update 2008. 3. 19
踏 破 日 | 2008/03/08 |
コースタイム | 15:00〜17:15 |
歩 行キロ | 6.0q |
累 計キロ | 237.9q |
踏 破 率 | 48.3% |
木原畷古戦場跡〜JR磐田駅 |
(前の袋井宿は「どまん中」へ戻る)
先ほどの木原の史跡を過ぎると道は再び車道に合流し、袋井市から磐田市へ入る。旧街道はしばらくするとほぼ平行に並ぶ南側の道へ分かれるが、ここにも松並木が残っていて感心する。 今日は松並木尽くしの道中となった。
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陽光はだいぶ西に傾いてきたが、なんとか磐田駅までは日のあるうちに着けそうである。道の途中で梅の木が五分咲きであるが、白い花を咲かせていた。もっとも今春は(今春も?)例年より暖かいようだから、程なく桜の季節がやって来そうである。
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磐田の市街地へ入るわずかに手前、愛宕神社の階段を上り切ると本殿の背後に何やら西日が直射してわけのわからない石碑がある。実はこれは阿多古山一里塚、日本橋から62里目の一里塚である。ここの一里塚跡はこのように神社境内にあり、旧街道に面してはいないので一応注意が必要である。 この愛宕神社は階段を上ったこともあり、境内から磐田の市街を一望に見下ろせる位置にある。
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愛宕神社の階段を下り、足を進めて磐田市街へ。ここが旧見付宿跡であり、先の袋井に続き旧宿場町としてのアピール度はなかなか良いと思われる。(写真はJA遠州中央・見付支店にて)
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旧街道に面した寺院が多いな…と見付宿跡を歩いていたら右手に何とも瀟洒な建物が建っていた。 この建物は「旧見付学校」(国指定史跡)で、明治八(1875)年築の現存する日本最古の洋風木造小学校舎であり、現在は資料館となっている。 |
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ところで見付宿を説明する時には「姫街道」の話を忘れてはならない。旧東海道はここから西進すると浜名湖にさしかかるのだが、当時浜名湖は「今切れの渡し」という舟渡しであった。しかし舟渡しを嫌う主に女性の旅人が迂回路として北側の道を取り、この道が「姫街道」と称されるに至り、そしてその分岐点が右写真の地点となるわけである。「姫街道」はここを直進、旧東海道は左折となる。 少々乱暴な例えだが、鉄道勘のあるかたは東海道本線と天竜浜名湖鉄道(旧国鉄二俣線)をイメージして頂きたい。
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「姫街道」を左折した旧東海道はJR磐田駅方向に南進する。道の右に遠江国分寺跡、左に府八幡宮といった史跡を見ながら駅を目指す。 この真っ直ぐ駅に向かい南下する道は「ジュビロード」と呼ばれている。これはもちろんサッカーチーム「ジュビロ磐田」にちなんでのネーミングであるが、この道が旧東海道であることもぜひ多くの人に知ってもらいたいものである。 旧東海道は駅の直前で右折して本来の西進となる。 |
→次は250キロポストに感慨です。