キミに笑顔をもう一度(7)



「あてっ」
黒い霧は出口方面では空中に浮いていたようで、黒い霧を抜けた零はお尻から落ちてしまい尻もちついてしまった。
「あら?」
「うわっ!」
零を押しながら黒い霧に入ったかすみが後から落ちてきて、尻もちついていた零の頭の上にかすみのお尻が落ちてきた。
まさに『尻に敷かれた状態』である。
「さすが僕ですね。主人が傷つかないように下敷きになるのですから」
「ん〜んん〜」
「ところで、ここはどこなのでしょうか?
 朽ちかけた廊下のようですが、どこかの旧校舎でしょうか?」
そう言いながら、かすみは零の上から降りて何事も無かったかのように立ち上がった。
「ぷは〜、死ぬかと思った」
顔を真っ赤にした零が同じように立ち上がった。
ちなみに零が顔を赤くしているのは、息苦しくて顔が赤くなっていたのであった。
決してかすみのお尻が顔に当たっていたからでは……いたからでは……それも少しあったかも。
零君もお年頃ですからね。
「ほっといてください。それよりなんか肌寒いですね」
「人の気配がしないので、寒く感じるのではないのでしょうか。
 木造校舎なのでうちの学園とは全く関係ない場所だと思われます」
周りを観察して状況を把握しようとする二人。
不安そうにキョロキョロしている零とは違い、かすみは冷静に周りを見ている。
「かなり傷んでいるようですけど、いつの頃の建物なのでしょうか?」
壁に近づいて触ってみると、汚れが酷く指が真っ黒になってしまった。
どうやら、数年やそこらではなくかなり長いこと掃除がされていないようだ。
ということは、全く人がいないことになる。
では一体誰がこの場所へと誘ったのか。
「か、かすみ先輩……あそこ……」
「何かありましたか?」
驚いている零に首を傾げるかすみ。
とりあえず零が指さす方を見てみると、見たことがない女の子が歩いていた。
「あら、うちの学園の生徒ではありませんね。どちら様でしょうか?」
恐れることなく近寄っていくかすみに、驚く女の子。
「わ、私は睦です。花子さんに連れられてここに来ました。
 出口を探してずっと彷徨っているんです」
「どれくらい彷徨っているんですか?」
「わかりません。ここでは時間の概念がありませんので。
 数日なのか、数十日なのか、それとも何か月なのか……」
睦はそういうと、悲しそうな笑顔を見せる。
「たたた大変じゃないですか。どどど、どするんですか? 帰れますよね、ね」
あぶあぶと睦の話を聞いて、パニックを起こす寸前という感じで慌てふためく零。
「少し静かにしていてください。考え事がまとまりません」
そう言って零の首に手刀を入れるかすみ。見事に手刀が決まり零は気絶した。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
睦が心配そうにかすみに聞くが、かすみはいつものように微笑んでそう答えた。
それにしてもよく簡単に気絶させることができたものだ。
マンガじゃないんだから、普通はそう簡単に気絶はしないものだけど。
「コツがあるんです」
かすみは笑顔でそういう。
「それはさておき、たぶんこの学校は閉鎖空間になっていると思います」
「閉鎖空間?」
「はい。何者かによって空間が閉ざされているのです。
 ですから学校の外に出ようとしても出ることはできません」
「窓からでも?」
「無理でしょう。窓から外へ出ても学校の中に戻ってきてしまいます。
 もっとも、窓は封鎖されて開けることすら出来ませんが」
かすみは窓があると思わしき場所を叩いてそう答える。
確かに窓があると思しき場所には、板が打ち付けられていた。
「とにかく、場所を移しましょう。詳しく聞きたいので」
「それなら良いところがあります。みんなが集まっているところが」
「みんな?」
「はい。私と同じようにこの場所に来たみんなです」
そう言って睦は廊下の奥を指さした。
奥には家庭科室と書かれたプレートがあり、明かりが漏れて見えた。
「では行きましょう」
かすみはそう言うと気絶している零の首を掴むとひょいっと持ち上げた。
それを見た睦が驚きの表情を見せる。
いつも思うがどうやって持っているんだ?
「それは企業秘密です」

歩き出したのは良いものの、一向に奥の家庭科室に着くことはなかった。
途中で零が目を覚まして抱えられていることで動揺したりする場面もあったが、いっこうに辿り着く気配はなかった。
「えー、ど、どういうことですか? 目の前に見えているじゃないですか」
「廊下は続くよ、どこまでもといった感じですね。
 こういう場合は、引き返しても永遠に廊下を歩くことになりますね」
のんびりとした口調で言うかすみは、零のように焦ってはいない。
一緒にいる睦も特に焦ってはいないようで、いつものことと思っているようだ。
それからも永遠と続く廊下を上へ下へと歩いていく。
「ちょっと待って! なんで廊下なのに上や下へ歩くんですか!」
良い質問だね。それは企業秘密です。
「あの、私の真似をしないでください」
「この廊下はいつもこうなんです。
 まっすぐ歩いているつもりでも、上や下へと歩いてしまっているんです」
睦がそう言って零の疑問に答える。
「かなり大きな霊力を感じます。たぶん、ここにいる霊が空間を歪めているのでしょう」
かすみはそう言って立ち止まる。かすみの目の前には家庭科室のドアがあった。
「着いたようですね。では、入りましょう」
かすみの言葉に睦が頷く。
いつの間にか辿り着いたことに、零は口をパクパクして驚いている。
そんな零をよそに、かすみは家庭科室のドアを開けた。
中には沢山の女子生徒が身を寄せ合っていた。
そして、その中に見覚えのある顔があった。
「遅いぞ、ゼロ。何をモタモタしていたんだ」
零の姿を見つけた巫子が早速文句を言ってくる。
「す、すみません!」
反射的に謝ってしまう零。ペコペコと何度も頭を下げる。
「意外と馴染んでいますね。それよりこちらに来てからのことを教えて頂けますか?
 私の方でも解ったことをお話しいたしますので」
「そうだな、情報交換しておこうか」
お互いが知っている情報を交換して今の状況を打開する方法を考えることにした。
巫子の話では、あの黒いものに連れ去らわれた時、気絶していたらしい。
気が付くとそこは誰もいない古びた教室で、誰かいないか探して彷徨っていたらここにいる女の子たちに出会ったという。
出会った女の子たちとここに来た理由は食料を探して。
不思議なことにここにある冷蔵庫には新鮮な食べ物が用意されており、水道は繋がっていないがミネラルウォーターが用意されていたという。
何度か出口を探してみたが見つからず、彷徨っている女の子を見つけたくらいだった。
ここに連れて来た張本人も見つかっていないという。
「まあ、かすみたちが何か打開策を見つけてくれるだろうと信じていたからな」
不安はなかったという巫子。かすみはそれを聞いて笑みを浮かべる。
「で、かすみは何か解ったのか?」
「ええ、いろいろ調べて解りましたよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「いや、その解ったことを説明してもらわないと」
「それは企業秘密です」
「あ、あのなぁ……」
唇に人差し指を当てて言うかすみに呆れてしまう巫子。
こめかみを解すように揉んでから気を取り直すように口を開いた。
「とにかく、張本人を探せば打開策は見つかるはず」
そう言って探しに行くことを提案する巫子。
「この人たちはどうしますか?」
「危険だからここで待っていてもらおう」
「そうですね。その方がいいと思いますよ」
かすみはそう言うと先ほど出会った女の子に何事か告げる。
それと同時に何かを渡していた。
「では、行きましょう。張本人を探しに」


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