TopNovelおとめ☆Top>おとめ☆注意報・22

…22…

 

 身体の真ん中が熱くて熱くて。おなかの奥がふつふつとたぎっている。

 そこからあふれ出すものが思考をひとつの方向に進むように支配し始める。もう……余計なことが考えられないくらいに。身体はとっくに暴走を始めている。人間の身体ってこんな風にすぐに大人になれるんだ。

 

 ……ああ、身体がふわふわ浮いていく。漂っていくシャボン玉の気分。何か、うっとり。熱を帯びた身体が、ぼんやりとしてる。

 

 分かっているのに。朝が来たら、先生とは永遠にさようならをしなくちゃならないこと。今夜一晩だけの「新婚さんごっこ」だってこと。えっちなことなんてしたら、きっともっと辛くなるんだろうな。私、先生のことばかり思い出しちゃうかも知れない。……けど、何もないよりは一度くらい。

 もう――自分が自分で分からないよ。止まらない、「大好き」の気持ちが。

 

「すごいな……これ」

 激しい息づかいに混じって。ごくり、とつばを飲み込む気配が、足元の方から聞こえた気がする。

 ……いつの間に、遠ざかっていたの? 額にひんやりとしたものを感じて、媛子は薄目を開けた。目の前が霞みかかっているみたいだ。

「う〜……?」

 首をちょっと上げてうかがって、びっくりする。だんだんハッキしてくる視界にはとんでもないものが映っていた。

「ひっ……、いやっ! いやぁっ……! 何してるのっ。先生っ、見ないでっ!」

 慌てて腰を引いていた。

 誰にも見せてはいけない場所を一が真面目な顔で覗き込んでいたんだから。それだけじゃない、つんと人差し指で入り口をつつく。観察するみたいに。瞬間、ぴりぴりと泣きたくなるような感覚が体中を駆けめぐった。

「……ぎゃうっ……!」

 ぷつっと水音がして。さらに身体の中に指がねじ込まれた。内蔵をえぐられるような、生々しい感触に鳥肌が立つ。それだけじゃない、ものがはいる訳のない狭い場所にいきなり突っ込まれたから、押し広げられた皮膚の表面がそこら中で張り裂けていった気がする。痛いっ……、気持ち悪いっ……!!

 いっ、いきなり何てことするのっ! どうして、こんな……! いきなり、状況が急変する。今の今まではうっとりと官能的な空間を漂っていたのに、今度はずるずると地の底に引きずり込まれていくみたい。

「せんっ……先生っ! いやぁ、何するのっ! やぁよう〜っ!」

 もっ、もしかしてこれは噂に聞く「変態行為」なんだろうか? どこの穴に指を入れてるのっ、そんな、そんなところに入れちゃ駄目っ! 切れちゃうよ、裂けちゃうよ……っ!

 足をバタバタと動かした。でも力の差は歴然としてる。押さえ込まれたら、もう抵抗したってどう出来るわけない。でもっ、いくら「殿方の好きなように」って、言われたって……ものには限界というものが。こんなの、嫌っ! 絶対に嫌よぉっ!

「せんせ……っ、痛いっ、やめてっ……!」

 必死で訴えるのに。一は、ゆっくりと伸び上がって、泣きじゃくる媛子の鼻先にキスする。ほんのりと口元に笑みさえ浮かべて。こうするのが楽しくて仕方ないと言うように。

 

 ――もしかして、本物の変態っ……!?

 いやん、どうしようっ! 大好きな先生が、実は変な性癖を持っていたなんて。知らないよぉ、嘘でしょっ!? ああん、どうしたらいいんだろう〜〜〜!!

 

「話には聞いていたが、……さすがにきついんだな。もう少し、柔らかく広げないとあとが辛いぞ。頑張れよ、媛。もうちょっとだ……!」

 がっ、頑張るって!? 何を頑張れって言うのよ〜っ!

