…沖くんと梨緒・5…

 

 

 

 もぞもぞもぞと、Tシャツの下に入り込んだ手のひらが動き、敏感な頂を繰り返しつまみ上げられる。

「やる?」
 と言う言葉の代わりに手首を掴まれて引き寄せられて。こっちがいいとも言ってないのに、身体に触り始める。それほど乱暴ではないけど、いつでも主導権を握られてしまう。

 ずっとずっと、それは変わらない。はじめての時から。

「あうっ…」
 後ろから抱きすくめられて、首筋に舌が這う。胸に感じる波に身体が反応していく。そして、そこの刺激に身体も心もみんな集中させようとして、神経を研ぎ澄ませる。快感に飲み込まれていく、と言うよりも自分から飛び込んでいく感じ。胸の片方への圧迫がふっと止んだと思ったら、するするとパジャマのウエストからもうひとつの場所への侵入が始まる。

「…もう、びしょびしょになってる…」
 そんなこと、わざと言いながら、指を突き立てる。ずるっと最初に入り込む時の異物感は未だに慣れない。えぐられる感触が生々しくて、うっすらと鳥肌が立つのだ。入ってしまえばあとは大丈夫なのに、入り口でのひと突きがちょっと怖い。

 どういう風な指使いになっているのかよく分からないけど、何本かが中に出入りしながら、もう一方で感じる部分をさすられる。つっとつまみ上げられると身体がびくっとした。それすらも前もって決められているような行為だ。言葉でなど指示されなくても、もうすっかりと先を想像出来る。

 …もうちょっと経って、私の身体がふわふわっとした頃に、今度は身体の位置を変えられる。お互いの秘部を晒し合うような格好になって、一頻り感じあう。こんなこと、誰が考えたんだろう? 最初にやれと言われた時は冗談かと思った。でもそうじゃないって、当たり前のことなんだよと説得されて。それでも最初は嫌々だったのを覚えている。
 知らない間に腰が逃げて、膝が閉じそうになる。でも身体をその間にねじり込まれているからそうすることが叶わないのだ。思い切り膝を持って開かれると身体までぱっくりと開いた気分になってとても心細い。その部分をはっきり見られていると思うと、恥ずかしくて。そんなの、いつものことじゃないって言われるけど…だって。

 沖くんは一通りいつもと同じことをし終えると、身体を起こした。そして、整理ダンスの上に置いた小引き出しをごそごそと開く。爪切りとか耳かきとか体温計とか、そう言うのが入っている一番上にそれは保管されている。そろそろ場所を移さないと、いつか子供たちに見つかりそうな気がする。風船代わりに遊んでいた、という笑うに笑えない話を聞いたことがあるが…うちの子たちは絶対にやりそう。

「…ねえ」
 パジャマのズボンと下着を一緒に脱がされて、下半身を晒した状態で。上は胸の上までたくし上げられて。何とも言えない格好でカーペットの上に転がったままで、私はのろのろと口を開いた。

「私って、…穴?」

「…え?」
 今、まさに装着しようとしていたところだったらしい。沖くんは何とも間抜けな格好で振り向いた。

「何だよ、それ」

 私は大きく深呼吸して。それから一気におなかの中に溜まったものを吐き出す。

「沖くん、突っ込んで、適当にぐちゃぐちゃってかき混ぜて。でも…何だかいつも同じなんだもん。そんなでいいのかなと思う…本当に、気持ちいいの?」

 繰り返される、いつもと同じ行為。パターン化されたお馴染みの…本当に飽きるほど繰り返されたもの。目新しさとかそう言うのがない。11年目の私たち。それでもいいかって思うんだけど、突然虚しくなることがある。

「…梨緒?」

 聞いちゃいけないと思っていた。普通の夫婦がどうかなんて分からない。でも、…どうなんだろう。私は男の人は沖くんしか知らないし…えっちなことだって、これしか知らないけど。初めの頃とはやっぱり違う。何だか…おざなりというか、当たり前というか。いっぺん通りのことしかしなくて。
 でもその中からちょっとだけ、気持ちいいからそれもありかなとか思っていた。枯れているわけではない、一応こうして夫婦生活もあるんだし。それなりに円満だと言っていいんだと思う。

 …でも。

「どうした?」

 私がいつもと違うと言うことに気付いたのだろう。沖くんがかしこまって私の傍らに座った。正座したりして、目の前に膝が来て、かなり恥ずかしいんですけど。沖くんも上半身はTシャツ着てる。でも…その、大きくなった部分は服の上からでもちゃんと分かるわけで。

