TopNovel未来Top>女神サマによろしくっ!・6


…片側の未来☆梨花編… + 6 +

 

 

 どうしたら梨花ちゃんと、このまま一緒にいられるだろう。

 文系の俺が今更、理系に変更するのは無理だ。だいたい、梨花ちゃんの目指す獣医学部に入るのは…ちょっと無謀だし。でもっ、でも。出来るだけ近くに行きたい。まずはきちんと今年は合格しなければ(ハードルの低い目標ではあるが)。

 出会ってほんの数日なのに。俺の頭の中は梨花ちゃんのことでぎゅーぎゅーぱんぱんにいっぱいになっていた。

 まあ、当然だろう。あれだけの可愛い女の子が突然目の前に現れて「彼女になってあげる」なんて言うのだ。これは、ベタなエロゲーよりもずっと芝居じみている。未だに「はいっ! びっくりカメラでした〜っ!」とか言って、突然見知らぬ人間たちに囲まれそうな気がしないでもない。

 ウィークデー…ずっと予備校がひけたあとの「帰り道デート」をしていた。別れ際、梨花ちゃんが「じゃあ、また明日ね」と言うから、何となく続いているのだ。ふたりの関係については俺に主導権は全くない。梨花ちゃんが始めたつき合いだから、何となく彼女に全てを任せていた。 

 

***   ***   ***


「…不思議だね」

 土曜日の講義は半日で終わる。まだ日の高い中、幹線の脇の歩道を歩く。じりじりと照りつける日差しも彼女と一緒に歩けるなら気にならないと言うものだ。俺はこのたった5日の間にかなり日焼けした。

「え…?」

 橋の上から、遙か遠くを見ながら。梨花ちゃんがぽつんと言う。俺は、いきなりのひとことについ聞き返してしまった。彼女は振り返ると、恥ずかしそうにふふっと笑う。

「いつも、学校で、放課後にね。連れだって帰っていくカップルを見ていたの。毎日毎日朝も夕方もすごいとクラスでも一緒にいて、飽きないのかなとかね。他人事ながら、悩んでいたの」

 

 色白で、真っ黒なストレート・ヘア。思わずどっきりしてしまうほど魅力的な女の子。

 梨花ちゃんは一言で言うとそんな子だ。瞳は深く深く導かれるほどで、桜色の唇も、制服の袖から覗いた腕も、本当にこの世のものとは思えないくらい綺麗だ。深窓の姫君、と言った感じなのに、俺の前での彼女はちょっと違う。恥ずかしそうに小首を傾げたり、今みたいにいきなり意外なひとことを呟いたり。

 別に自分から飾っているわけではないのかも知れない。ただ、周囲が梨花ちゃんの外見を見て、勝手にイメージを膨らませているだけ。生身の彼女は本当に可愛らしい女の子なんだ。

「小杉オタク情報」を聞いても、イマイチ信じられなかった。本当に今まで彼女が男っ気なく来たんだろうか? 裏に回れば何かすごいことを…恐るべき2面性があるとか?
 だって、何しろ俺たちの出逢いが尋常ではない。あの場で泣いたりわめいたりされれば、もうちょっと考えようがあったが、あの冷静さ。慣れているとしか思えない。あまりにすんなりと事が運んでしまったため、あのときのことを問いただすきっかけを失ったまんまだ。

 それなのに。

 どうしてこんな風に無邪気に微笑むんだろう。恋人同士の、ほんのちょっとしたことにいちいち感動して、それを言葉にする。イマドキのジョシコーセーはすごいんじゃないのか? こんなに一昔前の少年漫画のヒロインのような子がいていいんだろうか?

 梨花ちゃんは、あれこれと無駄なことを考えて次の台詞が出てこない俺を置いて、さっさと歩き出す。さらさらと流れる髪。暑くないんだろうか? いつも垂らしたまんまで。

 

「でも、こうして、一緒にいるだけで嬉しいんだね。それが恋人なのかも知れない」

 …すごく、簡単なことだったんだ、…なんて。どうしてそんなに綺麗に微笑むんだ? そっ、それは、もしかして、俺といて嬉しいって言いたいのか? 本当の、本当にっ!? 嘘じゃないんだよなあ…。

 ほっぺたを思い切りつねりたくなる。やっぱ、これはかなり異様な光景だ。


 例のインテリ男と遭遇してからと言うもの。口にこそ出さないけど、ちょっと後ろ暗い気持ちを抱いていた。

 あんな風に面と向かってあからさまに言われたことは、最初にも最後にもあれだけだが、その後、ちらりちらりと視線を感じるごとにイヤーな気分になる。いつの間にか、梨花ちゃんと俺が付き合っているのは、予備校中の話題になっていた。梨花ちゃんがそんなに有名人だとは知らなかった。彼女と付き合っていると言うだけで、俺は一気に「時の人」になってしまう。

