第一幕『カイトと仲間と盗賊と』(8)



 翌日、俺の体は元のように元気になった。
 これも三人(一応三人といっておこう)のおかげだ。
「じゃ、カイトも元気になったことだし、出発するわよ」
 ミリアが元気よく号令を掛ける。
「でもその前に……」
「「「その前に???」」」
 拳を握って気合を入れるミリア。
 出発する前に何かあるのか? そんなに力入れるくらいのことが。
「朝食にしよう!」
 握っていた拳を上に突き上げる。何をそんなに力を入れてるかと思えば……。
「では、食事をしてから出発いたしましょう」
 ユズハがそう言って、嬉々として朝食の支度を始める。
 まだ消えていない火に枝をくべて火を大きくすると、干し肉を焼き始める。
 次にドライフルーツを切って並べ、水袋を用意する。
 手際よく準備をしているが一人分にしては量が多い気がする。
 そういえば、レーベ村で食事したときも結構食べていたような気がする。
 レイラも干し肉を取り出し、ナイフで切って支度を始めた。
 焼いたりすることは無くある程度切ると食べ始めた。食べるというよりは補給しているという感じに見える。
 ミリアはパンを取り出すとチーズとドライフルーツをスライスしたものを乗せていく。
 俺は取り出した干し肉をかじり、水袋の中身でのどを潤す。
 今更ながら保存食ってのは味気なく思う。
 主な保存食は、干し肉に燻製肉・魚にドライフルーツにパン。チーズやナッツ類も保存食として用いることがある。
 アリアハンでは乳を出す動物はいないから輸入に頼っていてチーズは高級である。
 ミリアのような身分の者しか手に入れられないのが現状といったところ。
 干し肉や燻製肉などは味気ないから、できれば今日中に旅の扉を通って次の街に行きたいところだ。
 新鮮なものを口にしたいからな。

 食事を終えた俺たちは、泉を右回りに歩いていく。思っていたより泉は大きくない。
「この先に地下へ行く階段があるんだ」
 レイラが指差す方を見る。確かに階段らしきものが見える。
 ……が、階段の前に何か見えるんだが。
「あれは何でしょう? 人が倒れているようにも見えるのですが」
 ユズハも目を凝らして階段のそばを見る。言われてみれば確かに、人が倒れているように見える。
「こんなところで生き倒れか? それとも魔物に襲われたのか?」
「とにかく近づいてみよう」
 魔物に襲われて倒れているなら、手当てをしてあげないといけない。
 最悪の場合、レーベ村まで送ってやらないといけないからな。
「近くにまだ魔物がいるかもしれないから注意して行こう」
 辺りに気を配りながら慎重に近づいていく。
「辺りに魔物の気配はないようだな」
 レイラが周りを見渡してそういう。確かに魔物の気配はしない。
「でも、油断はするなよ」
 近づいていくと女の人が倒れていた。身なりから言って町の娘のようだが。
 薬草摘みに来ていたのかもしれない。そこを魔物に襲われた可能性もある。
「怪我をしているのでしょうか? 治療をしてあげないといけませんね」
「ユズハ、頼めるか」
「おまかせください」
 ユズハがうつ伏せに倒れている女の人を仰向けにして傷を調べよとした。
「かかったな!」
 倒れていた女の人は急に起き上がり、ユズハを捕らえる。
 右手でユズハを抱きかかえるようにして、左手に持ったナイフを喉元に突きつけた。
「あたしの名は、リタ。盗賊バコタ様の一番弟子だ。
 さあ、バコタ様の盗賊の鍵を渡してもらおうか!!」
 リタはそう言うと、喉元に突きつけたナイフを頬の方に持っていく。
「こいつがどうなってもいいのか?」
 まさかバコタに仲間がいたとは……。
 ユズハは助けたいが、鍵はこれからの旅に必要になるから渡すわけにはいかない。
 どうするべきか……。
「残念ですが鍵を渡すことはできません。諦めてください」
 ユズハはそう言うと右足でリタの右足を思いっきり踏みつけた。
「うぐぁ」
 ナイフを持った右手がユズハから離れる。
 ユズハはリタの右手を取ると、後ろにひねり上げた。痛みからナイフを落とすリタ。
 ユズハは足でナイフを蹴るとそのままリタを組み伏せてしまった。
「お見事!」
 ミリアが拍手する。レイラが持っていたロープでリタを縛り上げる。
「アリアハンまで連れて行くと大変だから、ここに置いていくわよ」
 ミリアがそういい、俺たちは同意する。
「このぉ、憶えてろよ! 必ず取り戻して見せるからな!」
 リタがそう言って俺たちを睨む。
 俺たちはその言葉を無視して、階段を降りて行った。