「何、こんな時にマジになっているんだよ? せっかくのがしぼんじゃうぞ。梨緒の中、入れなくなるぞ」

「…だって」
 じっと見つめられて、何だか気まずくなって顔を背けていた。

 いつもそうなんだけど。気になり始めると、それに支配されてしまう。いつもは雑多な日常で忙殺されていて忘れている。仕事と家事と子育てと。こなしているだけで手一杯だもん。

 それに大抵、どちらかが先に寝てしまって。こうして私がお風呂から出てきた時に珍しく沖くんが起きていた、とかその逆のバージョンの時だけ、何となくこんな感じになる。

 切り取られたように行われる夫婦の営み。それはもうもちろん、子作りのためじゃない。もしかすると、子供を産み上げたあと、夫婦は本当に男と女になるのかも知れない。だって、生殖としての営みが必要ないのに、こんなこと繰り返してるんだもん。

 …私にとってのセックスは。沖くんに「女であること」を忘れられてないという確認の行為なのかも知れない。女と見なされなくなったら、抱いて貰えないわけだし。こうして性処理の対象として選ばれることだけでも良しとしなければならないのかも知れない。何もないよりはその方が嬉しい。少なくとも私はそう思う。

 でもなあ。

 

…***…***…***…***…***…***…


 毎年のことながら、怒濤の新年度はやってくる。

 今年、我が家では、次男の北斗(ほくと)が1年生に上がった。次男、と言うが実は4人目。長男の東吾(とうご・5年生)のあとは、西乃(にしの・4年生)、南砂(なさ・2年生)と女の子がふたり続く。ちなみに末っ子のが央太(おうた・年長)…ようするにネタ切れ、と言うところ。まさかこんなに産むとは思ってなかったもん。
 この少子化の現代において、教育費も大変なのに無計画に…まあ、出来てしまったものはしょうがない。必死の子育てが続いてる。集金日に小銭が大量に必要になるとか、給食費が月に2万円とか、そう言うのもある。保育料があとひとり分になったのはいいけど、その分、宿題に明日の支度。週末に誰が給食当番の白衣を持ってきたかとか、ウサギの餌当番が連続で回ってくるとか。私の脳内メモはいつでも飽和状態だ。

 沖くんは小学校の先生だったりするんだけど、今年は5年生の担任。男の子も女の子も大人びてきて、なかなか言うことを聞かなくなる難しい学年だ。これが1年生だと、今度は朝上履きをしまうところから、ぞうきんをゆすぐところから、トイレに行ったあと手を洗って拭くまで指導しなくちゃならない。それも大変だ。まあ、男性教員はほとんどが高学年だけどね。
 北斗の入学式に行ったら、もうちんまいのがたくさんいて、先生は見ているだけで大変そうだった。不思議なもので、保育園の年長さんはとてもしっかりして見えるのに…小学校に上がると途端に幼くなるのはどうしてだろう?
 私も一応、1年だけ先生をしてた。まあ音楽の専任講師だったけど。現場を離れて改めて親となって学校に入ると、こんなに雑然としていたのかとびっくりする。

 そんな中で仕事してる沖くんは、毎晩ぼろぞうきん状態で戻ってくる。今年は勤務先の学校が研究の指定校になってしまったそうで、それも忙しさに拍車を掛けてるみたい。子供たちの言葉にも生返事でまともな受け答えが出来ない感じだ。

 飛び飛びのGWも終わって、ようやく一息。貴重な休みなのに、私の実家の田植えに1日借り出されたのも痛かった。定年退職した父が米作りに凝っている。はっきり言って迷惑だけど、お米を貰っている手前、手伝わないわけにはいかない。休みなんだか、どうなんだか、分からなかったわ。

 そんな中でこうして…出来るだけで、いいのかなあ。――でもなあ。

 

…***…***…***…***…***…***…


「…どうしましたか? 奥様」

 私が、ぼーっともの思いに耽っていると。沖くんは、今まで何をいていたのかすっかり忘れたように、私の隣りにごろんと寝っ転がった。ぱちっと目線が合って、慌てて背中を向ける。やだ、恥ずかしいじゃない。それなのに沖くんは腕を回さないままぴったりと身体を私の背中に押しつけてきた。

「う〜ん…」
 何て言ったらいいのだろう? よく分からない。すごい失礼なことかも知れないし…。

「何かさ、ぜんぜんときめかないの。恋人だったら、こんな感じになったら別れるんでしょう? …でも夫婦だから何となく一緒にいるわけで、だから時々、何となくこんな風にしたりして。打算っていうんじゃないのかな、こういうの。いつも同じで変わり映えしなくて…こういう時に刺激が欲しくて浮気したりするのかなあ…」

「ふうん…」
 沖くんは分かったんだか分からないんだか、曖昧な返事をしながら、私のTシャツをたくし上げる。そのまま首から引き抜かれて、私は何も着てない素っ裸の状態にされた。

