TopNovelココロの消費期限Top>ココロの消費期限☆2


…2…

 

 

「ホントーにっ!! ごめんなさいっ!!」
 やはり、失敗したらまずは誠意を込めて謝るしかないだろう。そう思って、もう必死で頭を下げた。

「あ、いえ。こちらこそ、ごちそうさまです…」
 にこにこと笑顔で缶の紅茶を一口飲む。一応、ここまで走らせてしまった償いにと、自販機で何か奢ることにした。彼はたくさんの種類の前でしばらく悩んでいたが、レモンティーの缶を選んだ。

 


 ビルとビルの隙間を抜けたら、小さな公園があった。四方をビルに囲まれた箱庭スペース。別にコソコソしているわけでもないんだけど(いや、さっきは明らかに逃げていたのだが…)そこの噴水のフチに腰掛けてた。

 それからしばらくは、手にしたホットココアをちびちびとすすりつつ、鳩がゴミ箱をあさるのを見ていた。隣りの男も別に何をしゃべるわけでもなく、かといって退屈そうにしているわけでもなく、のほほんとくつろいでいる。

 並んで座っているので、ちらと視線をやると見えるのは、肩口の辺りだ。自分よりこんなに大きく見える人間を沙和乃はあまり知らない。
 街を歩いていても、電車に乗っていても、ほとんどの男は沙和乃と目線が一緒なのだ。中にはばっちりと脳天が薄いのが確認できてしまうおじさんまで居る。げ、と思って目をそらすが、あっちも気にしているだけあって敏感だ。何気なく見てしまっただけなのに、じろりと睨まれたりする。

 …この人、お金持ち、なんだろうか…?

 沙和乃はいわゆる接客業をしている。有名ホテルのフロア係。宿泊施設の方ではなくて、宴会場や結婚式場の担当だ。パーティーや披露宴の飾り付けや配膳、後かたづけなどをする雑用係。
 そのせいか、毎日気の遠くなるような人間たちを見ることになる。服を見ただけで何となく質のいい物かそうでないか分かってしまう。「今日はお一人様あたり3万5千円のお食事の披露宴」ともなると、1万5千円の時とは明らかに招待客のランクが違う。素人に分かるのかと最初は思ったが、これが分かるんだ。

 沙和乃の隣りでのほほんとしている男はどう見ても特上の素材を使った特上の仕立てのスーツを着ている。ただ、難点は何故かそれが野暮ったく見えることだが、この際それは脇に置いておこう。

 でも、彼を「お金持ち」と思うには他に訳があるのだ。


「…これ、どうやって開けるんですか?」
 先ほど。缶入り紅茶を手にして、彼は困ったようにそう言ったのだ。初めはからかっているのかと思った。プルトップを上げて下げる、普通のドリンク缶なのに。仕方なく、自分のを持ってもらって、開けてあげた。
 それからさらに一口含んで、あまいですねえとか言う。缶入りの紅茶が甘いのは当然じゃないか。何でも角砂糖が何個も入ってるのと同じだって聞く。

 ただ、そうだからと言って、飲むのをやめる風でもない。ちゃんと一口ずつ飲んでる。ぱりっとしたスーツとスラックスはおろしたてみたい。膝が出てるとかそう言うこともない。


 清掃員のおじさんがやってきて、ゴミ箱を改める。鳩がバタバタと飛んでいく。水色のつなぎを着たおじさんにとって、沙和乃たちは公園にあるオブジェと大差ないらしい。自分の仕事をこなすと、ゴミ袋と共に去っていった。

「あ〜あ、失敗しちゃったなあ…」
 ココアの缶が空になる。それと共に現実が戻ってきた。沙和乃は大きく伸びをする。

「こんなん、初めてだわっ! まさか、人を取り違えるとはねえ…」
 今更、気取ってもしょうがないだろう。それに今の馬鹿馬鹿しい気持ちは誰かに話さずにはいられないものがあった。

 沙和乃の言葉に反応して、男が振り向く。やはり口元にはほんのりと笑みを浮かべている。この表情はどこかで見たことがあると思った。…そうだ、畏れ多いことではあるが、TVで見る、皇室の方々の表情にそっくりだ。

