1章(6)



 ふと時計を見るともうすぐ5時だった。
 今日のバイトは確か……6時からだったよな。
 そろそろバイトに行かないとまずいな。
「奈緒、綾を家まで送ってくれないか。
 俺はこれからバイトだから頼むよ」
「バイト? そういえばしていたわね。
 何のバイトだったけ?」
「予備校の個別指導員。
 生徒の心のケアや質問に答えたりしてる」
「カウンセリングに近いわね。
 あんたに勤まるのかしら?」
「余計なお世話だ」
 奈緒の言葉にカチンときたがそう思われても仕方がないだろう。
 現に俺でさえ勤まるとは思っていなかったのだから。
 事の起こりは俺がバイトを探していたことだ。
 最初は普通のバイトを探していた。
 だが話を聞きつけた雅がそれならと紹介してくれたのが予備校のバイトだった。
 彼女の叔父が経営する予備校だそうで簡単な面接の後、バイトすることが決まった。
 それが今年の初めである。
 最初は戸惑ったが受験で悩む生徒や学校のこと、家での事などを聞いて欲しい生徒が、
 毎日のようにやってきては俺に話してストレスを発散させている。
 もちろん勉強の質問をしに来る生徒もいる。
 雅曰く、他の人に言えないことでも俺になら言えるそうだ。
 話しやすく真剣に親身になって相談に乗ってくれるのが良いらしい。
 俺としては自分の出来る事をやっているだけなのだが。
「良平って昔から面倒見が良かったからな。
 部活の後輩からも慕われてたし……」
 裕介がそんな事を言ってくる。褒めても何もやらんぞ。
『お兄ちゃん、私にもよく勉強を教えてくれたしね』  綾がそう言って笑う。
「へ〜、意外ね」
 少しは見直せ。
「じゃ、そういうことで金は払っておくからな」
 俺はそう言って会計を済ませる。
 授業が終わって待っている生徒や授業前に相談に来る生徒が待っているかもしれない。
 俺はそう思って会計を済ませたらすぐに店を出た。
 予備校は駅向こうにあり、店からだと少し歩くことになる。
 商店街を抜け駅前に出てから駅ビルを抜けて反対方向へ。
 一度帰ってバイクで行った方がよかったかな。
 そんな事を思いながら商店街を歩いていたらふと目に止まったものがあった。
 これなら雅のプレゼントに丁度良いかもしれない。
 俺はそう思って店の中へと入っていった。




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