第一幕『カイトと仲間と盗賊と』(7)



 東に向かって歩いているとやがて山に差し掛かっていく。
 山越えをするのかと文句を言うミリアを宥めながら先を進む。
 かつて人が多く通ったために出来た道も、今では草が生い茂って歩きにくくなっている。
 とはいえ、父さんもここを通ったのかと思うと感慨深いものがある。
「本当にこんなところに大陸に行くたびの扉があるのかしら」
「信じて行くしかありません」
 ミリアの愚痴にユズハが付き合っている。おかげで俺にとばっちりが来なくて楽でいい。
 そんな話をしていると、目の前に建物が見えてきた。
「こんなところに、誰か住んでいるのでしょうか?」
 ユズハが小首をかしげるようにして、問いかけてくる。
「解らないが、何か情報が手に入るかもしれない。寄ってみるか、カイト?」
「そうだな。行ってみよう」
 レイラの提案に頷き、建物へと向かってみる。近づいてみると建物だと思っていたところは、祠だった。
 中に入り階段を下りていくと、扉で閉ざされていた。
「誰か住んでいると思う?」
 レイラが誰に言うともなしに、そう口にする。
「とにかく入ってみるしかないな」
 俺は扉を開け中に入っていった。中に入ると一人の老人が書物を読んでいた。
「なんじゃ、お主たちは……。まあよい、お若いの魔法の玉はお持ちかな?」
 俺たちが来たことに気が付くと、声をかけてきた。
「はい」
「ならばいざないの洞窟にお行きなされ。泉のそばにあるはずじゃ」
 老人はそれだけ言うと、再び書物を読み始めた。
 どうやら俺たちに話すことは、もう無いということなのだろう。
「おりがとうございます、おじいさん」
 ユズハがお礼を述べる。俺たちも頭を下げ、部屋を後にした。
「言い忘れたが、泉はこの先じゃ。気をつけるのじゃぞ」
 部屋を出る俺たちの背に、老人から声がかかる。
 俺たちは部屋の入り口で再び頭を下げ、祠から出て行った。

「泉はこの先だそうよ。早く行きましょう」
 祠を出るとミリアが伸びをしながら、そう言った。
「ああ、目指すはいざないの洞窟だ」
 俺はそう言って、先頭に立って歩き始めた。
 だが歩き始めてすぐに、魔物に遭遇してしまった。
 サソリの姿をした蜂のような羽を持った魔物。さそりばちと呼ばれている魔物だった。
「気をつけな。そいつは鋏と尻尾の連続攻撃がくるよ」
 レイラはそう言うと、一匹に向かって走っていった。
「ユズハ、俺が二匹を引き受ける。ミリアと残りの一匹を頼む」
「わかりました」
「すぐに倒して助けてあげるから恩にきるのよ」
 ユズハとミリアが二人がかりで、さそりばちに挑む。
 俺は右にいるさそりばちを剣を払って牽制し、左のさそりばちに攻撃する。
 俺の攻撃を尻尾で受け止めようとするが甘い。間接の間を上手く捉え、尻尾を斬り落とす。
 悲鳴を上げて怯んだところを胴を斬りつけ仕留める。
 しかしその隙をついて、もう一匹が攻撃を仕掛けてくる。
 何とかかわして反撃を試みるが、上空に上がり巧みに避けてしまう。
 運よく剣が当たっても硬い甲羅で致命傷にはならない。
 高さの利を生かすさそりばちを何とかして地に下ろさないと。
 どうやって引きずり落とすか考えていると、ユズハの悲鳴が聞こえた。
「仕方がない。少し強引に行くか。よっ!」
 俺は勢いをつけてジャンプすると、思いっきり斬りつけた。
 だがそれを予測いたかのように軽々とよけるさそりばち。
 それも計算のうち。落ちながら振り向いて剣を振る。
 鋏を斬り落とし、着地とともに再びジャンプして今度こそ胴を真っ二つにした。
「ユズハ!」
 着地と同時にユズハの方を見る。
 ユズハはミリアをかばうように立ち、さそりばちのしっぽに脇腹を貫かれていた。
 俺は慌ててユズハのほうに駆け寄る。同じようにさそりばちを倒したレイラも駆け出している。
 だが、俺達が駆けつける前にミリアがさそりばちの尻尾を斬り落とした。
 そのまま返す刀で、さそりばちの胴を斬り倒す。
 ミリアがさそりばちを倒すと同時に、ユズハが前のめりに倒れていった。
 どうやら尻尾がユズハを支える形になっていたようで、尻尾を切られたため支えがなくなり倒れてしまったようだ。
「ユズハ!」
 レイラはユズハに駆け寄ると、まだユズハの脇腹に刺さったまま残っている尻尾を取ろうとした。
「待てっ! 今抜いたら血が一気に噴出してしまう」
 俺はそう言って、レイラを止める。
 上手く抜かなければ、血が大量に流れてユズハが死んでしまう可能性がある。
「ゆっくり抜いて止血すれば……ダメね。すぐに傷口をふさがないと血が流れたままになる」
 ミリアはそう言いながら、腰にある小物入れから薬草を取り出す。
「無駄かもしれないけど、薬草で何とかするしかないわね」
 ミリアは飲みやすいように薬草をすり潰し始める。しかし、薬草を飲み込む力が残っているかわからない。
 このままではユズハが……。
 そのとき、再び頭に呪文が浮かんできた。その呪文はユズハがホイミをかけるときに使っていた呪文だった。
「レイラ、ゆっくりと尻尾を抜き取ってくれ。
 ミリアは俺が合図をしたら、ユズハに薬草を飲ませてくれ」
 俺はそう言うと、頭に浮かんだ呪文を口にした。
 呪文を唱え始めると、手に輝きが浮かんできた。これならいける。
「レイラ、抜いてくれ」
 俺は手をユズハの傷口にかざしながら、レイラに合図を送った。
 レイラは頷くとゆっくり抜き始める。
 尻尾の先端は鍵爪状になっているため、鍵爪が引っかからないように慎重に抜く。
 尻尾が抜けるたびに血が流れ出てくる。
 俺は精神を集中して呪文を唱え続けた。徐々にではあるが、傷口がふさがっていく。
 時間はかかったがなんとか尻尾を抜き取り、傷口がある程度ふさがった。
「ミリア、頼む」
 俺の言葉に頷いて、すり潰して液状にした薬草をゆっくりとユズハの口に注いだ。
 しばらくして、ユズハの喉が動いた。
「カイト、飲んだわよ」
「わかった」
 俺は集中力を高めていき、ホイミを唱え続ける。
 やがて傷口が完全にふさがり、青ざめていた顔も赤みを帯びてくる。
「ん……」
 ユズハの瞼が振るえ、意識を取り戻し始める。
 それを見たレイラが安堵の息を漏らす。ミリアも安心した表情を見せた。
「もう、大丈夫だろう」
 俺はそう言って、呪文を唱えるのを止める。
 精神力を使い過ぎたためか、体がだるい。
 だが、ユズハが助けることが出来たので、心地よいだるさだった。
「……レイラ…それにミリア様も……」
 目を覚ましたユズハが、ゆっくりと口を開いた。
「ミリアさん、大丈夫ですか?」
「ユズハのおかげでこの通り。ごめん、私が油断したばかりに……」
「いえ、あれくらいの攻撃を避けられないのは、私の修行が足りなかったからです」
 ユズハに謝るミリアに、微笑を返すユズハ。二人を見ているレイラにも自然と笑みが浮かぶ。
「良かった…無事で…なにより……」
 俺はゆっくりと起き上がりユズハに近づこうとしたが、上手く立ち上がれず倒れてしまった。
「カイト!」
 俺が倒れたのを見て、ミリアが声を上げる。
 その後も何かを言っているようだったが、聞こえてこなかった。
 精神力を使い過ぎたことによる激しい疲労により、俺はそのまま意識を失ってしまった。

