前作よりすこし時間を遡ります。東吾(長男)が小5の夏休み前のヒトコマ。
いつもと同じお夕ご飯時。 私のだんな様であり、子供たちのお父さんである沖くんは同僚の先生方と軽く一杯やってから戻ると言っていたから、今夜は子供たちと私オンリー。まあ、それでも大きめのテーブルはお皿がひしめいてるけどね。 今夜のメインはハンバーグ。食べ盛りの子供たちと、人の二倍くらい食べちゃうだんな様・沖くんのために、こねる挽肉の量もすごい。筋肉痛になることも忘れるほどの私の腕は、どんどん逞しくなってきてるみたい。 テーブルの向こう側にチビが3人並んでいて、誰のが大きいだの小さいだの、フライドポテトの本数を数えたりしてごちゃごちゃしてる。ああ、うるさい、と思っても、もう注意する気力も残ってない、梅雨時の頭。ぼーっとしながら冷蔵庫に一番近いお誕生日席でお箸を動かしていたら、隣に座っていた東吾(とうご)・小学5年生が不意に言った。 「ねえ、お父さんとお母さんが、結婚して最初にしたことって、何……?」 「――はぁ?」 そう返答するまでに、たっぷりと10秒の空白があった。目の前には嬉しそうに目を輝かせてる少年。何だか、この頃ヤケに沖くんに似てきたのよね。ちょっと、お母さん、ときめいてしまうわ。――じゃなくて。
私と沖くんが結婚して最初にしたこと? ええと、「結婚」って、どれ? 入籍した日なんだろうか、それとも一緒に暮らし始めた日? はたまた、結婚式を挙げた日かな……? ううう、結婚式なら。沖くんはいつもの調子で、二次会で気配りしすぎて疲れ果て、アパートに戻るなり、高いびきだったわ。
「忘れちゃったわよ、そんなの」 「……すぐしないと、間に合わないと思うんだけど。赤ちゃんって、出てくるまでに10ヶ月くらい掛かるんでしょう?」 「は……、はあっ?」 そこで、私のお皿は空になった。何しろ、子供たちが小さな頃から、食事も落ち着いて出来なかったために、気が付いたらどんどん早食いになっている。ダイエットの大敵だって知ってるけど、どうにもならない。口惜しいばかりだ。私は、お茶碗とお皿と全部重ねると、席を立った。 「うーん、じゃあさ」 まだ、質問が続いている。もう、そう言うのはまとめてお父さんに聞きなさい! とでも言おうとした時。東吾の薄い唇が、また動いた。 「お父さんとお母さんって、一緒にお風呂にはいることある……?」
◇◇◇
子供たちが寝静まったあと、ようやくだんな様のご帰還だ。少しほっぺが赤い。でも、日焼けなのかどうか微妙なセンね。冷たいお水を冷蔵庫から出してあげると、それを美味しそうに飲み干してる。 「何が言いたいのか、こっちが聞きたいわよ。もう、沖くんはそう言うの、専門でしょ? 頼むわよ、男同士だし、じっくりと話し合って」
私たちが子供だった頃と比べて、学校での性教育ってすごくなったなあと思う。 私なんて、確か女の子だけ図書室か何かに集められて、そこで生理についての指導を受けた気がする。5年生くらいだったかな。それからも、遠足の前とか、修学旅行の前とかに「必ずナプキンを忘れないように」と言われた。環境が変わると、いきなり始まる子もいるからって。 ……っていうかさ、もう毎月子宮の中に赤ちゃんのお布団を作って、使わないと排出されるなんて……そんなのアリ!? とか思ったわ。毎月、必ず作る必要なんてないじゃないねえ。変なの。 それがそれが。今では、性教育は男女一緒。思春期の身体の変化とかは、4年生くらいでやるらしいけど、具体的な話は5年生だって、聞いていた。東吾の担任の先生は40代の体育会系の逞しい女性なんだけど、その方は生理用のナプキンを袋から取り出して、ばばんと壇上で広げて見せたらしい。ひいい、男の子もいるのに! すごすぎ! 理科の単元である「生命の誕生」の学習が、5年生1学期の終わりにあって、詳しくやりますよ〜とは聞いていた。でもでもっ、こういうのって、親の方も心の準備が必要だと思うの。私、前もって「親の心得」とかいう文書でも来るのかと思っていたわ。それが、いきなりなんだもん。