 洞窟の奥に行くと一人の老人が立っていた。
 話しかけるとここはいざないの洞窟と教えてくれた。
「ここがいざないの洞窟ということですが、行き止まりのようですね」
「カイト、先に進むにはどうすればいいの?」
 ユズハとミリアが辺りを見回してそう呟いた。
「階段は石壁で封じられておる」
 老人はそう言うと階段があったという方向を指差した。指差した方向には大きな石像が二体置いてあった。
 その向こうの壁、さらにその奥に階段があるという。たぶんその階段を下りると旅の扉があるのだろう。
「旅の扉が封印されたというのは、このことなのでしょうか?」
 ユズハが首を傾げて考え始める。
「もしそうなら、ここで魔法の玉を使うことになるわね。カイト、さっさと魔法の玉を出しなさい」
 ミリアがそう言って俺の目の前に手を出す。
「確かにここで使うのが正しいようだな」
 俺はさっそく袋から魔法玉を取り出した。
「ところで、これはどうやって使うんだ?」
「もう、じれったいわね。壁に向かって投げれば良いのよ」
 俺から魔法の玉を奪い取ったミリアは、壁に向かって魔法の玉を投げた。
「わっ、バカ!」
 俺たちは慌ててその場から逃げ出した。
 しかし、壁にぶつかった魔法の玉はそのまま壁にめり込んだ。
「バカ力で投げるから壁にめり込んでいるよ。爆発もしないし、使い方が間違ってるんじゃないのか?」
「うるさいわね。間違っていないわよ」
 冷や汗をかきながらそっぽを向くミリア。
「とにかく、魔法の玉を取って来ないとな。使い方を考え……」
 ゴトッ
「ん?」
 奇妙な音がしてそちらを見ると、めり込んだ魔法の玉が壁から落ちていた。
 そのまま魔法の玉は転がって壁の真ん中に来ると停止した。
「あれで壊れないなんて結構固く作ってあるんだな」
 レイラが感心して拾いに行こうとしたその瞬間、魔法の玉に亀裂が走り内側から光が漏れ出した。
「まずい爆発する!」
 慌ててレイラを引き止めその場からまた離れる。
 大きな音ともに爆発がおきた。閃光とともに周りが白くなり何も見えなくなった。

 再び見えるようになったときは、壁が崩れ奥に進めるようになっていた。
「みんな無事か?」
「大丈夫です。誰も怪我していません」
 目が見えるようになってすぐに確認したのだろう。ユズハがそう答えた。
「おい、あそこに階段と宝箱が……」
 レイラが指差す方向に、確かに下に向かう階段と宝箱があった。
「さっそく開けてみよう」
 そう言ってミリアが宝箱に近づく。
「罠かもしれないから気をつけろよ」
 俺の言葉に頷くとミリアは慎重に宝箱に近づいた。
 遠くから剣で宝箱を突付き罠が無いか調べる。こういう時に盗賊がいれば便利なんだが……。
「罠は無いようね。鍵もかかっていないようだし」
 そう言ってミリアは宝箱を開けた。
「これは!!」
 蓋を開けたミリアが驚きの声を上げる。俺たちは頷くと宝箱のそばに近寄って行った。