「ときめかないと、駄目なの?」

 さわさわっと、手のひらが這ってくる。でもいつもとちょっと違う。胸のてっぺんじゃなくて周りからゆっくりとゆっくりとなで上げる。丁寧に。足が絡んできて、沖くんは男の人でそれなりに毛深いから、ちくちくとして。

「…だって…」
 もう泣きたくなっている。私の身体は、いつでも沖くんに敏感に反応する。抱かれる、と思えばひとりでに濡れてくる。こんな、条件反射みたいのやだなと思う。

「馴れ合いって言うのがやなんだもん…」

 同じことを繰り返しているな、と感じ始めたら楽しくなくなってきた。確かに身体は気持ちいいけど、心が気持ちよくない。感じれば感じるほど心との間に溝が出来ていく。

 少なくとも、最初のうちはそうじゃなかった。沖くんは私の身体の隅々まで、本当に気がおかしくなるくらい愛してくれたと思う。それが恋人のセックスなのかも知れない。貪るように、全てを自分のものにするように身体を絡め合って。いつからこんな風になっちゃったんだろう。ご飯を食べるのやお風呂にはいるのとは違う。「特別」が欲しいのに。

「私、どうしたら、沖くんにもう一度夢中になって貰えるんだろう? …このままじゃ駄目だけど、どうしたらいいのか分からない…」

 男と女のことは…子孫を残すためのメカニズムに支配されているから。ずっと同じ人って言うのはそもそも無理な話らしい。よりよい子供を残すために、男性は出来るだけ若い、体力のある雌の身体を求めていく。長年馴れ合いになった身体なんて、飽きて当然なのだ。
 倫理で縛ったところで、それは本能で…仕方のないことで…。

 沖くんもロリコンってわけじゃないけど、やっぱり若いお姉ちゃんとか好きで。借りてくるAVとかもそう言うのばっかだもん。

 ときめきも何もなくなって、それでも一緒にいていいのだろうか? そんなで本当に幸せだっていえるのかしら? …もっともっと、違うところにそれは落ちていて、私たちが気付かないだけで…。

「――あ、そうか」
 沖くんの手が急に止まる。そして、私を後ろから丁寧に抱きしめた。

「一体、急にどうしたのかと思ったら…そうだったんだ」
 沖くんは私に腕を回したまま、しばらくおかしそうにくすくすと笑っていた。

「聞いたよ、向こう隣のご主人が、浮気ばれて修羅場だったんだって? そう言えば、子供たちが言ってた。すごかったんだってな〜やかんとか鍋とか飛んできて。俺も見たかったなあ…」

「沖くんっ!!」
 もう、不謹慎なんだから。どうしてそんな風におちゃらけるのっ!?

「子供たちがあまりの騒ぎに飛び出して行っちゃって、慌てて迎えに行ったら、あちらの奥さんにすごい形相で睨まれて…ば、馬鹿にするんじゃないわよって…お宅だって、絶対によそでしてるんだからって…」

 結構、夜が遅くなりましたよね? そう言う時は危険信号なんですよ、他人事だと思っていたら今に痛い目に遭うんだから…って、多分、虫の居所が悪いのを見られたショックだったんだろうけど、まくし立てられて。それから、ずっと落ち込んでいた。言われてみればそんな気がする。遅く帰ってきても、あまりお酒臭くない時もあるし。

 浮気なんてひとごとだと思っていた。少なくとも私はしたことない。その気になればまだまだ30代前半、身体のたるみは気になるものの女盛りだと思うし、可能かも知れない。それは、沖くんだって同じことで。こんな感じだけど、沖くんって結構人気者なんだ。子供会とか自治会とかそう言うところでも重宝されて。何しろ気働きだからね、よく働くし。もちろん、職場でだって出逢いはあるだろう。

 沖くんのときめきは違うところに落っこちているんじゃないかしら? もしかしたら、それをもう拾ってるとか? 気がついたらそんなことばかり考えていた。嫌になっちゃう。

「…それは、それは…」
 沖くんは私を抱きしめていた腕を外すとゆっくり起きあがった。そして私の身体を上向かせて、腕を引く。あんまり強く引かれたから、私は沖くんの裸の胸に倒れ込んでいた。

「そんな腹立ちまぎれの馬鹿話を真に受けて落ち込むなんてなあ…梨緒は、俺が浮気していた方がいいの? …それとも、梨緒が浮気したい? いつも冗談みたいに言うけど、本当に…」

