…沖くんと梨緒・7…

 

 

 

『旧姓に戻っちゃいました! 子供たちと実家に戻ってきてます。こちらに帰って来たときは連絡してね』

 しーんと静まりかえった、一月元旦の昼下がり。パイナップルきんとんの香りが充満する台所で、私はそんな葉書をつまみ上げていた。

「あらら、千尋もかぁ……」
 年に一度のご挨拶。今年も届いた旧友からの年賀状。中学の同級生だった彼女は、去年とあまり変わっていない笑顔で子供たちとVサインしていた。「鈴木」という姓が名前の上にくっついて、何だか私のよく知っている昔の彼女に戻った気がする。

 友人たちが結婚しては名前を変えていく。普通は下の名前で呼ぶことが多いし、あまり気にならないけど、年賀状とか受け取ると不思議な気がする。たかだか、二文字か三文字の漢字の羅列。そこに私の入り込めない世界が形成されている気がして。私はあまり自分の旧姓にこだわりもなかったし、沖くんのお嫁さんになるんだな〜とかすごく感激していたクチだけど、ヒトゴトになると別だ。

 そして、また。こんな風にいつの間にか名前を元に戻す子がいる。今はかなり離婚率が上がってきてるのかな? 毎年、私と沖くんに届く賀状のいくつかはこんなプライベートな記述が加えられてる。あまりにその数が多いので、だんだん感覚が麻痺してしまっているけどね。

「千尋……どうしたんだろうな」

 何しろ、こうして近況を報告し合うのも1年ぶりのことだ。ここから私の実家までは車で1時間ほどだけど、年が重なるごとに疎遠になってしまってる。子供たちが小学校も高学年になると、塾だお稽古ごとだ、はたまたお友達との約束事だと週末も夏休みも忙しい。私ひとりがちょくちょく戻るわけにも行かなくて、気が付くと1ヶ月も2ヶ月も感覚が空いていたり。

 家に戻れば、多少の近所の噂は母親の口から聞くことが出来るのだけど、そう言う機会が減っているんだなとしみじみ思った。

 

 芸能人の結婚や離婚の話題は、瞬時に耳に飛び込んでくる。それなのに、それよりももっと大切なはずの知り合いの情報には疎くなっている。何だか変な気分だ。

 子供の頃からピアノ一辺倒だった私も、「必ずどこかの部活に所属しなくてはならない」と言う中学校の方針に従わざるを得なかった。運動部なんて、指を傷めそうで怖かったし、そうなると残るのは文化部。音楽部ならどうにかなるかと決めた。主にピアノやキーボードでの参加になっていたが、パーカッション担当の千尋とは、何だか気があった。

「私、絶対に大恋愛をして結婚するのっ!」

 さばさばして付き合いやすい子だったけど、何故か結婚願望だけはすごかった。普通、中学生だったらアイドルとかのグラビアに夢中になっている頃でしょう? それなのに、千尋は違った。近所の高校生に大学生、はたまた学校の教師から、教育実習生まで。生身の人間をターゲットにして盛り上がっていた。

 そりゃあねえ……私にだって「ちょっといいかな」と憧れる男子くらいはいた。でも、積極的におつき合いをしようなんて思ったこともない。学校に通う時間以外はほとんどピアノのレッスンに明け暮れていたし。音大に行こうとはっきり決めてからは、週に1回は上京して特別レッスンまで受けていた。
 そんな風にして、私が白と黒のパンダ模様相手に格闘していた頃、千尋は「大恋愛」の相手を見つけることに精を出していた。その甲斐あってか、彼女はとうとう運命の人と出会う。そして、まだあと大学が1年残っていたのに、それも待てないとさっさと退学して、彼の故郷の四国に行ってしまった。

 ――あの千尋が、離婚したなんて。

 まあ、詳しいことは知るはずもない。何しろ、年に一度、写真入りの葉書で無事を確かめ合うだけの友人だ。今年も楽しそうな家族写真、でも去年まではいつも一緒に映っていたはずのご主人の姿だけが消えていた。

 

◇◇◇


 元旦早々、家にひとりぼっちでいるなんて。何だかすごく悲しいかも知れない。まあ、コレは様々なことが重なり合った結果であって、何も我が家までが「一家離散」したわけではないのだ。

