東吾もいよいよ6年生、立派に成長しました……??
「――僕、告白したから」 おいおい、一体何を言い出すんだ……? フライパンを片手に血相変えて夕食の準備をしていた私は、あまりの一言に振り向いてしまった。 ダイニングテーブルに座っていたのは、今年小学校の最高学年・6年生になった長男の東吾(とうご)。それからひとつ年下の5年生・西乃(にしの)と3年生の南砂(なさ)だった。あとこの下にもうふたりいるわけだけど、彼らは夕方のTVアニメに夢中。東吾はサッカー部、西乃はミニバス部に所属してて、今さっき戻ってきたところだ。 「えーっ! すごーい、お兄ちゃんっ! どうしたの、どうやったのっ!?」 すぐに身を乗り出したのは、ど真ん中っ子の南砂。この子はすごいお姉ちゃん子だから、いつでも西乃の後をくっついて回っている。さっきまではチビたちとアニメだったのに、お姉ちゃんがご帰還したと知った途端に食べ残したおやつの器を手に戻ってきた。 「放課後、体育館の裏に呼び出してさーっ……」 ――ちょっと待て。それじゃあ、二昔前のツッパリ(死語)のケンカみたいじゃないの。何故、イマドキ体育館の裏? もうちょっと格好良く決めないと、オシャレじゃないよなあ……。いや、そんな大人のコメントをしては良くないか。何しろ、初告白なんだし。 「『好きです、付き合ってください』って、言ったんだ。もうドキドキしてさ、身体が震えっぱなしだったよっ!」 ひーっ! でたぁ! ……すごいぞ。そうかー、今でもそんなストレートなのありなのか。もうちょっと探りを入れるとか、そう言うんじゃなくて? 何か短絡的だなあ、大丈夫かしら。 「……で、どうだったのよ?」 プリンをひと匙ずつ口に運びながら、西乃はどこまでも冷静に訊ねている。あまり興味も関心もないんだけど、一応聞いてやるかと言うようなリアクションがすごいなあと思った。娘はここにいるふたりだけだけど、全然タイプが違うんだもの。 「えー? 『今は友達でいましょう』だって。でも、あくまでも『今は』だからな、これから始まるってことだから……! ああ、可愛かったなーっ、小池さんっ! もう最高っ!」 ――違う、違う、絶対に違う。 本当にそう突っ込みたかったけど、どうしても出来ない。必死で背中からオーラを漂わせる母に、息子は全く気付かないのが何とも。でも、そうでしょ? それって、絶対に断りの常套句。「あんたなんて趣味じゃないのよ」とは言えないもん、仕方ないじゃない。 「小池……?」 西乃の言葉に、東吾が振り向く。 「うんうんっ、小池美奈ちゃんっ! そう言えば、ミニバス部のエースなんだって言ってたよなあ。そうかあ、西乃も知ってるのかっ!」 じゃあ、先にシャワー使ってくる! と元気よく彼は部屋を出て行く。その後も静かにプリンを食べ続けていた西乃、空になったお皿を手に立ち上がった。 「エースって……、あの人そんなに真面目に出てきてないけど? 部長とかでもないし。ふーん、でもそうかぁ……」 ごちそうさま、と流しにお皿を置いて。何度も首をかしげながら部屋を出て行く。ついこの間までは赤ちゃん体型だと思ってたのに、いつの間にかすっかりお姉ちゃんになってるからびっくり。今まで伸ばしていた髪を、最近自分から進んでショートに変えた。それも、私の行きつけの美容院で。1000円カットでも構わないと思ったのに、それじゃあ気に入らないんだって。 2学年年下の南砂はまだまだオコサマっぽいけど、今にお姉ちゃんの真似をするようになるんだろうな。この頃だんだん扱いが難しくなってきたし。娘、と言うよりは、友達に接する時みたいな緊張感があるよ。下手なことを言うと、すぐに突っ込まれるし。噂通り、女の子って大変だあって思う今日この頃。
……でもなあ、東吾が? あっちはまだまだ、犬ころみたいにしてると思ってたのに。 何か、ピンと来ない。今日はエイプリルフールだったかしらと、カレンダーを確認しちゃったわ。違う違う、もう夏休み間近だもん。全く、何なんだろうなあ……。
◇◇◇