「取り間違えるって…やはり、あなたも待ち合わせだったんですか? もしや…お見合いだったりします?」

「え…?」
 言いにくい台詞をするすると口にする。何なんだ、この男。遠慮とか恥じらいとかないのか!?  いつもの沙和乃だったら、何、馬鹿言ってんのよっ! とか一喝してしまいそうだ。でも、男の表情には親愛を含んだ色しかない。どやしたら、申し訳ない感じに。

「だって、とても綺麗に着飾っていらっしゃって…良くお似合いですよ? 後ろ姿も素敵だなあと思っていました…」

「え…、は、はあ…?」

 初対面で、何も知らない人に、こんな風に言われてしまって。上手く受け答えることが出来ない。女優さんやタレントさんじゃあるまいし、美を褒め称える言葉には慣れていないのだ。しかし、あの全速力に付いてきて、そこまで考えるゆとりがあったというのか? 何者なんだ、この男は。

「実はね」
 彼は首をすくめて、ふふっと笑う。でも、それが全然いやらしくない。それどころか無邪気で可愛いなとすら思ってしまう。

「僕も…そうだったんですよ」

「…え!?」
 沙和乃は身体ひとつ分くらい、後退していた。

「そ…そんなっ。あなた、…やだっ、本当にっ!?」

 でもこの人は沙和乃の相手の中王子氏ではない。身長が違いすぎる。と言うことは、同じような人間が同じような場所で、やはり違う人を待っていたと言うことか!?

「ちょっとォ〜、何くつろいでるのよっ!? それを早く言ってちょうだいっ!! ねえ、連絡先は? すぐに電話してっ…私のせいで、縁談が壊れたら困っちゃうわ…」
 がばっと立ち上がって、腕を引っ張る。そんな沙和乃を男は楽しそうに眺めている。

「いいんですよ、別に」

「良くないでしょうっ!!」
 あっさりと言い切られてしまうと、つい本気になってしまう。

「あなたねえっ! お見合いだって、貴重な出会いの場所なのよっ!! そんな野暮ったい風貌で、今まで彼女も出来なかったんじゃないのっ!! 何、おっとりと構えてるのよっ! 少しは動揺しなさいよっ!」

 ああ、何でこんなに口が滑らかに動くんだろう? どうにかなっちゃいそうだ。でも、止まらない。

「あなただけじゃないわ、相手の女性にも迷惑を掛けたでしょう? 時間を割いてあなたのために来てくれるのよ!? もしかして、彼女こそが運命の相手だったかも知れないじゃないのっ! ああ、今からでも遅くないわっ! どうにかしてちょうだいっ!! どうすんのよっ、これを逃して、一生結婚できなかったらどうすんのっ!?」

 そこまで言って。はたと正気に戻る…ああ、そうだったか。それは自分にも言えることか…。

「いいのです」
 こちらが心配してやってるのに。男の方は何てことない。潔いというか、何も考えてないと言うか…その辺りが微妙な線である。

「あなたのほうは? 先様に連絡しなくて宜しいのですか…?」

 がっくりと腰を下ろした沙和乃に、男はやわらかい声で問いかける。情けなくて、泣きたいくらいの気持ちになって。それをはーっと息を吐いて誤魔化す。

「もう…いいのよ」
 髪を束ねていたかんざし型の髪留めを外す。ばらばらと髪が落ちてくる。背中まであるくるくるのウェーブ。お見合いにはあまりにけばいのでいつも結うことにしていた。引力に逆らうことをやめると頭も軽くなる。同時に緊張感も切れた。

「今までのケーケンで言わせてもらえば。こうやってさい先の悪いスタートが上手く行ったことないの。だから、縁がなかったと言うことになるんでしょうね」

「今までの…経験?」
 ゆらゆらとワカメのような髪の向こうに、男の笑顔が見える。面倒くさいような、どうでもいいような気持ちになって、髪をかき上げる。

「そうよ」
 吐き捨てるように言う。

「私、伊達じゃないの。誰にも負けないわ、お見合いの回数だったら」
 こんなこと、自慢してどうするんだ。自分で自分に突っ込んでしまう。でも、イライラを吐き出すようにどんどん言葉を発してしまう。

「へえ」
 男が嬉しそうに身を乗り出してきた。

「誰にも負けないなんて…一体、何回くらいの席をもうけてきたのですか…?」
 その笑顔が、屈託なくて。その分、自分が惨めになる。無邪気さが罪になることを彼は知らないのだろうか? 知る必要もなく生きてきたのだろうか?