 私のだんな様である沖くんは、自治会長さん宅の新年会にお呼ばれしている。小学校教師という肩書きもあり、地域の青少年育成には深く携わることになってしまう。学校関係でいつも並々ならぬお世話になっている地域のお偉方には、きちんと新年のご挨拶しなくてはならないのだ。
 招かれる方も大変だが、自治会長さん宅では、もっと大変だろう。お正月早々、何十人もの人間を招くなんて。ああ、あちらの奥様可哀想。

 まあ、それだけなら、毎年のことだから。私は子供たちと一足早く実家に行っていれば良かった。だけど、今年は。一番上の息子の東吾が、お友達の家族と一緒に初詣に行くと言い出したのだ。
 何しろ我が家は年のくっついた子供が5人もいる。初詣の人混みにもまれたら、絶対に何人かは迷子センターのお世話になってしまうだろう。だから、毎年近所の寂れた神社で済ませていたのだが、それが彼には気に入らなかったらしい。

「大丈夫ですよ〜東吾くんひとり増えたって、そんなに変わりませんよ。ウチの息子も大喜びですし。元旦の夕方には戻ってこられると思いますから……」
 相手方のお母さんにそう言われてしまっては、断るのも悪いかなと思ってしまう。息子が送り届けられる時間に家にいないわけにも行かず、結局居残りになってしまった。

 ただし、残った4人の子供たちからはブーイングが飛び出した。あまりにうるさいので、実家の母に頼み込み、子供たちだけ預かってもらうことにしたのだ。独身の妹や弟も帰省してきているから、多分大丈夫だろうと見た。

「あ〜、退屈だなあ……」

 明日は朝イチで、沖くんとふたり、仲人さんちにお年始に伺うことになってる。今のウチにワイシャツにアイロンでも掛けておこうかな……とか考えて、私はどっこらしょと立ち上がった。

 


 ――結婚って、何だろう。

 たまに、そんなことをふと考える。私は結婚するのが早かったし、あれよあれよという間に話がまとまっていた。沖くんとは同じ小学校に勤めていて、もともとが顔なじみ。何だか気が付いたら仲良くなっていて、ゴールインしてしまった。
 音大まで出してくれた両親には済まないと思ったけど、その後、毎年子供を産んでいたのでとても再就職なんて無理。ようやっと、下の子が保育園に3年保育で通い始めた頃から、餃子包みのパートに出ている。

 学生時代の友人が海外留学だのリサイタルだのしているのを聞くと、羨ましいなとか思ったりもする。でも、これが私の人生なんだよなと思うし、この今の生活も気に入っているし。だからこれでいいんだとか思ってしまう。

 だけど。

 みんなそう思っていて、それなのに気が付くと離婚していたりするんじゃないなかな。千尋だって、去年の今頃、まさか自分がシングルに戻っているなんて思いもしなかったんじゃないだろうか。何があったのかは、私のような外野があれこれ詮索する事じゃないと思う。でも……そういう「可能性」は誰にでもあると考えてしまうよ。

「子はかすがい」じゃなくなっているというのも事実。芸能人なんかはそんな感じよね。千尋にだって3人の子供がいた。一番上の女の子はウチの東吾よりも2歳年上だったから中学1年生だ。そんな状態でも離婚できるんだ、と思うとちょっぴり怖い。

 だって、大恋愛だったんでしょ? 絶対にこの人じゃなくちゃ嫌って、思ったんでしょう? 千尋ももちろんそうだったと思うけど、もとご主人だってそれを上回るほど熱烈だったって聞いている。結婚したあとだって、子供をご主人の実家に預けてふたりでディナーに行ったり、旅行に行ったり。しかもご主人は次男で同居もなし。仲間内の誰よりも羨ましい結婚生活だった。

 なのに……。

 テーブルの上、置きっぱなしの年賀状。仕分けを始めて途中で手が止まって。そのあとはやる気をなくした。沖くんから出してない人をはじき出しておいて、とか言われたんだけど、それもやってない。

 1年分のそれぞれの生き様があふれかえっている葉書の山が、とてつもなく怖いものに見えてきた。

 

◇◇◇


「ただいま〜っ、梨緒? ご主人様のご帰還だよ〜っ!」

 東吾とふたり、カップ麺なんて食べて。そのあと、こたつでうだうだしていたら、上機嫌のだんな様が戻ってきた。

 沖くんはもともと陽気で、気配りも出来て、とにかく人当たりのいい人なんだけど、お酒の席ではさらに100ワットくらい明るくなる。自分はあまり量を過ごしたりはせずに、周りの人をもり立てるんだ。どうしてそこまで一生懸命になるのかって、聞いたことがある。すると、沖くんは不思議そうな顔をして答えた。

