第一幕『カイトと仲間と盗賊と』(12)



 村の中はのどか、とてつもな〜くのどか〜。
 村に着いた時に最初に感じた村の印象。ここだけ別世界のように感じた。
 村を歩く人たちはバラモスが世界を支配しようとしていることを知らないかのように生活をしている。
 まるで自分たちと関係ないかのように。いや実際に関係ないと思っているのかもしれない。
「普段どおりにすごしているのはきっと恐怖に負けないように心を強く持っているからでしょうね」
 ユズハがそう言って神に祈りをささげる。う〜ん、そういう捉え方もあるのか……。
「とりあえずカンダタの情報を手に入れないと」
「さっそく目の前の人に聞いてみましょ」
 そう言ってミリアは傍にいた人に声をかけた。
「カンダタ? さあ、知らないわね。この村より北に行くとノアニールっていう村があるわよ。
 西に行くとシャンパーニの塔があるわね」
「シャンパーニ? どこかで聞いたような……」
「カンダタがいる場所って聞きましたよ」
「そうだそうだ」
「場所がわかったから早速行く?」
「装備とか整えた方がいいと思うが」
「薬草とかも買い直さないともう残り少ないですよ」
「とりあえず準備してから行くか」
「お姉さん、情報ありがとう」
 俺たちはお姉さんにお礼を言ってその場を離れた。
「その前に一度、宿屋に荷物を置いたほうが良いと思うが」
 レイラがそう言って宿屋を指差す。
「疲れをとってから行った方がいいだろう。ここまで来る間、戦い続きだったわけだし」
 確かにそうだ。森を抜けるまで死闘の連続だった。
「それに他にも情報が手に入るかもしれない。幸いこの村には酒場があるし、もう少し情報収集しよう」
「そうだな。ロマリアの王様は急いでいるかもしれないが、急いては事を仕損じる。
 今日はここで休んで、明日出発しよう」
 俺たちはそのまま宿屋に向かい部屋を取ると再び外に出た。
 ついでに酒場で食事をしようということになり、酒場に向かった。
 この村に着いたのが夕方近くだったので酒場は結構人で賑わっていた。
 空いているテーブルを探していると店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ〜。あちらのテーブルが空いておりま〜す」
 案内されたテーブルに着くと飲み物の食事を頼んだ。
「よろこんで〜」
 店員はパタパタと走って厨房に入っていった。
「結構良い雰囲気のお店ね」
「そうですね。アリアハンとは雰囲気が異なりますね」
「だからね、その村は……」
 隣で女の子二人が何か話しているようだ。酔っているからか少し声が大きい。
「エルフを怒らせたために村中が眠らされたわけ!」
「そんなわけないわよ。エルフなんているわけないじゃない」
 なんかエルフがどうとか言っているけど。エルフが近くにいるのかな。
「エルフってこの辺りにエルフがいるんですか?」
「なによ、急に……、あなた旅人ね。この村から北に行ったところにエルフの怒りを買った村があるのよ。
 エルフの呪いでみんな眠りについているんだって」
「エルフの呪いで村の住民が寝てしまったなんてあるわけないわよね、旅の人」
「でも見た人がいるって……」
 エルフの呪いねぇ……なんか二人の世界に入ってこれ以上聞けないみたいだけど。
「どう思う?」
「エルフの呪いですか? 伝承からするとエルフにそんな力はないと思いますが」
「エルフ族か…見てみたいわね」
「人前に出ることはないと言われています。例え出てきても人の目には見えないという話もあります。
 ですからエルフが本当にいるかと聞かれるといないと答える人がいるわけです」
「ま、今は俺たちに関係ないだろう。カンダタを探さないといけないからな」
「何? カンダタだと?」
 突然よっぱらいのオヤジが話に割り込んできた。
「やつは大盗賊と言われていて力も相当強いらしいぞ。止めたほうがええぞ」
「ふん、バラモスを倒そうというのに盗賊ごときに負けてられないわよ」
 オヤジの言葉にミリアが反応する。確かにバラモスを倒そうというのに盗賊を恐れていては話にならない。
「そんならこの村で売っている毒針を買うといいぞ。
 力のない魔法使いでも急所に当たれば一撃で倒せるって話だ」
「だけどありゃ、今は売っとらんぞ」
「道具屋が出し惜しみしてるんじゃなかろか。昔は道具屋で売ってたそうだからな」
「昔といえばこの村には偉大な武道家が活躍していたそうだ。なんでも素手で熊を倒したという」
「確か墓場で眠っておるはずじゃ」
「あそこは幽霊が出るとも言われてるぞ」
「幽霊といえば……」
 話に割り込んできたオヤジは同席のオヤジと何か話し始めてもう、こちらには興味がないようだ。
 毒針に素手で倒した武道家ねぇ。カンダタと戦うには毒針があると便利かもしれないが。
 だが今は売っていないみたいだな。
「あとで道具屋を覗いて見ましょう」
 ユズハがそう言って食事の前の祈りをささげる。
「とにかく食べよ食べよ。いっただきま〜す♪」
 そうだな、確かめてみればわかるか。俺も食事に取り掛かることにした。
 素朴な味付けだが、意外と上手いことに驚いた。
 もっともついこの間まで非常食ばかりだったからなのかもしれないが。

