その後の前川家の日常、夏休みはやっぱりサバイバル!?
クーラーが壊れた。 それは八月の半ば、子供たちの夏休みがまだ二週間以上残っているときに起こった我が家の大事件だった。多分、連日の熱さで酷使しすぎたのが原因だと思う。何しろ「自然体に生きよう」がモットーの沖くん(ダンナ)の一声で、リビング兼ダイニングに一台だけ設置されていた文明の利器。
「かーちゃん、コーラ飲みたいっ!」 ……あああ、暑い。この暑い中で、変声期前な金切り声の二連発はかなり堪える。 次男の北斗(ほくと)は小学六年生で末っ子の央太(おうた)も五年生。ふたりまとめてチビ助だと思っていたのに、知らないうちにどんどん育ってた。小学校も高学年になれば、部活動や各種お稽古ごとが本格的になる。もちろん勉強だってそれなりにやらなくちゃで、CMでもおなじみの通信教育をやってる。五人分だよ、いくら児童手当が出てもやりきれない感じ。 「だ〜めっ! そんなものは我が家にはありません。ポットの麦茶を飲みなさい、氷は一度に二個までだからね」 ちなみに冷蔵庫の開け閉めも電力消費に拍車を掛けるので、朝晩煮出してる麦茶は保冷ポットに入れてテーブルの上に置いてる。雑誌で見つけた節約技だけど、これってなかなかいい感じよ。 「「え〜っ、かーちゃんのケチ! オレたちも兄ちゃんみたいに炭酸がいい!!」」 うわー、美しくハモってたりして。さすがは年子、息もぴったりね。……とか何とか、感心している場合じゃない。あー、兄貴のことを引き合いに出されたか。面倒だなあ。そりゃ、部屋に空のペットボトルがいくつも落ちていたら、気になるだろうとは思うけど。 「あのね、お兄ちゃんは自分のお小遣いで買ってくるからいいの。そんなに欲しかったら、あんたたちも自分のお金で買いなさい」 ぶうっとむくれるふたつの顔。学年に2を足して、そこに100をかけたお小遣いじゃどうにもならないよね。いいとこ、駄菓子屋で十円二十円のおやつを買うくらいしか出来ないと思う。 こんな風にちょっと言い合っただけで、汗だらだら。でも安易にシャワーを浴びればガス代が水道代がすごいことになっちゃう。この頃では子供を五人揃えてのお出かけも減ったけど、その分個々の出費は鰻登りよ。 「ねえねえ、おかーさん。マツキヨ行こうよ、化粧水なくなちゃった」 チビッコ怪獣たちと本気で付き合っていたら、今度は女の子たちが連れだってやって来た。 「え〜っ、ちょっと待ってよ! 今月はもう使いすぎ! 特に西乃は無理。部活の打ち上げに三回も行ってるでしょう? それだけで赤字だよっ」 いくら必要経費と行っても、モノには限界がある。言われるがまま欲しがるままに買ってたら、お金なんていくらあっても足りないでしょ? そこで我が家は洋服とか下着とか個人的に使うシャンプーとか、そういうものを全部ひっくるめて子供ひとりにつき一ヶ月一万円で予算を立てている。それでもう五万円。実際はなかなか予算内に収まらないけどね、特に西乃。 「いいじゃん、受験生だって息抜きが必要なんだからっ! あ、それから今度の日曜、カオルの家でバーベキューになった。割り勘なんだって、よろしくね♪」 あああ、何よそれ。勝手に決めて来るんだからっ! その上、そんな話を聞いたら最後、黙ってないのが他のメンバー。口々に文句を言い出して、収拾が付かなくなる。 「も〜っ! 私、夕ご飯の買い物に行ってくるっ! 誰も付いて来ちゃ駄目だからね!」 こうなったら、思い切り涼んでこよう。だけど、その行き先が近所のスーパーマーケットって言うのが悲しいけど。だって、あそこって滅茶苦茶クーラーきいてるんだもの。特に生鮮食料品売り場の辺りは生き返るわ。ひとつ難点を言えばやたらと知り合いに遭遇することだけど、そればっかりはしょうがない。子供が五人いると知り合いも五倍だから。 ばたばたばたと、廊下を突っ切ったところでポケットの中の携帯が鳴り出す。メールだ、何だろう。沖くんかな? また呑んでくるとか言い出すんじゃないだろうなあ……。 『母へ、今夜アキノリの家に泊まる。OK?』 まった〜! 止めろって言うのに、直接人の顔を見ずに話を終了させようとする長男。この春高校に進学した東吾(とうご)はせっかく入ったバトミントン部も二ヶ月で辞めてしまい、暇を持て余してる。だけどねー、高校生にもなってカードゲームは止めようよっ。お小遣いのほとんどをつぎ込んでたりして、手が付けられない。 夏休み、子供たちとの距離が縮まると同時に疲労度も急上昇。家の中も頭の中もごっちゃごちゃ。財布の中はレシートばかりで、すっからかん。頼みの綱のパートも仕事を増やしてもらえるどころか、逆に減らされちゃった。 