その夜、子供たちが寝静まった後にようやく戻ってきた沖くんは、予想通りの派手なリアクションをしてくれた。夜の10時に晩ご飯。寝る3時間前は飲食しない方がいいなんて言ったって、仕方のないことなのよね。 「男って……、まだ声変わりもしてないですけど。どう見ても、子供よ?」 わかめとじゃがいものおみそ汁を差し出しながら、私はぽつりと言う。そうなの、それが私の本音。そりゃ、話には聞いているわ。早い子だと小学校の5年生くらいでも付き合ってるって。でも、そんなのすごい特殊な例だと信じてたし、ボールが友達で毎日どろどろになってる東吾がまさかと思ったのよ。 「いやいや、感心だよ。俺、シャイな子供だったから、告白なんて全然だったし。東吾は頼もしくていいことだよ、ああ、めでたいめでたいっ!」 うわああっ、また一気にビールを飲み干してる! この分じゃ、今夜も晩ご飯の後にそのまま寝ちゃいそうね。食っちゃ寝は太るよーって思うけど、……ま、仕方ないか。 何となく、カレンダーを見上げる。先月生理が終わってから、一度しかしてない。お疲れモードのだんな様の隣でそんな不謹慎なことを考えてた。
◇◇◇
週末、いつものサッカークラブに東吾を送っていくと、同じクラスのママさんに早速引き留められてしまった。 「すごいわよね、自分から告るなんてさ。ウチの息子もそれくらい頑張って欲しいものだわーっ!」 ……頑張りゃ、いいものでもない気もするんだけど。そう心の中で呟きつつも、ちょっと立ち話をしてみようかなと言う気になった。 平日は家事にパートにと髪を振り乱して必死に頑張ってる。沖くんは今の時期、ほとんど子供たちと顔を合わせることもないから、私はひとりで父親と母親の両方をやらなくちゃならないんだ。 子供の習い事って、送り迎えとかがとても面倒。でも、やっぱり何かやらせないと週休2日制のやりくりが出来ないし、それに色々とメリットもあったりする。そのひとつが、こういう場での情報交換。どこにでもいるのよね、ひときわ耳のいいママさんが。下手をするとこっちの情報も筒抜けになっちゃうから要注意なんだけど、神殿の日常がかいま見られるってことですごく助かってる。 「そう言う悟くんだって、すごいでしょ? どうなの、噂の彼女とのその後は」 こういう付き合いが長くなってくれば、こちらも心得たもの。あっという間に相手の方に話を振ってしまう。……でも、どういうこと? 東吾の話がもうこんなに広まってるなんて。私が聞かされたのだって、2日前だよ。いくら情報化社会だとは言っても、早すぎるよ。 「えー、相変わらずよ。毎日電話は掛かってくるし、土日はどこかに出掛けてるし……もういい加減にしてくれって感じよねえ。宿題とか溜まっちゃってこっちはキレちゃうわ」 東吾と仲の良い同じクラスの悟くん。彼に彼女が出来たと聞いたのはバレンタインのあとくらいだった。今年のバレンタインはすごかったのよ、東吾も6個もチョコを貰ってきたわ。でも、全部「友チョコだからね」とわざわざカードに書いてある。聞くところによると担任の先生が「バレンタインにチョコを持ってきたかったら、クラス全員の男子に配りなさい」と言ったらしい。 「何か、ウチのクラスは特別すごいみたいよ? どうも仲人さんみたいに、くっつけ役の女の子がいるらしいの。その子があちこち仲介するから、今では何組のカップルがいるか分からないみたいよ。担任の先生も驚いてるみたい」 へええ、そうだったんだ。そりゃ、確かにすごい。世の中にはびこる「仲人おばちゃん」の予備軍はもう小学生の頃から形成されてるのか。私はああいう立場はどうも苦手で絶対に出来ないなと思うけど、息子と同い年の女の子が頑張っちゃってるなんて、すごすぎ。尊敬しちゃうわ。 「ふふ、でもね。ウチの悟はすごいの。本命チョコひとつじゃなかったんだよ。付き合ってる彼女の他にも電話が掛かってきてねー……」 ――どうも、悟くんのママ。東吾が告った相手の名前までは知らなかったらしい。その後、私は顔に笑顔を貼り付けたまま、聞かなければ良かった話に耳を傾ける羽目になった。