「う〜ん、教員によって、やり方はそれぞれだし。詳しくやる人もいれば、さらりと流す人もいるんだよね」 現場にいる沖くんはそんな風に言う。ちゃんと教材ビデオもあるんだって。どんな風なの? って聞いてみた。まさかAVみたいに生々しい訳じゃないだろうし。 「ええと、成人体型の男性と女性が、直立で右と左で向き合って。それがだんだん距離を縮めて。うん、立ったまま、すううっとね。最後はドッキングするところまでやった気がするなあ……」 ――うわあ……。 何か、こっちが恥ずかしくなってしまうね。ドキドキして来ちゃう。おしべとめしべが……って、次元じゃないわ。うう、やっぱ、私はパス。男性教師は高学年を受け持つことが多いんだもん、慣れてるんじゃないの……? 「んなこと言ったってさ、みんな言ってるよ。授業としてならいくらでも教えられるけど、我が子は別だって。やっぱり恥ずかしくて嫌みたいだよ」 しっかりしてよ、と言いたくなるくらい、逃げ腰の沖くんだ。もう、女の子たちの生理とか避妊とかそう言う話は私、頑張るからさ。男の子の方はどうにかして? ……そう思いつつ、私はバスタオルを手にした。ああん、いい加減入らないと、遅くなる! 毎日プールの授業があると、洗濯が大変でバタバタしちゃうわ。 「じゃあ、先に行って来るわよ」 いつものように安楽椅子に座って天気予報を見てる沖くんに声を掛けた。
◇◇◇
子供たちと一緒に入っちゃえば、さらに時間短縮なんだけど。でもねえ、お風呂くらい、ゆっくりとひとりで入りたい。朝から晩まで、ごったがえす喧噪の中で必死に頑張ってるのよ、ひとときのリラックスは必要だと思うのよね。最後に入るなら、思いっきり熱くしたりぬるくしたり、いい香りのバスオイルを入れたり出来るしね。 人によって、お風呂の入り方って違うんだろうな。私はまず全身をさっと流したら、顔を洗って、シャンプー。寒い時期は、ささっと身体を洗って一度湯船に入るんだけど、暖かい時期はそれを省略。まずはピカピカに洗い上げてから、そのあとゆっくりするの。
その後、前屈みになってシャンプーを洗い流していたから、気付かなかった。後ろの入り口が開いたこと。 「……うぎゃあっ!」 思わず、大声で叫んでしまった。やだなあ、お風呂は声が響くのに……って、なっ、何っ!? 「ちょっ、ちょっとぉっ! 沖くんっ!? やだあ、先にはいりたかったんならそう言ってよ〜っ!」 うわ、ちょっと待って! シャンプーを綺麗に流すまでは動けないじゃないの……! いつの間にか、沖くんが、裸になって背後にいるの。で、お尻が後ろからつるんと撫でられて、さっきの悲鳴。 えええっ、だって、呑んで来た日って入らないで寝ちゃったり、シャワーだけにしたりするじゃない。心臓に負担が掛かるからって。今夜もそのつもりじゃなかったの? 「いいじゃない、どうせ広めに造った風呂なんだし。う〜ん、いいアングルだなあ……」 そんなことを言いつつ、せわしなくはい回る指先。お尻の割れ目から中に差し込まれて、私の敏感に反応する場所を探し出す。 「駄目ってばっ、何してるのよっ! ……くっ、……ふぅん……!」 「はい、もういいでしょ。さ、起きあがって」 一頻り楽しんだあと、シャワーのコックを閉めて。沖くんは、私の上半身を後ろから抱き上げる。背後から抱きつかれた姿勢だ。 「疲れた奥様を隅々まで綺麗に洗って差し上げましょう。……たまにはサービスしないとね〜」 しゃごしゃご。あかすりタオルを思い切り泡立てて。 沖くんは雪だるまが作れるんじゃないかって思うくらい、あぶくを立てるのが好き。だからおろした石けんがあっという間に小さくなる。不経済だからやめてって言うのに、これだけは譲れないって言う。まあ、私のシャンプーと同じようなものかな。ささやかな贅沢、よね。 「え〜、いいよ。疲れてるのは沖くんの方でしょ……?」 そうは言うんだけど、お願いしちゃおうかなって気分になる。誰かに背中を洗って貰うって気持ちいいよね。自分じゃあ絶対に出来ない力のいれ具合だもん。それだけで、ぼーっと幸せな気持ちになっちゃう。 でも、それだけで済まないのが沖くんなの。泡だらけのタオルは少しとげとげの刺激を肌に滑らせながら、今度は脇から前の方にやってくる。