TopNovelココロの消費期限Top>ココロの消費期限☆21


…21…

 

 

 時計を見るのはやめた。せっかくの時間を悲しみの中に葬りたくはない。ただ、ふたりの残された最後の一秒まで、散らばる一粒一粒を手のひらですくい取るように大切にしたかった。

 

「…外しますよ?」
 何度かの口づけのあと、周五郎はわざわざ沙和乃の耳元にそう囁いてから、背中に手を回した。

 ぴくんと細い身体が震える。でも、そんなこと、気付かれたくない。沙和乃はベッドに腰掛けたまま、隣りにやはり腰掛ける周五郎の首にそっと腕を回した。少し背筋をのけぞらせて、楽に外れる体勢を取る。ああ、招いているな…と気付いて、指先が震える。ごめん、ごめんね、周…と瞳を閉じて、何度も心の中で反芻した。

 小さな吐息が頭上から落ちて、その次の瞬間にぷつっと外れる。上半身を覆っていた束縛がなくなり、心細さに泣きたくなる。瞼が震えるけど、とても開く勇気がない。静かに静かに背中から倒されて、シーツの冷たい感触に触れた時、ふっと身体が軽くなった。

 ひやっと、胸の先が冷たくなる。上体を包んでいた布地が取り払われたことを知る。空調の吹き出し口からの淡い風を敏感な部分が感じ取ったのか。ふるっと肩を震わせると周五郎の首に回していた腕を解き、無意識のうちに両手でふたつの胸を隠していた。

「…沙和乃さん…?」
 哀しそうな声がして、手首を取られる。決して強く欲求されることはないが、その響きの切なさに胸が震える。

「すごく綺麗なのに…隠さないで。ちゃんと見せて…?」

「…やっ…!」
 沙和乃は大きく首を振ると、涙目のまま瞼を開いた。

「恥ずかしいのっ…、お願い、そんな風に見つめないで」
 熱い視線を肌に感じる。それが耐えきれなかった。

「綺麗なんかじゃない…ごめん、ごめんね。こんな風で…許して」


 過去に。自分の上に一体何人の男が乗ったか。欲望を排出するためだけの行為に、陵辱されることへの絶望も嘆きも感じないほどに慣れきっていた。
 今までの短い期間の中で、周五郎が女性に対してどこまでも誠実で紳士的なのを知っていた。こうして生の柔肌を間近に感じるのも初めての経験であろう。

 こんな女が相手では、彼が汚れてしまう。そうは知っていても、求めずにはいられなかったのだ。


「沙和乃さんっ…!」
 握りしめられる手首が余りの痛みに悲鳴を上げる。

「そんな風にご自分を侮辱するのは許しませんよ? あなたは最高の女性なのです、僕が愛する人は…どこまでも気高く清らかであるはずです。実際にこんなに美しいじゃないですか…忌々しい過去なんて、忘れてください、今は。僕のことだけを考えて、感じてくださいっ…!」

 そう言うと、強引に両腕を開く。再び視線に晒されていることを肌が感じ取り、消えてしまいたいくらい情けない気分になる。

「…し、周…」
 熱い視線になぞられた部分が、疼く。やがて、胸に吐息が落ち、続いて湿り気のあるぬくもりが降り注いだ。

「あっ…、あぁっ…」
 手首は身体の両側に押さえつけられたまま。周五郎もそのために扱うことの出来る部分は制限されている。しかしうごめくただ一点の感覚が、沙和乃を別の世界にいざなう。身体がしなり、唇から甘い声が漏れた。

「沙和乃さんっ…」
 手首が解放される。目の前がふっと明るくなる。しゅるりと音がして、周五郎がタイを外した。

 沙和乃が急に不安になって見つめると、彼は目を細めて微笑み、唇を頬に額に落としてくる。舌を絡め、お互いの熱さを伝えあう間に、彫像のように美しい上体がはちみつ色の空間に晒し出された。

 思わず、腕を伸ばしていた。程よく色づいた逞しい胸は、今までのどの男たちよりも広く厚い。とてもこの世のものとは思えなくて、自分の感覚で確かめるしかないと思ったのだ。…いや、無意識のうちに触れて感じたいと思っていたのかも知れない。沙和乃の指先が熱い肌に届く頃、周五郎の手は、彼女のドレスのウエストに掛かった。