「驚いたって、知らないんだからっ…!」
 沙和乃は勢いよく立ち上がると、男に背を向けて足を振り上げた。

「今日で、150回っ! ほら、驚くでしょう? 5年間で150回っ!! もう男という男には会ってきたわっ!!」

 ぽおんと。水色の空に弧を描く、うすピンクのパンプス。「明日天気になあれ」の仕草で放れば、ゴミ箱の所まで飛んでいく。一度弾んで、表向きに止まった。

「お見事、お見事…」
 振り向くと。男が立ち上がって拍手している。沙和乃がキッと睨み付けても動じない。そのまま、隣をすり抜けていく。

「でも、僕の方がすごいですよ?」
 すれ違いざまに、男はふふっと笑いながら振り向いた。

「僕は、今日で…300回目です。やはり、5年くらいやってますけど…」


「――へ?」
 沙和乃は瞬時に、毒気を抜かれてしまった。靴がなくなってしまった足をぶらぶらして一本足のまま、ぼーっとしてしまう。

「嘘…だって、あなた…まだ若いでしょうに…」

 年齢って、いろんな所に出てくる。女性もそうだけど、男性も同じ。確かにお手入れで多少の誤差は出るけど。たとえばいくら綺麗にメイクしても、女性は首筋と手の甲で年齢がばれる。その辺で、どうしても隠しきれないものが出てくるのだ。目尻のシワよりもよっぽど信憑性がある。

 男性は、メイクしないから(最近では、男性メイクもあるけど)もっとよく分かる。

 沙和乃が連れてきてしまった男は、とても張りのいい肌をしていた。程よく日に焼けてつやつやして。白目も綺麗だ。その辺りも年齢を重ねるとよく分かる。手のひらも弾力があって、若々しかった。伊達に男性経験を積んでいない。それなりに判断できる。

「え――?」
 男はまっすぐ歩いて、沙和乃の靴を拾い上げた。そしてくるりと向き直る。

「もう、24ですけど…」

 …にじゅうよんっ!? ちょっと待て。

 24で、5年間で、自分の倍もお見合いしてるのかい!? 5年で150回だって、すごいと思っていた。だってさ、要するに1年で30回、一月に約3回のノルマがあった。まあ、正式なお見合いじゃないのも含まれている、友人の紹介とか。でも、この5年で150人の結婚志願者と出会ったのだ。それで上手くいかないままだった。

 しーかーも…、なにっ? 「もう」24と言ういい方はっ!! ふん、こっちなんて、「まだ」29なんだからっ! 悔しいから教えてやんないわっ!

「やはり…生涯の伴侶ですからね。慎重に決めなくてはなりませんよ? …そうでしょう?」
 男は沙和乃の言おうとしたことを、先取りしてするすると当たり前のように語る。あまりのことに湧きだした怒りのボルテージも下がってしまう。

「…ま、そりゃ…そうよね」

「ふふ、意見が一致しましたね?」
 沙和乃が力無く呟くと、男は嬉しそうに答えた。そして両手で沙和乃の靴をうやうやしく捧げ持つと目の前で跪く。あまりに計算された身のこなしで。

「添い遂げるなら、価値観の合う方じゃないと上手くいきません。今までお目にかかってきたお嬢さん方は皆一様に素晴らしい方でしたが、どうしても心を揺さぶるものがなくて…でも」
 足を入れやすいように計算された場所に靴が置かれる。靴屋のバーゲンで買った物で、1万円ジャスト(消費税別)。それが本革の最高級品のように見えてくる。