「前川さん、夏休みは大変でしょう? 学生バイトを雇うことにしたから、手が足りないときだけ助っ人に来て」 あれって、絶対学生の方がバイト料安いからだと思う。まあ、首にされないだけ良かったかもだけどね。去年に引き続き今年も受験生を抱えて、この冬をどうやって乗り切ろうか不安でたまらない状態なのよ。うーん、やっぱり掛け持ちで別の仕事も探さなくちゃ駄目かなー。だけどそれも物理的に無理っぽい。まず書類選考で落とされそうだよ。 ……東吾、夏休みだけバイトさせようと思ったら、思い切り赤点取ってくるし。校則で成績不良者はバイト禁止なんだよ。その上、毎日遊んでるし。あれじゃ、二学期も心配だわ。 まったくもうっ! クーラーだけじゃなくて、私も壊れちゃいそうよ。本当に今に煙がモクモク出て、火が噴き出すわ。
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……あのね、笑うところじゃないから。そう突っ込みたくても、すでに言い返す気力すら残ってない。 子供たちは夏休み、学校も夏休み。だけど、沖くんは相変わらず仕事三昧。部活の顧問もしているから、ほとんど休みなしの状態なの。土日も地元のサッカーチームでボランティアのコーチしているし。ま、そこには今はウチのチビッコふたりも在籍しているから少しは協力しなくちゃだけどね。 あわあわのビール、美味しそうだな。でも、今からご相伴したら絶対に脂肪になっちゃう。子持ち主婦は日中ももちろん忙しいけど、夜だって楽じゃない。あちこちお稽古ごとや塾の送迎があって、一週間車を出しっぱなしなの。一度にふたり三人と時間が重なることもあるから、もう大変。沖くんは毎晩、帰宅が九時過ぎ十時過ぎで役に立たないし。 「ふーん、それで東吾はまた泊まり? 全く困った奴だなあ、大丈夫かよ」 高校生って、こんなにお泊まり頻繁でいいものなのかなあ。よその家ばかりにお世話になるのも気が引けるけど、我が家は受験生がいるし。それに東吾はチビッコふたりと部屋が一緒でしょう? とても友人を泊めるスペースはないわ。もちろん、それでも来年はどうにかしようって思ってるけどね。 「心配してるなら、ちゃんと向き合って話し合いなよ? 親子でしょ」 そうは言ってもなあ、年頃の男の子はみんなそうなのかも知れないけど、ここんとこ東吾は沖くんを意識的に避けている気がする。やっぱりサッカー部のことが尾を引いてるかな? でもそれだけじゃないよね。ちっちゃい頃はあんなに仲良しのふたりだったのに、どうしちゃったんだろうなと思う。 「うーん、まあそのうちな」 こんな会話をしている間にも、お互い汗だらだら。子供たちがそれぞれ部屋に退散して、やっと夫婦水入らずの時間がやって来たというのに、会話の内容は子供たちのことばっか。ムードも何もあったもんじゃない。 「……んじゃ、シャワー使ってくる」 結局はいくらも会話をしないうちに、沖くんの晩ご飯は終了。空っぽになったひとり分のお皿やコップを片付けながら、私は大きなため息をついた。
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あのお城にはクーラーは付いていたのかなと、考えてみたりする。うーん、それ以前に使用人がたくさんいて食事も掃除も買い物も子供の世話も、面倒なことは全部他人任せで生活できる人たちなんだよね。そうなると、やることと言ったら……ひとつだけ? え〜っ、物語の世界ってなかなかにえっちくさいわね。 ……とか何とか。 皿洗いをしながら何を考えているんだ、自分。全くもって、情けなくなる。それにイマドキ、王子様とお姫様の物語なんて流行らないしね。娘たちの愛読書は、空間の美が素晴らしい「ケータイ小説」ばっかり。あれって、可愛い装丁で内容はすごいね。あらすじだけ読んで、クラクラと目眩がしたもの。 じゃあ、どうしたらいい? バスルームからはシャワーの音が響いてる。あんなに出しっぱなしにしたら、また水道代がかさんじゃう。シャンプーのときには一度と止めてねって言ってるのに。……まあ、あまりうるさく言うのも良くないか。 はああっ、と。もう一度、ため息。
どうしようかなあ、こういうの。止めようかなあ、やっぱり。 生活という歯車の中にがっちり組み込まれてしまった私たち。当たり前の毎日を過ごして、当たり前に年を重ねて。そう言うのって「末永く幸せ」ってことになるの? 取っ替えようのない、ただひとりの大切な人だってこと、どうしたら分かち合うことが出来るんだろう。 手っ取り早くいい感じになれる方法を知っている。だけど、それはひとりじゃ出来ないこと。始めちゃえば簡単なのに、段取りを付けるまでが結構大変。
