてくれるの」
「はい、もちろん! ……その、できることだったら」
チハヤは少しだけ自信がなさそうに後半の言葉を付け加えた。
少年はチハヤの言葉を、ひどく疑わしいものを見るように検討しているようだ。
目が開いたり、閉じたりと、せわしない瞬きを繰り返している。
「…できることなら、ね」
少年はその言葉を何度も吟味するように口の中で転がし……やがて、わかった、と答えた。
「そっちのうるさい子どもは気に入らないが、きみがその約束を守るというのなら案内してもいいよ」
「は、はい! わかりました!」
チハヤはその言葉に目をきらきら輝かせて頷いた。
絶対約束は守ります、というチハヤに、ヒフミが完全にむくれてしまって、なんだよ! とわめいた。
しかし、こうでもしなければ、たぶん二人はこの森の中で遭難してしまう。チハヤは「聞き分けろよ」とヒフミの手をぎゅっと握った。
ヒフミはチハヤと視線も合わせず、むくれてそっぽを向いてしまっている。
「うるさい子は、不満みたいだね」
少年はそれを眺め、そうコメントした。うるさい子って名前じゃない! とヒフミが叫ぶ。
「ぼくはヒフミだし、チィくんはチハヤっていうんだ! ちゃんと名前で呼べよな!」
「……ああ、そう」
少年はその言葉をどうでもよさそうに聞いてから、ぼくは炯だよ、と呟く。
「ぼくの目は、夜、黄金色に光るんだそうだ。それが、炯々と光るようだ、と言ったひとがいる」
だから、炯だよ。
そう言って、彼はゆるりと瞬きをした。ぱちり、と閉じられて開けられた眼差しは、確かにうっすらとけぶるような黄色を孕んでいる。
「……なんだよ。それ。変なの!」
ヒフミはしかし、そうきっぱりと言って少年を不審そうに見上げた。
「名前って、生まれたときにつけられるんじゃないの? ぼくのヒフミって名前は、考古学をやってる父さんが、当時研究してたのが碑文だからってつけられた名前だけど、そんな風に……目の色がどうこうだからってつけられるなんて、聞いたことないよ」
命名を夜まで待ってたっていうの?
ヒフミの質問に、少年は、そうかもなとだけ言って、チハヤに向かって声をかけた。
「いくよ。こっちだ」
「あっ、はい!」
「あー、むしだ! ムシした! チィくん、ぼくらもムシだよ、ムシ! あんなやつシカトー!」
「シカトしたら、ここから帰れないだろ!」
ヒフミのばか! とチハヤは叫んで、嫌がるヒフミを引っ張るようにして炯と名乗った少年の後に続くのだった。