「やっと、見つけました。あなたこそが、僕の将来のパートナーとなる方です」

 跪いたままで、顔を上げてこちらを見る。手入れのされていない太めの眉、眼鏡の奥の瞳。誠実そうな口元。…そして。

 あんまりに場違いな、言葉。

「ばっ…なに、冗談言ってんのよっ!? いい加減にしなさいよねっ!!」
 靴に足を突っ込んで、そのまま後ろに飛び退く。あんまりにも馬鹿馬鹿しくて、真面目に受け取る気力もない。そうする必要もないと思う。

「冗談なんかで、言えることじゃないでしょう?」
 男はすっと立ち上がるとつかつかと沙和乃の前に立つ。やはり、見上げてしまう高さ。うっとりするくらいの体型だ。ただし、身につけているものがすべて野暮ったくて見てらんないけど。

「是非、正式におつき合いを申し込ませてください。…お名前は? 住所は、親御さんの…」
 すっと右手を取られる。水仕事の多い職場だけど、スキンケアは欠かさないからそれなりに見られる手だ。

 男性は綺麗な手の女性が好きだ、美しく着飾って、それでもって慎ましやかな女性が好きだ。自分をたててくれる女性が好きだ。だから、その価値観にあうように、いつもいつも気を付けてきた。自分を好きになってもらえば、あとは絶対に上手くいく。燃えるような恋愛だって出来る。

 それで。

「是非に」と言われて、プロポーズを受けるのだ。そのシナリオまでが決まっていた。


 でも、違う。目の前で展開されているシーンは、思い描いたものとは全然違うのだ。

「ば、馬鹿にしないでよっ!! あんたなんかに哀れまれる筋合いはないんですからっ!!」

 取り違えたお見合いで。こんな訳の分からない男に言い寄られて。そんな馬鹿げたことがあるわけないじゃないのっ! 冗談でも許せないわっ!

「ちょっと待ってください…あのっ…!」
 食い下がろうとする手をばっと振り払う。もう、付き合ってられない、いきなり何を言い出すんだよっ!

 そのまま、振り向きもせずにずんずんと立ち去る。このまま、地下鉄に乗って、家に戻ろう。でもってふて寝だ。多分、伯母さんから電話が入るけど、留守電にしとくんだからっ!


 ビルの谷間を抜けて、喧噪の中に出る。今までのことはみんな夢だった、あの馬鹿げた勘違い男なんて最初から居なかったんだ。

 …と。バッグの中で携帯が踊り出す。いつもとは違う着信音、聞いただけで相手が分かってしまうフレーズ。

「…もしもし?」
 低い声でそう言いながら、本当に俗世に戻ってきたことを実感していた。

 


 黒塗りの高級車が細道を抜けていく。やがて、焦げ茶色の重々しい門構えの前で音もなく停車した。江戸時代の御武家様の屋敷のような佇まい。ぐるりと囲われた屋根付きの塀の向こうは深い森になっている。どこまで行けば建物があるのか、見当が付かないだろう。

「…坊っちゃま!!」
 男がインターフォンを押す間もなく、威厳のある門がギイと開いて、中から身なりのいい老人が飛び出してきた。男とは頭ひとつ分以上の身長差がある。それでも老人はきっぱりと言った。

「何をなさっていらっしゃるのです、先様がこちらまでお出でになってお待ちです…」

「え…」
 そんな話は聞いてなかった。あの場所で待ち合わせるのではなかったのかと考える。男の思考などはお見通しなのか、先の老人が口元に笑みを浮かべた。

「先様から、お屋敷にご連絡がございましたので…この爺がお呼び申し上げました。応接室にいらっしゃいます。ただいま、大奥様がお相手を…」

「そう」
 喜んでるとも悲しんでるとも取れるような返答をして、小さく吐息を漏らす。

「お前は、いつになく乗り気だな。そんなにこの縁談をまとめたいのか?」

 その声にいくらかの苛立ちが含まれていることを感じ取ったのだろう。老人が静かに首を振る。

「いえいえ…全ては坊っちゃまのお心のままに。でも、お目にかかれば、必ずお気に召しますとも」

「そうか」
 老人の言いたいことはもはや分かっていた。亡き両親から自分の行く末を見守るようにと申しつかったこの老人は、男が無事に良き伴侶を迎えることを生涯の目標としている。そのためには努力を惜しまない。