 宝箱に近づくと蓋の裏に何か文字が書かれているのがわかった。
「なんて書いてあるのでしょうか?」
 ユズハが覗き込んで読み始める。
「アリアハンより旅立つ者へ。この地図を与えん! 汝の旅立ちに栄光あれ!」
「地図ってどこの地図だろう」
「世界地図に決まってるわよ。これで旅がしやすくなったわ」
 レイラの問いに地図を取り出したミリアが答える。
「ほらやっぱり。世界地図ね」
「よし、地図も手に入ったし先に進むか」
「そうだな。さっさと旅の扉に向かうことにしよう」
 レイラの言葉にみんなが頷き階段を降りる事にした。

 階段の先は崩れた人工的な洞窟だった。
 行き止まりだったり床が抜けていて先に進めなかったりした。
 魔物も頻繁に出るため進む速度は遅くなってしまう。
 ただ悪いことばかりではない。聖なるナイフや毒消し草といった宝物を手に入れることが出来た。
 そして下に降りる階段を見つけ、降りたところで休憩を取ることにした。
 さすがにこれだけ彷徨って、戦いが続くと疲労が濃くなってきたからだ。
 荷物を降ろし座ると同時に水袋を取り出し中の水を飲む。
 のどを通る冷たい水が心地よかった。
 レイラは干し肉を口にし、ミリアとユズハはもドライフルーツを口にしていた。
「旅の扉までどれくらいかかるんだ?」
「そんなに深くは無いと思いますが、どれくらいか見当もつきませんね」
「早くこんなジメジメしたところから出たい」
 ミリアの言葉に二人が頷く。その意見には俺も同感だった。
「それとちゃんとした料理が食べたい!」
「旅の扉をくぐればきっと町があるからそれまで我慢してくれ。
 それにこの干し肉だって捨てたもんじゃないぞ。噛めば噛むほど味わいがあるし」
 隣でレイラがうんうんと頷く。
「だいたいそんなに嫌なら、城に居れば良かっただろ」
「わかってるわよ。我慢するわよ」
 俺の言葉に渋々といった感じで従うミリア。
「とにかく今はゆっくりして、もう少ししたら先に進みましょう」
 ユズハがそうまとめて、俺たちはゆっくりすることにした。

 しっかりと休んで疲れをとった俺たちは再び旅の扉を目指して歩き出した。
 しかしすぐに立ち止まってしまう。目の前に3つの分かれ道が現れたからだ。
「どの道を行けば良いのかしら」
「適当でいいんじゃない? 行き止まりなら戻ればいいんだし」
 そう言って右から順番に道を眺めるミリア。そしておもむろに左の道へと進む。
「悩んでいても仕方が無い。ミリアの後をつけて行こう」
 レイラがそう言って歩き出す。
「そうだな、先に進むしかないんだからな」
 俺もユズハも顔を見合わせると後を追った。しばらくすると大きな扉にぶつかった。
「この先に何かあるのかしら?」
 ミリアが扉いろいろ触りながらを開けようとする。
「あれ? 開かないじゃない。開きなさいよっ!」
 ドンッ!
 ミリアが開かない扉に怒り蹴りつけた。
 ガイーンッ!
 と同時に上から金ダライが落ちてきて、ミリアの頭に命中した。
「いった〜いっ!!」
 ミリアは頭を抑えてうずくまる。まともに当たったから相当痛いはずだ。音も結構響いていたし。
「盗賊の鍵を使うのが正解だと見た」
 俺はそう言って盗賊の鍵を使って扉を開けようと試みた。案の定、盗賊の鍵を使えば簡単に扉が開いた。
「解っていたなら、すぐに言いなさいよっ!」
 涙目で怒るミリア。ユズハが駆け寄り怪我の状態を見ている。
「いや、解っていても罠は見破れなかったと思う」
「盗賊なら罠を見破れたかもしれないけどな」
 レイラがそう言ってフォローしてくれる。
「少しコブができていますが、しばらくすれば治ると思いますよ」
 ミリアの頭を見ていたユズハがそう言って立ち上がった。
「とにかく、先に進むわよ!」
 涙を拭いながら先へと進むミリア。俺たちも気を取り直して先を進むことにした。