「おいおい、あの人だろ…?」
 講義の時も列の後ろの方から、コソコソ声がする。

「ええ〜、マジ? 普通じゃん。もうちょっとマシかと思ったのになあ…」

 ――余計なお世話だ。しかも落とした消しゴムを拾う振りをして振り向くと、何と現役生じゃないか。梨花ちゃんの同級生。2歳も年下の奴にそんな風に言われる筋合いはない。お前らと俺では人生の厚みが違うんだ、当然だろっ…とか、言えないよなあ、やっぱ。

 多分、俺だって。超〜美人と付き合っているダサイ男、と言うのが話題になっていたら、つい見に行ってしまうかも知れない。アザラシのタマちゃんでも見に行く感じで。そして、ひと目見て「しょぼい〜」とか言ってそうだ。 

 やだな、どうにかしたい。

 

 幸い、明日の日曜日は模試だ。マークシートの問題で、即日に採点が行われるというもの。選択問題のみだから、ヤマ勘が当たることもあるが、これが結構難しいんだ。しかもパソコンを通じて多くのデーターが取れると言うことから、普通の筆記の模試より大規模で。全国でも自分のレベルが一目で分かる。受験生にとっては今後の進路を占うにも最適だ。

 こうして、毎日鼻の下を伸ばしてテレテレ歩いていたと思うだろう?

  そうじゃないんだよな〜。話の流れで、受験科目のことが出てきたりする。思わず引っかかった過去の問題とか。梨花ちゃんは歴史とか古典のことについてもとても良く理解している。理系なのに、俺よりも出来る。やっぱり頭の造りの差だろうか? 

 ま、受験科目じゃなくても現役生の梨花ちゃんは高校の授業で一通りのことは学習するんだし。それなりに頭に入っているんだろう。卒業して久しい俺は理系科目のこと何て忘却の彼方。だから、彼女は俺に合わせて話をしてくれる。

 講義の講師の話は素通りしても、梨花ちゃんの言葉ならすーっと染みこんでくる。これも愛の力か!?

「立憲政友会の結成は何年か?」とか、「第一次西園寺内閣に関連する事項は何か?」とか…。時には俺が持参している問題集を見ながら問題を出し合ったりして。こんなんでいいのかなと思うくらい青春している気がする。

 ああ、こんな気持ち、長いこと忘れていた。

 現役の頃はまさか、これほどまでに躓くなんて思っていなかったから、もっともっと前向きだった。あの頃のわくわくした気分を思い出す。梨花ちゃんといると、もしかしたら出来るのかな? と言う気分に変わってくるのだ。

 栄進光とは全然レベルの違う千率に通っているって知ってるのに、高校だって山ノ上とはランクがふたつくらい下のところに通っていたって知ってるのに、どうして梨花ちゃんは全然馬鹿にしたり、見下したりと言うところがないんだろう。俺を彼女の澄んだ瞳が見つめてくれると、真っさらの新しい自分になれる気がする。

 ――そう、幸運の女神様。彼女が俺を明るい方向に導いてくれるんだ。

 明日の模試。彼女は現役生だから、高校で受けるんだという。そして、月曜日は予備校が休み。夢のような5日間が終わって、2日も会えなくなる。ちょっと哀しい。

 …これで。夢が覚めてしまったら、どうしよう。そんな俺の不安は別れ際の彼女の笑顔で吹き飛んでしまう。

「また、火曜日にね。いつも通りに公園で待ってる」

 本当は。幸運を運ぶキスでもして欲しかったな。でも…自分からお願いするのは申し訳ない気がして、何となく、当たり前に別れた。

 

***   ***   ***


 だが、世の中そんなに甘くはないわけで。

 火曜日、予備校に朝たどり着き、事務室で名前を言って模試の結果を受け取る。もちろん、通路には全国の優秀者の名前が打ち出されたどでかい一覧表が張られている。選択科目ごとの総合得点に、各教科の得点。もちろん規模が全国だから、本当にぶっちぎりの上位陣しか載ってない。そんなもの、今まで真面目に見たことがなかった。

 