 パニクっている媛子に対して、一の方はとても冷静だ。どう見ても卑猥としか思えない行為を着実に進めていく。

 さっきよりも、ぐりぐり感が強くなる。より重く感じる異物感。なにっ、何してるのっ……!? 見えないっ……、でも見ろと言われても嫌っ! 想像したくない。

 声にならない叫びが、喉の奥に貼り付く。媛子は一の腕を掴むと、思い切り爪を立てた。そうでもしないとこの痛みとおぞましいほどの嫌悪の感覚に気が狂いそうだ。欲しいって、身体の内側まで探りたいってことだったの、こういうことにも耐えろってことだったのっ……? 嫌っ、嫌よぉっ……! もう、やめてっ!

「うっ……うぐぅ……」

 らぶらぶのえっちシーンとはほど遠い呻きが喉の奥で広がっていく。あまりに力んだから、眉間の辺りがしびれてくる。

 先生は嬉しそうだけど、いつまでこんなことをしてるの? こんなことをして何になるのっ……!? 額を脂汗が流れる。麻酔なしの手術のようだ。もしかしたら、臓器のひとつでもえぐり出されちゃうんじゃないだろうか。まさか先生に限ってそんな。まるでオカルト映画だよ! 観るのもやだけど、されるのはもっと嫌――!!

 

 どれくらい、それが続いたのだろう。

 最初は、抵抗したりわめいたりしていたけど、そのうち、そうするのも面倒くさいほど身体が疲れてぐったりしてきた。でもそんな媛子とは対照的に、一はだんだん息が上がり、身体が熱くなっていく。媛子の中をかき混ぜる指先まで熱を帯びてくるのだ。

「ふっ……ふう」
 筋肉で盛り上がった肩が、辛そうに上下する。ずぼっと下半身の異物感が抜き取られ、静寂が戻った。一瞬の沈黙の後、一が急に何かを思い出したみたいに叫ぶ。

「ちょ、ちょっと。ちょっと待ってろよ、媛。今……探してくるからなっ……!」

 

 真っ裸だから、背中を向けてもお尻の割れ目まで見えてしまう。ぎゃあ、太股から続いてる毛がお尻の半分くらいまで続いてる。体毛ってあんな所にも生えるの? 嘘ぉ……。私には生えてないよっ!?

 何ともロマンチックじゃない状況だ。変だなあ。えっちシーンって、画面がバラ色になって、時々は本物のバラの花が咲いたり花びらが舞い踊ったりして、すごく甘いものじゃなかったのだろうか。嫌いな相手に無理矢理されるならいざ知らず、本当に大好きな相手なら、バラ色なんだ。でもっ……違うじゃない。恥ずかしくて気持ち悪いだけじゃないの。

 

 ――で、「探す」って、……何を?

 

 どこから取り出したのか、懐中電灯を片手に、押入を開けて奥の方をごそごそしてる。じんじんしている身体をベッドの上に投げ出したままその背中を見守ってると、やがて銀色の小箱を手にしてこちらを振り向いた。

 ……ぎゃあ。

 一瞬だけど……一瞬だけど、見たよ。ばっちり。だって、ものすごく存在感があったんだもん。詳しくはとても言えないけど、もこもこの茂みを全部持ち上げるみたいに……ああ、もう駄目。これ以上言わせないでっ……! そして、手にしているもの。

 それは……それは、もしかして!?

「あっ……、ああ、いやぁ。いつか、な。もしものこともあるかと思ってな、買ってはおいたんだがそう言う機会はなかったし。引っ越しの時にしまい込んだきり、忘れていたんだ。さて――こういうのは使用期限があるんだろうか」

 ぴりぴりって、外側のビニールを外してる。ああ、指先が滑るのか、何度も手を拭いながら。こちらの視線に気づいたのだろうか、何も聞かないのに必死で説明しているのがおかしい。銀色の小袋を太い指が引きちぎっていく。そこでいったん手元が止まった。

「わっ、悪いが。少し見ないでくれるか、媛。そう……見つめられると、先生は恥ずかしいぞ」

 

 ――ひっ、ひやぁっ! そっ、そうだよね。

 何しろ頭の中がぼんやりしてるので、反応が鈍くて困る。そうかっ、男の人が準備してるの見てるの恥ずかしいもんね。見てるこっちがこんなに恥ずかしいんだから、見られてる方はもっとだろう。……ああん、馬鹿馬鹿っ! 早く気づきなさいよね……っ!

