すべてのはじまり(14)



だがその声は少し遅かった。
人型となった黒い塊は零を殴り飛ばした。
悲鳴を上げるまもなく、零は壁に叩きつけられる。
「コレデニクタイヲテニイレラレル」
地の底から響くようなおぞましい声でそう言うと、黒い人型は零に近づく。
そしてそのまま気絶している零に乗り移ろうと試みた。
「グガアアアァァッッ!!」
だが触れようとした瞬間、何かに弾かれるようにして黒い人型は跳ね飛ばされた。
『この者の体、渡すわけにはいかぬ』
気絶していたはずの零が起き上がり音も立てずに歩き出す。
凄まじいまでの霊力を身に纏い、威圧するような気迫を醸し出している。
『我が名は倭健命。禍々しきものを退治する者なり』
不動の姿勢で無防備ではあるが、手には剣を持っていていつでも切りかかれる雰囲気は、見たものを震撼させる。
「ヨコセソノカラダ。ソノカラダハワタシノモノダ!!」
黒い人型は起き上がると再び零の体を奪おうと、襲い掛かっていった。
直前で大きく包み込むように広がり、覆いかぶさってしまう。
「ああっ!」
巫子なのかかすみなのかわからない悲鳴が上がる。
「コレデコノカラダハワタシノモノニナッタ」
零の体を完全に包み込み黒い人型は、喜びの声を上げる。
「ツギハオマエタチノ……ギャアアアァァァッッ!!!」
突然黒い人型が悲鳴をあげ体に亀裂が走る。
中からまばゆい光があふれ出し、ボロボロと崩れ落ちていく。
『我が剣に一点の曇りなし』
どうやら包み込まれる前に剣を一閃していたようだった。
黒い人型はいまや原型を留めておらず、どんどん浄化されていく。
「すごい……」
巫子はその圧倒的な強さに驚きの声を上げる。かすみの方は言葉がないようだった。
『約定の通り、彼の者を滅した。我は元の世界に戻る。また我が力を借りたければ呼ぶがよい』
完全に浄化されたのを確認すると倭健命はそう言って零の体から出て行こうとした。
『!?』
だが、倭健命の魂は零の体から出て行くことができなかった。
『この者の体……いったいどうなっておる……』
「「?」」
何がどうなっているのか巫子たちにはまったくわからない。
ただわかるのは零の体が特殊な体質だと思われること。そのために倭健命が零の体から抜け出ることが出来ないこと。
「どうしたんですか?」
『我が魂がこの者の体に固定されてしまった』
「ええ!?」
「ということは零の魂は消えてしまうのですか?」
怨霊を浄化できたのは喜ばしいが、思わぬ状況になり戸惑う巫子たち。
まあかこんなことになるとは思いもしなかった。
『この者の魂が消えることはない。二つの魂がこの体に宿っているという状態である』
「そんなことって……」
『理由はわからぬ。だがこの者の霊媒体質に関係しておるのだろう』
倭健命はそう言って考え込む。
『ただこのままでは我が霊力でこの者の体が持たない。我はこの者の心の奥で眠るとしよう。
 必要に応じて呼ぶが良い』
「呼ぶってどうやって……」
巫子が尋ねるがすでに倭健命は眠りについたようだった。
「あれ? 僕はどうなったんですか?」
どうやら意識は零に戻ったらしく状況がわからないようだった。
「もしかして倭健命って人がやっつけたんですか? じゃあ、僕の体からもういなくなった?」
今まで気絶していたらしく、先ほどの会話は聞こえていなかったようだ。
「どうします、部長。教えてしまいますか?」
「いや……面白いからこのままにしておこう」
こそこそと巫子とかすみが会話をする。零は訝しげに二人を見る。
「それより事件は全て解決した。あすからいつもの音楽室に戻るだろう」
巫子はそう言うと大きく伸びをした。
「お疲れ様でした、部長。報告書は後で作成しておきます」
「頼む」
二人はそんな会話をした後、音楽室を元に戻すために机などを片付け始めた。
零はうやむやにされ首をかしげて何か言おうとしたが、はぐらかされるだけだと思い追求を諦めた。

それから10分後。音楽室は元に戻った。



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