◇◇◇
ようやくギリギリで通知票をつけ終わったらしい沖くん。明日の日曜は早朝から地元の自治体が主催の地引き網大会の手伝いに呼ばれているから、今夜は早めの帰宅だ。久々に家族全員でご飯を食べて、下のふたりをお風呂に入れてくれる。いつもよりは楽なはずだったのに、私の心は沈んだままだった。晩ご飯だって、ほとんど食べてない。もう食欲なんて全然だったもん。 スポーツニュースを観ながら、お風呂上がりにもう一本ビールを開けてる。ついでにおつまみの柿の種まで出してくるから、ちょっとなあと思った。でも、あんまり文句は言えないしね。ああ、私も一本開けちゃおうかなあ……。 「東吾も何か機嫌悪かったし。何だあいつ、春が来たんじゃなかったのか?」 ぐびぐびって、こんなじゃもう一本行きそうだ。いいのかなー、おなか出るよ? 明日も手伝いの後はご苦労さん会があるんでしょ。これくらいでやめといたほうが、良くないかなあ。 「うーん、何かさ。告ったことが、すごく広まっちゃったらしいの。かなり落ち込んでるみたい」
……ま、話を聞けば仕方ないかなと思うのよ。 ただでさえ、東吾は考えなしだったと思う。普通、当たって砕けろの告白を学年の途中にしないでしょ? だって、上手く話がまとまらなかったらそのあとずーっとお互いが気まずいんだよ。相手の女の子とは中学校が別々だって言う話だし、どうして3月まで我慢出来なかったんだろう。そこが小学生らしいと言えばそうなんだけど、我が子としては情けない。 それに、なのだ。 東吾の様子を変に思ったクラスメイトが「どうしたのか」と聞いてきたらしい。そこであいつもよせばいいのに「誰にも話さないから」という言葉を信じて、正直に白状しちゃったらしいのね。そしたら、もう翌日にはクラスどころか学年中に広まっていて唖然としたそうだ。問いただしたところで後の祭り、まあ痛い授業料だったと思えばいいというところ? 西乃と南砂には「絶対、好きな人のことを誰にも話さないしよー。お兄ちゃんみたいになったら、大変だもんね」何て言われて身も蓋もない。ああ、兄の面目丸つぶれね。
「相手の女の子、他に好きな人がいるらしいのよ。で、東吾は振られちゃったの。……でもね、そしたら『お前の好きな子を脇から横取りしたりはしないから』って、言われたらしいのね」 情けないことに、東吾はその言葉に感激したのだという。男の子はあれくらいの年齢になると親に本当のことを話さない子の方が多いから、悟くんのママも知らなかったんだ。小池さん、泣きながら電話してきたって。「私が好きなのは悟くんだから、誤解しないで」って。東吾としては、悟くんにはちゃんと彼女がいるし、あとは小池さんの気持ち次第だと信じてるみたいなのよね。 ……でも、それは絶対に違う。小池さんはどこまでも悟くんが好きなんだ。だったら、いくら悟くんが振り向いてくれなくたって、すぐに東吾に乗り換えられるわけない。そもそも親の私から見ても、悟くんと東吾じゃあまりにキャラが違う。寡黙で落ち着いた雰囲気の優等生タイプの悟くんが好みの小池さんが、クラスのムードメーカーと言われてる東吾を恋愛対象には出来ないだろう。 分かってる、……それはすごく分かるんだ。でも、口惜しいの。すごく、口惜しいの。 悟くんのママに話を聞いてたときは、必死で堪えていた。だけど、いつ爆発しちゃうか、自分でも分からないくらいぎりぎりの感じだったわ。 「東吾じゃ駄目って、そう言われてるみたいで。だって、……東吾だって、いい子なのに。そりゃ、悟くんに比べたら頭も良くないし、サッカーだってイマイチかも知れない。でもでも、東吾の良さだって分かって欲しいと思うの。……だって」 沖くんがびっくりした顔でこっちを見てる。そりゃそうだろう、だって私泣いてるんだもん。何で涙なんて出てくるのか分からない。でも、すごく悲しい気分だ。 「東吾、沖くんにそっくりだもん。……なのに東吾じゃ駄目って言われたら、何か自分の気持ちまで否定されてるみたいだよ。