 パチパチパチ
 気が付くと、俺は焚き火のそばで眠っていた。
 ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。まだ少し意識がはっきりしない。
「気が付いたようですね」
 ユズハがそう言って、優しい笑みを浮かべる。
「慣れない呪文を使い続けたので、気絶してしまったようです」
 そう言いながら水袋を差し出してくれる。
 俺はそれを受け取って、口に持っていく。
「ゆっくり飲んだほうが良いですよ。急にたくさん飲むと体に悪いですから」
「ああ」
 俺は言われたとおり、ゆっくりと水袋を傾け飲み始めた。
「ここは?」
「旅の扉のある泉だ」
 別のところから声が聞こえた。声のするほうを見ると、レイラとミリアが立っていた。
「ま〜ったく、心配かけてからに」
 ミリアが腰に手を当てて、見下ろすようにして文句を言う。
「無茶しすぎなのよ。自分の実力をわきまえないから」
 意地の悪い笑みを浮かべて、ミリアがそう言う。
「よく言うよ。カイトが倒れたときにな……アテッ」
「何か言った、レイラ?」
 少し笑みを引きつらせてレイラを見るミリア。さりげなくレイラの脚を踏んでいる。
 しかし、レイラは何を言いたかったのだろうか?
「それより、この泉の裏側に地下に続く階段を見つけた。
 人工的なものだから、あそこが旅の扉に続く入り口だと思う」
 右手の親指で階段の場所を指しながら、レイラはそう言った。
「それでしたら、今夜はここで休みましょう。
 もう夜ですし、体をきちんと休めるのも大切です」
「夜って言っても、地下に潜るんだから変わらないと思うけど。
 まあ、約一名が途中でリタイアしても困るからね」
 悪かったな。
「じゃ、決まりだな。カイトはゆっくり寝ておけよ。
 見張りは、あたしたちがやっておくから」
「今、勇者がすることは体を休めることです。無理な行動は勇気ではなく、無謀以外の何者でもありません」
「ま、今のあんたじゃ役に立たないからね」
 それぞれがそんなことを言う。俺を気遣ってのことだろう。
 そう思うが、なんとなくミリアの言葉にはムッとくる。
 まあ、ここはお言葉に甘えて休ませて貰おう。
 再び横になると、俺は毛布をかぶって目を瞑った。ほどなく意識が薄れ、深い眠りに付いた。



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