「え? だって。みんなが楽しそうにしてるのって、嬉しいじゃない」……そうなのだ、それが沖くんの全て。

「う〜、お帰り」
 つい、うとうとしてしまったらしい。慌てて起きあがると、東吾がいなかった。さっきまで一緒にTVを見ていたのに。もう2階で休んでるのかな。やはりオールナイトで騒ぐのは小学生には疲れるのだろう。

「なんかぼんやりしてるなあ……自治会長さんの奥さんが、色々と包んでくれたんだよ。食べる?」

「ううん、今いい。おなかいっぱい」

 じゃ、俺は食べるわ。そう言って、そのまま足音が遠ざかる。シャワーを浴びに行ったみたい。

 沖くんは飲み会の席でほとんど飲まず食わずなんだもんな。昔は結構飲んべえだったらしいけど、今は変えたみたいだ。嘘かホントか知らないけど「家族のために、健康管理に注意してる」と言うことらしい。もっとも、戻ってきてから飲み直して食べてちゃ、同じことだろうと思うんだけどね。

 とりあえず、夫の労をねぎらう心優しい妻になって。こたつの上に冷えたビールとおつまみを用意した。頂き物の折の中には、美味しそうな揚げ物や煮物がたくさん詰まっている。お料理上手で有名な奥様だけあるなあ。里芋の煮っころがしをつまみ上げてぱくっと一口。そこに沖くんが戻ってくる。

「ねえ、千尋さんって。結婚式に来てくれた人だよね?」
 手元に、さっきの年賀状を持っている。私は黙ったまま、それを受け取った。沖くんがリモコンを使ってチャンネルを変える。お正月特番の時代劇がやっていた。途中から見ても、何も分からないと思うけど……。

「なんかね、離婚したんだって」
 斬り合いの立ち回りシーンを見ながら、ぽつんと言った。もちろん、葉書を見ればそれは分かるんだけど。

「ふうん……」
 いつものように頭からかぶったバスタオルをゴシゴシしてる。思ったよりもあっさりと反応した。

「そう言うのって、俺の方にもあったかも知れない。多いね、このごろ」
 あくまでも他人事みたいに思ってるみたいだ。ビールを美味しそうに一口飲んで、またTV画面に見入っている。

 私は気づかれないように、小さくため息をつくと、沖くんのグラスを取った。ちょっと苦いしゅわしゅわが口の中で弾ける。でも……今夜はあまりおいしいとは思えなかった。

「結婚って、何だろうね」

 TVの画面が動いていくのに、私は映し出しているものが判別できない。千尋が離婚したという事実を自分では冷静に受け止めていたつもりだった。でも、実際は。かなりショックだったのかも知れない。

 沖くんは、おやおやという顔になって、こちらに向き直った。

「どうしたんだよ、いきなり」

「……だってさ」
 私は唇を噛んだ。

「あんなに盛り上がっていたのに。この世にふたりといない最愛の人だって。それなのに、別れちゃうんだよ……で、私たちみたいにどうでもいい感じの夫婦がこんな風にこたつでぬくぬくしていて」
 鼻の先がじぃんと来た。こんなでいいのかなとか、時々思うことがある。それが一気に吹き出してきたみたいだ。

 沖くんと一緒にいるために「結婚」という選択肢以外にも道はあったはずだ。でも私はそれを選ばなかった。あのときはそれしかないって思っちゃったから。若気の至りって言うんだろうな。

「ふうん?」
 沖くんは何とも言えない表情で、さらにこちらをまじまじと見つめてくる。くるくるっと動く瞳に捉えられるのがすごく恥ずかしい。

「どうでもいいと思ってるんだ、梨緒は」

「そ、そんなじゃないけど――」
 興味深そうに言われて、急に不安になる。何だか、楽しんでいるみたいじゃないの。沖くんはあまり真面目に考えてないのかも知れないね。でも、当たり前の毎日がいつまでも続くなんて、幻想でしかないんだよ?