左手は何も持ってないのに、泡をすくい上げて胸元になでつけるの。母乳マッサージみたいに丹念に周りから、中心へ。その手つきはもう熟練技。 ……うん、そうなのよね。東吾にはしらばっくれてしまったけど、こうしてふたりでお風呂にはいることは時々ある。家族が多いから広めにしたお風呂、大人がふたりで洗い場に座っても狭くないの。冬なんて、広すぎてすぐに冷めちゃうから、どんどん入った方がいいしね。 いつもだったら、恥ずかしくて嫌だなと思うことも、何故か裸になるのが当たり前のお風呂だと抵抗ないの。何か、大胆になっていくみたいで、嫌。沖くんは、たまに言うのよ、私の足を大きく左右に広げて。 「ここに鏡があるといいのになあ……」 ラブホじゃあるまいし、冗談じゃないわって思う。自分がこんな風にされる姿を見て、楽しいわけないじゃない。もう、悪趣味なんだから……! 「……ちょっ、ちょっとぉっ……、いやぁ……!」 ぴくぴくって、身体にしびれが走ってく。後ろの沖くんはすごく嬉しそう。滑らかに塗りたくられるしゃぼんの泡。肩から胸、それからおなかを通り過ぎて、太股を執拗に撫で回す。 「ふふふ、気持ちいいでしょう。どうかな、さっきより濡れてきたかな……梨緒はすごいんだもんな、いつも感じまくるから」 シャワーのコックを開いて、私の身体に勢いよく水飛沫が飛んでくる。だけど、沖くんてば、まだ終わらない。右手で胸のてっぺんをつまみ上げてくりくりしながら、そこに強い水流をあてる。ふたつの刺激が一度にやって来て、私の背中がのけぞっていく。でも、後ろはしっかりガードされていて、逃げることも出来ないの。 中の方を繰り返しかき混ぜられて、敏感な部分に角度を変えながらシャワーを掛けられて、もう、それだけで駄目。軽くのぼりつめてしまう。自分が許せないと思いつつ、沖くんのなすがままだ。 「ふっ……ふう……」 溜まっていた息を吐く。……もう。お風呂でゆっくりするどころか、逆に疲労が溜まった感じ。ついでにタイルの上に直接座ってたからお尻が痛い。ひどいよ、もう。ピンク色に上気した肩先の雫を、沖くんはぺろんと舐めた。 「さ……、次は交代。洗って貰おうかな……?」 振り向いたら。隠すもののないその部分がもう準備万端になっていて、私に向かってぴくぴくっとしてる。あぐらをかいた足の上に、乗っかってるのはいつもは見ることのない部分。男の人のって、何度見ても不思議。私はしゃぼんを手のひらに乗せると、堅くなったそこをゆっくりと撫でた。 正直言って、未だに抵抗のある行為だ。沖くんはとっても好きみたいだけど、私は出来ることならこの部分はすっ飛ばしてくれないかなって、いつも思う。だけど、仕方ないよな〜、先にして貰っちゃったし。 「実はさ、今夜は少し飲み過ぎちゃって。そしたら、もう性欲ビンビンでどうしようかと思ったんだ。梨緒が起きていてくれて、良かったよ」 まあ、お風呂だと、滑らかに手が動いてやりやすい。一度そう言ったら「ローションとか付けてやるのもあるでしょ?」何て答えが返ってきた。だから、知らないんだって。私は沖くんだけなのよ。専用のそんな、ぬるぬるするのが、あるの……? 「くうっ……、いいよ〜!」 なんて呻きつつ、後ろに手をついて思い切りのけぞってる。もうっ、ここをどこだと思ってるの? ソープかなんかと勘違いしてません!? 30分いくらの看板を入り口に付けちゃおうかしら? 今度は背後に回って、まずは背中をごしごしして。それから後ろから手を回してみる。胸がぴとーっと背中に貼り付くの、ちょっとは感じる? えへへ、いやらしいかな……? 「ああ、そうか……」 半分、恍惚の人になりながら、沖くんが呟く。 「東吾の言ったのって、こういうことなんだろうな。風呂なら、裸だし、すぐにいれられるとか思ったのかな……自分なりに、どういう風にするのかって、悩んだのかも知れないよ」 「そう……ねえ……」 お風呂で最後までするのは余りないんだけど。だから、本当は違うところでわざわざ裸になったりするんだけど。そんなの小学生には分からないんだろうな。