 吐息が絡み合う。

 ふわふわのスカートがはぎ取られ、続いて下着が繋がったまま足から引き抜かれる。本当はどうやって脱ぐものなんだろう? こんな西洋風の素材は実は初めてでよく分からなかった。洒落た落ち着いた行為と言うよりは、ただただ、早くお互いを包む無用のものを排除したいという欲求が先走っている。

 激しい熱を持ちながら、周五郎の指先がはっきり分かるくらい震えている。それがあまりに愛おしくて、たまらない。ためらいと欲望の狭間で揺れている彼の真実を、受け止めることが出来る自分が嬉しい。


 全てを取り去り、生まれたままの姿に戻された沙和乃は、純白のシーツの上で熱い抱擁を受けた。それに負けないほどの強い力で、自分も周五郎の背に腕を回す。ビロードのように滑らかな肌がしっとりと手のひらに吸い付いて、背筋が震えた。首筋に湿った息が落ちる。
 何者にも阻まれないふたりの親密な距離。肌に伝わる熱。心臓の音、熱い呼吸。

「あっ…うっ…!」
 力の限り抱きしめながら、沙和乃は彼の胸の中で大きく震えた。こみ上げてくる感情を抑えることが出来ない。涙が止めどなく溢れ、頬を伝う。小刻みに微動する肩に回された腕に更に力が加わった。

「沙和乃さんっ…、沙和乃さんっ…!」

 周五郎は何度も腕の中の存在を確かめるように名を呼び、腕に力を込める。手のひらが動き出す。背筋を伝って骨の位置を確かめるように徐々に動く範囲を広げていく。たどたどしいながらも迷いのない行為に、沙和乃は彼を助けるように身体をずらして受け入れていく。ウエストを周り、前に這い上がり、やがてふくらみに届く。やわらかく包み込まれると、たまらず、甲高い叫びが上がった。

 

「あ…、…あのっ…」

 その瞬間、周五郎がぱっと手を剥がした。申し訳なさそうに慌てている。熱い波がいきなり遠ざかって、沙和乃もその顔をのぞき込んでいた。戸惑いを浮かべた頬で、こちらを見つめている。

「…どうしたの?」
 何か不都合でもあったのだろうか? 彼にふさわしくない何かが見つかったのだろうか? 演技でも何でもなく、本能のように行為を受け入れ始めていた自分が哀しくなった。

「あ、…いえっ、あの、強すぎましたか? 沙和乃さん、いきなり叫ぶから、びっくりして…」
 行き場を失った手をゆらゆらさせながら、必死で問いかけてくる。

「…え…」
 沙和乃は彼の下で何度か瞬きして、その言葉の意味を考えた。そして、彼が先ほどの自分の熱い声を指し示していることが分かり、頬が熱くなる。あんな風にいきなり乱れてしまったから、驚いてしまったのだ。何てこと…! 自分の頬も赤らんでいく。心臓の鼓動が痛いくらいに高鳴り、早くなる。

「あ、あのねっ…違うの、周…」

 どうしよう、こんなこと。きっと、手慣れた女だと思われるに違いない。それでもこれを告げなければ、このまま時間が途切れてしまうのか。それだけは嫌だ。片腕を彼の首に回し、湿った胸の香りを確かめる。

「…嬉しかったの、すごく。だから、あんな風に声が出て。…ごめん、びっくりさせて…」


 微妙に掛け違う、ふたりの感覚がもどかしい。それがそのまま、置かれた立場の違いを感じさせているようで。自分は、もっと周五郎をリードしてオトナの女性を演じなければならないのかも知れない。何もかもが初めてで戸惑っている彼を出来るだけ安心させて、心のままに導きたい。…だけど。

 そんなこと、出来ない。出来っこない。

 何故なら、そんなゆとりなど微塵もないほど、自分は怯えているのだ。これから起こる出来事を激しく求めているその一方で、捨てられた子猫のように惨めな心細さを感じている。

 …もしも、満足して貰えなかったら? こんな女で、がっかりしたと思われたら? 男は初めての女性を好む。自分ひとりのものにしたい征服欲が満たされるからだ。誰かのお下がりなど好きこのむ者はいない。女を売り物にして生きてきた、そんな人間ならなおさら払い下げだろう。
 それでもいいと言ってくれたが、だけど怖い。彼の言葉のどこまでが真実なのか、まだ分からなかった。そんな永遠に分かるはずのない謎を抱え、恐れている。