「え…っ…!?」
 沖くんが背中を丸めて、私の胸に顔を埋めた。すごい恥ずかしい格好だと思う。久々のアングルだ。

「確かに10年以上もやってりゃなあ…ちょっとマンネリになるけど。でも俺は毎回気持ちいいんだけど? そう言う気になるから、梨緒とやるんだし…」
 そこまで言うと、ちょっと眉をひそめた。

「浮気した梨緒なんて、許せないな…どうして俺がいるのに、よその男なんて…」
 そう言いながら、胸にしゃぶりついてくる。子供たちにおっぱいを上げなくなって久しいから、私の胸は全部沖くんのモノだ。舌先で絡め取られて、強く吸われると、喉の奥から絞り出すような悲鳴が漏れた。

「よ、よそでやるより、お金掛からないし…じゃなくて?」

 まだ突っかかる私の言葉に、沖くんは何とも挑発的な目をして下から見上げてきた。

「金くれたって、やな女とはやらない」

 私は思わず息を飲んだ。

 こんな沖くん、知らないかも知れない。私の知らない沖くんだ。結婚して11年で。その前に恋人時代もあったけど…でも沖くんってこんなじゃなかったもん。しいて言えば…最初の時の…あの、何だかどうしちゃったのって言うくらいの沖くんに近いかも。

 すごい、ぞくぞくする。どうしちゃったんだろう、私。

「だから、梨緒も俺以外の奴とは駄目だぞ。…分かっているんだろうな?」

 そのまま、私は沖くんの膝の上に向かい合う形で乗せられて、どうなってるのかよく分からないけど、気がついたらもう沖くんが中にいた。すごい、いつもより…なんか違う。

「梨緒っ…! ちゃんと捕まってろよっ…!」

 私の身体をがっちりと支えたまま、沖くんの身体が激しく波打った。突き抜かれる、と言った表現がふさわしいような感じで、何度も何度も気が遠くなるくらい繰り返される。もう頭の中、面倒くさいことを考えることは出来なくなって、私は沖くんの首に腕を回してしがみついたまま、声を上げるだけの人形のようになっていた。でも恐ろしいくらいの快感が確かにあって、それに体中が支配されている。

「やっ…、もうっ、駄目だってばっ…!」
 身体がバラバラになりそうになって思わず叫ぶと、ぐるっと向きが変わった。今度は仰向けに倒されて、その上に沖くんが馬乗りになる。

「駄目だ、まだまだ…っ!」
 GW明けの涼しい陽気だと言うのに、沖くんはもう汗だくだ。お風呂入ったのに、それでも…こんなになっちゃうなんて。

「やんっ…、やあっ…!」
 どこにいるのか、どうしてこんなことをしているのか、それも分からなくなる。全て全てが曖昧になる。知らないうちに涙が溢れてきて、それを拭おうとしても、腕はすっかり押さえつけられていて、全てを支配されたままで私は沖くんの下で揺れ続けた。

 

…***…***…***…***…***…***…


「あー、腰いて〜っ!」
 いつものように、窓から首を出してタバコを吸いながら、沖くんは腰をさすっている。トランクスだけかろうじて履いて、でも上は裸のまんま。

「こういうの、毎度やってたんじゃ、体が保たないよな〜明日も仕事だぞ。どうするんだ、こんなガクガクで…あ〜情けね、全く歳は取りたくないなあ…」

「だい…じょうぶ?」
 私はまだ、起きあがれない。膝にも力が入らなくてぐったりと横たわっていた。涙の流れた頬がひんやりしてる。窓からの冷気が何もまとってない身体をかすめる。

 私の言葉に反応するように、沖くんが振り向く。タバコをもみ消して。そして、私の方にそっと身を寄せた。

「…シャワー、浴びてくる」
 短いキスをして、くすりと笑う。その目が恋人の目みたいで、ドキッとした。

「…沖くん…」
 掠れる声でそう言うと、離れていく腕を掴んだ。すごく汗くさいけど、でもいいかな。

「私、沖くんのことが、やっぱり一番好きかも知れない…」

 私の言葉に。沖くんが、一瞬驚いた顔をして、それからふふっと笑った。

「…当たり前、でしょ?」

 その笑顔が、恋人の頃みたいだって、ちょっと思った。何だか、いいかなって。上手いこと誤魔化された気がするけど…こうしているうちは大丈夫かな。

 

 恋人同士じゃないけど、ドキドキハラハラしないし、ときめきも少ないけど。一緒にいるのが当たり前で、時々はお互いにお互いで気持ちよくなって。そして、すぐに日常に戻っちゃうんだけど…あ、シャワーの音がする。私も寝なくちゃ、今日はちょっと寝坊して大変だったもん。

 私は、けだるい身体を奮い立たせるように、よっこいしょと起きあがった。

おしまいです。(20030512)

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