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ピアノ協奏曲「黄河」 曲の紹介

  2004年3月25日初稿
  2004年8月29日改訂
  2004年9月5日修正
  2004年9月15日誤字訂正(殷承宗の宗の字をまちがっていました
  2007年4月20日修正(中国語フォント対応ほか細かい修正))
  2007年10月9日修正(「黄河大合唱」との関連など誤りを修正)
  2009年11月3日加筆(編曲者の名前と、曲の楽器編成を追加)


目次
 1.作曲者と作曲年代
 2.初演
 3.現行版と「改訂版」についての論争
 4.楽器編成
 5.曲の紹介: 概要 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章

1.作曲者と作曲年代
 原曲は冼星海作曲のカンタータ「黄河大合唱」(1941年)。
 ピアノ協奏曲としては、中央音楽集団による集体創作(1970年)。
 実際に作曲(編曲)にあたったのはピアニストの殷承宗(作曲当時は殷盛忠)、石淑誠ほかの4~6人(メンバーは制作途中で入れ替わりがあり、CDの標記や中国のウェブサイトの情報でも一定しない)ですが、文化大革命時代の雰囲気を反映して「集体(グループ)創作」として個人名を出さすに発表されました。 1969年2月に創作グループが編成され、同年の末に完成したとの情報があります。
 なお、編曲にあたったメンバーは制作途中で入れ替わりなどもあったようで、CDの標記や中国のウェブサイトの情報でも一定しません。人民音楽出版社版の楽譜では殷承宗、触望华、盛礼法、刘庄となっていますが、ピアニスト石淑誠の新盤ではあとの二人の名前が盛禮洪、劉荘となっているほか(単に簡体字と繁体字の違いかもしれません)、許斐星と石自身の名前も表記されています。また、李堅の台湾盤では後に香港に亡命した杜鳴心の名前があげられています。

2.初演

 1970年1月1日 殷承宗(ピアノ)、李徳倫(指揮)、中央楽団。北京人民大会堂内小礼堂
 ただし、現行版の初演は、1970年2月4日とする説あり(次項参照)

3.現行版と「改訂版」についての論争
 現在一般的に演奏されているのは、第4楽章の末尾に「東方紅」と「国際歌(インターナショナル)が登場する楽譜によるものですが、「中山日報」2000年2月28日付けの記事によれば、ピアニストで曲の制作にも加わった石叔誠は「これは江青(毛沢東夫人、「文化大革命」の中心となった「四人組」の一人として後に終身刑に処された)が、もっと主題を明確に(つまり革命的に?)にせよと改編を強要した結果のものである」と主張しているようです。
 彼は、第4楽章の冒頭を一段高い音ではじめ、フィナーレの「東方紅」「国際歌(インターナショナル)」を第1楽章の旋律に置き換えるという改訂を行い、その楽譜に基づく指揮・演奏を行っていて、1989年には正式に録音しています(この楽譜によるCDはこちら)。また、同じような改訂を加えている楽譜によると見られる李堅がピアノを弾く台湾盤は、フィナーレに当初制作に関わり途中で離脱した杜鳴心が作曲したものを用いているとライナーノートに記載されています(石の「改訂版」と李堅盤ではさらにまた異なる)。
 しかし、同じく曲の制作に関わり70年1月1日の初演者でもある殷承宗は、現行版こそがオリジナルであると主張し、両者の見解は対立しています。殷が録音したNaxos盤に、"Orginal version"との標記があるのはこのためとみられます。

4.楽器編成
 人民音楽出版社版の楽譜によれば、オーケストラは2管編成(トロンボーン3,ホルン4)に、ピッコロと竹笛(第2フルート持ち替え)、ハープとなっています。この楽譜にはないのですが、琵琶を加えた録音も多くみられます。琵琶がはいると俄然中国風になります。

