こちらのお話しは『No.89我儘(第一話)』 『No.33告白(第二話)』の続編です。

no.3 『切れた唇』





「そんな、もう飽きたってそんな言い方っ」

「俺を満足させられなかったお前が悪い」

放課後の生徒会室から聞こえて来た、そんなやり取り。

ああまたヒデのヤツが誰かを泣かしてんだな、ったく両方ともホント懲りねえ。
確かこの前、顔立ちの愛らしい一年生に手を付けてた気がする。ならばこの声はその一年か?

取り乱した、変声期を越えたばかりでまだ高い声と、抑揚のナイ低い声とキーボードを叩く音。
ドア越しでもその光景はハッキリと想像出来た。
荒れているのは相手ばかり、アイツはソレこそ天気のハナシでもするかの様に、淡々と事実だけを無駄のナイ冷たい言葉、いや単語で述べる。
アイツの悪癖は知っていた。来るもの拒まずで去るもの追わず。
人のモノ程やたらと欲しがり、力づくだろうが卑劣だろうが、手段は選ばない。
だがそうやって手にした相手でも、一瞬でも自分に懐いたり心を開いたりすると途端に露骨に興醒めして、すぐに放り出す。
最低で最悪で、でも魅力に溢れたヤツ。
生徒会長と言う立場から、出来れば私情や痴話などによる下らない揉め事は避けたい。アイツ自身も副会長だし。
しかし本音は、そんなアイツの評判を知りながらも近付いたりするヤツにも責任があると思っている。
それにそんなプライベートなコトまで、俺が首と口を挟む権利はナイ。あくまでアイツと、アイツの相手との問題だ。

「俺の用件は以上だ」

がたん、と椅子を引く音がした。判ったか?判ったなら出口はあっちだ、さっさと散れ。

きっとこれ以上冷酷な表情と言い方はナイだろうってカンジで、部屋のドアをあの綺麗な指で示しているんだろう。
ドアの向こうの声が、半狂乱みたいに呂律の回らない調子になって来た。
マズイな、コレは。そう思いそろそろ間に入ろうかとドアノブに手を掛けた時、耳に届いたヒトコト。

「・・・篠宮さんと関係があるって、本当ですか」




「今の話は本当か?篠宮とお前に関係があるって」

泣き喚く一年を何とか下がらせ、後ろ手でドアを閉める。
そしてウソであって欲しいと願いながら、耳に心に引っ掛かったヒトコトを、努めて冷静な口調で問い掛ける。
が、

「あったらどうする?ソレもかなり深い関係が」

書類の山を見つめたままのアイツからの返答は、極めてシンプルだった。そして尚、畳み掛ける様に続けて来る。

コレは俺のプライバシーだ、哲也。お前に口を挟む権利はナイ。
それとも何か、会長は副会長の私生活まで管理して制限するつもりか?

「中嶋」

「差別、だな」

持っていたペンを置き、あの冷ややかな口調で短く言う。

さっきの一年は今まで見て見ぬフリだったのに、相手が篠宮なら嘴を突っ込んで来る。
お前に取って篠宮は特別か?そうなのか?哲也。

ソレはいつもと変わらない、でも何処か刺々しい響きの言葉。ナンだろう、何をこんなに苛立っているんだコイツは。

「ヒトツ聞かせろ、篠宮には本気なのか?」

だからさっきの一年と別れたのか?俺の問い掛けに、

「手持ちの駒は、多くて強力な方が良いだろう?」

目の前の綺麗な顔がふっと笑う。とても優雅に、そして冷たく暗く。
その左頬に目立つ、赤い痕。
剃刀で切ったなんて言っているけど、ササクレ立ったその筋はアイツらしからない下手な言い訳を、あっさりとはね除けて主張している。

刃物デナンテ、ウソダ。コレハモット、別ノコトデ付イタンダ。


---- そう例えば、抗って振り上げた、弓を引くせいで固くなってしまっている指先が引き裂いた、とか。



「寮長のアイツを俺の手に入れておけば、生徒会としても俺個人としても後々役に立つかも知れない」

「・・・ソレが理由か?」

握った拳に、無意識にきりきりと力が篭る。

「そうだ、他にナニが?」

限界だった。
突き出した拳が整った伶俐な顔を、尖った頤を横から捉えた。銀色のフレームのメガネが吹き飛び、ぴっ、と鮮血が飛び散る。

「結局は暴力か・・・、進歩がナイぞ哲也」

薄い唇の血を、しなやかな指先がさらっと拭う。

うるせえ!!言うに事欠いて何て言い種だっ。手駒?役に立つ?お前はそんな理由でアイツを抱くのか?
そんな理由だけでアイツを堕としたのか?

