第一幕『カイトと仲間と盗賊と』(13)
日が昇りきる前に目が覚めた。
外は静かでまだ誰も動き出していないようだ。それでも俺は起き出し、宿を出て散歩に行った。
村は薄暗く人は誰もいないため、静寂で包まれていた。池の傍まで歩いてみると誰かの影を見つけた。
同じ型を一定時間繰り返していたかと思うと、今度は敵を想定した動きで剣を振るっていた。
その姿は俺の自己流とは違い、きちんと訓練を受けたものだった。
「レイラ」
俺は剣を振るっているレイラに声をかけた。
「なんだ、カイトか。何か用か?」
「眠れなかったのか?」
「いや、いつも早く起きて稽古をしていた。怠れば腕が鈍ってしまうからな」
レイラはこちらを見ないでずっと剣を振るっている。
「筋トレと合わせて早朝の訓練だよ。基本を大事にしないとな」
なるほど、基本か。そういえば基本を習ったことは無かったな。喧嘩などで培った自己流だからな。
「基本を学べば今より強くなれるのか?」
「基本がしっかりとしていないと無駄な動きをしてしまう。無駄な動きをすればその分、疲労が早くなる」
俺の問いにそう答えるレイラ。確かに無駄な動きが無くなれば戦いは有利になる。
「それに咄嗟のとき体がスムーズに動くのも基本をしっかりと学んでいるからだ。
体に憶えさせればそこから応用を利かせることが出来る」
「そうか、なら俺に基本を教えてくれ。俺は今まで自己流でやってきた。
このままではカンダタ、いやバラモスを倒すことはできない」
「教えるって言っても、こっちも半人前だ。人に教えるほどではない」
「それでも頼む」
「言っておくけど、あたしだって正規の訓練を受けたわけじゃない。
親父に習った自己流に近いものだ。もっとも親父は正規の訓練を受けたことがあるらしいが」
「それでも構わない。教えてくれ」
「わかった。明日から教えてやる」
レイラは俺の方を向いてそう言った。俺は頷いてそれに答えた。
宿に戻り朝食に付くと、みんなにユズハと決めたことを話した。
勝手に決めてとミリアが怒っていたが、納得してくれた。
みんな今のままではカンダタに勝てないと思っているのだろう。
強くなるためにもエルフに呪われた村へ行くことにした。
エルフに呪われた村。
ここに来るまで魔物が強くかなり苦戦した。
どくイモムシ、デスフラッター、さまようよろいと今までの敵よりかなり強くなっていた。
武器と防具を買い直していなければ、いったんカザーブ村に戻っていなければならなかっただろう。
ともかく、なんとか村に着いたカイトたちだったが、村には行ったときに異様な雰囲気に驚いたのだった。
村に入るととても静かだった。活気がないというのではなく、完全に人々が動いていない。
歩いている途中で、買い物の途中で、お喋りの途中でそのまま固まってしまったようだ。
人も猫も犬も固まっている。あまりの静けさに風も止まって音を運んでいないような気さえする。
「まさにエルフの呪いだな」
異様な光景にレイラが独り言のように呟いた。
「本当に動いている人はいないのかしら?」
ユズハがそう言って、心を落ち着かせるために祈りをささげる。
「でもよく荒らされていないわね。これだと盗み放題、触られ放題よね。
動けない状態で見知らぬ男に触られるのは嫌よ」
ミリアがそう言ってこっちを睨む。俺がそんなことするないだろ、失礼な。
「もう少し村の中を調べてみよう。何か解るかもしれない」
俺の言葉にみんなが頷いた。
村の中を調べて解かったのは、動かない人は死んでいるのではなく寝ているということ。
傍に行くといびきをかいている人がいたり、寝言を言っている人がいたで解かった。
宿屋も道具屋も民家も起きている人はいなかった。
「後はこの家だけね。期待はできないけど……」
村の奥にある一軒家の前でミリアがため息混じりに言う。
他の者たちも同じ思いなのか、期待薄という顔をしている。
一応ノックをして確認をする。
「やはり返事がありませんわね」
「物音も……ん? 今かすかに音が聞こえたようだ」
「まさか……」
「言ってみるか」
扉を開けて中へと入ってみるが、誰の姿もない。
「誰もいないじゃない」
ミリアがそう言って近くのイスを蹴飛ばす。
「いや、いる。二階に気配を感じる」
レイラはそう言って二階へと上がっていった。
「おお! どなたか知りませんが、どうか夢見るルビーをエルフたちに返してやってくだされ!」
二階に上がると年老いた男がいきなりそう言ってきた。