「爺がそこまで申すのなら、お目にかかろう。…でも、それなら僕からもお願いがあるんだけど…」

「はい、何なりと。爺はいつでも坊っちゃまのお心のままに…」

 一歩下がって言葉を待つ老人。男はその気配を左の視界の隅に感じながら、長い渡り廊下の向こうに見える庭木に目をやった。

 


「…遅かったな」
 安っぽいドアを開くと。湿っぽい空間の奥から、ドスのきいた声がする。電気も点けていないのか。そのことが何を意味しているのか、沙和乃にはよく分かっていた。黙ったままで靴を脱ぎ、散らかった雑誌や服を足でかき分けながら進んでいく。声のする方向に。

「また、性懲りもなく見合いなんかして。お前、そんなタマじゃないことぐらい、とっくに知ってんじゃないのか…おいっ!」
 がん、と音がして、小さなテーブルがひっくり返る。強化ガラスで出来ているもので、なかなかにして丈夫な品だ。そんなでなかったら、この部屋で生き残ることは出来ない。

「お金なんて、ないわよ。この前全部渡しちゃったでしょう? お給料日が来るまでは私、文無しなんだからっ…!」

 そう。強いのは自分も一緒だ。そうじゃなかったら、こうやってこの部屋に来ることはないだろう。

「その割には、いい身なりしてんじゃないか、結構高かったんじゃないか? いい根性してるよな、全くとんでもない女だぜ…純ぶって、男に付け入ろうって言うのかい? その金でまた俺に貢いでくれようとは…まあ、誉めてやろうな」
 クククッと喉の奥で笑う。蔑んだ声、愛情なんて微塵もない。それが分かっていて、ここまで来てしまう自分。その己の行動自体が鳥肌が立つくらいおぞましい。

 目の慣れてきた暗がりで、ビールを煽っている男と目が合う。安っぽいシャツは、街角で見たものと同じだ。

 さっきだって、この男が怖いから逃げたのではない。ただ、あんな風に公衆の面前でなにか騒ぎを起こされたら嫌だと思ったからだ。カッとすると見境のなくなるこの男が、自分の社会人としての地位まで犯そうとするのは許し難かった。それだけのこと。

「…脱げよ」
 呪文をかけられたように、ボタンに手を掛ける。ニットのカーディガンをするすると肩から落として、スカートのホックを外す。微かな衣擦れの音と共に行われる仕草を男は舌なめずりをしながら見ている。その舐め回るような視線をおぞましく感じながらも、すでに言葉で縛られている自分を呪った。

「…あっ、やっ…!」
 おもむろに立ち上がった男に肩を掴まれ、その場に崩れた。その上から覆い被さってくる、絶望という名の肉体。怒りの為だろうか、男はもう十分にいきり立ち、沙和乃を待っていた。野獣の如くその場所を探り当て、一気に貫く。ただ、己の欲望のために、ふたつの胸を鷲掴みにする。

「ほおら、お前は俺のもんだろうが。…こんなに反応するのは、どうしてだ? 待ってたんだろ、可愛がってやるよ…」

 沙和乃は唇を噛みしめた。声なんて上げてやるもんかと、意地になる。こうなることぐらい分かっていた。身体は自由にされてもいい、でも心は自由にされたくない。

「…くっ…! はあっ…、ああっ…!」
 それでも漏れ出る雌の声。飼い慣らされてしまった自分がいる。悔しくて情けない、でもどうしたら逃れられるのか。その反応を喜んで、男が喉の奥で嗤う。

 どうして、現れないのだろう…私だけの王子様。私のことを守ってくれる、賢くて逞しい王子様…待ってるのに、ずっとずっと待ってるのに…っ!

 男の攻めは執拗で、耐えきれるものではない。いつか支配されていく、女としての自分を悔やみながら陵辱されていく。どす黒い沼の中にずるずると沈み込んでいくように…。


「そんなに結婚したいなら、俺とすればいいだろ? お前だって、その気があるんだろうが?」

 ぐったりと横たわったままの背中に浴びせかけられる声。シーツから立ち上るヤニ臭い香り。いつも通りに後始末までもさせられて、もう涙も出てこない。心の奥であんたとなんて嫌だと叫んでも、それが声にならなかった。

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