キミに笑顔をもう一度(9)



『我が名は倭健命。禍々しきものを退治する者なり』

「そうか、すっかり忘れていた」
かすみが倭健命を呼び出し、事情を説明している傍で巫子がそう呟いた。
以前、呼び出した倭健命が零の守護霊となっていたことを巫子はすっかり忘れていたのだった。
ちなみにそのいきさつについては、【すべてのはじまり】を参照のこと。
事情を聴いた倭健命は、巫子たちには解らない言葉で何かを唱えながら印を結び始める。
すると巫子がいつも使っているような札とは違う、呪符が浮かび上がって行った。
次々に浮かび上がってくる呪符は、倭健命の前に壁のように並んでいく。
そして倭健命の合図とともに、呪符が怨霊に向かって飛んでいく。
飛んで行った呪符は怨霊に貼りついていき、貼りつかれた怨霊は動くことが出来なくなった。
怨霊の動きを止めると今度は、別の呪符を浮かび上がらせる。
呪符に手をかざし何事か唱えると、呪符を使って光を照射する。
光は怨霊を透過して、中にいる女の子を映し出した。

『そこか……』

倭健命はそう言うと腰に帯びていた鉄剣を抜いて上段に構える。
「ま、待て、それは……!」
倭健命が女の子も一緒に斬るのではないかと思った巫子が慌てて止めようとしたが時すでに遅く、倭健命は鉄剣を振り下ろした。
すると女の子に取りついていた怨霊だけが、斬られてところだけ浄霊されていった。
倭健命はそのまま手を伸ばして女の子を悪霊の中から引きずり出した。
「そうか、悪霊だけ切り裂いて助け出したのか!」
巫子が感心したように言う。
救出に成功した倭健命は、残っていた悪霊をあっさりと斬って倒してしまう。

『我が仕事はここまでだ。あとはお前たちの仕事だ』
倭健命はそう言うと、零の体の中へと入って行く。再び眠りにつくのだった。
「では、私の出番と言うことで……」
そう言ってかすみが助けられて呆然としている女の子に近寄っていく。
「あ、危ないですよ」
零が恐る恐るそう言ってかすみを止めようとする。
「大丈夫ですよ」
かすみはそう言ってポケットからキーホルダーのようなものを取り出した。
「これはさきほど届いたあなたの物です。あなたのお母さんから借りてきました」
かすみの言葉に女の子が反応を見せる。
「高野玲子さんですね。貴方のお母さんから伝言があります」
かすみは高野にキーホルダーのようなものを手渡しながら伝え始めた。
高野が死ぬ原因になったのは長谷川花子ではなく、高野を苛めた女の子だったこと。
高野が亡くなった理由は、黒鴉から聞いたこととあまり変わらなかった。
ただ、彼女が苛めっ子に対して恨みを綴っていた事実はなく、長谷川花子への恨みを綴っていたとのこと。
確かにそうでなければ今回のように花子を閉じ込めたりせず、苛めっ子に恨みをぶつけていただろう。
苛めっ子だと聞いた時、高野は驚きと同時に苛めっ子に対する恨みを同時に顔に表していた。
そして勘違いで長谷川花子を閉じ込めたことを反省する。
また、事件が発覚し事実が知られるようになると、学校及び教育委員会が苛めの事実を隠ぺいしようとしたが、
同じように苛められていた子とクラスの子たちがマスコミに真実を話し新聞沙汰になる。
全国から糾弾されたり個人情報が特定されたりという事態にまで発展。
第三者委員会が調査して苛めが認められ、学校は謝罪し苛めっ子は引っ越しを余儀なくされたと言う。
「今回の話を聞いてお母さんは、本当に幽霊になっているなら家に帰ってきて欲しいと言っておられましたよ。
 今も部屋は綺麗にしてそのままにしてあるからとも」
それを聞いて黙ったまま唇を噛みしめる高野。何か思うところがあるようだ。
「こんなところに居ないで、家族のところに帰ってあげましょうよ。
 家族を見守ってあげましょう」
かすみの最後の言葉にはっとする高野。そして涙を流して帰ると言う。
彼女が帰ると言うと空間がぼやけていき、閉じ込められていた花子たちが解放されていく。
「ありがとう」
花子たちが解放されると、高野も消えていく。
消えゆく瞬間、高野はお礼を言うと笑顔で微笑んだ。
「彼女の笑顔を取り戻せて良かったですね。もう、悪霊に捕らわれることもな……」
零が話している途中で白い霧に包まれていく。
そして気が付くと、零たちは自分たちの学園のトイレに立っていた。
「ふう、何とか戻って来れたな」
「他の子たちも戻ることが出来たのかな?」
零が首を傾げるようにして二人に聞く。
「たぶん大丈夫だと思いますよ?」
かすみがそう言うとトイレのドアがギィィと開いた。
「また、黒い霧が!?」
驚く例の前に姿を現したのは、一人の女の子だった。
「みんな、ちゃんと帰って行ったよぉ」
「もしかして……長谷川花子さん?」
零がそう言って女の子に訊ねる。
「そうだよ。花子って呼んでね。助けてくれてありがとう」
花子は笑顔でそう言うと、すぅっと消えてしまう。
「え、あ、え?」
目の前で消えたのを見て驚く零。
「この学園の長谷川花子は、本当に学校霊なんですよ。しかも私たちの仲間なんです」
「仲間?」
「はい、部員の一人です」
「ええええええっっ!!」
「まあ、あれだな、文字通り幽霊部員だな」
巫子はそう言ってトイレから出ていく。
「いつまで女子トイレに入っているんだ、ゼロ」
「あ、出ます出ます」
慌てて女子トイレから出る零。
心の中でこの部はまともな人はいないのかと呟く。
「それは私のことでしょうか?」
零の心を読んだかすみがそう言ってほほ笑む。
「どういうことなのか、部室で話を聞きますね」
零の襟首を掴んだかすみは、零を持ち上げると部室に向かって行った。
その後、小一時間、かすみに問い詰められる零だった。

ちなみに、しばらくは花子さんを呼ぶのがブームになっていた。
しかし花子さんと呼ばれれても、
「えー、やだよ、面倒くさい」
と言って出てくることは無かったとさ。


終わり


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