「ちょっと待ってよ、爺さん。どういうことなのか詳しく教えてれ」
俺はそう言って、爺さんを落ち着かせ話を最初から聞くことにした。
どうやらむっらの若者がエルフの宝を持っていったようで、そのためにみんなが眠らされたようだった。
「夢見るルビーを探してエルフに返さなければ、この村にかけられた呪いが解けませんのじゃ」
そう言って、目を伏せる爺さん。なるほど、それでこの村は全員寝てしまったのか。
「爺さん、エルフの村はどこに?」
「エルフの隠れ里は西の洞窟の傍。森の中にあるそうじゃ」
「さて、どうする?」
レイラが村を出ると訊ねてきた。
「カンダタから金の冠を取り返さないといけません」
確かにそうなんだが、このまま行ってカンダタを倒せるのか。
だが呪いを解いても村には武器屋がない。
カンダタに対抗できる武器を手に入れられない。
「エルフの村が洞窟の傍にあるなら、洞窟に行って見るのも良いかも。
もしかしたらカンダタに対抗できる武器が手に入る可能性があるわね。
エルフの村にだって何かあるかもしれない」
ミリアが珍しくまともなことを言う。
「では、西に向かって行くと言う事ですね」
「ああ、西に向けて出発だ」
俺たちはエルフの村に向かって歩き出した。
森に入りエルフの村を目指して彷徨っていると開けた場所に出た。
中央に向かっていくと家などが見えてきた。
エルフの女性が歩いている姿が見える。詳しいことを知るために話しかけることにした。
「ここはエルフの隠れ村よ。あ、人間と話しちゃいけないんだわ。ママに叱られちゃう」
エルフの女性はそう言うとその場から逃げるように居なくなった。
「どうやら、人間は嫌われているようですね」
「まあ、夢見るルビーとかいうのを持っていかれたら、人間不信にもなるだろう」
「とにかく、他の人にも話しかけてみよう」
しかし、話しかけてもみんな逃げてしまい何も聞きだすことは出来なかった。
「どうしたらいいのでしょうか?」
「あい、あれ。あそこに人間の爺さんがいるぞ」
レイラに促されてそちらを見ると、確かにエルフの村でただ一人人間の爺さんがいた。
「とりあえず、話しかけてみましょう」
ユズハはそう言って爺さんに声を掛けた。
「こんなところで何をしているのですか?」
「そなたたちは旅の者か」
爺さんは、俺たちの姿を見るとすがるように話しかけてきた。
「ノアニールの村のみなが眠らされたのは、わしの息子のせいじゃ。
あいつがエルフのお姫様と駆け落ちなんかしたから……。
だから息子に代わって謝りに来ておるのに、話さえ聞いてもらえぬ。
ああ、わしはどうすればええんじゃ!」
爺さんはそう言うと途方に暮れてしまう。
なるほど、そういうことか。
エルフのお姫様と駆け落ちしたのが原因か。駆け落ちの資金に夢見るルビーを持っていったのだろう。
お姫様だけでなく宝も持っていかれては、エルフが怒るのも無理はない。
しかし、話が聞けないとどうにもならないな。
「とにかく、お姫様のお母さんに詳しいことを聞きに行きましょう」
爺さんに場所を聞いて話を聞きに行くことにした。
「人間がこの村に何の用です」
開口一番、そう言われてしまう。かなり怒っているようだ。
「ノアニール? そういえば、昔そんなことも……」
エルフの女王は昔を思い出すかのように話し始めた。
「その昔、私の娘アンは、一人の人間の男を愛してしまったのです。
そしてエルフの宝である夢見るルビーを持って、男のところへ行ったまま帰りません。
しょせん、エルフと人間。アンは騙されたに決まっています。
たぶん夢見るルビーもその男に奪われ、この里へも帰れずに辛い思いをしていることでしょう。
ああ、人間など見たくもありません。早急に立ち去りなさい!」
女王はそう言うと有無を言わさず、出て行くように言った。
俺たちは仕方がなくその場を去ることにした。
「さて、どうする?」
村の外れまで来てからレイラが訪ねてくる。
「とにかく、お姫様を探そう。それと夢見るルビーも」
「でも、どこに?」
「この近くに洞窟があるらしい。さっきエルフが話しているのを耳にした。
もしかしたらそこに逃げ込んでいるかもしれない」
「他に手がかりがないし、行ってみるしかないわね」
みんなが賛同したので洞窟向かって行くことにした。
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続く