冬の朝は寒い。そして、今朝はとにかく寒い。日中も5度までしか上がらないって、とんでもないことをNHKのお天気予報のおじさんが言っていた。
「…だからって…な〜…」 頭からバスタオルをかぶって、片手にコーヒーのマグカップを持って。畳敷きの居間に入ってきた沖くんがすごく迷惑そうに私を見た。 「あの、その場所…俺が座りたいんだけど?」 彼は私の前に仁王立ちになると、どけどけと蹴っ飛ばす真似をした。 「う〜…、だって、寒いんだもん。いいじゃん、着替える間くらい…」 「それ、俺が付けたんだけど…ひで〜っ」 ホッとして、スエットパジャマの上を脱ぐ。その後、長袖のTシャツとその下のばばシャツも重ねて一気に脱いだ。 …うわ、さぶっ…! 慌ててブラを付けると、さっきの二段構えをもう一度被る。ばばシャツなんて絶対に着るもんかと思ったんだけど、寒さには勝てない。今年の冬はもう11月から着ているから、手放せない状態だ。一応、薄手のおしゃれなものを選んでるけど(ばばシャツのくせに2500円もした)…色気ないよな…。 ちら、と隣を見る。Tシャツの袖口から、ばばシャツを引っ張り出しながら。沖くんは何ともない感じでTVの街角情報に見入っていた。 その横顔を視界に固定して、ちょっとぼーっとする。ああ、なんだか、目尻にシワが出来てない? 年末年始で忙しかったのか、お疲れモードだね。お休み中は子供たちの世話で忙しかったし、新学期が始まったら始まったで、またどたどた忙しいらしい。3学期ってあっという間だし、6年生を送り出して、新1年生を迎えるんだし。 「…何?」 「いいじゃん、なんだか、眺めたい気分なんだもん…」 そう言いつつ、沖くんの手からマグカップを奪い取る。一口飲んで。ああ、薄いわ、沖くんのコーヒー。 「…減るといけないから、やめてくれよ」 あ、そ。 ちょっと、むかつく〜。私は座ったまま回れ右をして、沖くんに背を向けた。フリースのトレーナーをがばっと被る。 そう言ういい方することないじゃないっ! 普段は有り余る子供たちの応酬に、ゆっくりと話をする暇もないんだから。こうして、ちょっと早く起きた朝くらい、たまには…。そーだわ、また、ちょっとご無沙汰だし…?
どうもね、冬は寒くて。お風呂から出ると、そのまま寝たくなっちゃって。沖くんも新年会だなんだで遅くなることも多いし…10年選手の夫婦だから、あれ〜と思うと、半月くらい空いたりする。 普通のご夫婦はどうなんだろ? なんだか、いつでも出来ると思うと、しなくなるもんなのかな〜。恋人同士だった頃は「会えば、する」と言った感じで。う〜、職場恋愛だから、会うのは毎日だけど、この場合はふたりきり、と言うことでね。
…あ、そうだ。 「…ねえねえ、沖くんっ!」 「この間さ、ラジオで聞いたんだけど…。前に、30代の女性はやりたい盛りで、逆に男性はやる気が失せるって言ったでしょう?」 そう言いながら、靴下をはく。ちょっときわどい話をしつつ、日常動作。すごいギャップかも。 「そしたらね、DJのおじさんが…男は30代で下降しても、40代になると盛り返すって言ってた。そう言うもんなのかな〜…」 「ふ〜ん…」 「男性も、それくらいになると、仕事に余裕が出るんじゃない?」 「そっか〜…」 こういう話も、子供たちがいると出来ないもんね。今年は長男の東吾(とうご)が4年生で、とうとう小学校で『性教育』の授業があったのだ。ちなみに親にも副読本みたいな冊子が来た。もう心臓ばくばく。東吾がそのことを知れば、我が家の場合、5人に一気に知れ渡る。 …5回で済むわけないでしょう? 月に3回計算でも、400回近いわよ――とは、言えなかったけど。 「んじゃ、朝ご飯、やってくる。呼んだら来てよね?」 「…梨緒?」 「うきゃっ!?」 「痛〜っ…」 「ちょっと…おっ…!?」 ふわっ、と。身体が浮く。…浮くわけもないんだけど、背中から起こされて。後ろから、いきなり…ぎゅって。 「なななななな…何っ!?」 「しよっか、梨緒っ」 そ、そんな風に明るく言ったって、駄目なんだからっ! 何なのよ、いくら間が空いたからって…こんな朝っぱらからっ…!! 「しっ…しませんっ。ちょっとっ…あのっ…! ねえ、子供たちが、起きて来ちゃう。こんなとこ、見られたら…っ!」 一応、寒いのでふすまは閉めてある。でも、もう早いときは誰かが目覚めてもいい頃だ。どうにかして逃れようとするけど、こう言うときはやはり体力の差が歴然とする。ぎゅっと手首を押さえつけられると、抵抗する気がなくなってしまうのだ。 