 のそのそっと寝返りを打って、ついでにタオルケットを頭まで被る。でも……これがまた、一の汗くさい匂いでいっぱいで、クラクラする。その上、背後からかさかさとか、ごそごそとか音がするから妙に気になるし。いやん、何をしてるんだろう〜っ! 何って……何だろうなあ。

 準備、準備……ここまで来たら、やる気なんだろうな。そうだよな、頭の中のネジが取れたままで「いいや、このままえっちしちゃえ!」って気になってるのかな。だいたい、先生の人格も変化してるもん。何かに遠隔操作されてるみたいだよ。私が「生徒」で「商品」だってこと、忘れてるでしょう……?

 んで? これからどうなっちゃうんだろう。でもっ、やだやだっ! 怖いよぉ〜、あれがもっと繰り返されるのは勘弁して欲しい。違うかも、もっとひどいことが待っているのかも。どうしよ、あの調子じゃ……もう止まらないんだろうな。もうっ、身体じゅうの震えが止まらないっ!!!

 

 ――ぎしっ。

 ベッドがきしんで。一が上がってきた気配がする。するすると目の前の布が取り除かれて、やがて不安げな小さな瞳がこちらを伺っているのと遭遇した。

「媛……?」

 声が、頬に触れた指先が震えている。ついでに、手を洗ってハンカチで拭かなかったみたいに濡れていて。

 すごく……すごく怖い。当たり前の、大人なら誰でもすることなのに、どうしてこんなにどきどきするの? 生々しくて、汗くさくて、全然ロマンチックじゃなくて。でも……こうしてふたりだけ、嵐の中。キスしたら、そこから生まれてくる想い。

「そっ、そんなに怯えるな。大丈夫だっ、……先生もどうしていいのか分からないが、一応やり方は知ってるからなっ! そっ、そのくらいは一般常識だから頭に入ってるはずだ」

 ばっと、ふたりの間の布が取り払われて、裸のままでぎゅううっと抱きしめられる。うわあ、胸の間を汗が流れていく。でもって、おなかに……おなかにすごく熱いものが当たっていて、それがとてつもなく怖い。ちょっと身体を動かすと、むくむくって言うし。

 一はふうふうと何度も呼吸を整えて、それから次の行動に入っていく。身体の間に隙間が出来て、あれ、と思った瞬間。媛子は自分の意志とは関係のない部分で思い切り叫んでいた。

「ぎっ……! ぎゃあああっ! 嫌っ、痛いっ! 痛い痛い痛いっ! いやぁ〜〜〜っ!?」

 

 もう、その先はずっとそんな感じで。どこがどうなってどうしたんだかも分からない。

 ただ、両足を、こちらの意志に関係なく左右にぐきっと広げられたと思ったら、固くて太いものが真ん中にずん、と突き刺さってきた。入り口の辺りで、皮膚がぴんと突っ張る。もうこれ以上は広がらない。

 やだっ、嘘でしょ、骨が砕けるよっ! 入るわけないでしょ、手品じゃないんだから〜〜〜っ!?

「たっ、助けてっ! 駄目よぅ〜! 痛くてっ、痛いのっ! 死んじゃうよっ、壊れちゃうよぉっ!」

 ずんずんって、まるで剣道で相手に攻め込んで行くみたいに奥に進んでくる。逃げたくても、こんな風に身体が絡み合ってくっついてたらどうにもならない。

 その上、上になった人はもううっとりしちゃって、ふうふうと息も荒く、夢中になってる。ちょっと動きを止めて、しばし休んで。それでいいのかと思ったら、いきなり動き始める。予告もなしに。

 

 ――ちょっ、ちょっとぉっ! 先生っ……!

 痛いのっ、痛いって言ってるでしょうっ……! うわあああん、こんなの、やあっ……!!!

 

「ひっ、ひぃんっ! うぎゃうっ……!」

 やっ、やり方って何よぉっ! ただ、うおおっ、って腰を振ってるだけじゃないっ! 先生はいいよ、気持ちいいの? でも、こっちはたまらないよぉっ! どうして、先生がやることって、いつもこんなに痛くて苦しいの!? ああんっ、息が、苦しくて息が出来ないっ……!!! 先生の大きすぎるんだよっ、私にはちょっと無理なんだってば……っ!!