 ためらう心ごと、引き寄せられ抱きしめられた。耳元に落ちる吐息の熱さ。

「いいんですね…? あの、そんな風に仰るなら、もう何があっても止めませんけど。…宜しいのですか?」

 泣きたくなるほどの愛おしさが確かにこの世には存在する。それこそが目の前にある男に向けられるものなのだと思った。


「あっ…、ううっんっ…、はあっ…!」

 再び熱い雨が降る。絶え間ないスコール。

 身体に当たらないところがないほど、それは降り注いでくる。どこまでも濡れて行きたい、一粒たりとも余さずに受け止めたい。吸い付く熱は、落とされた部分に鋭い痛みを残す。体中が焼けただれていくようだ。しっとりと汗ばんだ手のひらが身体を這う時、指先の震えが伝わってくる。それは彼が確かに手慣れていないことを知る、唯一の手がかりだった。

「ああんっ…、んんっ…、ふっ…ふうっ…、はあっ…!」
 身体全体が、熱の塊になってしまったようだ。どこに触れられても、襲いかかる快感。それは留まるところを知らず、更に高い場所に押し上げられていく。身体の奥で何度も爆発が起こり、螺旋状に高まっていく。

「周っ…、周っ…!」
 しがみついて、確かめる。側にいることを。こうして触れ合っていても、何だか遠く感じてしまう。確かめていないと、消えてしまいそうだ。指先から、感覚が消えて、どこかに行ってしまう。それは、それだけは嫌だ。このままで終わるなんてっ…!

「沙和乃さんっ…!」

 こんなに密着していては、さすがに動きづらいだろう。彼は軽くいやいやと首を振り、沙和乃の腕を剥がそうとする。でも、そうされると更にしがみついてしまう。…どこにも行かないで。ひとりにしないで。

「ああっ…、うんっ…!」
 ぴくぴくとおなかの中で痙攣が起こる。求める気持ちが更に高まり、もう我慢が出来なくなっていた。周五郎の欲望がそこまで辿り着かないのももどかしい。どうして、もういいんだよ…とっくに…欲しがって疼いているのに。

「…周っ…!」
 身体を浮かせて、両腕を首に絡める。耳元に唇を寄せて囁いた。

「…ね、お願いっ…、来て?」
 そう言いながら、片手で彼の腕を取り、その部分に導く。茂みを越え、熟し切ってぬかるんだ場所へ。信じられないほどの熱に、彼の指がぴくんと跳ねた。それだけの刺激で、堪えきれない快感が走る。

「ふっ…っん、ふうっ…、もう、駄目っ…待てないのっ…!」
 シーツを滑る足の裏。しゅるしゅると音を立てて、足場を求める。でも滑らかすぎる海の中で、あまりに頼りなく心許ない。泣きたくなるほどの欲望に身体が飲み込まれそうだ。

「…ここに?」
 女性の身体に触れるのが初めてであるなら、もちろん女性器の感触も初めてのことだろう。周五郎の視線が下に落ちていく。その部分に熱いものを感じて、沙和乃は耐えきれず横を向き、シーツに顔を埋めた。

 ずぶっと…彼の指が侵入してくる。十分な湿り気を伴って受け入れ、腰を動かして奥へといざなう。それだけで信じられないほどの快感が身体を駆けめぐった。

「うわっ…どうしよう。とても、熱くて…指がとろけそうです…」
 周五郎の声も恍惚として、浮き上がっているように耳に届く。中の雫を泡立たせるように指を動かすから、沙和乃の腰が更に跳ねた。ベッドのスプリングがその激しさを受け止めてくれる。頭の中でまた、新しいいくつかの爆発が起こった。もう意識がどこかに飛んでしまいそうだ。

「…ううんっ…、駄目っ。周が来て、周が…来てくれないと…」
 呻くようにそう言うが、実際それが果たされた時の自分がどうなってしまうのだろう? たとえようのない程恐ろしくて、そして、愛おしい。早くそこに辿り着きたい。そう願わずにはいられない。

「いっ…いいんですか? あ、あのっ…」
 周五郎の方もどうしていいのか分からないのだろう。慌てふためいて、指を引き抜き、その拍子に沙和乃が切ない呻きを上げたのにも構わず、身を起こしてうろたえている。

「ええと…、そうだ。あのっ…まずは…」
 辺りを見渡して、きょろきょろしている。その仕草の意味を沙和乃はすぐに悟った。

「大丈夫よ? …私、ちゃんとしてるから」

 唯一手の届く膝にそっと触れて、言い聞かせるよう囁く。

 あんな男と関わってきたのだ。何があっても避妊だけはしっかりしようと思っていた。あの男の方が気に留めてくれる様な正常な精神を持ち合わせていないことなどとっくに知っていたから。欲望のままに求められれば、自衛するしかなかった。

