キミに笑顔をもう一度(5)



準備ができた二人は再びトイレへと戻ってきた。
「今度は零君にも入ってもらいます」
「え?」
「ですから、零君も女子トイレに入ってもらいます」
「いやですよ」
「男性だからですか?」
「当たり前です」
「それならこの制服を着ますか?」
何故か女子用の制服を用意しているかすみ。しかもサイズが零にピッタリなところが何とも。
「なんで用意してるんですか!」
「こんなこともあろうかと」
「あろうかとじゃありませーん」
 かなり本気で怒っている零だが、かすみは全く気にせず制服を持って零に近づいて行く。
 近づかれた零はジリジリと後ずさっていく。
しかしかすみはズズズと近づき、零が逃げる間もなく一瞬にして制服を着せてしまった。
「うんうん、似合っていますね」
 女性との制服姿でいる零を見て何度もうなずくかすみ。
いったいどうやってあの一瞬で制服を着替えさせたのか。
「それは企業秘密です」
「え、何ですか?」
「いえ、気にしないでください」
 かすみはにっこり笑うとトイレへと入っていった。
 無理矢理着替えさせられた零は、元の服に戻ろうと自分の制服を探すが、見つけることができないでいた。
「何をしているんですか? 他の生徒に見られたいならそこにいてもいいですけど…あ、見せたいんですか?」
「そんなわけありません。僕の制服どうしたんですか?」
「全てが終わったら返してあげます」
にっこり笑って言うと今度こそトイレへと入っていってしまった。
「そ、そんなぁ……」
がっくりと肩を落として渋々トイレの中に入って行く零。完全にかすみに主導権を握られている。
トイレに入るとかすみは件の個室の前にやってくる。
しかし個室を開けようとせず目の前で立ったままだった。
「どうやって開けるんですか?」
身動きしなくなったかすみに零が尋ねる。
そんな零にかすみが笑顔を向ける。
それはとても美しく、しかし何かを企んでいるそんな笑顔だった。
かすみの笑顔を見た零が嫌な予感を覚え、顔を引きつらせた。
そんな零にかすみは巫子が行なった行動をするように言った。
「え、そんなことしないといけないんですか?」
「一応、呼び出す儀式みたいなものだそうですから」
かすみはそう言って笑顔を絶やさないでいる。
こういう時に何を言っても無駄なことをここ最近で理解しつつある零。
それでもこう言われずにはいられなかった。
「それならかすみ先輩がやればいいじゃないですか!」
「というわけで、零君お願いしますね」
「だからかすみ先輩が……」
「零君お願いしますね」
「せんぱ……」
「お願いします」
「……はい」
零が(渋々)納得すると、かすみに言われた通りの行動をし始めた。
キックキックキックトントントン、キックキックキックトントントン……。
爪先で三回、踵で三回床を蹴る。そして大きく息を吸うと零は大声で花子を呼んだ。
「はーなーこーさーん、あーそーびーまーしょー」
恥ずかしがりながらも、大きな声で叫ぶ零。かすみがこっそり笑っている。
何か起きるかと身構える零だが、全然まったくこれぽっちも何も起きなかった。
「言い忘れましたが、そこのトイレの前は儀式をおこなう場所なだけであって、何か起きるのは隣の用具室です」
「そういうことは早くいってくださーい!」
零がそう叫んだ時、巫子が居なくなった時と同じように用具室のドアが開き、
開いたドアから黒い霧のようなものが突然噴出して零の体を包み込もうとした。
「今です」
そう言うとかすみが零の体を黒い霧に押し込み、そのまま自分も黒い霧へと入っていった。
「かすみ先輩、こんなあっさりと霧の中に入って大丈夫なんですか?」
「ふふふ……」
無防備に闇の中に入っているとしか思えないかすみに問いかける零。
だが答えは微笑みでしか返ってこなかった。
やっぱりこんな部辞めてやると心に誓う零。
そんな零をよそにかすみはこの先がどうなっているのか楽しみで仕方がなかった。


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