「仕方ナイだろう」

愛情がナイんだ。
まあ別にオトコなんて、愛なんか無くたってヤれる生き物だが。

最後の箍が、音を立てて割れたのが判った。再びの正拳、しかし、

「ニ度目は当たらない・・・!」

突き出した手を軽くいなして掴み、力強く引き寄せてバランスを崩す。
そして空いた左手で、さっき自分がやられた様に、顎を狙う。響く、がちっと言う鈍い音。
そして同じ様にして、切れた唇。

「倍返しが俺のモットーだが、まあ左と言うコトでコレくらいにしておいてやる」

それと、さっきの一発を喰らってやったのはサービスだ。

「・・・サービスだと?」

「ああそうだ、スッキリしただろう?哲っちゃん」

そう、普段俺を小馬鹿にする時に使うあざ名で俺を蔑む。
そして不快そうに鼻を鳴らし、赤くなった手を摩りながらドアを蹴破らんばかりの勢いで部屋を出る。
その肩が小刻みに震えていた理由が怒りではなく、アイツからは大凡想像も付かない感情だったコトを俺が知るのは、コレからもっとずっと後のコト。


”愛情がナイんだ”


ソレは『お前に』じゃなかった、愛情がナイのはヒデ、『お前』じゃ無かったんだな。








ぼおっとした熱を持ち始めた頤を摩ると、指先にぬるっとした血の感触。
ソレを忌々し気に払い落して踏み出した足先に、アイツが残して行ったメガネがかちりと当たる。
綺麗に磨かれたシルバーのフレームと、同じ様に曇りヒトツないレンズ。そのメガネを、力任せにこの手で握り潰した俺。
薄氷が割れるみたいな音を立てて、ガラスのレンズに一瞬にして入った、蜘蛛の巣の様なヒビ。



あの時の俺は、まだナニも知らなかった。だからただ、腹を立てるだけだった。
でも今は違う、今はハッキリと全て判っている。

「痛っ」

何気ナシに手を突っ込んだ、ブレザーのポケット。その中で感じた鋭い痛み。

「コレ・・・」

翳した手に光るのは、真っ赤な雫と小さな透き通った欠片。
そうソレは、俺があの時砕いたアイツのメガネのガラスレンズの破片。
割ってしまったから返すコトは出来ず、だからと言ってその辺には捨てる訳にもいかずに、暫くココに入れていたモノ。
アレから数日、何時の間にか治った俺とお前とアイツの傷。
でもミエナイトコロに生じた亀裂は、俺達も気付かない程に静かに、そして確実にその裂け目を大きくして行って。
ソレを意味するかの様に、膨らみ過ぎた指先の血の球がぷっと破け、つうっと雫が掌を伝って制服の袖を汚す。
滅多に使わない中嶋の拳に秘められていた、行き場のナイねっとりとした想い。
ブレザーを着なくなった篠宮の瞳が、少しずつ濁り始めた理由。
崩れた俺達のバランス、傾いだまま一方通行で結ばれない、ベクトル達。

なあヒデ、この澄み切ったガラスの奥からお前はアイツを、アイツだけをずうっと見ていたんだな。
まだ突き刺さったままの欠片を見つめ、小さな呟き。
でもアイツはお前を少しも見てはくれず、いや見てはいただろうが、ソレこそ”見ている”だけだった。
だから力ずくでこちらを向かせた、そういうコトなんだろう。
お前の気持ちを判らない訳じゃナイ、でもやっぱり俺は。俺はお前を、お前のしたコトを、

「赦せねえ・・・!」

そう零した俺の視界の中に、綺麗に切り揃えられた前髪を揺らした姿が写り込む。
少し肌寒い季節だと言うのに、ブレザーを着ないで歩くしゃんとした背筋が俺を見つけて柔らかく、でも何処か歪な笑みを浮かべる。

「またサボリか、丹羽・・・っ!?」

言葉より表情より、腕が先に出ていた。あちこち薄いけれどもしっかりした身体を、俺は抱き締めていた。
腕の中の身体が、一瞬強張る。でも抵抗も拒絶も、ナニも無かった。
だからより一層に力を込める、言葉には出来そうにナイ想いを伝えるかの様に。

「丹羽、何を・・・・」

「良いから、ナニも言うな」

そう言った俺の耳の奥で、鈍い音が聞こえた気がした。
ソレはきっと、俺の中にギリギリのラインで残っていた”友情”と言う最後の箍と、もう押さえ切れなくなっていたお前の秘めた想いを繋ぐ枷と、ドコからかきっとこの情景を見ているだろうアイツの、色が変わる程に噛み締めている唇が切れて裂けた音。
そして、完全に傾いて倒れてしまった俺達のバランス(梃子)が折れる音。



切れた唇、滲んでいるのは、色んな想い








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丹羽VS中嶋×篠宮、第三弾です!実は、この三角関係を書くきっかけになったのは、このお題で、丹羽VS中嶋×篠宮妄想を始めたのが発端だったと思います(笑)
今回は丹羽視点です!ましゃさん、丹羽が書き辛いとの事でかなり苦心されてましたが、
出来上がってみたらもうvvも・・悶絶ものでした!
三者三様の行き場の無い想いが、切ないです。
そして、3人の関係が今後どのように転がってゆくのか・・・・。
あ・・・あの・・・・・実は一応コレで当初計画していたお題的には完了なのですが・・
・・・・・続き、気になりますよね・・??(笑)気になるのは私だけではないはずだ!!

ま・・ましゃさん〜〜!どうしましょう??(笑)