 

 それに、それに。

 まだある。私にとっては、沖くんが初めての男の人だった。おつき合いしたのも、えっちしたのも(……あ、いや、この順番が逆だった気もするけど)沖くんが初めて。だから比べようがないの。でも……沖くんは違うでしょ? 私の前にも何人か彼女さんいたはず。

 毎年届く年賀状、そして暑中見舞い。「大学の同級生」という綺麗な字の女の人が何人もいる。小学校の先生になる大学だから、女の人が多いのは分かるけど。

 順調なときはいいよ。でも……気まずくなっちゃったり、意見が食い違って言い争いしたりすることもあるでしょ? そう言うときに「ああ、あっちの方が良かったかも」とか思ったりしない?

 そういうときにさ、昔の人って我慢したんだと思う。結婚って古い制度では家同士の繋がりだったから。当事者だけの都合で勝手にどうこうしていい問題じゃなかったんだ。だけど、今は違う。もっと他に道があったんだと気づいた瞬間、人は新しい一歩を踏み出す。そう言う傾向にある気がする。

 子育てに夢中になっている頃は、こんなことを思い悩む暇もなかった。子供がだんだん大きくなって、自分だけの力で色々と出来るようになると、私の心には少しずつ「考える」余地が出てくるんだ。熟年離婚ってある意味、当然の成り行きなのかも知れないね。

 これからの1年に、何が起こるか分からない。もしかして、私たちはまだ「最愛の人」に出会っていないのかも知れないでしょ? 本当の運命の出会いは今年かも知れないよ。

 その時、どうするの? 今までの全てが「違う」と気づいたときに、私たちはどんな道を選択するんだろう……?

 

「ああ……そうか」
 しばらく何かを考えていた沖くんは、ようやく思い当たったと言う感じで頷いてる。口元に笑みが浮かんだ。

「この間、真緒ちゃんに言われたこと、気にしてるんだろ?」

「……え?」

 何を言われているのか、最初は分からなかった。

 真緒、というのは私の妹だ。今年30になる彼女は東京の会社で働いていて、長い休みの時しか戻ってこない。もちろん独身だ。実家も農村部にあるし、なかなかにして外野がうるさいのだが、本人は至ってあっさりしたものだ。「結婚」の「け」の音を耳にしただけで、すうぅぅと席からいなくなる。その身軽さと言ったらただ者じゃない。

 そう言えば秋口にあまりに母親がうるさいので、妹に「結婚の意義について」をとくとくと説いたことがある。しかし、敵はバリバリと仕事をこなすキャリアウーマンだ。私に敵う相手じゃなかった。

「お姉ちゃんの経験が全てのわけないでしょ?」
 開口一番、ばっさりとそう言われてしまった。ぐうとそのまま黙り込んでしまった私に、さらにたたみかけてくる。

「だいたいね〜『恋愛』なら気楽なのよ。嫌いになったらすぐに別れられるでしょ? でもこれが『結婚』になるとそうはいかないの。多少ぼろが見えてきても、無理して合わせなくちゃいけないものよ。そんなの人間の真理に反すると思うわ。我慢して好きでもない人と一緒にいるなんて、私は嫌」

 目から鱗が落ちる、とはこのことか。とにかく、私にとっては衝撃のひとことだった。私にとって、沖くんが全てで、沖くんのいない人生なんてもう考えられないと思った。だから結婚したんだ。だけど、恋愛だってその最中は、やっぱりそうやって思うよね? でもいずれはすれ違って、別れていくんだ。

 もしも……だよ。沖くんが無理して私と一緒にいてくれるのだとしたら。結婚しちゃったから、仕方ないなって我慢して。

「な〜んか深刻になっちゃってるな。……もしかして、昨日のじゃ足りなかった? 欲求不満なの、梨緒は」

「え……?」

 するりと腕が伸びて、気が付いたら私は沖くんの下にいた。下半身はこたつの中。そうなれば、当然怪しげな手のひらの動き。

「二日続けて、なんて久しぶりだなあ。俺もまだまだ若いな」

「ちょっ、ちょっとっ! いやぁっ……、何ですぐにそうなるのよっ! 沖くんの馬鹿っ!」

 もうっ、信じられないっ! そりゃ、昨日の晩はお約束に「した」わよ。紅白を見終わったあとに年越しでえっちするのって、何となく毎年のお決まりになってる。おなかがとっても大きいときとかは休んだこともあるけどね。去年の最後を締めくくりつつ、今年の姫はじめを完了する。なかなか、合理的だと思っていたりする。