「すげ〜、梨花ちゃん。理系選択のとこ、名前が出てたぞ」
 突っ伏してる横に、大谷がどかんと腰を下ろす。

「…上條?」
 俺が動かないのを不審に思ったんだろう。大谷がいつになく神妙な声を掛けてくる。

「どしたん? 具合でも悪かったり…?」

 確かに予備校の中はこれでもかというくらい冷房が効いている。ただですら、運動不足の柔な受験生は講義のハードさよりも、この冷房にやられてしまうのだ。だが俺は現役時代を含め、3年目の男。これきしのことでへたるようなこともない。

「う――…」
 喉の奥で、狼のうなり声のような呻きを吐く。もう最悪、今日はこのまんま、家に帰ってふて寝したい。

 

 模試の結果は最悪だった。

 マークシート式の選択問題なのに、どうしてこんなに出来ないんだと思うほど。そりゃ、今までだってあまりいい成績を残してきた訳じゃない。でも…。何だか今回は「出来る」気がしたんだよな、それは幻想だったのかな…? 志望校への合格判定も[D]とか[E]とか言うもう慣れ親しんだものに加えて、[F]なんて恐ろしいアルファベットが並んでいる。

 何だよ、[F]と言うのは…。確か、[E]判定だと合格率が0%だと聞いているし、取ったことも何度となくある。だが…その下って、もしかして、マイナス??

 論外と、言うことだろうか?

 現役の怖い者知らずの若者じゃないんだぞ。一応もう全てをわきまえている。分不相応な大学なんて志望校にしてない。と言うか、何故か現役時代よりもランクを落としてる。どうでもいいから今年こそは合格したいという感じで…。

 それなのにっ…、あああ。

「あ〜〜〜〜〜? 中だるみか? すげーなー…」
 大谷は俺の身体の下に挟まっていた模試の結果を引きずり出して、そうコメント。いくらコイツでもこれ以上言ったらヤバイと思ったらしい。浪人生のハートはどんなに頑丈そうな奴でもかなりナイーブに出来ている。同類なんだから、それくらいは察してくれているのだろう。

 

 何、浮かれていたんだ、俺。

 今度こそ、いい点数が取れそうだなんて、どうして簡単に考えたりしたんだろ。可愛い彼女をゲットしたんだから、何でも出来そうな気がした。他力本願とは知りながら、運がみんな味方してくれるような、星が金星に入ったような気になっていたんだと思う。

 もう、自分が情けなくて、どうにかなりそうだ。

 模試の結果を早く見たいためかみんな出が早く、今朝は講義室が埋まるのが早い。そうなると、みんながこっちを見ているような気がする。どこかで、この落ち込んだ姿を写メールであの「相川俊二」とか言う男に送信している輩がどこかにいるんじゃないだろうか? あのときの画像だって、もしかしたら内部の犯行じゃないかと言う気になっていた。
 今までだって、数少ない二浪と言うことで、それなりに目立っていたと思う。そう言う意味で目立つのはあまり嬉しくない。だから、自宅浪人することも考えたけど、あまり孤独なのも息が詰まりそうだった。

 突っ伏していても、部屋中から視線が飛んできているような気がする。今や俺は「時の人」…「容姿端麗」・「頭脳明晰」――いや、ひとことで済ませるなら「才色兼備」という漢字で書き取れと言われたら苦しいような四文字熟語を背負っている彼女を持つ男だ。今まで俺のことを全然知らなかったような奴でも、「槇原梨花ちゃん」の彼氏と言うだけで興味を持ってしまうだろう。

 確かに最初は舞い上がっていた。夢じゃないかと思っていた。手の届かないような気高く見える彼女が、実は予想に反してあまりに純真な一面を持っていて、そこがまた、たまらなくて。

 ――でもさ、やっぱさ、…変だよ。

 どうして、梨花ちゃんが俺なんかを選ぶんだよ。それは決まってる、俺が彼女の「弱味」を握っているからだろう。梨花ちゃん、きっと不本意なんだ。でも仕方ないんだよ。

 ごめんよ、梨花ちゃん。俺さ、何の取り柄もなくて。それなのに、当たり前みたいに振る舞って。

 こうして動かない数字が出れば、一目で分かる。誰に言われなくたって、自分が一番承知しているんだ。本当に、指摘されなくたっていい。分かっているんだから。だから、もう…放っておいてくれ。俺を見ないでくれっ…!

 

「おいおい、あんまさヘコむなよ…元気出せよ〜」

 大谷の気色悪いほど優しい言葉が、心の表面をつるつると滑り落ちる。今の俺にはどんな言葉も聞こえない。絶望感で押し潰されそうだった。

 

 …え?

