7章 ゴボウ


 銀色イモムシに突き飛ばされ、かざみはつんのめって『吹っ飛ぶ君』の中に飛

び込んだ。「きゃあ」とすずめが声を上げる。かざみが狭い『吹っ飛ぶ君』内で

体勢を立て直し、後ろを振り向くと、灰色の埃を吹きながら再度突進してくる

『吸い込む君』の姿が見えた。

 かざみがとっさにハッチを閉じたのと、『吸い込む君』が『吹っ飛ぶ君』に激

突したのは、ほぼ同時だった。

『吹っ飛ぶ君』内部では、激しい衝撃の後、壁中の機械にスイッチが入った。ア

イウエオ順設定入力盤がビビビ・ビビビ・ビビビ……と警戒音を発しはじめる。

「す、すずめ?」

 うろたえるかざみが目にしたのは、今まさに気絶しようとするすずめ。目の焦

点が合わなくなり、ふらりとシートに倒れ込みかける彼女を、かざみはぎりぎり

で抱き止めた。

 そうする間にもエンジンはかかる。フォンと軽快に風を切り、ドカンと一発門

をぶち破って、外界へ向け『吹っ飛ぶ君』はその名の通り吹っ飛んでいった。

 かざみの住み慣れた城には、半分スクラップになってもなお埃を吐く銀色イモ

ムシだけが残された。


 『エラーです。自動軌道修正吹っ飛ぶプログラムはアクセス不能です。ただい

まから手動吹っ飛びに切り替えますが、心の準備はいいですか?』

「よくない!」

 みずきの声で流れ出した緊急アナウンスに、かざみは全力で突っ込んだ。

『はい、いいお返事ですね。手動に切り替えます』

「待て!」

『待ちません』

 不思議に成立したかざみとアナウンスとの受け答えだった。大方みずきが、そ

の並外れた推理力で緊急事態に陥った人間の心理を予想し、アナウンスをあらか

じめ入れておいたのだろうが。あいかわらずのすっとぼけた口調に、かざみは苛

立った。

 アイウエオ順設定入力盤がするすると床に引っ込み、かわりにそこから棒が生

えてきた。

『操縦説明をします。操縦バーを前に倒すと加速、後ろに倒すと減速、右に倒す

と左に曲がり、左に倒すと右に曲がります。上に引っ張ると高度が上がり、下に

押し込むと高度が下がります。ちなみに放っておくと高度が下がっておっこちま

すので。頑張って下さいね』

 そしてアナウンスは沈黙した。

 何が頑張れだ。かざみはこめかみが痙攣するのを抑え、操縦バーを両手で掴ん

だ。すずめは気絶したままで、シートに横たわっている。自分でなんとかするし

かなかった。

 墜落するのは困る。とりあえず高度を上げよう。

 かざみは力いっぱい操縦バーを引き上げた。引き上げ過ぎた。

 すぽっと操縦バーは床から抜けた。かざみは、自分のこめかみの血管が2、3本

切れる音を確かに聞いた。聞きながら、とある風景を思い浮かべていた。広々と

広がるゴボウ畑で、みずきがゴボウを抜いている。すぽっと抜けるゴボウ。みず

きはゴボウを持ち、ニヤリと笑う。なぜゴボウだ。かざみは思うがみずきは答え

ない。ただニヤリと……。

『エラーです。操縦不能です。重力に従って間もなく墜落します。乗員の皆様は

衝撃に備え楽な姿勢を取って下さい。幸運を祈ります』

 みずきの声のアナウンスが、やけに楽しそうに流れた。かざみはただ心の中で

叫んだ。

 ポンコツめ!


                                                   


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