きっと、純粋に、子作りのためにセックスするんだって信じてるんだ。……そんなのって、いつまでなんだろう。 「男の人って、いつからこんなに大人みたいに大きくなるの……?」 この前、お風呂上がりの東吾を見ちゃった。でも、まだちっちゃくて、とってもえっちが出来るようなシロモノじゃなかったよ。子供が親のセックスシーンを想像したくないように、親だって我が子のことなんて思い浮かべたくない。だけど……沖くんにそっくりな東吾。だんだん逞しくなってきて。きっといつか彼女とか作ったりするんだろうなって思う。 「うーん、確かねえ……」 もういいよ、ありがとうって。沖くんが私の手を外す。そして、シャワーのコックを自分で開けて、身体の泡を洗い流した。 「男の子は155センチを越えると、急に大人っぽく様変わりするようだよ。身体の成長とかもそれに伴うらしい――中学生くらいかな? 女の子はそうじゃないみたいだけどね」 「へえ……、そうなんだぁ」 知らなかったわ。きっとそしたら、すね毛が生えたりとか、声が変わったりとか始まるのかな? 東吾は今、140センチをちょっと過ぎたくらい。これからは1年にびゅんびゅんと伸びる時期だよね。Xデーもそう遠くないか。
「……んじゃ、ごゆっくり。俺はもう出るわ、何かクラクラしてきた」 湯船には入らずに、だんな様はお風呂をあとにした。
◇◇◇
身支度を整えて居間に戻ったら、扇風機に当たっていた沖くんが振り返った。 うわぁ、準備万端ですか。畳の上にきちんと「それ」様のラグマットを敷いてある。子供たちが雑魚寝してる二階の寝室は狭いから、最近はいつもここでしてたりするのよね。 一度は着込んだTシャツとトランクスをばさばさっと脱ぎ捨てて。石けんの香りをぷんぷんさせただんな様が、にやりと笑う。 「え〜〜〜、やだぁ。自分でなんて」 何を今更、と言われそうだけど。ここは乙女の恥じらいよ。なんかね〜脱がせて貰うのが好きなんだ。これもえっちへのステップだよ。一枚一枚、頼りない布を剥がれて、いつの間にか何も付けてない身体になる。沖くんはくすっと喉の奥で笑うと、そのままラグの上に私を押し倒した。 股の内側をさすられて、開け開けって呪文をかけられてるみたいよ。絡みついてくる下半身。 「くぅ……んっ……」 うわ、いきなり。そのまんまいれちゃうの? それって、まるで教材ビデオみたいじゃない。でもお風呂で存分にほぐされた身体は、異物の侵入にむしろ喜んでいるみたい。内壁がひくついてるのが自分でも分かって、すごく恥ずかしい。こういうのって、きっと男性側はもっとダイレクトに気付くよね。 「あったかいよ、梨緒」 こんな風に、身体と身体が呼び合って、共鳴し合って。ひとりじゃ生み出せない快感をお互いにもたらす。セックスは愛情と信頼を伴って行われるものだと教えるらしいけど、そんな小難しい単語じゃないんだよね。この人と一緒にいたいという気持ち、同じくらい幸せになりたいという気持ち。それがひとつに溶け合って、親密な時間を作り出す。 子供が欲しくて、セックスした訳じゃなくて。子供は「親密な語らい」の副産物だったんだよなあ……とか言ったら、グレるかな? 盛り上がった肩先が、逞しくて好きだな。腕の付け根のほくろも今日はばっちり見える。シャツの袖の部分を境にして、肌の色が違う。これも夏だけのお楽しみ。そっと指で辿ると、何と受け取ったのか沖くんが胸元に入り込んで、ふくらみの頂きにちゅっと吸い付いた。
◇◇◇
お風呂の湯気の中、お互いにぼかしのフィルターがかかって、いつもよりも素敵に見えるかな。しゃぼんの香りが、もうひとつのときめきを添えて。 ――泡が消えるよりも長く、きっと愛してる。
おしまいです。(20040706) Novel Index>音楽シリーズTop>しゃぼん色の秘密 ……***……***……***……***……***……***……***……***…… 「結婚して、一番最初にしたことは何だろう?」東吾の質問を友人にしたら、「婚姻届を出しに行った!」――確かに。 |
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