1章(7)



「せんせーい。ここなんですけど……」
「数学だね。なるほど……」
「どうしても、答えが導けなくて」
「別の紙に解いてみるから見ていてね」
 俺はそう言って問題を解いていった。
 数学は得意ではないがこの問題くらいならなんとか解けないことはない。
 途中の手順もきちんと書き分かりやすいように解いて見せた。
「どう? 分かったかな?」
「はい。でも良いんですか? 答えまで教えて」
「答えを憶えてもしょうがないからね。答えを導き出す過程が大事なんだから。
 答えの導き方を理解すれば同じような問題も解けるようになる。例えば……」
 俺はそう言ってもう一枚の紙に数値を変えた問題を書く。
 さっきの手順が分かっていれば解けるはずだ。
「この問題を解いてごらん。さっきの手順が理解できていれば解けるから」
「はい」
 女生徒は真剣な表情で問題を解き始める。
 自分で考え答えを導き出せれば、応用力も身につき自信にもなる。
 女生徒は悩みながらも数分すると問題の答えを導き出した。
「うん、正解」
「ありがとう、先生♪」
 女生徒は嬉しそうに笑顔を見せる。
「他に質問はない?」
「うん、ここだけがどうしても分からなかったの。
 じゃあ、今日はもう帰るね」
「ああ、気をつけて帰るように」
「はい、さよーなら」
 女生徒は荷物をまとめると足取り軽く帰っていった。
 それにしても、相変わらず先生と言われているわりには友達口調だよな。
 ま、それほど気にはしないけど、社会に出たらあんな口調じゃ大変だぞ。
「失礼します」
 お、次の男子生徒が来た。
「どうぞ」
「すみません、先生。相談があるんですけど……」
「俺でよければ相談に乗るけど……」
「最近成績が上がらなくて、母に怒られるんです。
 志望校に受からないって……。今の僕だと志望校には受かりませんか?」
「えっと君は……ああ、確かにこの成績だと厳しいかな。
 成績が上がらないって、集中できてないの?」
「いえ、勉強にも集中してるし、勉強してる時間も前より増やしてます。
 それでも、成績が上がらなくて……」
「…………」
 うーん、勉強に身が入っていないとかじゃなさそうだな。
 勉強方法も変えていないみたいだし……。確かテストのコピーが資料にあったな。
 どれどれ……なるほど、そういうことか。
「最近遊んだりしてる? 息抜きしたりとか」
「いえ、母が受験に集中しなさいって言うから」
「やっぱりね。君のテストの回答を見たけど、ちょっとしたミスが多いよ。
 たぶん、良い成績を取らないとと気ばっかり焦って余裕がないんだよ。
 見直ししたら気づくミスだから、余裕を持って見直せるようにすれば成績も良くなっていくよ。
 いつも気を張っていたら疲れちゃうからね。
 たまには息抜きをして心に余裕を持たせないと」
「でも、母が……」
「受験をするのは君だよ。君の事は君が一番良く知ってるはずじゃないか。
 無理してると思ったら気分転換をする。それが分かるのは君自身だよ。
 君のお母さんが受験をするわけじゃないんだ。無理をせず自分のペースで勉強する。
 今まで自分のペースで勉強をしてきたんだろう?」
「はい。でも母が今のままではダメだからというので時間を増やしました」
「なら、それは間違いだったんだよ。
 今まで余裕を持ってやっていたのに余裕がなくなったから見直す余裕もなくなる。
 そしてそれが成績に表れたんだ」
「…………」
「ガムシャラに憶えても脳が悲鳴を上げるだけだよ。
 新しい空気を脳に送ってやって、脳にゆとりを持たせないと」
「はい」
「気持ちの切り替えが出来れば問題ない。
 遊ぶときは遊び、勉強するときは勉強する。
 脳だって24時間フルに活動できるわけじゃないんだから」
「はい」
「余裕を持つこと、そして見直す癖をつけること。余裕は自信の表れだからね。
 自信がないと合ってるかな、間違ってるかなって一つの問題を悩み続けてしまう。
 自身があれば次の問題にも移れ、早く解くことも出来、見直すことも出来る」
「そうですね。確かにいっぱいいっぱいで、見直す余裕なんてありませんでした。
 たまには気分転換をしてみます」
「そうそう、そのいき。受験だから焦る気持ちは分かるよ。
 でも、自信を持てれば焦ることはなくなる。
 俺も高校のときなんとか上位に残って大学に行くぞと意気込んでいたときはダメだったけど、
 他の大学でも良いかなと思い始めた頃から気負わなくなって成績も上がったんだよな」
「……気分的に余裕だったってことですか?」
「そういうこと。確かに受からないとダメだけど、それだけに固執していたら周りが見えなくなる。
 視野が狭くなるんだよ。
 君のテスト内容を見ると成績が上がらなくなる前は、見直す余裕があったからミスも少ない。
 周りが見えていた証拠だよ」
「わかりました。自分のペースでがんばってみます」
「うん、がんばって遊ぶように」
「あははは。がんばって遊ぶんですか?」
「あ、それじゃ気分転換にならないか。とにかく心に余裕を持てば君の成績も上がるよ」
「はい。それでは失礼します」
「うん、気をつけて帰るように」
 男子生徒は入ってきたときと違って、明るい表情で出て行った。
 確かに受験だから勉強をがんばるのはわかるが、人間の集中は長時間続かないんだから根詰めても仕方がない。
 休みを挟みながら自分のペースでやらないと、無駄な努力になってしまう。
 漫画を読むことでも、ゲームをすることでもスポーツ観戦でもなんでもいい。
 気分転換が出来ることをして疲れを癒さないと。もちろん、やりすぎには注意しないといけないが。
 さて、もう終了時間だ。帰る支度をしよう。
「良平君、終わった?」
「雅か? 終わったから入って良いよ」
 俺の言葉を聴いて雅が中へと入ってきた。
 実は雅もここでバイトをしている。俺とは違って本格的な個別指導。
 本人は家庭教師みたいなものといっているが、カウンセリングに近い俺とでは立場が違う。
「今日は帰りに、家によって行ってくれる? 母が夕食をご馳走したいって言ってたの」
「そういうことならいいよ。どうせどこかで食べて変えるつもりだったし」
「じゃあ、行きましょう」
 雅に誘われ神楽家へと行くことになった。




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