私、沖くんのことすごく好きなのに、誰にも負けないくらい素敵だなって思うのに、どうして分かってもらえないんだろう。……何か、色々考えたら、頭がごちゃごちゃになっちゃった」 自分でも分かってる、言ってることが支離滅裂だって。でも、仕方ないじゃない。 こんなんじゃ、東吾の中にある沖くんまで「駄目だよ」って言われた気分になっちゃうの。年甲斐もなく何言ってるんだって感じよね、それは分かってるのよ。でも、沖くんと出会ってから今日までずっと大切に温めてきた大好きの気持ち、絶対に嘘じゃない。親のエゴだって言われそうだけど、東吾の良さにも気付いてって叫びたい気分。 「……馬鹿だなー、何でそんなことで泣くんだよ?」 涙でぼやけた沖くんの笑顔。お風呂上がりで肩から掛けたバスタオル、何度も涙を拭うのに、全然止まらないよ。 「ばっ、……馬鹿なのは分かってるもん……!」 ぐしぐしって、目元を拭っていたら。何だかTVのボリュームが少し大きくなったみたい。よ、夜中なのにヤバイよって顔を上げたら、すぐ側に沖くんの顔があった。 「え……?」 人が落ち込んでるっていうのに、何でこんなに嬉しそうな顔してるの? そうだよ、自分の息子が認められなかったのに、そんな落ち着いていられるって変だよ。 「そんな風に嬉しいことを言ってくれる奥さんには、とびきりのご褒美をあげないと、だよね?」
熱い吐息がひりひりの目元に落ちて。気が付いたらラグマットの上に仰向けに押し倒されていた。え、……えええっ!? ちょっと待ってよ、何でそうなるのよっ! レモンの香りのボディーシャンプー。デオドラント効果があるって書いてあるから、ついつい使っちゃう。沖くんの腕からも同じ香りがして、ぽとぽとと髪から落ちるしずくもいつもの匂い。パジャマのズボンとパンツを一緒にはぎ取られて、どうしようもないほど恥ずかしい格好だ。 「やっ、やあっ……! それっ、やめて……!」 くにくにって、いつもながらに艶めかしい指使い。どんな風にすると私が感じちゃうのか、全部分かってる。口惜しいなって思う、この人は私のこと全部分かるんだもん。奥の方、ぴぴって身体が反っくり返って反応しちゃう部分、沖くんの長い指ならそこに届く。 「やめて、じゃないだろ? すごく感じてる、ここはもっともっとって言ってるぞ?」 嘘だあ、そんなのっ。沖くんが勝手にそう思ってるだけでしょ? そんなに広げないでよ、元に戻らなくなったらどうするの。やだもう、頭の裏側の方がどんどんしびれてくる……! 「ほら、こっちも待ちきれないって。……少し下がってくれる?」 沖くんは足を伸ばして座った状態。何かこのまますると、おなかの上の方をたくさんさすられるような気がする。股を両脇から抱えられて、私の腰が自分の意志に関係なく行ったり来たりする。そのたびに新しい波が起きて、振り回される頭から余計な思考が全部流れ出て行くの。もう何も考えられなくなるまで。 「可愛いな、梨緒。我慢しないで、イクならイっていいんだからな? ほらっ……!」 その瞬間って、いつも身体がふわっと浮きあがる。ここがどこなのか、今がいつなのか、そんなことすら分からなくなって。そして、残るのは「大好き」の気持ち。 「……あっ……!」 一番奥に、沖くんのが当たる。心ごと全部隙間なく重なったみたいに思える、至福の一瞬。声にならない呻きを上げて、汗だくの身体が私の上に崩れ落ちてきた。
◇◇◇
もう一度、シャワー浴びてくるわって。沖くんがとんでもない格好のままで立ち上がる。うわあ、お風呂場以外の場所でそんなふうにされると、目のやり場に困るでしょうが! 恥ずかしくて目をそらしたら、沖くん、柱のところでもう一度立ち止まる。 「楽しみだなー、その時には俺が女の正しい選び方を教えてやろうか。俺の目利きが確かなのは、実証済みだから」 自分の台詞に、くすっと笑って。私の最愛のだんな様は、そのままバスルームへと消えていった。
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