「そっ…そうですか」

 ほうっと息を吐いたその声に、少しばかりの憂いを覚える。

 こんな風になって、こちらの身体を気遣ってくれているのは女性として光栄なことだと思わなければならないのかも知れない。でも、正直哀しかった。所詮は真剣に避妊を考えなければならないような間柄なのだ。全てを取り払って、何もかもなくしてまで、愛し合うことは出来ない。

 …ひとときだけの、恋。一度だけの夜。

 

「…沙和乃さんっ…!」

 再び覆い被さってくる周五郎は肘をついたままの姿勢で、沙和乃をきつく抱きしめた。

「僕っ…本当にっ…夢みたいだ、こうして…」

 言葉が途切れ、息に変わる。入り口に自身をあてがい、ずっと中に差し入れる。教えられたわけではない本能的な行為。太古の時代から生き物たちが繰り返し行ってきた愛の行為は、頭で考えることもなく受け入れられるように出来ている。

「あっ…っん、ふっんっ…!」
 腰をわずかに浮かせ、挿入を助ける姿勢になりながら、沙和乃はかつて感じたことのない様な深い快感を覚えていた。ここに受け入れたどんな男たちよりも、周五郎は熱くて。しっかりと内側の襞をかき上げながら奥へ奥へと入り込んでくる情熱に満たされていくと、それだけで昇天出来てしまいそうだ。快感を求めることなど忘れていたとしても、強引に思い起こさせられる。

 …こんな気持ち、ずっと忘れてた。

「ああっ…!」
 一番奥まで貫くと、周五郎の喉の奥から、意識を越えた呻きが漏れた。

「すごい…こんな。こんな風に、沙和乃さんが僕をっ…もう駄目ですっ、このまま気が狂ってしまいそうです。こんな…こんな風に…っ!!」
 ガクガクと身体が痙攣する。しなった腰がうごめく。体の表面から玉の汗が噴き出て、ぽとんと沙和乃の白い肌に落ちた。そこには彼が無意識のうちに付けた、無数の花が赤く咲いている。

「動いて、いいんだよ。周…」
 あまりに空白の時間が長くて、沙和乃の方が耐えきれなくなる。今の状態でも楽に限界値は超えているのは分かっている。この先の自分を考えることは不可能だったが、それでも欲しかった。

「…え…?」
 周五郎はたった今気付いたように、ハッとして体を震わせる。彼にとってはもう現在置かれている立場がギリギリ一杯の場所で、この先があるとは考えつかなかったのか? そんなことはないだろう、経験はなくても知識として持っているはずだ。男と女がどんな風にして愛し合うかを。

「あっ…あのっ…!」
 ゆるり、腰が浮く。沙和乃が微かな揺れを与えると、周五郎の身体が艶めかしく動いた。彼の腰に力が入ったのが分かる。

「…素敵よ、周…このまま導いて…」

 彼の中にある、最後の理性を吹き飛ばしたかった。ただこの時に、全てのものを取り払い、ただの男と女に戻る。そうすればきっと最高の夢が見られるはずだ。

 

「あっ、ううっ…沙和乃っ…さんっ…!」

 周五郎は堪えきれないように呻くと、沙和乃を抱いていた腕を乱暴に外した。ベッドに沙和乃をまたぐように腕を身体の両側に置き、動き始める。いきなりの激しい波に、沙和乃は一気に飲み込まれた。

「んっ…ぁ…んっ! やっ…、駄目っ…、はぁんっ…!」
 沙和乃が堅くなった腕にしがみついても、彼は動きを止めない。それどころか安定した姿勢になり、更に深く激しく突きあげてくる。無意識のうちに、その動きに身体があわせて動き始める。お互いの波が波を生み、さらに深く高く、意識が飛んでいく。

 少しばかりの否定的な言葉が飛んでも、もう周五郎には関係ないようだった。一気に引き抜き、ギリギリのところでまた深く突き立てる。肩の胸の筋肉が動き、吐息がふたりの間を行き交う。

「駄目っ…そんなにっ! やぁっ…、ねえっ…周っ…っ!!」


 どうして止まらないの、一気に行こうとするの? 本当に、気が狂いそう。周五郎の中にここまで激しいものがあったなんて。自分を求めて、これだけ絶え間なく降り注ぐ欲求があったなんて。