 その時、マナーモードにしてあった携帯が震える。あ、やべ、電源を切っておかなくちゃいけなかった。授業中に携帯の使用がばれたら、細かい講師だったら大変なことになる。

 念のため、着信確認をする。

 …メールが届いていた。差出人は「相川俊二」。何でだよ〜、俺の携帯のメアドなんて知ってんだ!?

 本文を開いた時、俺は本当に「目の前が真っ暗になる」と言う状況をしっかりと体感した。

 

***   ***   ***


「…聖矢くん?」

 講義が終了して。それでもふらふらと待ち合わせの公園に向かう。いつも落ち着いていて表情を変えない梨花ちゃんが、少し瞳を揺らした。二日ぶりに見る彼女はやっぱり可愛い。いつものように制服を着て、さらさらと髪を揺らしている。

彼女の目に、俺はどう映っているんだろう。情けない冴えない男が、さらに自信喪失で見られたものではないと思う。

 そして。

 そんな俺たちふたりを、さらに周りの人間たちはどう見ているんだろう。今日に限っては、すれ違う全ての人間が内心俺をせせら笑っている気がしてしまう。そんなはずもないのに、被害妄想だと思うのに。それでも。

「どうしたの? …具合でも悪いの?」

 俺が黙っているから、彼女はさらに言葉を繋げた。

 落ち着いた語りが素っ気なく聞こえる。あんたなんて嫌い、と言っているように。ああ、俺、どうしてしまったんだろう。彼女に限ってそんなはずもないのに。

「…行こうか?」
 少しだけ頬を緩めて、そう言ってみた。とても平気そうには見えないと思うけど。彼女がホッとして表情を明るくしたのが救いだった。

 

「…あ…」

 しばらく歩いて。梨花ちゃんがレンタル屋の前で足を止めた。そこら中にある、チェーン店だ。彼女がそこで立ち止まったのは初めてのこと。俺が不思議に思っていると、ガラスに額をくっつけて中を見ていた彼女が、遠慮がちに振り向く。

「あの、ちょっと。覗いていいかな?」

 

 聴いてみたい新譜があって。別にシングルを買うほどじゃないんだけど。

 レンタルでいいかなと探していたんだという。でも、何故かどこでも貸し出し中で、なかなか手に入らない。もう、諦めかけていたんだけど…と、小さな声で言った。

 

 店内には夏になると必ずヒット曲を出すグループの、今年の曲が流れていた。軽快な浜辺の恋を唄った歌詞がいつもだったら心地いいのに。今日ばかりは上っ面な馬鹿馬鹿しいリズムにしか聴こえない。

「…あった」

 俺がぼんやりとそんなことを考えていると、傍らの彼女が小さく叫んだ。その短いひとことに嬉しさがにじみ出ている。そんな彼女の気持ちが遠く感じた。

「借りれば?」

 つい、素っ気ない言い方になってしまう俺。もうちょっと優しく言えないだろうか? 本当に八つ当たりもいいとこだ。

 

 ああ、店の店員がこっちを向いた。俺たちのことを交互に見ている。きっと…似合わないふたりだと思っているんだろう。胸くそ悪い。あっちにいる客もそうだ。そんなにじろじろと見るんじゃないよ。見せ物じゃないんだしさっ…。

 イライラ、ムカムカ。俺の怒りの水位がすごい勢いで上昇していく。この視線の応酬にはもう慣れっこのはずだったのに、今日は吐き気がするほど気に障る。

 

「あ…でも」
 梨花ちゃんはCDを手にしたまま、ちょっと哀しそうな声を出した。

「会員カード、忘れちゃった」
 カバンの中を確認して、やっぱりそうだったようだ。ふうっと、残念そうにため息を付く。

「いいや、明日にする…」
 名残惜しそうに棚に戻す。ちょっと寂しそうな背中。震える髪の流れ。腕の中に、すっぽりと収まってしまいそうな小さな身体。

 

 ここにいるのは、全国レベルで優等生な女の子じゃない。ただの、当たり前の…ソフトクリームを舐めたり、流行歌を聴いたり、ささやかな幸せを大切にする子なんだ。

 ――そして、今は。まぎれもなく俺の彼女。

 

「あの…」

 俺の中で、ひとつの想いがぐらっと動く。一度動き出すと、それはもう止められなかった。

「俺、部屋に戻ればここの会員カードあるけど。今日は早いし、梨花ちゃんの家に戻るよりは近いから。…どう?」

 

 思わずそらしてしまった視界の端で、彼女が小さく頷いたのが見えた。


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