 結局、行き止まりで元の場所に戻ってきた俺たち。
 そのまま真ん中の道も行ってみたが、扉に罠は無かったが行き止まりだった。
「あとは右の道だけね。まさかこっちも行き止まりってことは無いでしょうね」
 ミリアが疑うように右の道を覗き込む。
「行くしかないだろう。ほかに道は無いんだから」
「レイラの言うとおりだ。早く行くとしよう」
 今度は俺が先頭に立って先に進むことにした。しばらくすると他の道と同じように扉にぶつかった。
 俺は慎重に扉を調べる。とはいっても専門家ではないので完全にわかるのではないのだが。
「何も無いみたいだな」
 盗賊の鍵を使うと簡単に扉が開いた。
 何事も無く扉をくぐり先に進むと、今度は行き止まりではなく通路が先へと続いていた。
「どうやらビンゴ?」
 ミリアがそう言って笑みを浮かべる。
「まだそうと決まったわけではないが、期待できそうだぞ」
 はやる心を押さえて先を進むと、少し広くなった場所に出た。
 そこは青く光る泉のようなものがあるだけで他には何も無かった。
「旅の扉ってどこよ」
 ミリアが怒って近くの壁を蹴りつける。
「確かここにくるとき、おじいさんがいざないの洞窟に泉があると言っていました。
 旅の扉とはこの泉のことではないのでしょうか?」
 ユズハが首を傾げるようにしながらそう言った。
 確かに言われてみれば、あのじいさんはそう言っていたな。
「よし、泉の中に入ってみるか」
 俺はそう言って泉へと入ろうとした。
「無用心じゃないのか?」
 それをレイラが止めようとする。
「あれ? ここに何か書いてあるわよ」
 壁を蹴っていたミリアが何か見つけたようで、持っていたランタンを近づけ壁を調べ始めた。
「えーと…。
 アリアハンを旅立つものよ。この泉にて身を清めよ。
 新たなる地へと誘うであろう。
 光はいつも正しき者と共にある…だって」
 ミリアはそう言って俺の方を見た。他の二人も俺の方を見る。
「よしっ、行こう!!」
 俺はそう言って泉の中に入っていった。
「カイト!」
 ミリアは俺の名を叫ぶと同じように泉の中へと飛び込んできた。
 レイラとユズハも続いて飛び込んでくる。
 次の瞬間、周りが光り輝き何も見えなくなった。


「これが旅の扉……」
 あいつらが居なくなった後、広間にやってきた。
 目の前に青く輝く泉がある。
 あいつらが中に入るとまばゆく光、気がつくとあいつらの姿が消えていた。
 追いかけようかどうか迷ったが、バコタ様のためにも盗賊の鍵を取り返さなければ。
 あたしは意を決して泉へと飛び込んだ。

 旅の扉を通り祠から出ると、そこは森の中だった。
 周りを見て泉が見当たらないので、違う場所に来たのだと実感する。
「ちょっと休まない?」
 顔色の悪いミリアがそう提案した。
「そうですね。少し休みましょう」
 同じように顔色の悪いユズハが同意する。
「旅の扉がこんなに凄いものとは思わなかった」
 レイラも同じようで顔色こそ変わっていないもの、具合は良くなさそうだ。
 確かにあの扉をくぐったとき、平衡感覚がおかしくなる感じがした。
 平衡感覚を鍛えているか慣れていない限り、具合が悪くなるのは解る気がする。
 かくいう俺も気持ち悪くて仕方がない。
「このまま魔物に遭ったらまともに戦えないな。しばらく休んでから先に進む事にしよう」
 俺はそう提案すると、しばらく休んでからこの森を抜けることにした。


「やばっ、あいつらまだいやがった」
 あいつらを追って旅の扉というのをくぐったのだが……。
 まさかあれほど気持ち悪くなるとは思わなかった。
 その場で回復を待ったあたしは急いで後を追いかけてきたのだが、まさかまだここにいるとは思わなかった。
 どうやらあいつらも具合が悪くて休憩を取っているようだ。
「そろそろ行こうか」
 ちょうど出発するようだな。後を追いかけて隙を見て盗賊の鍵を奪ってやる。
 あたしは見つからないように慎重にあいつらの後を追い始めた。



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