「大丈夫…」 「やっ…やあっ…っ!」 「すぐ終わるから、な、いいだろ?」 あ、朝は身体が寝ぼけているのかあんまり感じないんですけど? それでも、敏感な頂は寒さのせいもあってあっという間にコリコリになってくる。そうなると沖くんのちょっとざらざらした指先がすごく気持ちよく感じちゃう。 「や〜、すぐなんて。沖くんばっかり、気持ちよくて…私、全然満足しないもんっ…!」 「…んじゃ」 「夜もやるから。…今もやらせて?」 「…えっ!?」 「梨緒が、おっぱいなんて見せて誘うから、やりたくなっちゃうの…」 えええ、見てなかったんじゃないの? 実は見ていたのねっ! 「さ、誘ってなんかないものっ! 着替えてたんだもんっ…、あんっ…!」 背後からせわしなく動く手のひらが、覚え込まれた快感の場所を次から次から探り当てる。 情けないことに、寝ぼけきった身体がそれでもじわじわと沸き立ってくる。抱かれている、と言うよりは触れ合っている、戯れている、と言う感じだけど。会話のような愛撫。口では色々文句が言えるけど、身体の方はもう言うことを聞かない。私は沖くんのものになっていく。 「ふふふ、梨緒、びしょびしょ…ホントに好きなんだから…」 太股を後ろから、ぐっと持ち上げられて、あっという間に沖くんが中に入ってくる。…こんなのって…、こんなのって…っ!! 「うっ…、ううっ…っ!!」 「…ね、ねえっ…! みんな、起きてくるからっ…や、やめて、もうっ…」 やなの、朝は。だって、感じないんだもん。沖くんが入ってきても、ただぬるぬるっと言う感じで。あのいつものこすり上げる気持ちよさがないの、駄目なんだよ〜朝は…。 「駄目〜、もうちょっと、やろうよ。久しぶりなんだし…梨緒、少し正月太りした?」 むにゅっ…って。ああん、どこ触ってるのよ〜、やだ〜〜〜〜っ! 「ちょっと、やばいんじゃないの? この贅肉…」 「もうっ…、やだっ…、沖くんだって、おなかすごいもんっ! 私より…っ!」 背筋を這っていく生暖かい感触。後ろから、私はどんな風に見えているのだろう。沖くんはバックからが好きだけど、私はちょっと嫌。だって、犯られてる、って感じなんだもん。 すごい恥ずかしい、消えちゃいたいくらい。 揺れてるカーテンの向こうから差し込む朝日。一本調子のNHKのアナウンサーのしゃべり…。目玉焼きとワカメのおみそ汁がよく似合うひとときに、なんなのこれ? いいのっ、こんなコトしていて〜、時間もないのに〜〜っ! 「あっ…あっ…、梨緒っ! いい、いいよっ! もうイクっ…!」 私がたとえようのないむなしさに引きずり込まれる頃、沖くんは勝手にひとりで気持ちよくなって、勝手にひとりで終わってしまった。 そして、私も最後の最後だけ、ちょっとだけ、気持ちよかった。きゅっとしまった気がした。
「男の人って…起きたてにすぐに出来るの? 信じられない…」 「えー?」 「男は朝の方が元気なの、それに誘ったのは梨緒だからね…これで夜もしたいだなんて、本当に好き者だよな〜奥様は」 …え? 思わず、振り向いて確かめてしまう。関東地方の天気予報をバックに、微笑む人。ちょっとえっち臭いよ、これから仕事に行く人が…(しかも小学生相手)。 「…もうっ!」 「絶対にっ! ものすごくサービスしてよっ! そうしないと、ぐれちゃうからっ…!」 …やんっ! こんな朝の会話なんてないっ! 餃子包みながら、思い出しちゃったら、どうしたらいいのっ! もう、恥ずかしくて恥ずかしくて。でも、今夜は絶対に起きていてやるっ、先に寝ちゃったら襲ってやるっ…と私は決意していた。
照れくさくて、口ではなかなか言えなくなった言葉。 「愛してる」って、言われたのと同じような気分になるのは私だけかなあ…? 何か、照れちゃう? セックスは会話なんだよって、夫婦にとって特別のおしゃべりなんだよって、子供たちに言ったらどんな顔するだろう? 身体だけじゃなくて、心が近づいて。すごく満たされる。 恥ずかしいことなんかじゃないんだよね。ホントはきちんと言えたらいいのにね。 …あなたたちは、とびきりの音楽の中でひとつの命になった。やわらかい心と心が触れ合ったその瞬間に…
ふすまを思い切り開けたら…そこは、当たり前の朝だったけど。くすっぐたさを残したままで、私の1日が始まる。 おしまいです。(20030202) Novel Index>音楽シリーズTop>朝の音楽 |
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