 食事を終えると辺りは暗く夜になっていた。
 昼間よりも村は静かであったが、店の中は仕事を終えた者たちで賑わっていた。
「ねぇちゃん、お酒のおかわり頼まぁ」
「こっちもおかわり頼む」
 そこかしこから酔っ払いの声が聞こえてくる。
「ねぇちゃん、一緒に飲まないか?」
 酔っ払いに絡まれる前に店を出ることにした。
 店を出ると心地よい風が頬を撫でる。空を見上げると美しい月が昇っていた。
 自警団が村の入り口を警備しているからか、魔物が中に入ってくることは無い。
 だからこそこれだけ静かなのであろう。
「さて、これからどうしますか?」
「まずは幽霊とやらを見に行きましょうよ。素手で熊をを倒した武道家かもしれないわよ」
「何か情報が入るといいけどな。だが毒針はどうする?」
 ミリアたち三人がこれからどうするか話し合っている。
 最近思うのだが、ミリアはすっかりユズハたちと意気投合している。
 最初の頃は王族の者ということで遠慮があったが。そのためか少し疎外感を感じる。
「まずは幽霊から行こう。場所が解っているからな」
 俺はそう言って墓場の方を指差した。
「毒針の方はどうするんですか?」
「毒針は道具屋で昔売っていたというだけで、今もあるかわからない。
 それにこの時間では道具屋も閉まっているだろう」
 俺の説明に納得した三人は墓場に行くことを承知した。

「うわああっ!」
 協会の横を抜け墓場の入り口に着くと男の悲鳴が聞こえた。
「何かあったのか!」
 レイラが剣を抜いて走り出す。ユズハもその後を追いかける。
「どうせ、酔っ払いが幽霊でも見たんじゃないの?」
 ミリアはそう言ってのんびり歩き出す。
 多分その考えは間違っていないだろう。俺もそんな気がする。
 案の定、声のする場所に着いたときは酔っ払った男が幽霊の前で気絶していた。
 レイラが幽霊の前に立ち、ユズハが男を介抱している。
 幽霊は初めぼやけていたが、俺たちに気がつくと姿を鮮明にした。
 その姿は幾戦もの戦いを経験した格闘家の姿だった。
「危害を加えるつもりは無い。私は偉大なる武道家。
 噂では素手で熊を倒したことになっているが、実は鉄の爪を使っていたのだよ。わっはっは」
 偉大なる武道家の幽霊はそう言うと声高く笑った。
 あまりにも陽気な幽霊を見て俺たちは唖然としてしまった。
 唖然としながらも無意識のうちに剣を鞘に収めるレイラ。敵意が無いとわかったからだろう。
 それを無意識にやるのだから戦士としての性なのだろう。
「君たちには使えないと思うが私が使っていた鉄の爪を託そう。これで人々を守って欲しい」
 突然真剣な顔をしてそういう偉大なる武道家の幽霊。
 さすがに実力者だけあって、先ほどとは打って変わって凄みを感じる。
「何か巨大な悪に立ち向かうのであろう? 言わなくてもわかる。
 何かの役に立つかもしれない、私の墓の中にある持っていきなさい」
 そう言うと偉大なる武道家の幽霊は消えてしまった。
「成仏されたのでしょうか?」
 ユズハはそう言うと神に祈り始めた。
「たぶん、な。誰かに思いを託すために、ここに留まっていたのだろう」
「とにかく、くれるというのを貰いましょ」
 ミリアはそう言うと偉大なる武道家の墓を掘り返し始める。すると掘ってすぐに何かが見つかった。
「木の箱があるわね。この中かしら」
 箱が取り出せるように周りを掘っていく。
 掘り進むと小さな小箱が出てきた。小さいといっても鉄の爪が入っているくらいなのだが。
 早速開けてみると中から鉄の爪と薬草が入っていた。鉄の爪は錆び一つない綺麗なものだった。
「何年も経っているのに錆び一つないなんて……」
 レイラがそう言って驚きの声を上げる。
「きっと偉大なる武道家の幽霊が守っていたからなのでしょう。まだ箱に気配が残っています。
 きっと私たちのような人たちに託すのを長い間待っていたのでしょう」
 ユズハはそう言うと感謝の言葉を述べる。俺もその場で黙祷をささげた。
 偉大なる武道家は鉄の爪だけでなく、人々を守るという意思も俺たちに託したのだ。
 その期待に応えるためにもまずはカンダタを倒さなければ。
「あら、箱の下にまだ何かあるわね」
 ミリアはそう言って箱を持ち上げてもう一度掘り返した。
 見つかったのは前にも拾ったことのある小さなメダルだった。
「何かいろんなところに落ちているわね。ここに来る間にも結構拾ったしね」
「確か集めている人がいるって言う噂よね」
「アリアハンにいたな。なぜか知らないけど、井戸の中にいた」
「ジメジメしてる場所によく住んでいられるわね」
 ミリアが呆れたように言う。
「何かアイテムと取り替えてくれるそうだからまた取っておきましょう」
 ユズハはそう言うと気絶している男を再び介抱する。
 男はしばらくすると目を覚ました。
「うわあ、ゆ、幽霊が……って、あ、あなた方は?」
「幽霊はいなくなりました。家まで送りましょう」
「あ、ありがとうございます。僧侶様。酔い覚ましに散歩をしていたら、ゆ、幽霊を見てしまって……」
「もう大丈夫ですよ」