「馬鹿なんて。そんなこと言うと、不完全燃焼でやめちゃうぞ」
 そう言いながら手を伸ばすのは、当然ながらパジャマのズボンの中。手探りでもちゃんとその場所を知っている、11年目。

「ふふふ、こんなになってたら、すぐに出来そうだな。正月早々、梨緒には参るよ……ひとりぼっちで悶えてたの?」

「ちっ……違うっ……!」

 駄目だってば〜、どうして水音を立てるのっ!? 暖められた下半身はほんのりと汗ばんで、いつもよりももっと中が熱い。アルコールが入っているせいか、いつもよりも存在感がある沖くんのそれが、ぬるっと入り口から入ってきた。

「はっ、……ふあぁんっ! きゃんっ!」

 やだあ、ほとんど前戯なしですか? いいの、そんなで。って、言う暇もなく、動き始めてる。ゆっくりと腰を揺らされるだけで、暖められたそこはじゅくじゅくと音を立てた。どんどん溢れてくるのが自分でも分かっちゃう。

「面倒なことは考えないの。せっかく梨緒と一緒にいるんだから、楽しければそれでいいよ。くっついたり離れたり、そんなことを繰り返していたら、だんだん疲れると思うんだよな。俺はありきたりでも安定している関係がいいけどな……梨緒の中、好きだし。あったかくて気持ちいいよ?」

 こういう風に繋がっていると。嫌なことは何も考えなくて良くなる。

 私たちはひとつの固まりになって、ずっと時の流れを越えていきそうな気もする。それを「打算」とか「いい加減」とか言う人もいるかも知れない。でも……私は、沖くんとの心地よい空間をずっとずっと大切にしたい。

 えっちするのは好き。気持ちいいから。だけど、もっと好きなのは、こうして沖くんが求めてくれるなと思う瞬間。私が私としてこの世に生まれてきた意味を感じ取ることが出来る。セックスは子孫を残すためのものだけど、もう子供はいらないと思っている私たちだって、抱き合う意味は確かにある。

「……試しに別れてみる?」
 腰を振りながら、そんなことを言い出す。ぎょっとして目を開けると、いたずらっ子の笑顔。

「なっ……」
 思わず息を飲む。どうして、にこにこしながら、そんなことが言えるの? 信じられないわ、何考えてるのよっ!?

「別れたって、半月も保たないと思うよ? 絶対に梨緒としたくなるから。梨緒だって、そうだと思うけど……?」

 そ、そう言う問題なんですか? 沖くん。えっちなことをするために、別れられないの!? やだなあ、信じられない。結婚の意義って絶対そうじゃなくて、もっと違うところにあると思うんだけど……?

「面倒なだけだから、やめといたほうがいいと思うけど? 大騒ぎして周りに迷惑かけて、すぐに元の鞘に戻って……梨緒が恥をかくだけだよ」

 こんな風にしながら、きちんと腰は動いてる。ちゃんと気持ちよくなりながら、会話出来るなんて、年期入ってるなと思う。ただ……徐々に、余計なことを考えてる余裕なくなるけど。

 ああ、いや。すごく気持ちいい。なんか、上手い表現も思いつかないけど、やっぱ、沖くんとのえっちは好き。

「くふっ……!」

 ひときわ大きな波が来て、沖くんと私が一緒にひとつの夢を見る。頭の一番奥で弾けた白。……もしかして、これは今年の「初夢」?

 


 腰から下が溶けていくような心地よさ。気の遠くなるような幸福感は、ずっと変わらない。

「いいのかなあ……こんなんで」
 ぼんやりとそう呟いたら。ずるずると身体をこたつから抜き出してる沖くんがくすっと笑う。

「こんなだから、いいんだよ」

 結局のところは、似たもの夫婦なのかな。難しいことを考えずに、でも幸せになりたいって。この人と一緒にいたら、きっとずっと楽しい日々が送れるって思った。これからも「予感」を信じて、生きていきたいと思うふたり。

「今年も頑張って下さいよ、奥様」

 下半身だけ剥き出しのだんな様は、ティッシュの箱を手にしてそう言った。



おしまいです。(20031225)

Novel Index音楽シリーズTop>まどろみの音楽

……***……***……***……***……***……***……***……***……

『新しい型のこたつじゃないと、えっちは無理だよな』とか自分で自分に突っ込んでました。なんかコツがあるんだろうか、男の人は色々気をつかったり挑戦したりするんだろうなとか(おいおい)。

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