「……あれ、梨緒?」 突然、目の前のドアが開いて。半開きの隙間から、沖くんがちょっと驚いた顔をしてこっちを見てる。あ、そうか、リンスが切れてたかな? だから取りに来たんだ。私がここにいたこと、全然気づいてなかったみたい。 「あ、ごめん。こっちが新しいのだから、使って」 意識して目をそらして、新しいボトルを手渡す。そのとき、一瞬だけ触れた指先。信じられないくらいドキドキしちゃうのは、私だけかな。 「じゃ、ごゆっくり」 訳もなく洗濯物をかごに入れ直したりして、くるりと背中を向ける。いいや、もう。今夜はこのまま通り過ぎよう。相手の顔色をうかがったり、駆け引きしたり、そう言うのが面倒くさい。あー、こんな風に考えちゃうなんて、すっごく嫌。干上がってるって感じ? 「あ、ちょっと待って」 呼び止められて、無意識に振り向いてた。バスルームから溢れ出すもわもわの蒸気。その中にいる沖くんの全身から、新しい汗がどんどん噴き出してる。 「背中、洗って欲しいんだけど……いいかな?」 やだよ、ってそのまま立ち去ることも出来たのにそうしなかったのは、今この瞬間まで続いてた「もしかしたら」っていう予感があったからなのかも。
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水道代とガス代は確かに気になるけど、本番中はシャワー全開。だって、やたら声や物音が響くんだもの。それでもついつい安易に「お風呂えっち」を選択しちゃうのは、そのあとが楽だからだよね。シャワーでざっと流せるし。 「もうちょっと、……これくらいで大丈夫?」 腰に手を添えられて、少し向きを変える。おしりがほとんど床についてなくて、膝で身体全体を支えている感じ。これじゃ、さすがにバランスが取りきれない感じ。私は両腕を伸ばすと、手のひらを沖くんの肩に乗せた。そうしている間にも、斜め下から何度も揺り動かされる。念入りにお互いを洗い合ったから、身体中がどこもかしこもじんじん疼いてるし。 「あっ、……やぁっ……!」 ひやぁ、そんなに速くしないで。無意識に逃げる腰を、捕まえられて強く引き戻される。背筋を真っ直ぐに突き抜ける刺激に不安定なままの上半身がのけぞって、露わになった胸元に沖くんの唇が吸い付いた。 「……んっ、……んんんっ……!」 苦しいよう、自由に声を出すことも出来ないなんて。あんまり我慢しすぎると、充満する熱気と相まって酸欠になっちゃいそう。身体がいい感じに温められているからなのか、普段よりも感じやすくなっている。限界がすぐそこまで来ていた。 「そろそろ、向きを変えていい? 俺もかなりやばそうだから」 最後はいつも、後ろから。安全日を選んでいるとは言っても、やっぱり心配は心配だし。だから、おしまいに抜き出しやすい体勢を選ぶ。もうちょっとのところでの強制終了は毎回とても切ないけど、背に腹は代えられないってことかな。もちろん、外出しは正しい避妊法じゃないよ。 「……あはぁっ……」 意識してゆっくり入り込んでくるから、背筋がぞわぞわする。後ろからぴったりと寄り添われたままで、ゆっくりと胸を下から持ち上げられる。手のひら全体で大きく揉みほぐしながら、人差し指が一番敏感な先端をつつく。凝り固まってヒリヒリして、私の身体じゃないみたい。そうじゃなくてもこんなにくっついちゃって、すごくすごく恥ずかしいのに。 「……梨緒、すごくいいよ。最高だ」 おなかの奥が、じんと熱くなる。やっぱり、こういうのっていいなと思う瞬間。短絡的なのは分かってる、でも沖くんの一番近くに行ける方法はこれ以外にないから。 「色々、大変だけど頑張ろうな」 短い言葉の中にたくさんの想いが溢れてる。あちこち出っ張ったり、引っ込んだり。そんないびつなかたちだけど、私たちは「家族」。 「うん、そうだね」 背中のぬくもりがほどかれる。私は肘をついた四つんばいの姿勢になって、沖くんの動きを助けた。高く高くその場所まで、たどり着けることを信じて。 同じことを同じ相手と気が遠くなるくらい繰り返して、よく飽きないなって感心する日もあるけど……やっぱりこれって「一番近くで感じる会話」。大切にしなきゃって、思う。
「……沖くん、大好き」 こんな言葉も。どさくさに紛れて、しっかりと伝えられるから。
おしまいです。(20090815) Novel Index>音楽シリーズTop>真夏の夜も、 |
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