 男を家まで送ると男の家は道具屋だった。
 確か道具屋で毒針が売っていたんだったな、聞いてみるか。
「ありがとうございます。ちょっと待っていただけますか?」
 男は話しかける前に家へと入ってしまった。
「毒針のことを聞こうと思ったのですが……」
「仕方が無い。戻ってきたら聞くとしよう」
 男が戻ってくるまでしばらく待つことにした。
 程なくして先ほどの男が戻ってきた。その手には何か武器のようなものが乗っていた。
「昔はうちで売られていたのですが、今は品物がこれしかなくうちの家宝にしているものです」
 そう言って出してきたのは毒針だった。
「これからの旅に役立つと思います。本当にありがとうございました」
 男は毒針を渡すと、男は再び家へと帰っていった。
「あっさりと手に入ったわね」
「これも神のご加護です」
「ここの用事も終わったし、宿屋で休んだら出発しよう」
「カンダタのところ? それともエルフに呪われた村?」
 ミリアがどこか楽しそうに言った。どうやらミリアはエルフに呪われた村に行きたいようだ。
 エルフか……噂では美しく気高い一族だと聞いたことがある。
 一度会ってみたいとは思うけど。さて、どうするかな。
「明日までに考えておく」
 俺はそう言うと宿屋へと向かった。

 宿屋に戻りベッドに腰をかけ、これからのことを考えていた。
 普通に考えるならカンダタのところに行くべきだろうが、何故かエルフの呪いが気になる。
 心の奥底で何かが引っかかるんだが、それが何か解らない。
 行って確かめてみるべきなんだろうか……それとも後回しにするべきなのか。
 村には後でも行けるから、先にカンダタを倒すか。
 もっともこっちも問題が無いわけではない。相手の力がわからないのと、今の俺たちで勝てるかどうか。
 ここに来るまでに苦戦してるくらいだからな。
 何か対策を講じなければ。魔法使いがいないのが致命的かもしれない。
 何か良い方法は無いか? 何か良い方法は……。
 トントン
 その時ドアをを叩く音がした。誰だ、こんな時間に。
「開いてるよ」
 俺がそう答えると静かにドアが開きユズハが中へと入ってきた。
「少しお話があります。よろしいでしょうか」
「構わないけど」
 俺がそう言うと静かに頷き口を開いた。
「カイトはどちらに行くか決めましたか?」
 俺はすぐに頭を振った。まだ決めかねていたのは確かだから。
「では、先にエルフの呪いにかかったと言う村に行きましょう」
「理由は? 村に行く理由が無ければレイラたちは納得しないぞ」
「理由はあります。まずは今の私たちではカンダタを倒せません。倒すためには何かが必要です」
「その何かが村にあると言うのか?」
「解りません。ですが、もしエルフの呪いを解きエルフに会うことが出来れば……」
「なるほど、助力をもらえるかもしれないと」
「あるいは武器などを。エルフは魔力が強いと聞きます。魔力を帯びた武器などがあるかもしれません」
 なるほど、そういうことか。
 確かにそういったものがあるなら、カンダタとの戦いに役立つかもしれない。
「それにこれが神の与えた試練なら、この試練に打ち勝てば私たちの力も上がるかと思います。
 それこそ勇者の資質と言うものです」
 勇者の資質はどうでも良いけど、力をつけてからの方がいいだろう。
「確かにそれが一番良い。今の俺たちでは勝つのは難しいから力をつけることを先にしよう」
 俺の言葉にユズハが頷いた。
「では、そう言う事でよろしくお願いします」
 ユズハはそう言うと部屋を出て行った。再び一人になり、ベッドに横になる。
 安普請の天井を眺めながら、強くなるためにはどうするべきか考えた。
 実戦で鍛えていけば強くなれると思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
 何かしなくては……そんなことを考えていたら眠気に襲われた。
 かなり疲れていたらしい。俺は眠気に勝てずにそのまま眠ってしまった。



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