1章(5)



 先ほどとは打って変わって、静かになっている店内。
 奈緒はふてくされていて、綾はどうしていいかわからず困惑している。
 恭ちゃんは宿題をしに部屋に戻り、祐介は俺たちを楽しそうに見ていた。
 さて、奈緒の機嫌を損ねたままだと、あとあと面倒だ。
 まあ根が単純だから食べ物か何かで、機嫌をとればいいだろう。
バシッ
 三度、おしぼりが俺の顔に飛んできた。
「聞こえてるわよ」
 ジロっと睨んで、ぼそっと呟く。いつも以上に怖い感じがする。
 どうやらうっかり声に出していたらしい。
「まったく、おたくらは成長という言葉を知らないのかね」
「人のこと言えるのか?」
 楽しそうに言う祐介に、俺はつまらなそうに答えた。
「五十歩百歩」
 奈緒が俺たちを見ずに、そう呟く。
「それはお前も……いえ、なんでもないです」
 言葉を続けようとしたが、睨まれて言葉が続かない。
 今は放っておいた方がいいだろう。何されるかわからないし。
「ところで、まだあのお嬢さんと付き合っているのか?」
 話題を変えるためか、祐介は俺にそんなことを聞いてくる。
「まだ付き合ってるよ。今日誘われてたんだけど、先約があるからと断ったけどな」
「大丈夫なのか? せっかくの逆玉なんだから……」
「そういう言い方をするなよ。俺は別にそんなつもりで付き合っているわけじゃないんだから」
 祐介の言葉をさえぎって、俺はそう言った。
 付き合い始めてから言われてきていることだが、逆玉狙いだとかお金目当てじゃないのかと言われてきた。
 もちろん、そんなつもりはないし、雅も俺のことをそんな風には思っていない。
 だが、雅を狙っていた連中からはそういうことを言われ続けている。
 祐介が俺のことを、そんな風に見ているとは思っていない。
 たぶん冗談半分なのだろうが、このことに関しては冗談で言ってほしくない。それに……
「すまん」
 俺の気持ちを察したのか、祐介が謝る。
 俺は頷いただけで、それ以上何も言わなかった。
『お兄ちゃん……』  綾が申し訳なさそうに、俺に呼びかける。
「気にするな。綾のほうが先に約束していただけなんだから」
 そう言って綾に微笑んでやる。
 まだ気にしているようだが、俺の言葉に頷いてくれる。
「もっとも、奈緒だけなら断ったけどな」
「雅さんとの約束なら仕方ないけど…なぜ、だけを強調する」
 奈緒はそう言って、俺の腕をつねる。
「痛いって」
 俺はそう言って、奈緒から逃げる。
 奈緒は俺を睨むと祐介にケーキセットを頼んだ。
「今日はこれで勘弁してあげる」
 ということは、今回はケーキセットを奢ることで許してくれるんだな。
「なに? 不満でもあるの? それなら他にも……」
「いえ、不満などございません」
 俺はそう言って、席を立ってカウンター席に行く。
「逃げたな」
 奈緒の呟きが聞こえたが、無視してカウンター席に着いてコーヒーを頼む。
 祐介は苦笑いをして、コーヒーを用意してくれた。
 俺はコーヒーを飲みながら、雅へのプレゼント代が残ってよかったと密かに安堵した。
 それにしても、疲れた。




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