 性行為は自分の快感を高めるために、相手を揺らすものだ。自分の働きかけが、相手を潤す。何とも単純な相互作用が働く。だからこそ、人はそれにのめり込み、足が抜けなくなる。手っ取り早い欲望の昇華が行われ、繰り返される。

 …でも、何かが違う。めくるめく快感に何度も我を忘れそうになりながら、それでもわずかに残った意識で沙和乃は感じていた。

 周五郎は確かに沙和乃のために、こうしているのだと思う。その証拠にこんなにも深く身体と心がもつれ合い、満たされて行くではないか。もしもあの男や他のあまたの男たちのように、沙和乃によって自らが快感に溺れたいと思っていたら、こんな…熱さは感じられなかったはずだ。


「周っ…、周っ…!! …は、はぁんっ…!」
 自分でも恐ろしいほどあっけなく、限界が訪れる。沙和乃は身体をのけぞらせ、ひときわ甲高く叫ぶと、そのままがくんと崩れ落ちた。

 


「…あ、あのっ…、…沙和乃さん…?」

 波が止まる。一気に熱が引いて、体を覆っている熱さがひんやりとした空調に晒されていく。けだるさに沈みそうになる感覚を必死で振り払って瞼を開くと、周五郎の顔がすぐ近くにあった。心配そうにこちらを見ている。

「だ、大丈夫ですかっ…、あのっ…、すみませんっ、途中から、本当に何も分からなくなっちゃって…」

 汗の流れる身体を震わせながら、周五郎が慌てている。身体は未だに繋がったままであることを、下半身に残る熱さで感じ取る。

「ん…平気よ? ごめん、びっくりした?」

「へ、平気なんてっ…そんなじゃないですよっ! だって、沙和乃さん、本当に怖かったです。がくっと…あの、意識が途切れたみたいに…」
 周五郎は沙和乃が静かに告げても、まだ焦っている。自分の行為が及ぼしたことの大きさにただただ驚いているようだ。

「す、すみませんっ…あのっ、ええと…」

 慌てて身体の繋がりを解こうとするから、沙和乃はそれを制した。軽く腕を引くと、周五郎がぴくっとしてこちらを見た。

「まだ、行かないで。…終わってないでしょう?」

「…え、でもっ…」
 周五郎は力無くかぶりを振ると、身体を起こした。置き去りの子犬みたいだ。

「もう、これ以上は。沙和乃さんが可哀想で、出来ませんっ…僕っ…自分のことしか考えてなくて…無理させて…」

 沙和乃はゆっくりと震える身体の方を見た。何て愛おしいんだろう、こんなに深いものを自分に与えてくれながら、まだ、あまりある愛情を抱えている。ためらいも、迷いももう捨ててしまいたい。ありのままの自分でいればいい。

「周…」
 沙和乃は横たわったまま、淡く微笑んだ。そして、彼が哀しそうな目でこちらを見たのを確認してから言葉を続けた。

「あのね、周。さっきの、辛かったんじゃないの、…そうじゃなくて、とても良かったから。私、こんな風に男の人と感じあったのって、初めてかも知れない。何だかね…身体がふわふわして、シャボン玉に包まれてそれが音を立てて割れて行くみたいで。すごく、幸せだったの。…ありがとうね、周…」

 そして、自分も身を起こす。けだるくて、くらくらっと来て、なかなか体勢を保てない。それでもどうにか周五郎の胸まで辿り着いて、そっと寄り添った。

「…今度は、周も、一緒に行こう? もう一度、夢を見せて…」

 周五郎がほうっと息を吐く。その中にありとあらゆる想いが込められているような気がした。やわらかく抱きしめられて、腕の中で見つめ合う。深く口づけを交わし、お互いの頬に笑みが浮かんだ。


「…沙和乃さん…」

 静かに横たえられて、身体を重ねられる。しっかりと繋がりあったその部分から、また新しい快感が体の中を吹き荒れる。なんて甘美な、なんて深い嵐だろう。激しい息づかいまでが、ふたりを司る魂に変わる。

「あぁっ…、周っ…周っ…っ! うっ…あふぁ…っ!」

 

 長い長い飛翔、その辿り着く場所に、手と手を取り合ってのぼりつめる。もう…何もいらない。たったひとつの希望がそこにある。

 

 辺りが真っ白に弾ける。沙和乃はその瞬間に、全てのものを投げ出して、周五郎を抱きしめていた。

 



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