6章 『吹っ飛ぶ君』


 すずめがみずきの元まで帰る手段として、みずきの発明品を使うことになった。

『吸い込む君』で一度失敗しているのだが、他に方法がないのでやむを得ない。

 しかし、それはまた珍妙な機械だった。

「……これは何か説明してくれるか」

 すずめと一緒にその巨大な銀色の物体(『吸い込む君』のほぼ倍の大きさ)を

倉庫から出しながら、かざみは尋ねた。

「『吹っ飛ぶ君』です」

 すずめがあっさり言い放つ。お互い、埃除けに布で顔を覆っているため表情が

読めない。かざみは盛大にため息をついた。

「これが本当に飛ぶのか」

「はい。オートで行き先まで吹っ飛んでいくんですよ。水陸空、全環境対応なん

です。設定入力盤はお年寄りにもわかりやすいアイウエオ順で、タイマーを使え

ば吹っ飛ぶスピードも調節できます。通販で買うと高枝切りバサミもセットでお

つけしてますし」

「……通販?」

「作り過ぎたらしくて。みずき様が一般の方にも売り出すことに決めたんです」

「売れたのか」

「そこそこ。在庫の半分はさばけたって言ってました」

 かざみは今一度『吹っ飛ぶ君』なる機械を観察しなおした。真ん丸の目のよう

なヘッドライト、流線形のフォルム、銀色に輝く胴体はウロコの紋様がびっしり

と刻まれている。それはどう見ても、魚をモチーフにして作られていた。胸ビレ、

背ビレ、尾ビレを表しているらしい羽は、胴体に比べてあまりに小さい。これで

羽ばたくのではなく、エラ状の切れ込みから空気を吹き出して吹っ飛んでいくら

しい。

「鳥とか虫にしないのが、奴のヒネくれたところだな」

 前庭まで『吹っ飛ぶ君』を動かしながら、かざみはそう感想をつけた。大広間

を横切る時に、未だのた打ち回りながら埃を吐いている『吸い込む君』を見たが、

気にしないことにした。どうせそのうちエネルギーを使い果たして停止するだろ

う。


 つくづく俺はつめが甘い。かざみは後にそう思うことになる。


 かざみは前庭の中央、外界に通じる門の正面に『吹っ飛ぶ君』を据え付けた。

すずめが『吹っ飛ぶ君』腹部のハッチを開き、中に乗り込む。かざみはハッチ入

り口に立って、内部を覗き込んだ。

 ぎりぎり二人乗りのシートがあり、壁はよくわからない機械がびっしりと張り

付いている。アイウエオ順の設定入力盤が、シート正面の台に載っていた。

「動かせるのか」

「はい。ここに来る時にみずき様の運転を見てましたから……多分」

「……多分?」

「いいえ、きっと!」

 『多分』も『きっと』も不確かさでは似たようなものだ。

「大丈夫なのか」

「大丈夫です」

 すずめは深く深く頷いた。そして、つけっぱなしだった自分の埃除けを取った。

手を伸ばしてかざみのものも取る。前庭の埃はもうほとんど収まっていた。

 すずめはかざみの目をまっすぐ見つめていた。かざみもすずめの目を見た。透

けるような茶色の瞳からと、真っ青で色の濃い瞳からと、二つの視線が交差した。

「……かざみ様は他人が嫌い」

「ああ」

「私、考えたんですけど。最後だし言いますね」

 茶色の瞳がきゅっと細められた。すずめは、あのどばどば溢れる笑みを浮かべ

ていた。

「かざみ様、早くお嫁さんをもらった方がいいと思います」

 かざみは一瞬、返答に困った。

「……嫁」

「はい。お嫁さんなら他人じゃないし。かざみ様のお城は、一人じゃあんまり広

すぎます。お掃除も大変」

 おせっかいもいいところだ。かざみは苦笑した。おせっかいで、病弱で、よく

笑う、すぐ泣く、ちいさくて心優しい雀。

「考えておく」

 かざみの答えを聞いて、すずめは、今度は満足そうに頷いた。

「それじゃあ。短い間だったけどお世話になりました」

「いや、大した事はしていないが。……早くよくなれよ」

「はい!」

 こうして、かざみとすずめは別れ、かざみは吹っ飛んでいく『吹っ飛ぶ君』を

見送りながら、まあ悪くない経験だったと少し感慨にふけり、さあ寝るかと寝室

に戻ってメノトロームに油を差して、再び単調な生活に戻る……はずだったのだ

が。


 『吸い込む君』のイモムシの様な突起が、ぞわりと動いた。


 運命なんて、鋼鉄製のイモムシの化けものみたいなものである。

 何の考えなしに突っ走り、埃を吐きながら大広間を飛び出し中庭に躍り出て、

時に油断していた不老不死の風の神を突き飛ばして魚型吹っ飛び機械の中に放

り込み、とどめに魚型吹っ飛び機械に体当たりして操作系統に大ダメージを与え

るのである。魚型吹っ飛び機械は衝撃でエンジンがかかって、予定外の風の神と

雀を乗せたまま門を突き破り、外界に吹っ飛んでいったりしたのである。

 運命なんて、そんなものである。


                                                   


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