5.曲の紹介

 全体で4楽章からなります。「黄河大合唱」の第1楽章「黄河の舟歌」、第2楽章「黄河を頌える」、第3楽章「黄河は歌う」、第5楽章「黄河の怒り」、第6楽章「黄河を守れ」を下敷きにしており、かなりの部分では原曲のピアノパートはそのままに合唱パートをオーケストラに置き換えた形になっています。第4楽章の後半はオリジナルなものになっています。もともとがカンタータですので、ソナタ形式など西洋の協奏曲の伝統的形式にはあてはまりません。 管弦楽編成は通常のオーケストラでしょうが、中国の民族楽器である竹笛と琵琶も用いられています。また、全体としてピアノが非常に技巧的に用いられています。装飾音的なものも多用されます。また、原曲では一部の楽章の冒頭に、ピアノの演奏にのせて語りがはいりますが、協奏曲でも、この序奏部が一部活かされています。
 原曲の「黄河大合唱」は、黄河に託して民族の誇りを歌い上げ、日本の侵略と戦って祖国を守れと呼びかける抵抗の歌で、革命後の中国でもよく歌われたようです。「文化大革命」のもとで西洋音楽の演奏を禁じられた音楽家たちが、よく知られている民族的・革命的な曲を使ってクラシック音楽の編成の曲を作り、自分たちの存在意義を示そうとしてこの「黄河大合唱」をピアノ協奏曲に編曲することにしたようです。このため、團伊玖磨によれば楽譜には表情記号として「人民解放軍、前進! 前進!」などの文字が付されていたそうです(人民音楽出版社版の現行楽譜にはありません)。「文化大革命」が実際にはずいぶん凄惨なものであったことは今日中国においても事実として認められるようになっていますが、当時は新しい時代を開くものであるとされていたので、全体としては楽天的・開放的な音楽としてつくられています。
 

 金管のファンファーレに始まり、ピアノが華やかに深く響いた後で、単純で親しみやすい主題が熱く登場します。この主題が展開したあとに、笛が柔らかく素朴なメロディーを歌い、ピアノがうけとります。これが舟歌なのでしょうか。その後再度最初の主題が管弦楽とピアノのかけあいで華麗に演奏されます。
 なお、この楽章のタイトルは「序曲『黄河の舟歌』」と表記されることが多いのですが、曲の印象からすれば「序曲と黄河の舟歌」ではないかとも思います。

第二楽章 黄河を頌える

 冒頭、チェロを中心に深い響きでゆったりとした歌が印象的に奏でられます。ピアノがそのメロディーをうけて展開し、切々と歌い上げられます。叙情的なメロディーの後方で、最後に聶耳作曲「義勇軍行進曲」(中華人民共和国国歌)のファンファーレが、平原の彼方から聞こえてくるように印象的に登場します。しかし、それが静けさを破ることなく柔らかに終わります。

第三楽章 黄河の怒り

 前半は、原曲第3楽章「黄河は歌う」を下敷きにしており、黄河の美しさを称える歌詞の通りの柔らかい音楽となっています。最初は竹笛の響きに始まり、弦楽器の叙情的なメロディーが自然の情景を歌います。ピアノのトレモロが染みわたります。やがて緊張が高まり、後半では原曲第5楽章「黄河の怒り」の一部が用いられ、ピアノが技巧をこらしながら時に情感をこめて、時に激しく歌います。しかし、「怒り」というタイトルからイメージされるほど暗い音楽ではありません。

第四楽章 黄河を守れ

 たたかいの音楽ですが、全体として明るい雰囲気で貫かれています。闘争的なファンファーレのあとピアノが堂々と奏でられ、その後主題が登場し、対位法的に展開します。変奏曲といってもよいでしょう。やがてそれが行進曲風のフーガにもなり、金管が激しく叫んだりもしますが、決して暗くなりません。また、時折「三大規律・八項注意」などよく知られた革命歌のメロディーの断片が登場するようです。
 そして、現行版のフィナーレでは「東方紅」のメロディーがオーケストラによって壮大かつ美しく登場したあと、「国際歌(インターナショナル)」のメロディーの断片が高らかに演奏され、最後に中国的な和音の強奏で力強く幕を閉じます。
 「東方紅」はもともと民謡のメロディーだといわれていますが、毛沢東を讃える歌詞で一般に広がり、愛国的な曲として第二の国歌ともいえる存在でした。「インターナショナル」はもともとフランスでパリ・コミューンの革命闘争の際に歌われたもので、後に国際共産主義運動の共通の革命歌として世界に広まりました。第二次世界大戦前にはソ連国歌であったこともあり、また日本でも知られています。「愛国性と国際性の統一」という革命運動の命題を音楽の面から強調しているといえます。現在では「東方紅」「国際歌」両曲とも政治的な理由もあって公式にはあまり演奏されないようです。

 なお最初に説明した石叔誠の「改訂版」では、楽章冒頭が一段高い音で始まるほか、フィナーレのモチーフとしては「東方紅」ではなく第一楽章の「舟歌」の旋律が用いられています(最後は同じです)。また李堅盤では、「国際歌」も登場しません。個人的には現行版のほうが演奏効果が華やかで好きなのですが、江青の指示によるものだとするとちょっとイヤですね。


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