 目尻からどんどん涙が溢れてくる。……止まらないよぉ。悲しいとか嬉しいとかじゃなくて、ただ痛みのために泣いている。先生っ! ストップストップ! もうおしまいにしてよ〜っ、死んじゃうよ〜っ!

「うぎゃうっ! ぎゃあっ……んっ!」

 

 広い背中にしがみついて、ひっかいたり叩いたり。でも、全然やめてくれないから、だんだん下半身に感覚がなくなって。

 痛みで頭が朦朧としながら、媛子はとにかく激しすぎる波を数え切れないほど越えていった。

 

***


 ひりひり、じんじん、ひりひり、じんじん。

 バラの花じゃなくて、火花の飛び散る時間を過ごして、ようやく静かな時間が戻ったとき。媛子にあったのは局部的な痛みと聞き取れないくらいかすれた喉と震えの止まらない身体だった。

 

「……だっ、大丈夫か!? 媛」

 大丈夫なんかじゃありません、もう瀕死状態です。

 腰はガクガクするし、体中の関節は痛いし。どこをどうしたらこんな風になっちゃうのか分からないくらい。処女を捧げるって、すごく崇高で美しいものだと信じていたのに、こんな肉弾戦を展開されるなんて……思わなかったよ。

 えっ、えっちって……こんなに重労働だったんだなあ。

 

 綺麗なウエディングドレスをまとって、どこまでも清楚な雰囲気の花嫁さん。そして聖人君子みたいな花婿さん。あのふたりが、その晩、こんな風にベッドを揺らすほどのバトルを繰り広げるなんて……信じない、信じたくない! いやよっ、乙女の夢を打ち砕かないでよ〜っ!!

 だいたい、援交って何よ。こんなのを好きでもない行きずりの、それも脂ぎったおじさんとかと出来るわけないじゃない。いくら何万円もくれたって、そんなのは絶対に嫌、お願いされたって嫌。……もしも好きな人だって、出来ればもうしたくない。今度やったら、最後のネジが飛んで、私本当に分解しちゃうよっ!

 

 声が出ないから「ううう」とうめきで応える。一は分かってるのか分かってないのか「そうか、そうか」何て髪を撫でながら、媛子をぐっと抱き寄せた。だから、そんなに力を入れると、本当にぎしぎしでたまらないんだけど……!

 どくどくと、心臓の音。まだすごい早さで血液を送り出してる。

 先生の身体は疲れ知らずなんだろうか、すぐに再生を始めているみたい。行く気になれば、もう一度出来るのかも。でも……普通の人間はそんなの無理。とにかく、そこら中が痛くて、動きたくない〜っ! そして、身体が重い。すごく――眠い。

 

「ああ……媛っ……!」

 それは一も同じらしい。名前を呼びながら、ふわわあと大きなあくびをした。そして、ぼんやりとした口調で呟く。

「媛……お前、あったかいな。お前の中も、すごく気持ちよかったぞ。――お前、ほんと、いい女だったんだな……」

 

 とろんとして、うわずった声。もしかして、感激してる……の? どうして、私なんかで。

 

 媛子はもう、けだるい感情の中から涙がぶわっと湧いてくるのを止められなかった。こんな場面で泣いたらおかしいのに、先生は願いを叶えてくれたのに。それなのに、どうして、こんな風になるの……?

 

「先生、それ違うよ。女の人はみんなきっと気持ちいいんだよ、――私だけじゃないよ」

 震える唇で、やっとそう告げた。

 

 そうだよ、大丈夫。

 先生がこれから出会う「ただひとりの女性」はもっと素敵だから、安心して。私よりもずっとずっと素敵な人と、思いっきり恋愛してね。約束だよ……?

 

「いや……そうじゃないよ」

 それなのに。一は媛子の言葉を打ち消す。大切そうに、震える身体を腕の中に抱き寄せながら。

「媛だから、気持ちいいんだ」

 

 雨も風も相変わらずに激しい。

 でも……媛子の心の中は、嬉しさと悲しさがせめぎ合って、もっともっと巨大な雨雲を形成していた。心を濡らす雨は、もう永遠に降り止まない。……そう、思った。


つづく♪(040324)

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